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123 2度目の伐採 (1)

前回のあらすじ ------------------------------------------------------

生野菜をどうやって食べられるようにするかと議論する。

色々意見は出るが、結論としてはハルカの光魔法でなんとかするという微妙な結論になった。


「やっぱり、野菜があると美味いな」

「レタスが手に入らなかったから、キャベツもどきだけどね。トマトも無いし」


 生野菜会議から休日を1日挟んだ翌日、俺たちは再び森へと木の伐採に訪れていた。


 トミーに頼んでいたローラーは昨日の時点で完成し、早速それを利用して、先日伐採した木材もシモンさんのところに売却済みである。


 そんな俺たちの今日の昼食は、キャベツもどきの千切りとハンバーグが挟まったハンバーガーである。


 ややぐだぐだで終わった先日の生野菜会議の結果、実際に食べられるのはしばらく先かと思っていたのだが、そこはさすがハルカと言うべきか。


 わずか1日で、しっかりと『殺菌ディスインファクト』を使えるようになっていた。


 もちろん、突然魔法の腕が上がったというわけでは無い。


 かなり前に光魔法はレベル4になっていたし、レベル5になっていなかったのも、魔道書に記載されているレベル5の魔法を覚えていなかっただけに過ぎない。


 どうやらハルカは、『殺菌ディスインファクト』よりもレベル6の『治療トリートメント』という、病気を治せる魔法を優先して練習していたらしい。


 医者や病院が信用できないこの世界では、確かにかなり重要な魔法である。

 手応え的には「もうちょっと」らしいので、是非頑張ってもらいたい。


「ナオ、そろそろ始めようぜ? あんまり、のんびりもできないだろ?」

「おう。ちょっと待ってくれ」


 早々と食事を終えたトーヤに声を掛けられ、俺は少しだけ残っていたハンバーガーを急いで食べきると、水を飲んで立ち上がる。


 今日伐採する木にはすでに目星を付け、作業前に少し早めの昼食を摂っていたのだ。

 前回同様、木に登った俺は、上部にロープを掛けて降りてくると、滑車をセットして木を引っ張る。


「今回のは、いくらで売れるかな? かな?」

「太さだけなら、1.5倍ぐらいあるし、長さも長いよな」


 ウキウキと嬉しそうにそんな事を言うユキに、俺は苦笑して木を見上げる。

 だが、ユキの気持ちは解らなくも無い。


 シモンさんに売却したあの木材、実に金貨400枚以上の価格で売れたのだ。

 1人あたりの1日の稼ぎとしては、効率の良かったディンドルの2倍を超えている。


 その難易度の高さと、マジックバッグの所持が前提となることを考えれば、そこまでおかしな額ではないが、とても良い稼ぎになる事は間違いない。


「凄く高く売れたけど、日本だとどれくらいするんだろ?」

「国産材という事なら、普通はまず市場に流れる事は無いでしょうね、このサイズの木は」


 前回の木が20メートルほど。今回は更に太く直径が1.5メートルで長さも20メートルは超えている。


 日本でも昔の神社仏閣であれば、20メートルを超えるような柱が使われているのだが、最近はすでに木材にできるような巨木が残っていないため、万が一、焼失でもしたら、再建は難しいらしい。


