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099 新築祝い

前回のあらすじ ------------------------------------------------------

8日ほど南の森で討伐を行う。

家が完成したので、ベッドや布団などを注文。

それらの完成を待って拠点を移す。

 新しい家に引っ越したその日の晩、買ったばかりのテーブルの上には、大量の料理が並べられていた。


 カニやエビの姿焼き、豚しゃぶ風の鍋、鮎の塩焼きからトンカツまで。

 統一性は無いが、女性陣が腕を振るった、日本を思わせる料理が良い匂いを漂わせている。


「さて、それじゃナオ、挨拶を」

「え、俺?」


 さあ食べるか、とテーブルに着いたところで、突然ハルカに振られた。

 他のメンバーに視線をやると揃って頷かれてしまったので、俺はカップを手に取って立ち上がる。


「――え~~~、みんなで頑張ってきたおかげで、こうして自分たちの家を持つことができました。多少危ないこともありましたが、それでも五体満足でいられるのは慎重に仕事を選んできたからだと思います。これからもボチボチ頑張りましょう。そして、ハルカ、ユキ、ナツキ、美味しそうな料理をありがとう。乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 全員で唱和し、カップに口を付ける。

 うん、美味い。酒じゃなくてジュースだけど、陶器製のカップになったおかげか、それとも雰囲気からかいつもより美味しく感じる。


「まずはなにから……」


 カップを置いてテーブルを眺める。

 どれも美味そうだが……トンカツから行くか。


 色々食べられるようにと、料理ごとに大皿に盛られているので、それを自分用の取り皿に取り分ける。


 その上から自家製のインスピール・ソースをたらり。

 箸でつまんで口の中に。


 その途端、口の中に芳醇な香りが広がり、噛み締めるとじゅわりと肉汁が溢れて、さっくりとした衣とソースが混ざり合い、頬が緩む。


 日本で使っていたソースに比べるとフルーティーだが、それも悪くない。


 ぶ厚く切られた肉は、普通のトンカツ屋では見られないほどで、とても柔らかく肉汁たっぷりである。


「どう?」


 少し心配そうに、そう訊いてきたのはユキ。


「美味い。衣はさっくり、中はジューシー。インスピール・ソースの甘辛さもちょうど良い。これ、ユキが作ったのか?」


「うん。揚げ油にラード(?)を使ったのは初めてだったから、少し心配だったんだけど、しつこくない?」


「いや、むしろさっくりしてる?」

「ああ、サラダ油と違って常温で固体だから、それはあるかも」


「ちなみにラードって……」

「オーク肉の脂。肉もオークね。ちなみに、あそこの豚しゃぶもオーク。あれはナツキ作だけど」


 卓上コンロなんて無いので、自分でしゃぶしゃぶすることはできないが、薄切りにされた肉と野菜が煮込まれた鍋もまた美味そう。


 器に取り分け、スープを一口。


「……おぉ、上品な味。美味い」


 そう口にしてナツキに視線をやると、俺を見てニッコリと微笑んでいた。


 基本的には塩味なのだが、ほんのりと利いた胡椒と、野菜と肉の旨味が絶妙。

 スープと一緒に肉と野菜も頬張れば、優しい味でいくらでも食べられそうである。


「となると、ハルカは……」

「私は焼き物担当。エビやカニ、鮎の塩焼きとかね。ついでに、そっちのパンも焼いたわよ」


 俺の視線に気付いたハルカが、テーブルの端に置いた籠に盛られたパンを指さす。

 ほぅほぅ。カニやエビはトーヤが無言でほじくっているから、俺はパンでも食べてみようか。


 カゴから1つ手に取ってみると……柔らかい。


 この辺りで売っているパンは、柔らかい物でも案外重いのだが、このパンはかなり軽い。そう、日本で売っているパンと変わらないぐらいに。


「天然酵母を使って2次発酵させてみたわ。悪くない出来よ。時間が掛かるから、あまり頻繁には作りたくないけど」


 そう言って苦笑するハルカを見ながら、パンを一口。


 おぉ、柔らか。こちらで売っている歯ごたえがあるパンもそれはそれで美味いのだが、柔らかいパンは柔らかいパンでやはり美味しい。


 そしてふわりと香る微かな匂い。


「これ、なんか良い匂いが……」

「ドライフルーツを使った酵母だから。胡桃入りのパンもあるから、そっちも食べてみてね」

「おう、ありがとう」


 ハルカに薦められるまま、胡桃入りのパンも口にする。

 こっちも美味い。香ばしい胡桃の香りと歯ごたえがなんとも言えない。


「しっかし、こっちに来たとき、最初に屋台のメシを食べたときは、ここまで美味い食事ができるようになるとは思わなかったなぁ」


「ホントにね。あたしもサールスタットでは絶望しかかってたよ、正直言って」


「この世界ではああいう物なのかもしれないが、あの賃金は酷いよな」


 俺の言葉に、全員が揃って頷く。

 本当に生存できる最低限というか、働くために生きているというか、そんな賃金だったからなぁ。


「ハルカたちは上手くやったよね。尊敬するよ」

「はい。私も何とか状況を変えようとは考えましたが……」


「私たちは3人だったから。前衛を任せられるトーヤと武器無しでも魔法で戦える私とナオ。この組み合わせだったからこそよね」


「スキル構成が上手くかみ合ったよな」


 ……いや、かみ合うように、ハルカが調整したと考えるべきか?


