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転落と夏の思い出と

 ……ここ、どこだ?

 眼の前が真っ白で、妙に眩しい。

 何が起こったのか思い出せない。頭の奥がジンとしびれて、しばらく動けなかった。

 ……痛い。

 頭の後ろ側が痛かった。背中もズンと痛かった。肘とか膝とか、とにかく体の固いところが痛かった。

 ……何だろう、この音。

 サアーっという、テレビのノイズみたいな音だった。

 ……違うな。もっと、こう、なんか、たくさんのものが、どっと。

 水が流れる音だって分かったとき、やっと冷たいものが当たってるっていうのを感じた。

 ……石? 

 頭や腕や足に当たる、ごつごつした大きな塊があった。ずっと高い所にあるのは、青い空だ。すごく狭くて細長いけど。

 ……そうか、崖の下なんだ。

 僕はやっと、さっき山から滑り落ちたのを思い出した。

 ……確か、リューナがここにいると思って、探して、村の男に道案内させたんだ。

 そしたら、山の斜面でいきなり蹴りを入れられて、ここに落ちたのだった。

 ……とにかく、起きなくっちゃ。

 リューナを探しに来たんだから、いつまでも寝てるわけにはいかない。痛いのを我慢しながら、僕は谷底の崖下に転がる石の上で身体を起こした。

 そこでまず目に入ったのは、僕の腰ぐらいの高さがある、ごつごつした感じの大きな岩だった。

 ……ここでバウンドしてたら?

 ……背中や頭が当たってたら?

 そう思うと、身体がキュっと固まった。

 でも、もっと恐ろしかったのは、いちばん高い所が三角形にとがっていたことだった。これにぶつかっていたらと思うと、ぞっとした。 

 ……生きててよかった。

 そう思って、やっと気が付いた。

 ……痛いけど、どうなってる?

 僕は手足を確かめた。痛いところが多すぎて、どこを見たらいいのかも分からない。

 いろんなところを探してみたけど、そんなに血が出ているところはなかった。せいぜいジワッとにじんでるくらいで、赤くなってるところや、触ると痛い所ばかりばっかりだった。

 ……何で?

 僕はもう一回、崖を見上げてみた。

 ……やっぱり、高い。

 学校の屋上くらいはあるかもしれない。因みにウチは4階建てだ。フェンスもなくて、いつも立ち入り禁止になってる。

 昔、落ちて死んだ生徒がいるからって噂だった。でも、僕は生きてる。

 ……何で助かったんだろ?

 あっちこっち見てみて、見つけた。

 ちょっと離れたところに、棒みたいなのが転がっている。

 見覚えがあった。

 ……グェイブ?

 拾いに行こうとして、転んだ。

 ……痛い!

 転んで痛かったわけじゃない。歩けなくなるくらい、足が痛かった。

 ……どうしよう?

 もう一回立ち上がろうとしたけど、ダメだった。足を動かしたのがいけなかったんだろうか。手を突っ張って頑張ってみたけど、身体がいうことを聞かない。

 ……痛いものは痛いんだよ。

 どうにもできない。仕方なく、僕は這った。身体の下は、とがった石がゴロゴロしてる。ときどき、あばら骨に当たって痛かったし、息も詰まって咳き込んだ。

 ……何か口に入った。

 ごそごそ動いてる。

 ……虫?

 慌ててペッと吐き出すと、テントウムシくらいの黒くて小さな虫だった。僕の唾を引きずりながら、のそのそ逃げていく。

 ……気持ち悪い。

 口の中になんか酸っぱいものを出していったみたいだった。でも、僕の目に涙がにじんだのは、そのせいだけじゃない。

 ……何やってんだ、僕は。 

 村の連中に監禁されてるリューナを探しに来たのに、こんな崖下で這いずり回ってる。

 ……バカじゃないのか、僕は。

 確かに、勉強はできない。でも、ここは異世界だから、そんなの関係ない。

 村の連中はリューナを襲った吸血鬼のことを何も知らないんだから、コウモリや霧に変身できることとか、ニンニクや十字架に弱いこととか知っている僕が大活躍するのが当然だ。

 ……それがパターンだろ? テンプレだろ?

 涙で目の前が歪む。よく見えない。

 この辺だと思って手を伸ばしたら、腕ごと身体が持っていかれそうになった。

 ……何だ?

 氷に触ったみたいに冷たかった。

 ……川が流れてるんだ!

 しかも、ものすごく速くて強い。

 僕は地面の石に指を立ててしがみつこうとしたけど、手ごたえがない。

 ……え?