「つまり、値が付かない?」


「昔は高級木材が、1本が1千万円以上で売れるような事もあったみたいだし、もしかしたらそれ以上するかも」


「うわぁ……神社仏閣、火事なったらシャレにならんな」

「お金の問題もそうですが、取り返しが付かない文化財ですから」


「でも、そう考えると、金貨400枚は安い、か……?」


「う~ん、私たちは切って来ているだけで、植林したわけでも、手入れをしたわけでもないですから……」


「あぁ……それは確かに」


 何十年と時間を掛けて育てる林業とは違い、自然に育った物を頂いているだけである。

 比べるのも烏滸がましいか。


「おーい、トーヤ、新しい斧はどうだ?」

「なかなか、良い、感じだぞ? 重さが、ちょうど、良い」


 俺たちがそうやって話している間にも、トーヤは1人、「えんやこ~ら、えんやこ~ら♪」と新調した斧を木に叩きつけ続けていた。


 トーヤの力と斧の重量、それに遠心力が乗ったその威力は前回の物とは明らかに異なり、1度で大きく木を削り取っていく。


 だが、幹の直径が1.5倍になれば、切るべき面積は2倍以上。簡単に切り倒せるわけではない。


「まぁ、高かったんだし、元は取らないとな」


 特注の斧やローラー、それに各種伐採道具。マジックバッグを除いても、その投資額は金貨100枚を優に超える。


 それに見合うだけの稼ぎを出さなければ勿体ない。


「良い斧みたいですが、難点はトーヤくん以外はまともに扱えない事ですね」

「重いからなぁ。あれ」


 トーヤ以外でも振れない事は無いのだが、継続的に振り続けられるかと言われれば、かなり厳しい。


 恐らく俺なら、数分ほどで休憩が必要になり、戦闘にも影響が出てしまう事だろう。

 安全な場所ならともかく、何時魔物の襲撃があるか解らない状況でそれは危険すぎる。


 結果的に、ある程度余裕のあるトーヤ以外は使いにくい斧になってしまっているのだ。


「ふぅ、ちょっと休憩」


 そう言ってトーヤが手を止めたのは、30分ほど経った頃だった。


 前回とは違い、今回は受け口の方を先に作る手順で作業を進めていたのだが、新しい斧の効果は素晴らしく、すでにその受け口はほぼ完成に近づいていた。


「それじゃ、休憩している間に、また私がやりましょうか」

「ちょいまち。ここは俺に任せてくれ」


 木から離れて腰を下ろしたトーヤに代わり、作業を始めようとしたハルカを俺は制止する。

 そんな俺を不思議そうに見たのはユキ。


「任せろって言っても、ナオは使える魔法は無かった――もしかして覚えたの!?」

「ふっふっふ、まあ見てろ」


 休日になった4日間、決して俺はソース作りだけをしていたわけでは無い。

 ユキに言われた魔法を実現すべく、努力していたのだ。コッソリと!


 とは言え、『水噴射ウォーター・ジェット』自体は、所詮レベル1の魔法。すぐに使えるようにはなったのだが、それだけではユキと同じく、高圧洗浄機レベルでしか無い。


 木を削れるようにするには、もう一工夫が必要になる。


「『水噴射ウォーター・ジェット』!」

「……おお? ……おおぉ!? ……おおっ! 削れてる、削れてるよ!?」

「ふふふ、どうよ!」


 この魔法、名前こそ『水噴射ウォーター・ジェット』と唱えたものの、その実、単純な水魔法ではなく、土魔法との複合魔法である。


 当初こそノズルを小さくして水圧を高めるイメージで努力していたのだが、さすがにそれだけでは限界があり、噴出する水に研磨剤を添加する方向へ方針転換を行ったのだ。


 水と土の2属性のためか発動にはかなり苦労したのだが、その効果は劇的だった。


「研磨剤? まさかダイヤモンドの粉とか?」

「バッカ! そんな物出したら一瞬で魔力が枯渇するわ! 珪砂だよ、珪砂!」


 『土作成クリエイト・アース』で消費される魔力が作った物の希少性によって増減する事は、浴槽を作ったときに理解している。


 当然ダイヤモンドなんて出せるはずも無く、使っているのは浴槽を作ったときと同様、単純な『土』の次に出しやすいと思われる珪砂である。


「珪砂ですか。悪くない選択ですね。大抵の金属よりは硬い物質ですし」

「そうなのか?」

「はい。石英ですから、鉄なんかよりは固いです」

「難点は、まだまだ継続時間が短い事――」


 ミシッ!


