012 初めてのお仕事 (4)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
薬草採取をしていたところ、獣の接近を感知。
トーヤが斃し、ハルカが解体する。
「そろそろお昼にしましょうか」
無心に草を毟っていた俺は、そんなハルカの言葉に顔を上げた。
空を見上げると、木々の間から見える太陽は中天を過ぎている。
「やったぁぁぁ! やっと飯だぁ!」
俺の側で作業していたトーヤが大きな声で叫び、地面に座り込む。
俺も腹をさすり、大きく息をつく。
意識しないようにしていたが、実はかなり腹が減っていたんだよな。
頑張ってパンを詰め込んできたとはいえ、朝食はかなり早い時間だったし。
「そんなにお腹減ってたの? 言えば良かったのに」
ちょっと呆れたようにハルカが言うが、トーヤは座ったまま苦笑する。
「いや、ハルカが頑張ってるのに、不満は言いづらいって。ただでさえ頼ってるのに」
「別にサボってるわけじゃないから気にしなくて良いけど……。取りあえず全員で薪を集めて、街道沿いに移動しましょ。そっちの方が安全だからね」
「おう」
このあたりに薪拾いに来る人はあまり居ないのか、さほど時間を掛けることなく薪は集まった。
そのまま街道側まで移動し、俺たちは焚き火の準備、ハルカは肉の下ごしらえを始める。
「よし。それじゃ俺の『着火』が火を噴くぜ!」
俺は薪を組み合わせ、『着火』を発動。
ガスバーナーのような炎は火口も無しに小枝に火を着け、やや太めの枝もすぐに燃え始めた。
「いや、確かに文字通り火を噴いたが……ライターよりは便利か?」
トーヤは微妙な顔をするが、もうちょっと評価してくれてもいいんじゃね?
雑貨屋で見た安い火起こし道具は『火打ち石』だったし、ライターのように使えるという魔道具はかなり高価だった。
火打ち石だと消耗品として解した繊維みたいな火口が必要だし、かなり慎重にやらないと焚き火にするのに苦労するんだぜ?
それがこの僅かな時間でできるんだから、かなり便利だろ。――ってなことをトーヤに力説してみたんだが、トーヤとしては『便利は便利だが、魔法としては地味』だから微妙らしい。
そりゃ、派手な攻撃魔法の方が『いかにも魔法』という感じはするが、実際に生活するにはこういう生活に使える便利な魔法の方が重要な気がするんだがなぁ。
リアルな話、冒険者として戦闘を行う期間なんて、人生の一時期だけだろうしな。
もちろん、その期間を生き残れる魔法というのも重要だろうが。
「さて、準備できたわよ。焚き火はオッケー? それじゃ、各自焼いてね」
そう言ってハルカから手渡されたのは、串に刺された肉の塊。
手のひらよりも一回り小さく、厚み3センチぐらいの肉が1人あたり2本。
「焼き加減はお好みで。ただし、中までしっかり火を通すこと。レアはダメよ。向こうの常識が通用するなら、75度で1分以上だったかな?」
自分の串を焚き火の側に刺しながら、ハルカが俺たちに注意する。
「ちなみに、こっちの常識は?」
「火をしっかり通して食べる。科学的なものは無いけど、それは同じね」
温度計もないし、こういった焚き火での調理の経験も無いのだから、少し長めに焼くべきか?
そんなことを考えながら、時々裏返しながら肉を焼くこと数分ほど、だんだんと脂が染み出してきてジュウジュウと美味しそうな音と匂いがしてくる。
「なかなか美味そうだな! オレ、こんな食べ方するのは初めてだ!」
トーヤが嬉しそうに肉を見つめながら言う。
待ちきれないのか、頻繁に肉をひっくり返しハルカの顔を窺っている。
「バーベキューでも普通は鉄板か網だからなぁ」
そういえば、串焼きのバーベキューって食べたこと無い。
バーベキューのイメージといえばあれだけど、実際にやるときには網焼きだし……。
ていうか、あの焼き方って、野菜と肉、両方を串に刺していると、たぶんどっちかは焦げるよな?
「嬉しそうなとこ悪いけど、あまり期待しないでね? 味付けは塩だけだし、肉自体は普通に豚肉とかの方が美味しいと思うわよ?」
ちょっとソワソワしている俺たちに比べ、ハルカは落ち着いた様子で肉の焼ける様子を眺めている。
よく考えれば、猪を食用にしたのが豚なんだよな? つまりこれは豚肉の串焼き?
