130 ケルグ (1)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ナオがハルカたちに神様に出会ったことと、レベル、経験値の存在を伝える。
翌日に全員で神殿に行き、その後でラファンの南にあるケルグの町へ向かう。
馬車で3日程度。
そう聞くと随分と遠く感じるが、実際のところ、馬車の進む速度は大人が歩くよりもやや速い程度でしか無い。
やや荒れた道をカッポラカッポラ進み、数時間ごとに休憩。日が落ちれば眠る。
そんなのんびりとした行程で進める距離など大したことは無く、対して昼食の休憩以外は走り続けた俺たちは、実にその日の夕暮れにはケルグの町へと到着していた。
走った時間を考えればかなりの距離があるはずだが、それを走ることができる自分にもある意味驚愕である。
毎日の走り込みの成果かも知れないが、すでに人間辞めてるね、俺たち。もちろん、元の世界の基準であれば、だけど。
「さすがに、大きい町、みたいね」
「そうですね。ラファンよりは大きく見えます」
日が落ちると町には入れなくなるため、やや足早に門を通り抜けた俺たちはケルグの町で宿屋を探していた。
微睡みの熊亭の様な穴場は期待できそうにないし、多少は高くても快適な宿屋が良いのだが……。
「素直に、ギルドで聞くべきじゃないかな?」
「でも今の時間帯、絶対に混んでるでしょ」
「あー、それは確かに」
今は夕方。仕事を終えた冒険者たちが、最も多く訪れる時間帯である。
そんな中、見慣れない冒険者が「良い宿を教えて」などと言って現れればどうだろう?
俺たちの装備は相変わらず鎖帷子がメインの防具で、解りやすく強そうなのはトーヤのみ。しかも、女性陣は全員美人。何事も無い可能性の方が低いだろう。
「……しかたない。屋台で聞くか」
「そうね。少しは美味しければ良いんだけど」
「外れの少なそうな、シンプルな串焼きとかにしようぜ」
話を聞く以上、何も買わないわけにもいかないが、最近は美味い食事をしている俺たちが、初日に屋台で食べたような物を食べられるかと言えば……少々厳しい。
かといって、食べずに捨てるのも勿体ないし、器の返却が必要な屋台では捨てることなんてできるわけがない。
「それじゃ、各自分かれて話を聞いてきましょう。買った物は自分の責任で処分すること」
「「「了解」」」
ちょうど夕食の時間帯故か、食べ物の屋台は多く出ている。
俺たちは1人ずつに分かれて、その屋台の中からめぼしい物を選ぶ。
「やっぱ、シンプルなのが一番だよな」
できれば肉を塩で焼いただけが望ましい。
美味くはなくても、食えないことも無いだろう。
辺りを見回して、年配のおばちゃんが出している屋台に目を付ける。
そこでは鉄板の上に薄切りの肉を並べ、ざざっと炒めて器に入れ、フォークを刺して提供していた。味付けは、塩っぽい物をパラパラと振りかけるのみ。うん、シンプル。良いね。
「おばちゃん、1つちょうだい」
「あいよ! パンはいるかい?」
「あ、いや、肉だけで」
「ほい。銀貨2枚だよ」
ふむ。そんなものかな? アエラさんのところの肉ポステが15レアだし。
代金と引き換えに器を受け取り、食べてみる。
「おっ!」
「どうだい?」
「美味いなこれ。塩だけじゃないのか?」
驚いた表情を浮かべた俺に、おばちゃんがニヤリと笑う。
「ちょっとだけ秘伝のスパイスが入っているのさ。それがミソだね」
肉としてはちょっと硬めなのだが、薄くスライスしているおかげでそこまで気にならない。
それに、手早く炒めているためか、ジューシーさも残っていて、僅かに感じる塩以外の味が良い味を出している。
当たりだな、これは。このレベルの屋台がある町なら、宿の方も期待できるかも知れない。
俺は手早く食べ終えて、器を返しながら、本命の情報を聞く。
「おばちゃん、美味しかったよ。あと、良い宿を探してるんだけど知らないかな? 多少高くても良いから、飯が美味いところが良いんだが」
「そうだねぇ、私の妹がやってる宿でも良いかい? 身内びいきかも知れないけど、悪くないと思うよ?」
「ああ、構わない。教えてくれる?」
この料理を作れるおばちゃんの妹なら、宿の料理も安心できそうだし、最初から身内がやっていると言うあたり、ボッタクリなどの心配も無さそうである。
おばちゃんから宿の名前と場所を聞いた俺は、もう一度お礼を言ってその場を離れ、全員が戻ってくるのを待ったのだった。
◇ ◇ ◇
「どうだった?」
ハルカの言葉に、ため息をつきつつ、最初に口を開いたのはトーヤだった。
「オレは外れ。素直に串焼きを買ったから、食えないことは無かったが、肉自体が臭かった」
「いや、ハルカが言ってるのは、宿の方だろう?」
「あぁ、一応は聞いてきたが、どうだろうなぁ……。不味い屋台が奨める、料理の美味い宿屋なんて、信用できるか?」
トーヤの皮肉げな言葉に、思わず納得。
「確かに。それで宿屋の料理が美味かったら、自分の料理を不味いと思って売ってるって事だもんな」
そして幸いと言うべきか、トーヤの挙げた宿屋は俺が聞いてきた宿屋とは違っていた。
「あたしは当たりかな? 結構美味しかった」
「私は料理じゃ無くて、材料を買いました」
「私も。マジックバッグもあるしね」
ナツキとハルカはある意味賢い。
屋台の料理の味で宿屋を値踏みできない欠点はあるが。
そして、それぞれが挙げたのは別々の宿屋。
その中でユキの挙げた宿屋が、俺が訊いてきた物と同じだったのは偶然か、それとも美味い料理繋がりか。
「ナオもユキも美味しい屋台だったんだろ? それはもう、そこを選ぶしか無いだろ」
「そうですね。私とハルカの場合、お店ですから、取引先の宿屋を挙げた可能性もありますし」
「うん、あえて他を選ぶ必要も無いわね。そこにしましょ」
教えてもらった宿屋は、大通りから路地を一本入ったところにあった。
微睡みの熊亭も普通は気付かない場所にあったし、やはり良い宿屋は少し目立たないところにあるのだろうか? それとも、良い宿屋でなければ、目立たない場所では生き残れないのだろうか?