 掴んだのは石じゃなくて、棒みたいなものだった。

 ……グェイブ?

 慌てて石の間に突き立てると、川の流れに引きずられる身体は止まった。

 ……危なかった。

 グェイブを杖にすると、なんとか痛い足をかばって立つことができた。涙を拭くと、谷川の水の量は結構なものだった。その流れていく先を見てみると、ところどころに岩が突き出ている。

 ……ぶつかったら、溺れてたかもしれない。

 背中に来るゾクっとしたのを、身体を振って追っ払うと、僕はグェイブを杖にして歩きだした。

 でも、とにかく足下が悪かった。大きな石にグェイブの柄をあてると、ちょくちょくグラついて危なかった。そのたびに、僕も転びそうになる。

 足を踏ん張ると痛いし、ごつごつした石はよく滑った。尻餅をつきそうになっては、グェイブにしがみつく。するとやっぱり、柄がガツンと石を弾いて、やっぱり僕はバランスを崩して倒れそうになるのだった。

 ……痛い!

 よろけながらも、なるべく足元の安定した、岩の多いところを探して歩いた。

 そのうち、石や岩のある辺りは少しずつ広くなっていって、背の高い草がたくさん生えているのが見えてきた。

 崖もだんだんとゆるくなってきて、ちょっと頑張れば歩けそうに見えてきた。実際に、草の間がちょっと開けていて、その向こうには崖を登る道っぽいものが見える。

 ……けもの道ってやつかな。

 動物が、魚やなんかを取りに山から降りてくるのかもしれない。

 ……っていうことは、ここを行けば道に出れるかも!

 僕はグェイブを突く手を速めて、そっちへ急いだ。たどり着くまで、そんなにはかからなかった。

 でも、草の間を進んでいくうちに、はっと気づいた。

 ……魚を取りに来る動物って? 

 真っ先に思いついた、山の獣の姿が頭に浮かんだ。

 ……熊とか。

 その時、僕の耳元で何か音がした。

 ……出た?

 でも、草の揺れる音とか、そういうんじゃない。

 ブウウウウン、という振動音だ。

 蜂か何かだろうか。 

 ウチの学校の教室には、暖房は入っても冷房なんてゼイタクなものはない。夏に窓を開けていると、ときどき迷い込んで来て、クラス中が大パニックになる。

 ……刺されたら死ぬんだっけ?

 そんな話を聞いたこともあったので、僕は慌てた。先を急ぐと、眼の前を何か黒いものが飛んでいった。

 ……蜂じゃない?

 そこで思い出したのは、子どもの頃のことだ。

 夏は、近所の川によく遊びに行ったけど、絶対に中には入らなかった。

 だって、僕は泳げない。

 釣りもできないし、友達もいない。

 エアコンの利いた家の中でゲームしてたかったけど、勉強しろとか言って親が邪魔するから、涼しいところといえば、この田舎には図書館と川ぐらいしかなかった。

 でも、図書館にはマンガないし、ビデオも古いVHSのアニメしかない。時間を潰すところは、川ぐらいしかなかった。

 河原で何にもしないでぼーっと座ってると、よく虫が飛んできて、刺されたことも1回あった。

 だから、川には行かなくなったんだっけ。

 ……虻だ。

 そいつがいま、僕の周りをぶんぶん飛んでいる。

「うわあああああ!」

 思わずグェイブを振り回したけど、小さな虫に当たるわけがない。

 ……痛いいいいいい!

 刺されたのとは違う、足に感じた激痛で僕は転んだ。虻は情け容赦なく、頭の上を飛び回る。そのうち手や足の上に、あちこちペトペト何かくっつき始めた。 

 虻が止まっているのだ。

「やめろおおおお!」

 じたばたやって虻を追い払い、僕は草の根元を這って必死で逃げた。

 どっちに逃げたのか、よく分からない。ただ、グェイブだけは落とさないようにしていた。

 頭の上の虻と、手の中のグェイブに、足の痛み。

 それに気を取られたのがいけなかった。

 どこまでも続くんじゃないかという気がした背の高い草が眼の前からなくなって、僕は一瞬だけほっとした。

 ……やった、抜けられた!

 そう思って這いだしたところは、凄まじい速さで流れる谷川だったのだ。

 ……しまった!

 僕の身体は、川の中に引きずり込まれた。まるで、そこに潜っていた何かに捕まったみたいだった。

 ……いや、何かいる!

 冷たい水の流れに呑み込まれた僕が見たのは、真っ青な馬の頭だった。

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