134 ケルグ (4)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
発動体はひとまず棚上げにして、ギルドの資料室で本を読む。
トーヤ以外は2日で読み終わるが、休憩の多かったトーヤは1人居残り。
他のメンバーは最終日に市場を散策する。
「ん? この穀物? 初めて見るな」
市場の端の方。あまり人が多くないエリアにあったその露店では、俺が初めて見る、三角っぽい茶色の穀物が売っていた。
何かの種とか木の実の可能性もあるが、売り方からして穀物っぽい。まさか木の実をでっかい升で量り売りはしないだろう。
「これは……蕎麦ね」
「へぇ、これが蕎麦! 買おうぜ。蕎麦食いたい」
蕎麦の実を見る機会なんて無かったので気付かなかった。これから暑くなるし、蕎麦は確保しておきたい。
醤油――っぽい物がある以上、我慢する必要も無いだろう。
上手いことうどんを作ってくれるユキがいれば、きっと蕎麦も良い感じに作ってくれるに違いない。
「これ、粉にするの結構大変よ? そば殻を取って、石臼で挽いて、篩に掛けてと手間もかかるし。ナオ、全部やってくれる?」
「う、うーん、そうかぁ……」
小麦粉なら普通に売っているので、そのへんの手間は必要ない。
ここは蕎麦の代わりに、素麺ぐらいで我慢すべきだろうか?
悩む俺に、店番をしていた少し気弱そうなおじさんが声を掛けてきた。
「あの、よろしければ買って頂けないでしょうか? お安くしますので」
そう言っておじさんが提示した額を聞いたハルカが、ちょっと驚いたように目を丸くした。
普段、あまり食べ物の買い物を担当しない俺はピンとこなかったのだが、ハルカによると同じ量の小麦の半値以下なんだとか。
「なんでそんなに安いの?」
「売れないんですよ、この街だと。あまり蕎麦を食べる習慣が無いので」
このおじさんはケルグから少し離れたところにある寒村から売りに来ている人で、あまり良い土地の無いその村では、育ちやすい蕎麦が多く作られているらしい。
だが、救荒作物というイメージのある蕎麦はあまり人気が無く、ケルグでは売れない。
そのため、普段は自分たちの村で消費して蕎麦を売りに来ることは無いのだが、今年は他の作物の出来が悪く、蕎麦でも売らないとどうしようも無くなったのだとか。
そんな説明をして、困ったようにため息をつくおじさん。
「蕎麦が多少安くても、やっぱり麦の方が人気があるんですよね……」
「まぁ、普段食べない人だとそうなるでしょうね。扱いづらいし……おじさんの村ではそのまま食べるの?」
「はい、皮を剥いてから、茹でて食べます」
それって美味いのだろうか? お粥みたいな物?
あんまり食べたいとも思えないなぁ……蕎麦だけに、栄養価は高いかもしれないけど。
「どうする?」
「安いし、別に買っても良いけど……どうしようかなぁ。買うなら、専用の道具を作らないとダメよね。さすがにナオたちに手作業でガンバレ、とも言えないし」
「俺たち!? いや、まぁ、確かに俺たちの担当かも知れないけどさ」
料理をハルカたちが担当している以上、その前準備ぐらいやれと言われれば、やらざるを得ない。
石臼で挽くのだろうか? それとも木の臼でも使うのだろうか?
米のもみすりは木の臼を使ってやったりするみたいだし、それでそば殻を取ることもできるか? さすが手作業で1粒ずつ剥くって事は無いよな?
「いや、だから言わないって。――うん、そうね。良いわ、おじさん。まとめて買ってあげる」
「えぇ!? 良いのかい? かなりあるよ?」
少し悩んでそう口にしたハルカに、おじさんが声を上げる。
おじさんの言うとおり、露店にはまだ大きな袋が3つ積まれていた。
1つの大きさは、イメージ的には俵1つ分ぐらい。
こちらに来て身体を動かすことが多い関係で、トーヤはもちろん、女性陣もかなり食べる様になったとは言え、この量を消費するにはかなりの期間が必要だろう。
まさか毎日蕎麦を食うわけでも無いのだから。俺としては一夏分の蕎麦があればそれで十分なのだが……いや、年末の年越し蕎麦もいるか? まぁ、それでも一袋もあれば、普通は十分なはずである。
「ただし、今回だけだけどね。私たち、この街には住んでないから」
「それでも助かるよ! ありがとう! えっと、どこに運ぼうか?」
「あ、大丈夫。持って帰るから」
喜色満面にお礼を言うおじさんに代金を払い、袋を1つハルカが担ぐ。
残り2つは俺の担当なんだな。うん。
筋力増強を駆使して、袋2つを両肩に。――重っ!
