131 サトミー聖女教団
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
夕方ケルグに着き、宿を取る。若干高いが、十分に満足できる範疇。
翌日の方針を相談。武器屋に行くが、めぼしい物は無し。
次は錬金術関連の見せに行こうというときに、気になる言葉が聞こえた。
「聖水の頒布会?」
妙な言葉に俺たちが首を捻っている間にも人が集まってきて、声が聞こえた場所では一気に人だかりができていた。
「なんだ、ありゃ?」
「あれはサトミー聖女教団さ。正直迷惑なんだが……」
困惑する俺たちに応えたのは、近くで屋台を開いていたおじさんだった。
「サトミー聖女教団……あれが……」
「確かにあれだけ人が集まると邪魔よね。取り締まれないの?」
「ダメだ、ダメだ。話によると、上の方にも信者になってるヤツがいるって話だ。明確な違法行為ってわけじゃ無いから、衛兵も関わろうとはしないんだよ」
確かに、やってることは屋台と同じだしなぁ。
ただ単に人が大量に集まっているだけで。
「一応、場所は毎回変えているから、少しはマシなんだが……」
俺たちがおじさんから話を聞いている間にも『聖水の頒布会』とやらはとても盛況な様子で、売り子の声が聞こえてくる。
「聖水1本に投票券1枚、10本セットには握手券が1枚でーす!」
「……どこぞのアイドルを彷彿とさせる売り方だな」
「あれに比べればまだ聖水は消耗品だが……1人で100本は要らないよな」
そもそも効果があるのかすら怪しい代物。使い道も無いだろう。
「つまり、売られた聖水はどこかに捨てられる?」
「お、嬢ちゃん、よく解ったな? 買った後、そのへんに適当に捨てる奴が多くて困ってるんだよ。はた迷惑な話さ。人は集まっても、その周りで買い物をするわけじゃないし、儲かってるのは、あいつらと瓶を作る工房だけだな」
そう言って、大きくため息をつくおじさん。
そりゃあれに金をつぎ込んだら、他の買い物をする金銭的余裕も無くなるか。
しかも捨てられた物を掃除するのは、結局近所に住む人たちと言うことになるのだろう。
滅茶苦茶迷惑だな。うん。
「ところで、握手券とか投票券って?」
「あぁ、それはな――」
おじさんの説明してくれたところによると、サトミー聖女教団はサトミーという聖女を頂点に、その周りを『聖女』と呼ばれる見目麗しい女の子たちが固めている宗教団体らしい。
そして握手券や投票券は、正にその名の通り、その聖女と握手ができたり、『聖女』の序列を決めるための投票が可能な券なんだとか。
――これまた、どこかで聞いたようなシステムである。
「えっと、それじゃサトミーという聖女も投票で決まるの?」
「いや、さすがにそれは『殿堂入り』らしい。そこが変わったら、すでにサトミー聖女教団じゃないだろ?」
「確かに」
「尤も、あいつらにとっては、聖女サトミーには投票するまでもない、って感じみたいだがなぁ」
「そんなに人気があるの?」
「あぁ。異常なほどにな。直接話した奴らは確実に信者になってるよ」
その言葉に、俺たちは全員、顔をしかめてしまう。
それ、絶対怪しいスキルを使ってるって。
しかも、これまで聞いた話からして、ほぼ確実にクラスメイトの仕業である。高松が関わっていることはほぼ確実。もしかすると、他のクラスメイトも関与しているかも知れない。
「ちなみに、握手券があれば、聖女サトミーとも握手できるのか?」
「そいつは別扱いだな。普通の握手券1枚で握手できるのは周りの聖女たち。聖女サトミーの場合は、確か100枚集めないといけない、って話だったかな?」
本当に人気があるのなら時間的制約から仕方ないのかも知れないが、なかなかに質が悪い。
「しかし、おじさん、詳しいね?」
「そりゃ近くで何度も『頒布会』ってのをやられりゃ、勝手に情報が入ってくるさ。嬉しくもなんともないけどね」
疲れたようにため息をつくおじさん。
「クジを引きたい方はこちらです! 握手券10枚で11回引けます!」
「ガチャかよ!?」
聞こえてきた売り子の声に、トーヤが声を上げる。
だが、気持ちは解る。そっち方面まで取り入れてきたか。
そのうち、『入信するとクジ10回無料!』とか宣伝し始めるんじゃ無いだろうか?
「……あのクジは何なの?」
「さて? これまではやってなかったが……」
「ちょっと見てくる」
おじさんも知らないらしく首を捻ったのを見て、トーヤが信者の集まりに近寄っていき、しばらくして戻ってきた。
「おかえり」
「ただいま。なかなかに渋いガチャだった」
苦笑を浮かべたトーヤが言うには、クジに入っているのは、
・1枚で聖女サトミーに握手してもらえる券
・希望の聖女に名前を呼んでもらえる券
・希望の聖女と1時間一緒に過ごせる券
・投票券
・聖水引換券
の5種類らしい。
2番目と3番目は10枚集めることで、聖女サトミーにしてもらうことも可能。
しかし、トーヤが見ている範囲で出たのは投票券が1枚のみで、後は全部聖水引換券だったらしい。
「100回以上は引かれてたから、出現率はかなり低いな」
「大丈夫なのかしら? お金をつぎ込みすぎて破産……いえ、奴隷落ちとかあり得そうで怖いわね」
普通なら借金してまでは買わないと思うが、そこまで人を惹きつける理由がスキルに由来するなら、可能性が無いとも言えない。
それに、ギャンブル依存症とかは一種の病気なので、ガチャまで入れてきたとなると、危ないんじゃないだろうか?