「外観は悪くないわね」
「はい。結構新しい建物ですね」
ユキを先頭に中に入ると、カウンターに座っていたおばさんがすぐに声を掛けてきた。
「いらっしゃいませ。お泊まりですか?」
「3人部屋と2人部屋、空いてますか?」
「はい、大丈夫ですよ。1泊ですか?」
「取りあえずは、1泊で」
おばさんから告げられた料金は、微睡みの熊亭と比べれば2倍以上ではあったが、微睡みの熊亭が特に安いことや、ラファンよりもケルグの方が都会という違いを考えれば特別高いわけではないだろう。
案内された部屋も、広さこそやや小さめだったが、綺麗に掃除されていて設備も比較的新しく、なかなかに快適。
夕食として出てきた料理は微睡みの熊亭とは少し傾向が違うものの、十分に美味しかった。
微睡みの熊亭が酒飲みに好まれそうなやや濃いめの味付けに対し、この宿の料理は少し薄味ながらスパイスの香りが効いていて、食欲をそそる。
ハルカたちは、むしろこちらの方が好きと言っていたので、女性受けする料理と言えるかも知れない。
「ここならしばらくは滞在しても良さそうだね。場合によっては大急ぎで用事を済ませて帰ることも考えてたけど」
「そうだな。サールスタットの宿なら――」
「思い出させないで!」
俺の言葉をすぐさまナツキが遮る。
確かにあの宿は、俺も思い出したくない。あの時食べた料理の味も忘れてしまいたいのだが、衝撃的に不味すぎて逆に忘れられないのが辛い。
「だが、あんまり家を空けるのも問題だろ?」
「一応、防犯設備は入れてるし、家には高い物は何も置いてないけどね」
その言葉に、途端にトーヤが渋い顔になる。
「ハルカとユキで作ったあれか……」
以前、トーヤに「呼び鈴が無いと不便」と言われたハルカたちが、錬金術を用いて、呼び鈴と同時期に防犯設備を作り、家に設置したのだ。
その時の実験台になったのが、俺たちの中で一番タフネスがある、トーヤ。
実験したのは、痛いだけで怪我をするような物ではなかったのだが、侵入者撃退用の物だけに、なかなかにハードな体験だったようだ。
ちなみに、家の塀や門に設置されているのがそれで、家の建物自体には、もうちょっと致命的な物が設置されている、らしい。具体的には、下手したら死ぬタイプの物。
正直、誤作動が怖いのだが、そこはもう、ハルカたちを信用するしかないだろう。
「でも、保存庫は結構高価だよな、普通に買うと」
「あぁ、確かにそれは高いわね。でも盗み出すのには向いてないでしょ、あれは」
「でっかいからね、あれ」
それ以外の金目の物はすべてマジックバッグに入れて持ち歩いているため、他に家にある物と言えば、家具やベッド、布団程度だったりする。
銀行のような、お金を預けられる機関が無いというのはなかなかに不便である。
「それで、明日はどうする?」
「まずは、目的をはっきりさせましょ。魔法の武器を作るための、錬金術の素材を買うのは確定よね?」
「そうだな。だが、ゴーストに効果がある良い武器が売っているなら、買っても良いと思う」
「同感。他の武器は、ガンツさんの作る物と比べてどうか、だよな。実際、どれくらいの腕なんだろうな?」
「悪くはない、よな?」
トミーが【鍛冶の才能】持ちで、【鍛冶】スキルがレベル3。
それと同等以上の腕を持つことを考えれば、あの規模の町としては勿体ないぐらいのレベルにあるんじゃないだろうか?
