010 初めてのお仕事 (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
翌日、薬草採取のために森へ向かう。
その途中、身体能力や魔法を把握するために実際に使ってみる。
「終わったの?」
「うわっ! き、来ていたのか」
背後からかけられた声に慌てて振り返ると、いつの間にか、ハルカが俺の後ろに立っていた。
ハルカだから良いようなものの、これが敵だったらヤバいよな?
戦いに慣れてきたら、そのうち気配を察知できるようになるのだろうか?
ちなみに、魔法が見たいと言っていたトーヤの方は、その後ろの方で一心に木剣を振っている。
なにやら剣舞みたいな事もしているが、あれもスキルの効果だろうか? 切れの良い動きはちょっと見、素人には見えない。
「どうだった? 使えそう?」
「そうだな、『着火』は火打ち石の代わりにはなるな。『火矢』は攻撃には十分使える……と思う。動く敵に当てられるかという問題はあるがな。時空魔法の方は今のところ、微妙? 魔力に余裕があれば、持続時間を延ばして荷物をたくさん持ち帰るとかに使えそうだが。ハルカの方は?」
「光魔法は結構使えそう。治癒とかあるしね。とは言っても、まだ大怪我は治せないからそれは気をつけて。風と水はレベル1だから、戦闘では使い道が無いかも。水を出せたりするから、生活には便利だろうけど」
「となると攻撃手段は?」
「ダメね。現状では音を出して気を引いたり、水をぶっかけて驚かせるのが精一杯。早めに弓を手に入れないと役立たずだわ」
「いや、治療ができるだけで十分ありがたいが。それにハルカには戦闘以前に世話になっているしな」
ハルカは困ったように首を振るが、しばらくの間は戦いぐらいは俺とトーヤに任せて欲しい。
【異世界の常識】を持っていることもあるが、元々ハルカは俺たちよりしっかりしたところがあるので、心強いのだ。――男としてはちょっと情けないが。
あと、正直、怪我が一番怖い。
この世界では、働けなくなればホームレス待ったなし、なのだ。
治癒が可能なハルカの価値は、それだけでも十分に高い。
「そういえば、魔法って使う魔力量で威力が変わると思うんだが、治癒はそうじゃないのか?」
「それは同じ。だけど……そうね、これはトーヤにも言っておかないと。トーヤ! 素振り止めてこっち来て!」
「お、魔法のテストは終わったのか? どうだった?」
ハルカの言葉にピタリと動きを止めて、汗を拭いながらこっちにやってくるトーヤ。
さっきも思ったが、雰囲気だけなら強者っぽいぞ?
元の世界では剣道すらやったことないはずなのに。
これが【剣術】や【剣の才能】のおかげなら、スキルの影響というのはかなり高そうだ。
「一応、簡単な攻撃魔法は使えそうだ。トーヤは随分変わった感じだが?」
「おう。なんか、身体が勝手に動くんだよな。心構えはともかく、動きだけならかなり自信が付いたぞ。【剣の才能】と【剣術】のレベル3は伊達じゃ無いって事かな」
はっはっは、と嬉しげに笑うトーヤ。
レベル3がこの世界でどの程度か解らないが、少なくとも初心者では無いだろう。
トーヤには是非、壁として頑張ってもらいたい。
「私の方は、今のところ治療専門だね。それで一応注意事項をね。魔法の威力は魔力を多く使えば上がるんだけど、治療に関しては治せる範囲は増えても、治せる傷の深さは変化しないから気をつけて」
「……つまり?」
トーヤが少し考えて、理解できなかったのか首を捻ってハルカに再度聞く。
「例えば、トーヤが体中滅多切りにされても、魔力をたくさん使えばレベル1の『小治癒』で一度に治療できる。
でも、深い刺し傷で太い血管が切れていたら、魔力を多く使っても『小治癒』では治らない。一つ上の『治癒』を使う必要がある、ってこと」
「ふむ……肉を切らせて骨を断つ、みたいな戦い方はダメと言うことだな。大ダメージを狙うよりも、慎重に小さく削っていく戦い方を心がければ良いと」
「特に、部位欠損には気をつけてね? 治せる人がほとんどいないから、事実上、治療は無理。魔法が使える状況なら、胴体を刺されるよりも、指を落とすほうが厄介だから」
「おう。気をつける」
普通なら致命傷の怪我よりも、命に別状の無い指の方が大事なのか。
逆にハルカが癒やせないような状況だと、刺される方がヤバいと言うことになるわけだが……。
もしもの時に、どれだけ冷静に考えられるか解らないが、俺も気をつけないとな。
「ついでに、魔法についての常識を少し解説しておこうかな」
「え、今更? それって、練習前にするべきなんじゃ?」
普通に使えるようになったんだけど?
