011 初めてのお仕事 (3)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ハルカから簡単な魔法の解説を聞く。
目的の森に到着、薬草を探し始める
薬草を採取し始めて1時間あまりは経っただろうか?
かかった時間の割に、俺たちは結構な量の薬草を採取していた。
まず俺とハルカは【ヘルプ】があるので、じっくりと観察すること無く、薬草とそれ以外が判別ができる。
さらに、採取後の判定に使えば良いと考えていたトーヤの【鑑定】が予想外に有益、いや、今回の採取に関して言えば必須とも言えるほど便利なスキルだったのだ。
最初こそ俺とハルカが採取した薬草の分類に使えればいいや、と思っていたのだが、鑑定結果をよく見てみると、必要なのは根っこだったり、花だったり、種だったりと、葉っぱを採取しても全く意味が無いものが結構あったのだ。
つまり、これが発覚した時点で採取した薬草の大半がゴミと化した。
花や種が付いていない物がほとんどだったし、根っこに関しては今更どこで摘んだのか解らないので掘りようがない。
そもそもスコップを持っていないのだから、解ったところで掘れないのだが。
高く売れるのなら、木の枝とかで頑張ったかも知れないが、こんな場所で採れるものがそう高いはずもないだろう。
幸いだったのは、始めて5分程度でトーヤが気付いたことか。
【ヘルプ】はそのあたりは対応してくれないので、トーヤが鑑定結果に気付かなければ、使えもしない葉っぱを大量に持って帰るところだった。
最初に気付いてくれればなお良かったのだが、【鑑定】を取ったのはトーヤの手柄なので、そこは諦める。一応、鑑定したときは説明を全部読んでくれ、と注文だけは付けたが。
それ以降は葉っぱが必要となる薬草を覚え、それだけを採取するようにした。
ちなみに、ハルカの【異世界の常識】でも、そのあたりはフォローしていなかったようだ。
確かに俺も、ドクダミが薬草として使えることを知っていても、どうやって使うのかとかは知らないよな。このあたりが「常識」と「専門知識」の違いか。
そうやって黙々と草むしりを続けていると、ふとトーヤが顔を上げた。
「……ナオ、なんかヒットしないか?」
ヒット……?
「あっ!」
ヤバい、忘れてた!?
いくらメインの警戒はトーヤに任せていたとはいえ、気を抜きすぎだろ、俺!
慌てて【索敵】を行う。
うん、確かに何か近づいてくる。何かは判らないが、少なくとも小動物では無い。
反応としては、敵対とは言えないが、無害という感じでもない。
「どうする? 迎え撃つか?」
「そうだな……おかしなものじゃなければ、俺たちの昼飯になってもらうか。ハルカ、少し街道の方へ下がっていてくれるか?」
「了解、気をつけてね」
ハルカはすぐに薬草取りを中断して俺たちから離れていき、十数メートル離れたところで木の上へと避難した。
スルスルと登っていくその様はエルフという感じだが、あれがハルカだと思うと、なんか違和感を感じる。
いや、別に元の世界のハルカの運動神経が悪いわけじゃないんだが、木登りをするようなイメージじゃ無かったからなぁ。
「おい、ナオ、そろそろ来るぞ。どうする?」
「そうだな、俺も木の上に避難する。トーヤ、頑張れ!」
「えっ!? オレ1人でやるのか!?」
「いや、だって、俺、武器持ってないし? 危なくなったら『火矢』で援護してやるから。魔物じゃないっぽいし、何とかなるだろ?」
何か驚いているトーヤを放置して、俺もハルカに倣って、側の木に登る。決して怖いから逃げたわけではない。武器がないから仕方ないんだよ、うん。
木登りなんて過去数回程度しかしたことないが、思った以上に簡単に登れる。
そのまま丈夫そうな枝まで登ると、そこに立って下を見下ろした。
気配は近づいているが、緑が濃いため、木の上からでもまだ姿は確認できない。
「……しゃーないか。よし! 頑張るぜ! でも、マジで危なくなったら頼むな?」
「了解、了解。怪我してもハルカがいるからなんとかなるぞ」
「怪我はしたくないんだがなぁ……」
そう言いながら、トーヤも脇の茂みに姿を隠した。
それから無言で待機することしばし、獣道を辿るように姿を現したのは……たぶん猪。
なぜ、たぶんかって?
だって、猪なんて動物園ぐらいでしか見たこと無いからな!
地味な動物だから詳細に観察もせず、スルーしてしまうし。
大きさは2メートルまでは無いか。50センチぐらいの牙が、口元から少し湾曲しながら上方に向かって生えている。
――ん? 猪ってあんなに牙がでっかかったっけ?
あ、そういえば【ヘルプ】があるじゃないか。
どれどれ――『獣(食用)』。
ア、アバウトすぎじゃぁぁぁ!!
