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徐行バスの中でモブの会話に「目を凝らす」

 シャント・コウ…山藤耕哉がスマホの中の異世界に転生して、確か3日目に炎天下で駆り出されたのが、山の木の切り出しだった。真っ当な人間にさえ重労働なのに、夜起きて昼寝る癖のついているネトゲ廃人にしてみれば、魂が抜けて飛んでいく思いがしただろう。

 その成果が、画面の中に現れた。

 村はずれの石壁である。小高い丘のふもとを掘り崩して作った道、つまり日本で言えば「切通し」を塞いで造られたものだ。

 スマホの中ではぱっと見、高さの見当などつかないが、その前をうろうろしている村の男の身長の倍はあるから、3mは超しているだろう。そうそう乗り越えられる高さではない。

 あくまでも、普通の人間なら、の話だ。

 この丘の向こうには、白く光る城がある。ここに、シャント…山藤が転生した晩に村娘のリューナを襲った吸血鬼が棲んでいるらしい。ヴォクス男爵とかいうらしいが、コウモリに変身したり霧状になって窓の隙間から密室に侵入したりと、一筋縄ではいかない。

 この辺のことは、ファンタジー系RPGに関してはムダに詳しい山藤の守備範囲だ。とはいえ、シャントとしての行動が不十分なので、それを知らない村人の役には立っていない。

 そんなわけで、村の男たちはヴォクス男爵が道を歩いてきても村に入れないよう、夏の太陽の下で時間と手間暇をかけて、無用の長物をせっせとこしらえていたわけである。

 今、この壁の向こうで足止めを食っているのは、どうやら高貴な身分の方であるのは間違いないらしい。ただし、例の吸血鬼ヴォクス男爵ではない。

 俺はノロノロ走るバスの中から、窓の外を眺めた。街中の狭い道で、吹雪が横一直線に荒れ狂っている。俺が学校から沙羅と帰った川沿いの道を走るわけだが、あいにくと車がようやく2台すれ違えるくらいの広さしかない。ここでバスが走ろうものなら大渋滞を引き起こすのだ。

 そんなわけで、俺はゆっくりとスマホ画面を操作して、壁の向こうを探ることができた。

 まず、今まで視点として動かしていたモブを中心として画面を縮小する。映る範囲を広げると、モブを指していた逆三角錐のマーカーだけが画面に浮かんだ。モブが小さくなりすぎたからだが、よく見れば見えないこともない。

 それは壁の向こうも同じことで、夕べから村に圧力をかけている僭王とやらの使者が張った天幕が見えた。その前を、別のモブがうろうろしている。俺はマーカーを動かして、そいつらの中から1人を捉まえた。

 再び画面を拡大すると、俺が動かすのは槍を持った軽装の兵士のようだった。同じように槍を担いだ、胸甲と鉄兜姿の兵士が話しかけてくる。

《あのジジイ、なかなか口を割らんな》

 これは困った。モブは喋れない。かといって、リアクションなしでは怪しまれて、トラブルの元になる。

 同じトラブルでもシャント…山藤に仕掛けて苦労させるなら意味がある。ひどい目に遭いながら吸血鬼を退治して、現実に戻ったところで「異世界転生なんか二度とごめんだ」と思わせるのが、俺の目的だからだ。 

 だが、場を荒らすだけではシャント…山藤を危険に晒すだけだ。こいつをスマホの中に転生させた沙羅が上手く処理するだろうが、俺は100%この女からバカにされる。確かに気にしなければ済むことだが、それは面白くない。

 話しかけてきた兵士は、俺のモブが聞いていないか、あるいは話しかけられたのに気付いていないと考えたのだろう、同じ言葉を繰り返した。

《あのジジイ、なかなか口を割らんな》

 それがチャンスだった。兵士のセリフが吹き出しに出ている隙に、俺はちょっと画面を縮小した。

 マーカーを、他のモブに移動するためだ。俺のコントロールから解放されれば、モブは返事ができる。

 ありがたいことに兵士の数は多く、代わりはすぐに見つかった。同じような格好の兵士を捉まると、CG画面がさあっと流れて、視点が移動する。

 俺の使っていたモブは、すぐ目の前に立って話しかけてきた兵士に返事をした。

《用心棒にゃもってこいだからな》

 間に合った。この二人のおかげで、村の外で何が起こっているかが分かる。

 まず、「用心棒にもってこい」だから「ジジイが口を割らない」とは、テヒブのことだろう。すると、テヒブのことを喋らないジジイというのは、たぶん人質に取られた村長のことだ。