 何か嫌な音が聞こえた。

 咄嗟に魔法を止める。

 その瞬間、ハルカが叫んだ。


「トーヤ! ロープ引っ張って! ユキとナツキも!」


 ハルカの声に、すぐさまトーヤが滑車に繋がっているロープに飛びつき、弛んでいたロープを一気に引っ張る。


 その最中にも「ミシミシ」という音はだんだんと大きくなる。

 逆にハルカは俺の方へと近づいてきて、幹を検分する。


「ナオ! バランスが悪い! こっちも切って!」


 慌てて『鎌風エア・カッター』をぶつけているハルカに指示されるまま、俺も別の場所に『水噴射ウォーター・ジェット』を放つ。


 そんな作業を続けて数秒。

 木の傾きが一気に大きくなり、その巨木は地面へと倒れ込んだ。


 ――何とか、目標としていた場所に。


 それを見て、俺たちは全員で顔を見合わせ、大きく息を吐いた。


「……ふぅ。ちょっと焦ったわね」

「あぁ。……すまん、俺のミスだな」


 切り株を確認し、俺は全員に対して頭を下げた。


 トーヤが受け口を切ったので、俺はその反対側、切れ込みが入っていない場所に左から右方向へ『水噴射ウォーター・ジェット』で削っていったのだが、その威力は想像以上だったらしい。


 本来、受け口の反対側をバランス良く削っていくべきなのに、左側のみ多く削れてしまい、バランスが若干崩れてしまったのだ。


「そう、みたいね。ここまで威力があるなら、ゆっくり動かさず、素早く左右に何度も動かして切るべきでしょうね」


「うん、まぁ、ちょっとびっくりしたけど、結果オーライかな? ナオの魔法の威力はよく解ったし、次からは作業が早く進みそうだよね」


「まだ2回目ですから、仕方ないですよ。素人ですから、私たち」


「たーおれーるぞーって言う暇が無かった」


 口々にフォローしてくれる皆……いや、トーヤはなんか違うが。

 しかし、下手したら大怪我の恐れもあったんだよな。


 ちょっと上手くできたからと調子に乗ったりせず、しっかり検証するべきだった……。

 反省である。


「でも、かなり早く伐採が終わったわね。ナオ、これで魔力は?」

「半分ぐらいだな。普通の戦闘なら問題ない程度は残っている」


 逆に言えば、余裕を持って使える魔力を全部注ぎ込んでこれぐらいである。


 俺にも予想外な事に早く切れたわけだが、安全マージンを考慮するなら、この魔法を使ってズバズバ切っていく事は出来ないだろう。


「ユキも使えるようになれば、トーヤの体力、私の『鎌風エア・カッター』と合わせて、比較的短時間で2本ぐらいは切れるようになるかしら?」


「午前中と午後、2回ぐらいはできるかもな。魔物にあまり遭遇しなければ、だが」


 魔力の回復を考慮すれば、昼食を食べて数時間休めば、安全マージンを確保した上でできそうな気はする。もちろん、魔物の襲撃を受けるようならまた話は変わるわけだが。


「1日に4本も確保できたらすげぇよな、稼ぎ」


 4本も売れば金貨1千枚を超える。


 それを思ったのか、嬉しそうに相好を崩すトーヤだったが、ナツキは少し懐疑的な表情を浮かべた。


「凄いは凄いですが、毎日それをやっていたら、シモンさんも買い取れないと思うのですが」


 確かにあんまり在庫を抱えることはできないか。

 高級な素材だけに、そうそう売れる物でもなさそうだし。


 だが、そんな懸念を否定したのは、一番シモンさんと付き合いのあるユキだった。


「んー、当分は大丈夫、だと思う。ラファンの街全体でここの森の木材は足りてないから、別の業者に転売すると思うし。……あんまり派手にやると、木こりのギルドに嫌われそうだけど」


「やっぱり、ある程度はパイを奪い合う形になるよなぁ」


 木こりたちが切り出してくる南の森の木材とは価格帯が異なるのだが、完全に棲み分けが出来るかと言われれば、そうとは言い切れないだろう。


 高品質の木材が手に入るとなれば、これまでは我慢して普通の木材を使っていた部分に、高品質の木材が使われるようになるかも知れない。


 それだけでは無く、家具工房全体の予算が一定であるならば、高級木材を購入した分だけ、通常の木材を購入する余地が減る。


 それらは木こりたちにとっては看過できない問題だろう。


「そうね、対立関係になってまで稼ぎたいわけじゃ無いし、一度、シモンさんに相談しておいた方が良いかもしれないわね」


「はい。幸い、今は急いで稼ぐ必要は無いですからね」

「だよね。私たちの場合、1本売るだけでも、1年分の生活費ぐらいにはなるし」


 衣食住をほぼ自前で確保できる俺たちにとって、実のところお金の使い道なんて、冒険に必要な物が大半である。


 土地・建物を除けば大きな買い物は、武器と防具、魔道書のみ。普段はあまり金を使っていない。


 のんびり生活する事を選択すれば、すでに当分は暮らせるだけの資金は貯まっている。


「むむっ、オレは獣耳の嫁さんをゲットするためにも稼がないといけねぇんだが……まぁ、そこまで急ぐ事も無いか」


 いや、それはどうだろう?