「あと、ついでに聖水も貰ってきた。要らないって言ってたから」
トーヤが差しだしたのは5本の聖水。5本でも片手の上に乗る程度の小さな小瓶で、ちょっと周りの人に声を掛けたら、簡単に分けて貰えたらしい。
「必要なのは付いている券だもんなぁ」
「効果、あると思う?」
「見た目は……ただの水だよなぁ」
トーヤが1本を空けて、手のひらに出して匂いを嗅ぐが、何の匂いもしなかったらしく、首を捻っている。
俺もそれを触ってみるが、手触りも匂いもただの水。
さすがに舐める気にはなれないが、これがアンデッドに効果があるかと言われると……。
「ん? 嬢ちゃんたち、聖水が必要なのか? 冒険者っぽいし、アンデッドか? 正直、それを使うのはオススメしないぞ? あれだけ大量にばらまける聖水なんて、この街の神殿が総力を上げても作れないだろ」
「ですよねぇ」
「そもそもサトミー聖女教団は、その聖水がアンデッドに効果があるとは言ってないからな」
苦笑しながら言われた言葉に、俺たちは理解が追いつかず、一瞬、唖然とする。
「え? あ、いや、確かに。だとすると、この聖水って……?」
聖水だからアンデッドに効果がある、と考えたのは俺たちで、確かにあそこで売っている――いや、頒布している聖水は別にアンデッド対策に、とは銘打っていない。
「あいつらの言い分では、聖女サトミーが聖別を行った水って事らしいが、効果については一切宣伝していないなぁ」
「うわぁ……すっげぇグレー」
苦笑しながら言ったおじさんの言葉に、トーヤは嫌そうな表情でそう吐き捨てた。
アドヴァストリス様に会った後で調べたのだが、この世界には5大神と呼ばれる5柱の神の神殿が各地にあり、アドヴァストリス様もそのうちの一柱である。
それらの神殿で分けて貰える聖水は、確かにアンデッドに効果があるのだ。
だからこそ、同じ『聖水』に同様の効果を期待してしまうが、サトミー聖女教団自体は特に何も明言していないということらしい。
「でも、日本のサプリの方がもっとグレーじゃない? 例えば『血圧高めな方に』とか『ホニャララをサポート』とか言っているワリに、効果があるとは明言せずに売ってるんだから」
「あぁ! それな! あとは『個人の感想です』というちっこいテロップ。個人の感想なら何を言っても良いのかと」
「科学的根拠が無い物も売ってるよね」
「あるある! 正に『何たら水』とか。ここの聖水は特に効果を謳ってないけど、根拠無く効果があるって宣伝したり」
「他にも注射したら効果がある物質だから、きっと食べても効果があるよね、とか意味の分からない論理的飛躍があったり」
「怪しい大学教授と論文も定番です。それだけで、なぜか信頼性を感じる人も多いみたいですから」
「そうそう。論文なんて書くだけなら誰でも書けるし、お金を払えば掲載してくれる雑誌もあるんだから、正しいかどうかは別問題なんだけどね」
トーヤの発言をきっかけに、あるあるネタで盛り上がる俺たち。
話が話だけに、おじさんを蚊帳の外だったが。
「よく解らなかったが、こういう詐欺っぽい話はどこにでもあるんだなぁ。ちなみに、対応策はあるのかい?」
おじさんにそう訊ねられ、顔を見合わす俺たち。
「それはお上が動かないと。騙されてる人に説明しても、殆ど意味ないし」
「他人がどうこう言っても、聞き入れないだろうしなぁ。家族が説得すれば多少は違うかも知れないが……」
「問題になっているんですか、サトミー聖女教団?」
「一部でな。だが、信者も多いから難しい」
このおじさんのように迷惑を被っている人も多いのだが、それ以上に信者が多いため、対抗策が取れずにいるようだ。
しかも、信者の数は拡大傾向らしく、じわじわと各所の売り上げにも影響が出ているらしい。
「稼ぎが増えるわけじゃ無いですからねぇ」
「聖水を買えば、その分、他の消費が減るのは当然か」
「一番影響を受けているのは、多分酒場だな。うちは普通の食い物だから、そこまでじゃないが」
酒は飲まなくても生きていけるが、食事はしないわけにはいかない。
だが、長期的に考えれば、町全体の経済に影響が出てくることは確実。
サトミー聖女教団が集めた金をどのように使うか次第、という部分はあるだろうが……ある意味で経済構造が変化するのは避けられないだろう。
「う~ん、ラファンに影響が出る前に収束すれば良いんですが……」
「嬢ちゃんたちはラファンを拠点にしているのかい? 聖女教団は順調に勢力を伸ばしてるからねぇ……ただ、広がるのなら、ラファンじゃなくて、ピニングの可能性が高いと思うがね。人口も多いから」
ピニングは領都なので、ケルグよりも都会で人も多い。
もちろん、ラファンとは比べものにならないので、市場規模(?)を考えるなら、ピニング一択となる。
「それは……幸いと言うべきなのでしょうか」
「俺たちとしては、そうなる前にどうにかなって欲しいんだがねぇ」
そう言って、再び疲れたようにため息をつくおじさん。
それは俺たちも同感。近いうちに収束するか、最悪でもケルグ内部で完結していて欲しいところ。
――あまり、期待はできないけど。
俺たちは話を訊かせてもらったお礼に、そんなおじさんの屋台からいくつか商品を買い、その場を離れたのだった。