「大丈夫だ! キャンプで食べれば水っぽいカレーだって美味しく感じるんだから! ……なぁ、そろそろ大丈夫か?」
「子供じゃないんだから、もうちょっと落ち着きなさい。表面だけ焦がしても仕方ないわよ? 中が生焼けだったら危ないんだから」
それからじりじりと待つこと更に数分、ハルカのお許しが出ると同時に俺たちは肉に齧り付いた。
「熱っ! でも、美味っ!」
「これは、想像以上に……」
齧り付くとあふれ出てくる肉汁と脂。
味はシンプルな塩だけだが、これは脂が美味いのか?
食欲をそそる良い香りと、旨味。それに滴る脂によってパリッと揚げたようになった表面の食感が合わさって何とも言えない。
肉質は少し硬いが、噛み切るのに苦労するほどではなく、いかにも肉を食べているという実感を与えてくれる。
「もっと食べづらいかと思ったけど、予想以上に美味しいわね。食べている物が良いのかしら?」
「確か、ドングリを食べさせた高級豚肉がなかったか? それを考えれば、美味い物を食べて運動もしている猪って、実は高級肉?」
「うーん、そう言う考え方もあるわね。締め方さえ失敗しなければ美味しいのかも……。これなら筋切りをして、タレに漬け込めばかなり美味しいお肉になりそう。醤油や味噌が無いのが悔やまれるわ……」
ガシガシと一心不乱に食べているトーヤに比べ、ハルカは控えめに囓りながらそんな批評をする。
「同感。米は我慢できるが、醤油と味噌は重要だよな。普段使う調味料、大抵そのどちらかが入っているもんなぁ。使ってないのはマヨネーズとケチャップぐらい?」
冷蔵庫の中身を思い出しながら言う。
サラダにかけるドレッシングなんかも、醤油が入っている物が俺の好みだ。油とお酢、塩胡椒だけの物は味気なくてあまり好きじゃない。
「ウスターソースも入ってないわよ。私はあまり使わないけど」
「でも、焼き肉のタレとか、俺の好きな料理の味付け、醤油と味噌が重要なんだよなぁ。売ってないかな?」
焼き肉のタレがあれば、多少不味い肉や野菜もきっと我慢できる。
むしろ、それだけでご飯が食べられる。
「どうかしら? 似た物が無いとも言い切れないけど、米、麦、大豆が原料かどうかは解らないわね」
「味が似ていれば別に拘らないが……ハルカは作れないのか?」
「作り方は知ってるわよ? お婆ちゃんの手伝いしたことあるから。でも、その時は乾燥麹菌を使ったからね」
「麹菌……売ってるわけないか」
日本のスーパーですら売っているのを見たことが無い。
ましてや異世界。見つかるとは思えないなぁ。
「一応、知識だけだけど、麹菌の分離方法は知ってるから、金銭的に余裕ができて暇になったら試してみてもいいけど。本当にできるのか怪しいから、少なくとも何年も後になるでしょうね」
「そうかぁ。でも希望があるだけマシか」
ずっと塩とハーブ類だけという食事は飽きるだろうが、そのへんは余裕ができてから追々にするしかないな。
とりあえず、この肉は十分美味しいし。
「ふーー、食った食った! ……そういえば2人ともエルフだが、肉は苦手とか、そういうのは無いのか?」
まだ1つ、地面に刺さったままのハルカの肉に目をやりながらそんなことを言うトーヤに、ハルカがジト目を向ける。
「なに? 足りないの? 自分で焼くならまだあるわよ?」
「いや、単に疑問に思っただけで、そう言うわけじゃ無いんだが……でも、肉は貰う」
否定しながらもハルカが取りだした肉を受け取り、串に刺して焼き始めるトーヤ。
串1つあたり、1ポンドステーキ並みのサイズがあったと思うんだが……獣人だからか?
以前はこんなに食ってなかったよな?