「もちろん、先にしなかったのは理由があるわよ? 後で説明するけど――この世界、私たちみたいにスキルレベルを見たりできないという話はしたわよね?」
あぁ、少なくとも俺たちみたいに気軽に確認する方法は無い、って話だったな。
……あれ? 俺、その表示から使える魔法を確認して、使ってたんだけど、この世界の人はどうしてるわけ?
「うん、ナオが気付いたみたいに、この世界の人は『何レベルになったからこれが使える』という事は解らないの」
ではどうするかと言えば、魔道書を手に入れるか、師匠から教えてもらうらしい。
魔道書と言っても、書かれているのは『この魔法はどんな効果でどのくらいの威力』という事だけで、言うなれば規格書みたいな物である。
つまり、『何レベルだから何の魔法が使える』ではなく、『これらの魔法を、魔道書の通りに使えれば何レベル』という基準でしかないのだ。
「えーっと、つまり簡単に言うなら、魔法のレベルはどのくらい難しい魔法が使えるかで、魔法の種類は決まっていないってことか?」
「そういう事。これを最初に教えなかったのは、その方が応用が利くようになるかと思ったんだけど……どうだった?」
「それは……」
例えば最初に「『着火』はロウソクぐらいの火が指先にともる魔法」と聞いていれば、まさにそのまま使っていた気もする。
固定観念が着くのを避けるためと言うことであれば、正しかったのかも?
「よく解らんが、まぁ、問題ない?」
「まぁ、そうよね。比べられないし」
ハルカがそう言って苦笑する。
こう言うのって一種の教育論になるのかも知れないが、同じ条件での比較ができない以上、どっちが良いとか解りにくい。
取りあえず、いろんなタイプの『着火』が使えたので、問題は無いと言うことで良いのだろう。
「じゃぁ、なにか? その魔法リスト? に無い魔法も自由に作って使えるって事か?」
俺たちの話を聞いて首を捻っていたトーヤが、ハッと気付いたように訊ねると、ハルカは頷いた。
「魔力と魔法の制御力の許す範囲でなら、だけどね」
「うわっ、マジか! 夢が広がる~~。あー、魔法を取らなかったことがちょっと惜しくなってきた」
「言っておくけど、そんな楽に使えたりはしないわよ? 私たちがリストにある魔法とその応用程度の魔法が使えたのは、たぶん邪神による補正だと思うし」
通常、魔法を覚える場合には、使いたい魔法の基準(普通は魔道書の規格通り)をきっちりと決めて、それと同じ物が安定して発動するように何度も何度も練習を繰り返す。
俺たちの場合は、スキルレベル分『安定して発動できるようになった状態』で転生しているため、普通に使えるし、その魔法の応用の範囲なら苦労せずに使えるんじゃないか、というのがハルカの考察である。
「だから、新しい魔法を覚える場合は、多分他の魔法使いと同じような訓練が必要でしょうね」
試しにハルカも、一番得意な光魔法で、リストに無い魔法を想像して使ってみたものの、全く発動しなかったらしい。
どうもレベルが上がればリストに追加され、サクッと使えるようになるってのは楽観的すぎるみたいだ。
「トーヤも今後、剣の腕を上げようと思ったら、良い師を見つけるか、自己流で必死に鍛錬しないといけないかもね」
「いや、すでに剣術のスキルがあるんだから、自己流とは違うんじゃないか? そのへん、どうだ?」
「うん、自然と身体が動くんだよな。これが何らかの流派に則った動きかどうかは解らないが……取りあえずスキルすげぇ!」
その場で、シュバババ、っと木剣を振るトーヤ。
一応、俺も【槍の才能】と【槍術 Lv.2】があるんだが……あんなに動けるのか? イマイチ実感がわかない。
「ま、全員この程度動ければ、東の森では問題ないはずよ。――結構時間を取っちゃったし、軽くランニングしながら行く?」
「おう、オレは構わないぞ。幸いというか何というか、服装はただの服、武器は木剣で荷物はほぼ空だからな!」
「そうだな。できるだけ多く採取しないと宿にも泊まれなくなる」
「さすがに宿代は稼げると思うけど、ある程度貯めないとその日暮らしになっちゃうからね。疲労しない程度、普通に会話できるぐらいの速度で走るわよ」
「了解。――できるだけ早く帰りたいしな」
体感的には1時間以上、ここで過ごしている。
少なくとも食料を買ってきていない以上、街に帰らなければ昼食にはありつけないのだ。
