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もう一回ピンチを脱出するために

 ドアが開いたら、僕は男たちの群れに突進するつもりだった。どうせ殴られるんならと思ったからだ。

 でも、騒ぐ声はドアの前で止まった。何かガヤガヤしゃべってるのは聞こえるけど、いつになっても、誰ひとり入ってこなかった。

 男たちの声が、だんだん静かになっていく。ひとりだけ、ゆっくりと、何か説得するみたいな言い方で話していた。 

 しばらくして、階段をドタドタと下りていく音がした。

 ……よかった。

 これで殴られずに済むと思って安心してたけど、そのうち「しまった」と気づいたことがあった。

 ……逃げられない。

 男たちが入ってこなかったということは、ドアも開かなかったということだ。そうなると、脱出のチャンスもないということだ。

 僕はドアに駆け寄って叫んだ。

「開けろ!」

 返事はなかった。

 誰も入ってはこなかった。

 何だかガクッときて、全身の力が抜けた。もう何をする気もなくなってへたり込んだところで、目の前が真っ暗になった。

 ……もう、おしまいだ。

 もう、この手枷を外してもらえることはない。あれだけ逆らったんだから。

 リューナはどうなるんだろう。テヒブさんが死んだなんて言われて、落ち込んでるんじゃないだろうか。

 テヒブさんは生きてるだろうか。いや、死ぬわけがない。きっと戻ってきて、あのグェイブを使って僕たちを助けてくれる。

 ……そうすれば、あのヴォクスがまた来たって。

 そこでぼくはまた、「しまった」と思った。

 テヒブさんが帰ってくる前に、ヴォクスがリューナを襲ったらどうなるんだ?

 たぶん、隣の部屋の窓に十字の枠が入っていれば吸血鬼は入って来られない。だけど、リューナも村の人も、それを知らない。教えてやる方法もない。

 言葉が通じないんだから。

 ……やっぱり、ダメだ。

 この先どうなるんだろうと思うと、すっかり不安になった。手枷をはめられて、リューナがヴォクスに血を吸われ続けて仲間にされるのを黙って見ていなくちゃいけないんだろうか。

 もし、そうならなくても奴隷みたいにコキ使われて、一生ここで暮らさなくちゃいけないんだろうか。

 ……帰りたい。

 ちらっと考えたけど、慌てて首を横に振った。

 ……ないない、それはない! いや、何も考えなかった、今!

 自分の弱さがたまらなく恥ずかしくなって、思わずリューナのいる隣の部屋のほうを見た。もちろん、僕が何を考えているかなんて分かるわけがないし、だいたい、こっちが見えるわけもない。

 でも、急に壁を叩く音がしたときはドキっとした。

 ……リューナ?

 最初に二人別々に捕まった時も、こんな風に合図してくれた。でも、何かの聞き間違いかもしれない。

 壁を叩き返したかったけど、手枷のせいで無理だった。仕方なしに身体をぶつけたけど、勢いがないせいか、音がしなかった。結局、壁に身体を寄せるだけになった。

 それでも、リューナには僕が返事しようとしたのが分かったみたいだった。

 壁に近づけた耳に、微かな音が聞こえてくる。

 トン、トン。トトトトン。

 モールス信号みたいなリズムで、壁を叩いている。言いたいことは分からないけど、気持ちは何となく伝わってきた。

 たぶん心配してくれてるんだと思うと、ちょっとうれしかった。

 ……でも、リューナは?

 僕も心配になった。男たちが何を言ってたのかはよく分からなかったけど、大勢で押し掛けられて、テヒブさんが死んだなんて言われたら、きっとものすごくつらい気持ちになっただろう。

 何か言ってあげたかったけど、何て言っていいか分からない。テヒブさんから習ったり、僕が回りで話してるのを聞いたりして覚えたのは、窓とか上とか下とか、単純な言葉ばかりだ。

 女の子を慰める言葉なんか、日本語でも難しいのに。

 いや、僕なんかに慰められるわけない。

 でも、そんなこと言ってる場合じゃなかった。

 ……ええと、何て言ったらいいんだっけ。

 思い当たる言葉がなかったから、こういうしかなかった。

「大丈夫?」

 言ってしまってから、凹んだ。

 ……慰めてないじゃん、それ!

 しかも、日本語。

 ……通じないだろ!

 自分で自分にツッコんだとき、壁の向こうでまた音がした。

 タタタタタ、とノックする音だ。

 テンポが速かった。音にも勢いがあったから、たぶん、落ち込んではいないんだろう。

 返事してくれたってことは、僕が心配してるのは分かったんだ、たぶん。

 リューナは今、何でもないんだってことが分かったら、急に気が楽になった。いっぺんに、いろんなことが気になりだす。

 ……ええと、まず。

 手枷を何とかしなくちゃいけない。それから、何とかしてこっそり脱出しなくちゃいけない。

 ……どうやって?

 ぐるっと部屋の中を見回したけど、使えそうなものは本当に何もない。ベッドがあるけど、大きすぎる。だいたい、手枷がはまってるんだから、持ち上げることもできない。

 ……手枷?

 これ、結構、丈夫に出来てる。ぶつけたら、どこか壊せるかもしれない。

 部屋の中をもう一度よく見てみると、あった。リューナのいる部屋の窓には十字の格子が入ってるけど、こっちのはもっと形がややこしい。

 ……やってみようかな。

 僕は窓のそばから、格子越しに外を覗いてみた。

 まだ、人が結構いる。夕べから何が起こってるのかよく分からないけど、村外れの、あの壁のある方から男たちがたくさんやってきて、こっちからも出ていく。

 でも、誰もこっちを見てない。

 ……もしかすると、いけるかもしれない。

 何とかしてここを抜け出して、手枷を壊さなくちゃいけない。そこでもう一回、リューナの部屋の前まで戻るんだ。グェイブさえ取り返したら、こっちのもんだ。

 ……待ってろ、リューナ。

 僕しかいない。リューナを助け出せるのは、僕しかいないんだ。

 僕が何とかするしかないんだ。

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