 この世界、婚姻年齢低そうだし、ある程度急ぐ必要はありそうな気も……?

 冒険者だと、どうなのだろう?


「まだこっちに来て半年も経ってないのに、婚活は早くない? トーヤ、もし結婚できたとして、冒険者は辞めるの? その歳で、貯めたお金を浪費して生きていくの?」


「そこなんだよなぁ。できれば一緒に冒険者をやれるような相手が良いんだが……」


 残念ながら、この街でトーヤの琴線に触れるような獣耳の冒険者は見た事が無い。


 と言うか、獣人の冒険者自体、見かけないし、女性の冒険者もほぼゼロ。トーヤが本気で婚活をするつもりなら、環境を変える必要があるだろう。


「……育てるか? 孤児とか」

「光源氏計画!? 犯罪臭がするな、おい!」


 妙な事を言い出したトーヤに思わずツッコミを入れる。

 ハルカたちも直接は口に出さないが、なんとも微妙そうな視線をトーヤに送っている。


篤志家とくしかと言ってくれ。たくさん育てれば、1人ぐらい、『お兄ちゃんのお嫁さんになる!』と言ってくれるかもしれねぇだろ?」


「あ、そこは案外まともなんですね? てっきり、気に入った子を引き取って洗脳するのかと」


 ちょっとホッとしたように言うナツキに、トーヤはジト目を向けた。


「……ナツキ、お前のオレに対する認識について、ちょっと話し合いたいんだが?」


「いえ、話し合わなくても、私の認識がそれなんですが?」


「認識を改める事を要求する!」


 あっさりと言ったナツキに、トーヤは強く抗議するが……すまん、俺もそう思っていた。


 お前だったら、獣耳の為にならやりかねない、と。


 だって、そのために獣人になってるんだから。


 チラリとユキとハルカに視線を向けると、こちらも小さく頷いているから、同じ事を思っていたのだろう。


「しかし、『引き取れる獣人の孤児が何人も居るか』という点を除けば、それなりに実現性が高そうなのがなんとも、ね」


「うん、悪質。そりゃ引き取って育ててくれたら、接し方次第でそういう子も出てくるよ。結果的に、じゃなくてそれを目的としているのが……かなりダメ」


「ええぇぇ、そこまでダメか? この世界だと、孤児が結婚相手として引き取られるのって、悪くない事らしいんだが……」


 どうやらトーヤ、事前にリサーチしていたらしい。


 社会福祉が整っていないこの世界に於いて、結婚相手に求められるのは何より経済力。『愛さえあれば』なんて言っていたら、あっさりと飢えて死ぬ。


 カッコイイ貧乏人よりも、不細工な金持ちの方がモテるので、金さえあれば複数人と結婚する事も普通に認められているのだ。


 特に孤児なんてなかなかまともな職に就く事は難しく、結婚相手や跡継ぎなどとして引き取られるのはかなりの勝ち組と言えるらしい。


「そんなものか、ハルカ?」


「そうね。男に求められるのは、まず経済力。次に性格。外見的美醜は二の次ね。女の場合は逆なんだけど、女に経済力がある場合は、似たような物になるから、どっちもどっちね」


 外見しか取り柄の無い男は、そういう女性を狙うという事か。


 う~ん、いや……う~ん、まぁ、そんなものなのかなぁ、現実って。


 まだまだ恋愛に夢を見たい年頃なんだがなぁ……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] いやいやトーヤさん、 ケモ耳娘限定の孤児院やるんすか? 他種族やケモ耳男児の孤児は無視っすか? あとトーヤさんが、冒険行ってる間はだれが面倒見るの? 職員がいるとしてその人たちの給与…
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