かといって中途半端に切り上げれば、宿に泊まれないし、翌日以降の食事にも響く。
なんともやる気の湧き上がる状況である。
◇ ◇ ◇
3人揃って軽めのジョギング――とはいっても、元の世界なら十分速い速度で走りながら進むことしばし、道の右手前方に森が見えてきた。
街道から数十メートル離れたところから森が始まり、その端はここからは確認できない。
少なくとも数キロメートルに渡って森が広がっているようだ。
「あれが目的の森か?」
「そうだと思うわ」
「結構広い森だな。どれくらいあるんだ?」
「さぁ、そこまでは調べてないわ。深く入らなければ危険な魔物は出ないって事だから、街道近くで採取するわよ」
「了解」
森は街道に沿って伐採されたのか、近づくにつれて古い切り株が点在しているのが見えてきた。
「この辺り、木材を採取したのか、結構切り株が残ってるな」
「う~ん、たぶんだけど、安全の為じゃない? 道の側まで森があったら、動物や盗賊なんかが身を隠しやすいでしょ?」
「あぁ、なるほど」
確かに襲撃の危険性を考えると、その方が安全だよな。
それにこのあたりに残っている木はあまり太くない広葉樹なので、薪ならともかく、木材としては使い勝手が悪そうである。
「さて、それじゃ、早く採取を始めるわよ」
「おう……って、オレ、薬草なんて判らないぞ?」
「あ、俺も……」
しまったな。冒険者ギルドで聞いておくべきだったか。
ハルカに全部任せてたからなぁ。
「それは大丈夫よ。たぶん」
「お、ハルカが薬草講座でも開いてくれるのか?」
「いいえ。私の【異世界の常識】でも何となく判るだけだからね。それよりもナオ、そこの草を見て『何か知りたい』と考えてみて」
「ん? おう……」
1本の草を指さしてそんなことを言うハルカを訝しく思いながらも、俺は言われるまま草を見る。
すると、その草に重なるように『薬草』と書かれた半透明のタグの様なものが表示された。
「えっ? なにこれ。こんな機能あったのか?」
まるでSFのAR表示。
ステータス表示されるんだから、あっても不思議では無いが……。
「なにが? オレは何も起きないぞ?」
俺が薬草(?)を指さしながらそう言うが、トーヤの方は訳が分からないように俺の顔と指先を交互に見ている。
それを聞いてハルカの方は納得したように頷く。
「やっぱりね。さっき気付いたんだけど、これ、たぶんヘルプの機能。判る内容は【異世界の常識】とほぼ変わらないようだけど、逆に私の場合、考えなくても判るからこんな機能があるとは気付かなかったんだけど」
「半ば忘れていたんだが、20ポイントは伊達じゃなかったのか。これがあれば、薬草採取は捗るな。……というか、俺、ぼんやりしすぎ?」
頼りになる幼馴染みがいるおかげで、ちょっと危機感が無かったかもしれない。
スキルが命綱なんだから、もっとしっかりと検証するべきだった。
そう考えると、あとよく解ってないのは【索敵】と【看破】か。
【索敵】は重要そうだから、すぐに検証すべきだな。
【看破】の方はハルカも持っていたはず。
「なぁ、ハルカ、【看破】って使ってみたか?」
「ええ。もちろん。相手の強さ……というか、ステータス? を確認できるスキルみたいね。ただ、強い人にはあまり効果が無いみたい。ルーキーっぽい冒険者相手ならスキルも見えたりしたけど、ベテランだと何となく強そうという程度にしか解らなかったわ」
をう、さすがハルカ。しっかり検証済みですか……。
強い相手に効かないのは不便だが、それでも格上と言うことが判るだけ便利かもしれない。
「あとは、魔物相手に使ってみて、どうなるかは調べないといけないわね」
「なるほどな。あとは【索敵】だな。使ってみるか……」
なぜか使い方が判る、という不思議な感覚を再び感じながら周囲の気配を探っていく。
レーダーのようなマップが表示されるかと思ったが、全然そんなことはなく、何となく方向と反応の強弱、敵対的かなどが解る程度。
魔法と違って何か消費するという明確な感覚は無いが、細かい作業を延々やらされるような精神的疲労を感じるので、ずっと使い続けることは難しそうだ。
「どうだ?」
「うん……なんか生体反応は感じるが、明確に敵意というのは感じないな」
「ああ、それはオレも感じられるな」
「そうか――って、お前、【索敵】持ってないよな!?」
「おう!」
「えぇ~~、じゃあ、俺の【索敵】、意味なし?」
一応これ、10ポイント使ったんだぞ?