 ハルカのスキル構成なら、多分、前衛ができる仲間が1人いればなんとかなっただろう。

 治癒ができて、異世界の常識があり、補助スキル、遠距離攻撃スキルもある。


 逆に近接戦闘スキルが無いのが不思議なぐらいで、俺かトーヤがいなければその点で苦労しそうだが……。


 ハルカを見るとニッコリと微笑んでいる。

 うーむ。



「みんな、食べながらで良いから聞いてくれる?」


 料理も半分以上無くなり、みんなの手が止まり始めた頃、ハルカがそう声を上げた。


「そろそろギルドに、オークの巣の殲滅報告をしようと思うんだけど、どう?」


「そっか、オークか。マジックバッグにストックされているオークの数も大分減ったし、良いんじゃないかな?」


「だよな。無駄に引き延ばす必要も無いよな」


「私も概ね賛成ですが、その前にもう一度、オークの巣を確認に行きませんか? 前回行ってから時間が経っていますし、またオークが住み着いていたら……」


「失敗と判断される可能性……というか、虚偽報告と思われる可能性もあるか」


 巣の殲滅を行ってから……2週間は経ったか?


 確かにそれだけあれば、何匹かのオークが森の奥から出てきている可能性はある。


 俺たちが殲滅したオークなんて、森の浅いところに巣を作った一部のオークに過ぎず、森の深いところにはもっと多くのオークが生息している、らしい。資料によると。


 結局のところ、オークの討伐依頼は、街道にオークが出てこないようにするのが目的なのだ。

 森から完全に殲滅することなんて、土台無理な話である。


「オークリーダーの魔石はあるけど、フォローはすべきね。それじゃ明日、確認に行きましょ」


 そのハルカの提案に、揃って頷く俺たち。

 思えば東の森に入るのも久しぶりである。


「しかし、適度に出てきてくれれば役に立つんだけどな、オークも」

「ゴブリンなんかよりもよっぽど美味しい獲物よね、味的にも、金銭的にも」


「あ、オークの肉、1匹か2匹は残しておこうぜ。自分たちが食べる用に」


「賛成! ――あっ、そういえばアエラさんへの納品はどうする? オークをギルドに売っちゃったら、困るよね?」


「それがあったか……」


 アエラさんの店は好評で、恐らく俺たちが肉を卸さなくなっても問題なく経営できるとは思うが、可能な限り援助してあげたい。可愛いエルフさんだし、なによりインスピール・ソースを譲ってもらった恩がある。