少なくともあの町に、俺たち以上に金を出せる冒険者はそういないだろう。儲けるつもりなら、もっと高ランクの冒険者のいる街に店を出す方が良いはずである。
「ま、それは武器屋を見て回れば良いよね。あたしは、魔法の発動体が気になるかな?」
「そうね、可能なら人数分、トーヤ以外は確保しておきたいわね」
「はい。治療にも関わってきますし」
幸いこれまでのところ、骨折より酷い怪我はしていないが、ハルカたちの魔法のレベルが上がった今でも、まだ部位欠損が治せない状態なのは変わっていない。
発動体の効果が、使える魔法の威力が上がるだけなのか、それともより高レベルの魔法を使えるようになるのかは解らないが、後者の可能性があるのなら確保しておくことは安心に繋がる。
と言っても、部位欠損を治せるのは、光魔法のレベル10『再生』だけなので、先は長いのだが。
「後は……期待はしてないけど、聖水か」
「この街に出回っている聖水がサトミー聖女教団の物なら、ほぼ無意味よね」
「ちゃんとした聖水も、ラファンの神殿で手に入らないのに、こちらでは大量に出回っているという可能性は、ほぼゼロでしょう」
「うん、やっぱそうだよな。これは放置で良いか。聖水自体、戦闘には使いづらいみたいだし」
毎回、武器に聖水を垂らすとかしていたら、コストも手間もバカにならない。
使うのであれば、アンデッドに向かって散撒いて、その隙に逃げる、という方法だろう。
「オレは冒険者ギルドにも寄ってみたいな。ラファンよりも大きいんだろ? どんな依頼があるか、少し気になる」
「ギルドですか。それなら資料も見てみたいですね。ラファンの資料室は……」
「あぁ……ちょっと貧弱だったな」
手書きということを考えれば頑張っているのかも知れないが、資料室と言うにはちょっと厳しい情報量だった。
トーヤの【鑑定】スキルのことを考えれば、ここのギルドで読んでおいて損は無いだろう。
「――そういえば、春になったけど、彼らはラファンに戻っているのかしら?」
ふと、ハルカが口にした言葉に、俺は一瞬『彼ら?』と考え、『ラファンに戻る』で思い至った。
「徳岡たちか? 見かけてはいないな。この街で順調に稼げているなら、戻ってこない可能性もあるが……」
「戻ってこない方が面倒が無くて良いわね」
「おう、辛辣。俺も同感だが」
残念ながらあいつらは、仲良くなれそうな相手ではない。普通に対応してくれれば、地雷持ちでもあえて対立する必要も無いんだがなぁ。
「ってことは、この街に居る可能性もあるわけかぁ。効率を考えたらば、バラバラに探す方が良いんだけど……避けた方が良いよね」
「そういうときに限って、トラブルに遭遇したりするからなぁ」
いわゆるフラグである。
彼らのレベルは知らないが、いくら何でも遠距離タイプのハルカが1人で蹂躙できるほどには弱くないだろう。街中では魔法も使えないし。
ナツキあたりなら大丈夫そうだが、そもそも全員でいれば争いにもならないだろう。
微妙にチキンっぽい奴らだから。
「それじゃ明日から……そうね、3日ぐらいを目安に町を回って、色々探してみましょ。それで良い?」
ハルカの提案に全員が頷いて、その日の話し合いは終わった。
◇ ◇ ◇
翌朝、宿のおばさんから色々話を聞き、最初に向かったのは武器屋。
ラファンよりも大きい町だけあって、武器屋は何軒もあったのだが、店に並んでいる武器の品質は正直微妙。
手持ちの武器を見せて、「これより上質な物は?」と言うと、大半は首を振り、たまに出てきても俺たちの戦闘スタイルには合わない物ばかり。しかも無駄に高い。
魔法の武器もいくつかは見つけたのだが、それまでの経緯を考えると、素直に素材を用意してガンツさんに作って貰う方が安心な気がして、結局手を出すことは無かった。
「大きい町のワリに、正直、期待外れだな」
「ガンツさんが凄いのか、この街が情けないのか……」
「それは前者でしょ。この街の冒険者の数は多いんだから」
「だよな。運が良かったな、俺たち」
それなりに貢献もしていると思うが、面倒も掛けているので、お世話になっていることは間違いない。
「それじゃ、次は錬金術関連か。いくつかお店があるんだよな?」
「ええ。ラファンだと、あまりまともな店が無かったから、ちょっと期待よね」
「だよね。本に載ってても素材が手に入らないから、作れない物も多かったよね!」
錬金術師がいなければ必要性が無いだけに、ラファンには錬金術師向けの店がほぼ無かったようだ。
ケルグには複数のお店があるということは、やはり人口が多いのだろう。
「それじゃ、錬金術のお店に――」
「お待たせしました! これより、聖水の頒布会を始めまーす!」
ハルカの言葉を遮るように辺りに響き渡ったのは、そんな声だった。