思わず叫びかけた俺はたぶん悪くない。
でも、食うことはできるらしいので安心かも。
不確定名『猪』の方はそんな俺の心情とは関係なく、普通に歩いて近づいてきていたが、トーヤが隠れた場所付近で足を止め、鼻をフガフガと鳴らしている。
次の瞬間、茂みから飛び出したトーヤの振った木剣が、その頭に叩き込まれた。
ガン、と響く鈍い音。
「チィッ!」
上手くヒットしたと思ったのだが、トーヤは悔しそうに舌打ちして、すぐに退く。
猪は軽く頭を振ると、不満そうに頭を振って鼻を鳴らすと、トーヤをにらみつけた。
どうやら逃げる心配は無さそうだが、ダメージの方も無さそうである。
クリーンヒットでこれはマズいか?
「トーヤ! 大丈夫そうか?」
「判らん! 取りあえず頑張る!」
そりゃそうか。初めての戦闘だからな。
援護……『加重』は下手したら、体当たりのダメージが増えるよな。使うなら『時間遅延』か?
初めて使う魔法だが、幸い、魔力はかなり回復している。
それにこの魔法なら、もし失敗してもそうそう悪いことにはならないだろう。
「――『時間遅延』!」
猪に向かって手を突き出し、そう唱えると、一瞬猪がぼやっと光り、動きがごく僅かに遅くなったような気がする。
「トーヤ! 猪の動きが少し遅くなった、かもしれない。あまり期待せず頑張ってくれ!」
「お、おう? とりあえずサンキュ!」
何とも微妙な俺の言い方に、トーヤの方も微妙な表情でお礼を言う。
いや、だってさ、突進途中とかならともかく、様子を窺っている段階では判りにくいじゃん?
「じゃあ、やりますか! 【チャージ】!」
トーヤがそう言った瞬間、その姿がぶれるような速度で動き、その一瞬後には猪の目に木剣を突き込んだトーヤの姿があった。
ピギャァァァ!!!
悲痛な声を上げながら、そのままもがきながら倒れ込む猪。
その直前にトーヤは木剣を引き抜き、後ろに下がっていた。
そのまま少しの間、足を動かしていた猪だったが、すぐにピクピクとしか動かなくなった。
なるほど、頭蓋骨が硬いから、眼窩から脳を破壊したのか。理解はできるが、最初の戦闘でそれをやってのけるとは……トーヤ、恐ろしい子!
「やったのか?」
「たぶん?」
木の上からそう訊ねると、トーヤの方も自信は無いのか、そろそろと猪の方へ近づいて木剣で突いている。
「……大丈夫そうだな」
足をピクピクと痙攣させるのみで、猪が動かないのを確認して、俺は木から下りた。
「初勝利、だな」
「うん。なんというか、嬉しいことは嬉しいんだが、少し微妙な気分かも……」
「まぁ、生き物を殺す機会なんかなかったしな……」
当たり前だが、普通に生活して生き物を殺す機会なんてほとんど無い。
虫とかを除けば、精々魚を絞めるときぐらいだ。
それすらも魚釣りにでも行かない限り、ほぼ機会は無い。
足の動きを止めた猪を前に、無言になってしまう俺たち2人。
「――ほらほら、ボケッとしてないで血抜きするわよ」
「あ、ハルカ」
いつの間にか側に来ていたようで、ハルカがナイフを取り出して猪に近づいていく。
「今までだって自分でやっていないだけで、動物を殺して食べてきたんだから。あれは良いけど、これはダメ、とかおかしいでしょ?」
ハルカはそう言いながら、首にナイフを突き刺して血抜きを始める。
さらにお腹を捌いて内臓を取り出す。
「本当は吊した方がやりやすいんだけど……あなたたちもよく見ててよ? そのうちできるようになってもらうから」
うっ、これをやるのか……。
地面に溜まった大量の血と、血にまみれた何とも生々しい内臓と臭いに、なんだか酸っぱい物がこみ上げてくる。
トーヤの方は、と横目で見ると、こっちも顔から血の気が引いて青くなっている。多分俺の顔色も似たような物だろう。
「あ、ミスったわね。穴を掘る道具を持ってきてない」
埋めないと、野生動物が寄ってくる可能性が――と言いながら、ハルカは周りを見回し、トーヤの持つ木剣に目を止めた。
「!? だ、ダメだぞ!? 俺の剣は!」
それに気付いたらしいトーヤが慌てたように木剣をハルカの視界から隠すが、ハルカは肩をすくめて首を振る。
「それが金属製のブロードソードなら容赦なく使ったけど、それじゃただの棒でも変わりないわね」
確かに、ブロードソードなんかはほぼ鈍器と変わらないので、日本刀などと違って穴掘りに使ったからと言って切れ味が鈍る心配はないだろう。
木剣が棒と同一視されたトーヤはやや不満そうだが、じゃあ使う、と言われても困ると思ったのか、何も言わない。
「その代わり、2人で穴を掘ってね。方法は任せるから」