実際、こちらに来る前はトーヤと同じぐらい食べていた俺の方は、1つと半分ほど食べた段階でかなりお腹いっぱいである。
ハルカは……あぁ、最初から俺たちに比べて、ちょっと小さめに切っていたのか。
「俺は特に嗜好が変わったとは思わないんだが、実際の所どうなんだ?」
「そうね……こちらの常識では『日本人は魚好き』、それと同じぐらいな感じで『エルフは野菜好き』かな?」
「なるほど。ある意味、よく解った。じゃあ、普段の食事も気にする必要は無いな」
「そういうことね。さて、トーヤが食べ終わったら、今日はもう引き上げましょ」
「ん? もう帰るのか? まだ日が高いが」
焚き火の準備や調理に多少時間は取られたが、まだ十分に明るい。
街に戻るのに1時間あまりかかることを考えても少し早い気がする。
「基本的に明かりがないんだから、諸々の用事は日があるうちに終えないといけないの。買い取りとか、色々、ね。初めてなんだから、余裕を持って行動しましょ」
「了解」
それから俺たちは、トーヤが肉を食べ終わるのを待ち、少しの食休みを経て街へと帰還した。
◇ ◇ ◇
夕方よりも少し前、街に帰り着いた俺たちは、早速冒険者ギルドへ向かい、薬草の買い取りをお願いしていた。
対応してくれたのは、昨日と同じお姉さん。
俺たちのことを覚えていたのか、ギルドに入るとこちらに気がついて手招きしてくれたのだ。
促されるまま、トーヤが持っていた袋をカウンターに置くと、お姉さんは中を覗いて目を丸くした。
「まあ! 随分とたくさん取ってきましたね。チェックしますから少し待ってくださいね」
お姉さんは渡した袋を持ち、一度バックヤードへ引っ込んだ後、数分ほどして空の袋だけ持って戻ってきた。
「はい、全部問題ありませんでした。計算は少しお待ちください。ルーキーなので、ちょっと心配だったんですが」
そのままにっこりと笑ってハルカに袋を返す。
「そうなんですか?」
「ええ。一応、初めて薬草採取の依頼を受ける人には簡単に説明するんですが、話を聞かない人も多くて、時々無意味な物を取ってきたりしますからね。例えば、ウィードベインの葉っぱだけとか」
「へ、へぇ、そうなんですか」
ウィードベイン。
それはトーヤの鑑定で根っこが必要と判った薬草である。
鑑定が無ければ俺たちも『その話を聞かないルーキー』になっていたはずだ。
ハルカの視線が僅かに泳いだのも、仕方のないことだろう。
「まぁ、それも勉強かと思って、事前に注意したりはしないんですけどね」
本当に良かった。
『勉強』のおかげで下手をしたら俺たち、今日は野宿だったぞ。
「しかしハルカさんたちは間違いも無かったですし、さすがはエルフですね。……そういえば、ウィードベインを集めていないんですね?」
「ええ、今は掘り返す道具を持っていませんし、時間もかかりますから。余裕ができたら追々、ですね」
「そうですか。ご存じかもしれませんが、太い根っこ――大凡親指より太いぐらいの物は高く売れますから、上手くすれば稼げますよ? まぁ、細い根しか手に入らないと、掘り返す時間が必要な分、稼ぎが減ることもありますけど」
はい、知りませんでした。
鑑定が無かったら、ウィードベインは根っこが必要ということすら解りませんでした。
「ありがとうございます。今の時期、他に何か良さそうな物はありますか?」
「そうですね、この時期ならディンドルの実でしょうか」
お姉さんはちょっと考えて、カウンターの下から1冊の本を取り出し、その中の1ページを開きながら教えてくれる。
「このあたりだと少し森の奥に入らないといけないですから、ルーキーにはあんまりお勧めしづらい所はあるんですが……。特に自分たちの力量が把握できない人たちには」
解っていますよね? という風に微笑むお姉さんに俺たちは揃って頷く。
今日はうまく行ったが、それで明日からすぐに森の奥に行こうとするほど俺たちは迂闊ではない。少なくともハルカが居る限り。……トーヤはちょっと危ないな。
「ディンドルはこの絵にあるとおり、握り拳大の赤い木の実で、そのまま食べても良し、干しても良しのちょっと高級な果実です」
図鑑の挿絵は、リンゴとトマトの合いの子の様な果実だ。
説明部分には、高さ5メートル以上に成長した木の先に生ると書いてある。
ただし、『5メートル』というのは『最低でも』というだけで、実際に生えているディンドルの木は何十メートルにもなるらしい。
「ただ、ここにもあるとおり、かなり高い木のてっぺん付近に生るので、木登りが得意な人じゃないと採れないんですよ。幸い、ハルカさんたちのパーティーは、エルフの方が二人もいますし、登れるなら結構良いと思いますよ? 1つ100~300レアになりますから」
高いな!?