これ、やっぱり100キロ超えてるよな。人目が無くなったら、早いとこ、マジックバッグに入れよう。
軽々と袋を担ぐハルカに顎を落としたおじさんに別れを告げ、俺たちは素早く路地裏に移動、蕎麦をマジックバッグへと放り込む。
「しかし、寒村は思った以上に大変なんだな?」
「そうね。大した額じゃ無かったけど……現金が手に入りづらいって事かしら?」
「食べるだけなら、自給自足って感じか」
ハルカが払った額は、一般的な労働者の1週間分の賃金にも満たない。
俺たちなら1日もかからず稼げる額だ。
あまり現金を使わない生活でもしていなければ、生きていくのはかなり大変そうである。
冒険者の中には農村から出てきた人も多いと聞くが、ちょっと納得できてしまった。
それから更に数時間ほど。
ハルカが興味を持った食材をいくつか購入し、屋台で簡単に昼食を済ませた俺たちは、ナツキたちとの待ち合わせ場所にもなっている冒険者ギルドへと向かった。
中に入ると、時間帯的に冒険者の数も少なく、ナツキたちの姿もまだ見えなかった。
「こんにちは、ナオさん。今日はトーヤさん1人でしたが……」
声を掛けてきてくれたのは、ここ数日で少し仲良くなった受付のお姉さん。
依頼も受けず、毎日資料室に入り浸るパーティーということで、ちょっと目立っていたのだろう。
「えぇ、俺たちはもう全部読み終わりましたから」
「皆さん、勉強熱心ですよね。必要なければ資料なんて読まない――いえ、それどころか必要な場面でも読まない冒険者も多いですのに」
「せっかく資料室があるのに勿体ないですね」
「はい。尤も、一部の人は文字が読めないので、仕方のない部分もあるのですが……一応、図も多めにしてあるんですけど」
「あぁ、だからなのか。確かに読みやすかったです」
あれなら文字が読めなくても、多少は助けになるはずである。
ちなみに、この国の識字率はあまりよくなくて、何とか読めるレベルの人を入れても半分、不自由なく書ける人は2割にも満たないらしい。
「ところで、明日、ラファンへ戻られるとお聞きしましたが……」
「トーヤから? そうですね、その予定です」
「もしよろしければ、こちらの依頼、受けて頂けませんか?」
そう言って差し出された紙を、俺とハルカで覗き込む。
「……盗賊の討伐?」
「はい。最近、ラファンとの間で出没するようでして」
「でもこれ、ギルドからの依頼ですよね? なぜギルドが盗賊の討伐依頼を?」
ハルカの言葉によく見てみると、確かに依頼者がギルドになっている。
領主や商人たちが依頼者なら解るのだが、冒険者ギルドが討伐依頼を出すというのは少々不可解である。ギルドは冒険者の為の組織で、治安維持を担っているわけでは無いのだから。
「それは、あまり大きな声では言えないのですが、どうもその盗賊が、冒険者崩れのようでして」
ちょっと困ったような表情で声を潜めたお姉さんの言葉に、俺とハルカは顔を見合わせて、聞き返した。
「盗賊が冒険者だと、ギルドが討伐を行うんですか?」
「絶対ではありませんが、冒険者の可能性が非常に高い場合にはそうなります。冒険者の評判が落ちるのは、ギルドにとって不利益ですから」
おぉ、想像以上にしっかりとした組織運営。ギルドランクの時にも思ったが、全体の利益もきちんと考えて決まりがあるようだ。
職人などとは違い、冒険者は誰でもなれる職業だけに、そのあたりはしっかりと締めないと、ならず者の集団になりかねないと言ったところだろうか。
「でも、なぜ俺たちに?」
「ちょうどラファンへ戻られるということもありますが、皆さんはランク4ですから。この街にもランク4の冒険者はあまり居ないんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。人数は多いですし、仕事もそれなりに豊富なんですが、あまり難しい仕事は無いですからね、この街には」
ラファンを卒業したらこの街、と思っていたが、どうやらこの街も依頼の難易度としてはそんなに違いが無いようだ。
確かに、掲示されている依頼を見る限り、さほど難しそうな物は無かった。
数は多いので仕事に困ることは無さそうだが、少なくとも俺たちに関して言えば、ラファンよりも稼げるなんて事は無さそうである。
「しかし、盗賊の討伐ですか……ハルカ、どう思う?」
「襲ってくるならともかく、見つけられるかどうか、ですよね」
「アジトも綺麗に掃除してもらえればもちろんありがたいですが、あまり規模は大きくないようですから、恐らく全員で襲ってくると思いますよ? それに、報酬自体は、回収したギルドカードの枚数でお支払いしますから、アジトを見つけられなくても報酬は得られます」
現在得られている情報では、盗賊の人数は10名前後。商人の馬車を数回襲っているらしい。
時期的には、俺たちがラファンからケルグに移動した時にも活動していたはずなのだが、その時には姿を見ていない。
たまたま居なかったのか、それとも少人数で突っ走る俺たちを襲う意味を見いだせなかったのか。――おそらくは後者だろうなぁ。
「でも、徒歩で移動する私たちを襲うでしょうか? 手がかりも無しに山狩りというのは、割に合わないんですが」
「そうですね……ギルドから馬車をお貸しします。返却はラファンで構いませんし、報酬もそちらでお渡しできます。それでいかがですか?」
条件としては良い、よな?
ハルカに視線を向けると、ハルカはちょっと悩んでから小さく頷いた。
「それなら……お返事は、仲間と相談してからで良いですか? 今日中には結論を出しますので」
「はい、もちろんです。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げるお姉さんに頷き、俺たちはカウンターから離れて、トーヤの居る資料室へと移動した。