 つまり村長は今、テヒブの居場所を教えるように迫られているということだ。だが、兵士たちの関心は村長にもテヒブにもないようだった。 

《娘がいるって話だぞ》

 テヒブを用心棒だと言った兵士は、事情を少しは知っているらしい。娘というのは、リューナのことだろう。ネトゲ廃人でも何でもない俺でさえ、CG画面で見た寝起き姿で、不覚にもドキっとしたくらいだから、この男どもがリアルで見たら何を考えるか分かったものではない。

 現に俺の想像通り、聞いたほうは話題に飛びついてきた。

《どんな》

 迫る鼻息は相当なものだったようで、リューナの話を振った方は曖昧にごまかした。 

《知らんが、テヒブは大した面相じゃないらしい》

 それは事実だが、無難な答えだった。娘は父親似かもしれないし、そうでないかもしれない。ただ、こう言えば聞いたほうはあまり期待しないだろう。

 期待しないどころか、かなり踏み込んだ答えが返ってきた。

《なら、いらん》

 誰もやるとは言っていないに、勇み足もたいがいにしろと言いたかった。そもそも、山藤がいちゃついているのも面白くないのに、こんなモブなんぞにいいようにされてたまるものか。こんなのを手駒に使っていたかと思うと、自分で自分に腹が立つ。

 そんな思いを、相手の兵士は代弁してくれた。

《俺らにくれるわけじゃなかろう》

 だが、その答えに俺はギクッとした。 

《逆らえば、好きにしていいんだろ?》

 末端の兵士による略奪や暴行は、古今東西、どこの戦場でも変わらないものだという。

 誰かに聞かれたんじゃないかと思って、思わず俺は辺りを見渡した。

 ……俺じゃないからな! こいつは俺じゃないからな! さっきまで使っていたからって、これは俺の本心じゃないからな!

 もっとも、ここは炎天下の異世界じゃない。吹雪に向かって狭い道路をノロノロ動いている、現実世界のバスの中だ。ターミナルから学校へ向かうバスの中なので、乗客はほとんどいない。だいたい、聞こえても異世界の言葉だから理解できるわけもないし、社内で音声をミュートにするくらいのマナーは弁えている。

 こっちの兵士にも、それなりの良識はあるようだった。

《逆らわんように、こうやって人質を》

 村長を人質に取っておけば、どれだけ圧力をかけても暴動など起こらないという意味だろう。だが、それはある意味では甘い。この村長に、それほど人望があるとは思えなかった。

 そうはいっても、どっちみち何事も起こりはしないだろう。命を張ってまで、理不尽な圧力に抵抗しようなどという気骨のある者はたぶん、この村にはいないだろう。もしいたら、シャント・コウこと山藤耕哉なんぞがしゃしゃり出る余地はない。

 もっとも、そんな事情はこの兵士たちが知るはずもない。さっきは女性への狼藉を口にしたこのゲス野郎は、その根性を改めることなく言葉を継いだ。 

《男どもに見せておくのか?》

 話を遮られた方は、CG画面でもはっきり分かるくらい嫌そうな顔をしながら答えた。

《痛めつけられるところをな》

 村長がどんな目に遭おうと、胸の溜飲が下りこそすれ、心が痛む男はそうそういないだろう。

 だが、聞いている方の興味はやっぱりそっちではなかった。

《女は?》

 心が痛みはしないだろうが、拷問の内容によっては肝をつぶすかもしれない。その様子が見たいというのなら、この男はサディストもいいところだ。

 だが、女たちが騒ぎ出せば、男たちも心が動くだろう。脅迫の手段としては悪くなかった。

 それでも、こんなぼやき声が返ってきた。

《騎士道に背きたくないらしい》

 そう言うCG画面の顔は、心なしか口元を歪めた気がする。すかさず口答えするお下劣野郎も開き直って言い捨てた。

《俺ら、騎士じゃあねえ》

 言い返されたほうは、薄ら笑いを浮かべて顎をしゃくった。

《お使いが、だよ》

 もっともその先には、槍を手にした兵士が見張りに立つテントが1つあるだけでだった。僭王の使いとやらは、そこにいるらしい。

 護衛に立つ兵士は、ふと顔を上げた。その視線を追ってみると、壁の上に誰かが建っている。どこかで見た顔だと思って、画面を拡大してよく眺めれば、シャントの部屋のカギを持っていた男である。

 男が叫んだ。

《全員そろったぞ!》

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