買い取り価格でそれなら、販売価格は1つ500レアを越えるのかもしれない。
小さいリンゴ程度の大きさでそのお値段か……値段的には高価なマンゴーみたいなイメージだな。
複数収穫できるなら十分稼ぎになりそうだし、狙ってみるのも良いかもしれない。
「あ、計算が終わったみたいですね」
お姉さんのその声に、図鑑をのぞき込んでいた俺たちが顔を上げると、カウンターの奥から来た人がお金が載ったトレーをお姉さんに渡していた。
「えーっと、全部で8,730レアですね。すごいですね! 薬草だけでこんなに稼ぐ人はそういませんよ?」
「そうなんですか?」
びっくりしたように言うお姉さんに、ハルカが首をかしげる。
ヘルプの補助があったとはいえ、俺たちは別に薬草の分布に詳しいわけではない。
初めてやった俺たちがこれなら、慣れた人ならもっと稼げそうな気がする。
「ええ。ルーキーが薬草採取に慣れる頃には、もっと稼ぎの良い依頼にシフトしていきますからね。程々の稼ぎで良いのなら、薬草採取のプロにでもなれば比較的安全で稼げると思うんですが、冒険者だけに一攫千金を夢見てる若者が多いですから……」
ちょっと困ったように苦笑するお姉さんだが、そんな人がいないおかげで俺たちも稼げるのだから、ある意味、ありがたいかもしれない。
「では、今後も買い取りは大丈夫ですか? 今日は結構採ってきましたけど」
「はい、それは。基本的に乾燥させて使いますので、かなり保存が利きますから。それに、先ほど言ったように、薬草採取をメインにする人はいませんから」
「解りました。では、明日からも頑張りますね。あと、タスク・ボアーを狩ったんですが、買い取りはできますか?」
「はい。牙と毛皮はこちらで、肉の方は直接肉屋に持っていく方が少し高く買ってくれます。面倒ならここでも買い取りますが」
「なら、牙と毛皮だけお願いします」
「了解です。少しお待ちくださいね」
ハルカに促され、俺が持っていた皮と牙の入っている袋をカウンターに乗せると、お姉さんはそれを持って再びバックヤードへと下がり、しばらくしてお金を持って戻ってきた。
「確認しました。傷も無く結構大きいサイズでしたので、2つ合わせて3,500になります。よろしいですか?」
「はい」
「解りました。では、こちらが代金ですね。――しかし凄いですね。どうやって倒したんですか?」
お金をハルカに渡しながら、訝しげに後ろの俺たちを見る。
視線を見るに、『凄い』というのはまともな剣すら持っていない俺たちの装備のことだろう。
まぁ、外見的には冒険者の装備じゃ無いよな。
全員布の服、武器はトーヤの木剣のみ。
でも、ゲームのRPGなら最初はこんなもんなんだけどな。……いや、普通に考えて、ゲームの方がおかしいのだが。
「それは――」
「オレが、こう、木剣を猪の目に突き込んで、息の根を止めてやったのです!」
トーヤが突然口を挟み、木剣を見せつけて胸を張る。
おいおい、ずっとハルカにお任せで何も言わない奴が突然話すから、お姉さんが目をパチクリさせてるじゃないか。
お姉さんは確かに愛嬌のある人だが、獣耳は無いぞ?
「それもナオの魔法の援護があってこそでしょ? ――あ、すみません。ついでに紹介しておきますね。こっちの猪程度で胸を張っているのがトーヤ、後ろのエルフがナオ。
基本的にトーヤが前に立ち、私とナオが援護するのが私たちのスタイルです。交渉などに関しては今後も私、ハルカがするとは思いますが、よろしくお願いしますね」
「ナオです。よろしくお願いします」
「トーヤだ! よろしく!」
ハルカに紹介されて、できるだけ友好的な笑顔を浮かべて頭を下げたオレに対し、トーヤの方はニッと笑顔を浮かべて軽く手を上げた。
トーヤ、それはキャラ作りなのか?
ある意味、似合ってはいるが、少々礼儀知らずじゃないか?
そんな俺の思いを他所に、お姉さんはにっこりと笑って、会釈してくれた。
「これはご丁寧に。私はディオラです。窓口業務がメインの仕事なので、皆さんとは比較的良く会うと思いますので、よろしくお願いします」
こんな所で窓口業務をしているだけあってか、トーヤ程度の態度では微塵も笑顔が崩れないが、トーヤ、フレンドリーと礼儀知らずは違うからな? 後できちんと言っておこう。
窓口のお姉さんの好感度が下がるとか、世間知らずな俺たちにとっては生存率に影響を及ぼす大問題だろ。
それから、お姉さん――改めディオラさんにお勧めの肉屋を訊いた俺たちは、宿に戻る途中でそこに立ち寄り、残っていた肉を全部売ってしまう。
焚き火で焼いた肉はかなり美味かったので少々残念ではあったのだが、保存する術なんて無いだけに、下手に残していて食中毒にでもなったら何の意味も無い。
ハルカが上手く捌いていたことと、量が結構あったこともあり、猪の肉はそこそこの値段で売れ、今後も機会があれば是非持ってきてくれとまで言われてしまった。
その後は真っ直ぐに『微睡みの熊』へと戻り、今度はまとめて数日分の部屋を確保する。
少なくともこれで数日は路頭に迷う可能性はなくなった。
その安心感は大きく、俺たち3人は部屋に入るとベッドに腰を下ろし、揃って安堵のため息をついた。
ホント邪神さんったら、ギリギリの資金しか用意してくれないんだから!