 美味しいトンカツも、このソースあってこそ。他にも使い道は多く、正に値千金である。


「そうね……肉はあまり売らず、魔石を渡すことにしましょうか? そもそも私たちのマジックバッグの容量を誤魔化すために、報告を遅らせていたんだし」


「それは良いですね。私たちにも損は無いですし」

「みんなもそれで良い? ……うん、じゃ、それでいきましょ」


 アエラさんの店の消費量からすれば、現状の在庫でも恐らく数ヶ月は保つ。

 それに、アエラさんに事情を話して、今より肉料理の割合を減らしてもらえばもう少し延びるだろう。


 これからもたまにはオークも出てくるだろうし、家を手に入れたのだから不要なマジックバッグを持ち歩く必要も無い。


 必要になりそうな素材は売らずに、マジックバッグに入れて家に保管しておけばいい。


「それから、今後の報酬に関してだけど、半分を共通費、半分をそれぞれに分配にしようと思うんだけど、どうかしら?」


 今まではとにかく生活を安定させるため、無駄遣い禁止、全員のお金をまとめて効率的に使う、という方針だったわけだが、ひとまずの生活の安定は手に入れた。


 ハルカ曰く、この機会に自分のお金は自分で管理しよう、ということらしい。


「うーん、共通費の範囲は?」


「武器防具も含めた冒険に必要な物全般と、食費や家の修繕費、共用部分の家具類……ぐらいかしら? 服は……普段着る物と下着は各自で。自室の家具も自前で」


 ふむ……下着と服さえ買えば後は自由に使える金か。

 全然問題無さそうだな。基本は貯金だろうけど。


「はい、それなら良いと思いますよ。そんなに贅沢するつもりもありませんし」

「オレも。服とたまに買い食いするぐらいしか使わないだろうし」


 気楽にそんなことを言うトーヤに、ハルカはため息をついて口を開いた。


「トーヤ、一応言っておくけど、老後の資金は貯めておきなさいよ? コツコツと」

「おおぉぅ、二十歳はたちにもなってないのに老後の心配が必要なのか……」


「日本だと、社会的制度として年金と保険料が自動的に貯蓄されるけど、こっちだと全部自己責任だから」


 鼻白むトーヤに、ハルカは現実を突きつける。


 批判はありつつも、それでも一般人にとってありがたいのが健康保険制度なんだよなぁ。


 母さんも『保険料が高い』とは言っていたが、アメリカの医療費を見ると、下手をすれば1回入院するだけで、一生分の保険料の元が取れる。


 年金にしても、積立型の傷害保険と考えればそう悪くない。

 万が一の事故で傷害を負った場合、年金を払っていれば一生涯、障害者年金が受け取れる。

 それに国庫負担部分もあるのだから、『貰える額が少ない』と言って払わないのは実は損なのだ。


 とは言え、貰える額は多くないので、きちんと自分でも貯蓄しておかなければ生活に苦労することになるだろう。


 こちらの世界であれば言うまでも無い。


 社会保障制度なんて無いので、計画的に必要資金を計算し、すべて自分で貯蓄しておかなければ、働けなくなった時に非常に苦労することになる。


 下手をすると老後が存在しなくなる。死ぬことになるので。


「――ってぐらいに、日本でもかなりの額を貯めてないと、老後に困るの。こちらならその比じゃ無いわよ? 途中で人生リタイヤするなら別だけど」


「解った! 解りました! 無駄遣いしません!」


 ハルカに現実を語られ、ややウンザリとした表情を浮かべていたトーヤだったが、ハルカの次の言葉で一転、喜色を浮かべた。


「なら良いけど。トーヤ、獣耳のお嫁さんもらうんでしょ? 前も言ったけど、その娘の分まで貯めておかないと」


「おう、そうだよ! それだよ! 良い暮らし、させてあげないとな! オレは貯蓄の鬼になる!」


 当ても無いだろうに何やら幸せな新婚生活でも妄想しているのか、『でへへ』とだらしない笑みを浮かべるトーヤと、それを呆れた表情で眺める女性陣。


 それでモチベーションが上がるなら良いとは思うが……トーヤが可愛いお嫁さんを貰える日は来るのだろうか?


 生活が苦しいこの世界だと、重視されるのはある意味、恋愛よりも生活力。金を持っていれば可能な気はするが、この街だとあまり獣人を見かけないんだよなぁ。


 そもそも可愛い娘……と言うより、若い女性自体をそんなに見かけない。

 俺たちの活動範囲と一般的な若い女性の活動範囲がズレている可能性大である。


 嫁さんが見つからず、奴隷を買い取る事になったりして……。


 この国だと、厳密には奴隷では無いので、借金を肩代わりしての身請けだが、それ自体は別に非難されるようなことでは無いらしい。


 むしろ、金を貸した方は確実に回収できるし、身請けされた方からも強制労働させられて死ぬことも無いので感謝される。それ以降どうなるかはそれぞれだろうが、お金さえあればそれなりに上手く行くことが多いとか。


 『好きだから結婚する』という感覚の俺たち世代からすれば微妙な気もするが、結局そういうのは、生活に余裕があるからこそなんだろうなぁ。


 元の世界でも他の国では、生活のために結婚する、老後のために子供を多く産むという所もあるのだから。


 日本でだって少し歴史を遡れば、遊女を身請けする事に何のやましいことも無く、むしろ尊敬されるような時代があったのだ。

 極論、文化と時代の違いでしか無いのだろう。


 ちなみに、冒険者で奴隷を買ってでも結婚できるのは成功者だったりする。


 大抵は結婚もできずに老いて死ぬか、老いることすらできずに死ぬ。のんびりとした優雅な老後なんて存在しない。


 ……う~む、まだまだ結婚なんて考えられないが、俺もトーヤのことをどうこう言う前に、お金を貯めておくべきだろうか?

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― 新着の感想 ―
こう見ると、仲間内で女子3人に好かれてそうなんよな、ナオって ユキいわく元の世界でもイケメンだったみたいだし気遣いはできるしささやかな事で褒めてるし、外さない性格してそう イヤリングの件は、まぁ…。浮…
[一言] ナオはハルカにお金の管理を任せれば大丈夫。
[気になる点] 今まで描写無かったように思うけど、近くに獣人いるんだろうか。ほとんどいない地域ならトーヤの嫁さんはどうやって・・・ なにより面倒なクラスメートが近くにいる可能性の高い場所に移動出来な…
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