「了解」
道具も無しに穴を掘るのは大変そうだが、解体をハルカに任せている以上、否やはない。
トーヤと二人して、そのへんの木の枝や石を利用して穴を掘っていく。
森の中なので、決して固い地面というわけではなかったが、それでもまともな道具がないだけに、なかなか時間がかかる。
「近くに川でも有れば肉を冷やした方が良いんだけど、今は水洗い程度かなぁ」
俺たちが手間取っている間にもハルカは手早く作業を進め、毛皮を剥ぎ、その上に適当な大きさに分割した肉を並べ、それを魔法で出した水で洗っていく。
そして、俺たちがやっと臓物を埋め終わった頃には、革袋への収納まで終わらせていた。
「その……ハルカ、すまん。――いや、ありがとう」
「ホント、助かる。ありがとう」
そう言って頭を下げる俺たちに、ハルカは苦笑して首を振った。
「仕方ないでしょ。この世界で生きていくためにはやるしかないし、あなた達はできないんだから……」
そう言いながらも顔色はあまり良くない。
スキルとしての【解体】こそ持っているものの、実際にやるのは初めてだったのだから、それも仕方ないことだろう。だがそれでも、殺しただけで動揺していた俺たちよりも地に足を付けている。
「ま、できるだけ早く覚えてよね。どうせこの世界で冒険者をやってたら、嫌でもグロ耐性が付くから。今回みたいに綺麗に斃せることばかりじゃないんだから」
「そう、そうだよな! まぁ、あれだ。見方によれば、ホルモンだろ? レバー、ハツ、センマイとかと思えば、何とかなるかも?」
「いや、まぁ、カットすればそういう事だが……。業務用スーパーとか行けば、豚足や鼻、耳とかだって冷凍されて売っているわけだし……」
見方を変えて何とか自分たちを納得させようとする俺たち。
とはいえ、見た目としては同じでも、やはり『血』が流れるというのはかなりショックを受ける。
でも、慣れないとダメなんだろうなぁ。ただの獣どころか魔物もいるらしいし、血を見て動揺していたら、冒険者としては致命的である。
「言っておくけど、内臓は食べちゃダメよ? 特に消化器官。焼けば大丈夫だとは思うけど、危険を冒すほどじゃないしね」
「あぁ、そういえば日本でもレバーで死んだ人もいたな。この世界で食中毒は怖いな……」
「消毒液なんかないだろうしなぁ。ノロウィルスとか、アルコールでも死なないんだろ?」
塩素消毒が必要なんだっけ? 次亜塩素酸……いわゆるカビ○ラーとかそう言うのだよな?
塩素系漂白剤でも良いのか? ブ○ーチとか。
どっちにしろ、作り方なんか解らないが。
「とりあえず、この世界に慣れるまでは避けられる危険は、極力避ける。これが絶対よ」
「この世界だと食べられないのか、ホルモンは?」
「いいえ。食べられてるけど、腐敗しやすいから、注意が必要なの」
ホルモンの焼き肉、嫌いじゃ無かったが、普通の肉があるなら拘るほどでも無いな、うん。
基本的に、モツ関連は下処理に手間がかかるらしいし。処理済みのモツをスーパーで買ってくるのとは違うのだ。
「ところで、トーヤ、さっきの猪、鑑定したか? 俺のヘルプでは『獣(食用)』って表示されたんだが」
「それはまた……有益と言えば有益なのか? 狩る前に食えるかどうか解るんだから。鑑定結果は『タスク・ボアー』だったな。肉は食用、牙と毛皮が利用可能と書いてあったはず」
「へぇ、牙も? どれどれ……」
ハルカが解体して分けて置いてあった牙を、拾い上げてみてみる。
思ったよりもずしりと重く、叩いてみると中身の詰まったかなり丈夫そうな音がする。
「この牙、中身があるんだな」
「中身? 普通はないの?」
不思議そうに首をかしげるハルカに、俺は頷く。
「ああ。確か猪の牙って空洞だったはず。大きさもたぶん、大きいよな?」
「大きさは明らかに大きいわ。それに太いし。長さだけならそういう種類の猪もいた気がするけど」
ハルカによると、日本に居る猪の牙はあまり大きくないが、世界には牙の長い猪も居るらしい。
逆に長すぎて、反り返った牙が自分の頭に突き刺さる事もあるとか。
それって生物としてどうなの? と思わなくもないが、元の世界ですらそれなのだ。異世界の猪ならこの程度の差、誤差の範囲だろう。むしろそのおかげで牙が売れるのだから、全く問題ない。
「さて、そろそろ薬草取り、再開しようぜ。――場所、少し移動した方が良いか?」
「そうね。血の臭いに獣が寄ってきても困るし、少し離れましょ」
それから俺たちは、猪を狩った場所から20分ほど森沿いを移動して、新たな採取場所で昼まで作業を続けたのだった。