燃えるネトゲ廃人と異世界の姫君の介入
やめろ、という日本語が聞こえて、何やら壁を叩く音がした。拳で叩いているにしては響きが鈍い。たぶん、身体を叩きつけているんだろう。
……だから通じやしないって。
何とかして、この世界の言葉を使わせなければならない。伝わらなければ、感情任せに喚いている赤ん坊と同じだ。
隣で暴れるシャント…山藤にイラついたのか、男たちはリューナの説得を中断した。おかげで、俺には次の手を考える余裕ができた。
ありがたいことに、このアプリは画面の中の人物が話したことを、吹き出しで表示してくれる。日本語にせよ、この世界の言葉にせよ、それは同じだ。
……こっちに伝わること言えよ、何でもいいから!
いくら山藤でも、この異世界に来て覚えた言葉ぐらいはあるはずだ。それを口にしたときに、「伝わった」というサインがあれば、言葉を選んで喋るのではないかという気がした。
俺はモブを壁沿いに立たせた。何か異世界の言葉を話したら、リューナがやったように壁を叩いて合図してやるつもりでいた。
だが、そのチャンスは来なかった。
騒ぐシャントに男たちの我慢は限界に達したらしく、ひとり、またひとりと部屋を出ていく。
……こいつはまずいな。
バカな判断の後始末は自分でしてもらわなくてはならないが、このまま袋叩きにされてやる気をなくされても困る。俺はモブを動かして後を追った。
廊下で先頭に立った男がカギを取り出す。ここでドアが開いたら、シャント…山藤には脱出のチャンスがある。手枷をはめられた状態でグェイブを拾えれば、男たちは近づけないはずだ。
……拾えれば、な。
多勢に無勢だ。しかも、この狭い廊下では簡単に通せんぼできる。それを突破するような体力がシャント…山藤にあるわけがない。
一応、ステータスを確認してみた。
PLAYER CHARACTER…シャント・コウ
STATUS
Race…人間
Hit Point…8
|Mental Power《精神力》…5
Phisycal… 3
Smart…6
Tough…2
Nimble…3
Attractive…1
Patient…3
Class…Captured
Items…|Commoner’s Cloth《平民の衣服》
Weapons…handcuffs
Cash…0
少し疲れているようだった。捕らわれの身では格好悪さ全開だろうし、手が後ろに回っては、ただでさえない「身軽さ」はこんなものだろう。
意外だったのは、「辛抱強さ」がもともと低いなりに、最高値を保っていることだった。
……やる気はあるんだな。
リューナのためだろう。CG画面とはいえ、今朝見た寝乱れ姿にドキっとしただけに、彼女と山藤ごときが両想いというか(絶対に認めないぞ!)そんな関係になっているのは何だか面白くなかった。
……でも、やめとけ。
身体のパワーが「3」では足りなすぎる。いかに女の子のためとはいえ、ただでさえ貧弱な身体をしている山藤が、異世界のシャント・コウとして大活躍できるとは思えなかった。
だが、そこで気付いたことが1つあった。
……手枷が武器として認識されている?
俺の頭の中で何かが閃きかかったが、それはどうしても形を取ってくれない。何か思いついて、それが言葉が出かかっているんだけども喉の辺りでつっかえている、そんな感じだった。
……もうちょっとなんだが。
どうやったら男たちを突破させられるかイライラと考えていると、前の男たちの動きが止まった。
ひとりが何やら凄んだ。
《どけよ》
《まあ、待て》
それをなだめた先頭の男に、何の脈絡もなくドアの前で向き合っている女が1人いた。なぜ男たちの行く手を阻むのか全く見当がつかない。
ただ、ふと思い当たったことがあった。
……沙羅の差し金か?