獣人の超感覚的なナニかでどうにかなるなら、意味ないじゃん!
「そのへんは種族特性と考えるしかないんじゃない? でも、素の状態で判るなら、トーヤも近いうちに【索敵】スキル、取れるかもね。私は全然判らないから」
「そうそう。それに、索敵の頭数が増えるのは悪いことじゃないだろ?」
「そりゃそうだが……」
解っているが、何とも釈然としないこの気持ち……。
「でも、敵性反応が無いのは良い事ね。ま、お昼ご飯用に獲物を獲らないといけないし、魔物が近づいてくるかもしれないから、適宜チェックはしておいてね」
昼食は抜きじゃ無くて、現地調達だったらしい。
「お昼はジビエですか……」
「そうよ。別にその辺の野草を食べても良いけど、天ぷらにでもしないと食べられた物じゃないわよ?」
「やっぱそうだよなぁ、山菜って大抵えぐみがあるし。それに、野草の天ぷらなんて、衣と調味料の味、それに僅かな風味だけだよなぁ」
山菜とか言っても、普通にお腹に溜まるような物は案外少ない。
珍しいから旅館とかで出されるだけで、普通の野菜としてスーパーで売っていたら、たぶん買わない。
「そもそも油も小麦粉も無いからね。あるのは塩のみ。獲れなかったらお昼は無しだから。二人とも、頑張るように!」
「「了解です!!」」
飯抜きはキツい。
それに解体はハルカに任せるんだから、せめて仕留めるぐらいはしないとな。
「おい、トーヤ、なにを狙う? というか、お前の【索敵】もどきでどんな獲物か判るか?」
「いや、大きいか小さいかだけだな。そもそもどうやって仕留める? 武器はオレの木剣だろ? お前の『火矢』は良い感じに仕留められるか判らないし」
「そうだな。炭になったら食えないしな」
「だろ? となると、鳥は難しい。ウサギみたいな小動物も逃げそう。そうなると、猪とか、鹿とか、場合によってはこっちに攻撃してきそうな奴らが良いんじゃないか?」
「そうか。問題は、そういう動物がこの世界にいるかどうかだけどな」
「だな」
「はいはい、二人とも。狩りの相談も良いけど、まずは薬草を集めるわよ。これに今夜ベッドで眠れるかどうかが掛かってるんだから」
俺とトーヤが猟の相談をしていると、ハルカが手をパンパンと鳴らして、地面を指さす。
「取りあえず、種類は判らないけど、薬草はそれなりにあるみたいだから、手当たり次第採取するわよ」
「了解。これなら迷うこと無く採取できるな」
意識して地面を眺めると、【ヘルプ】のおかげで薬草がどれかすぐに判る。
迷う必要がない分、かなりの時間短縮ができるそうだ。
「あの~、オレ、ヘルプ取ってないんだけど」
「トーヤは分かりやすいものだけ取ってくれる? あと、【鑑定】があったよね? 試しにこれを鑑定してみて」
そう言ってハルカは手の上にニラみたいな薬草を乗せてトーヤに差し出す。
「えーっと、薬草『ハーウォート』、傷薬の材料、だな」
「へぇ。やっぱり【鑑定】の方が情報が多いのね。じゃあ、トーヤには種類ごとに分けてもらうのと、警戒の方をメインにしてもらおうかしら」
「ん? 分けるだけなら【鑑定】は不要じゃないか? 何か判らなくても、ギルドに持ち込めば買ってくれるだろ?」
「そりゃそうだけど、区別が付きにくい物とかあるかもしれないじゃない? どちらも薬草として使えて、見た目も似ているけど、違う物とか。それに、効果とかも把握できるならしておいた方が良いと思うしね。余裕ができたら、私の錬金術で使うこともあるだろうし」
ああ、植物ってたまにそういうのあるよな。
説明してもらっても区別がほとんどつかなかったり。
「なるほど。了解。警戒は基本オレに任せて、2人は頑張って採取してくれ!」
そう言って木剣を構えて胸を張るトーヤ。
「いや、判りやすい薬草は採取しようぜ?」
「そうよ。感覚で分かるんだから、多少採取しながらでも警戒はできるでしょ?」
俺たちがそう指摘すると、トーヤはしょんぼりしてしゃがみ込み、草をかき分け始めた。