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手の届かないプレイヤーのジェラシー

 リューナが家の戸を閉めたことで、俺には彼女がなぜ自分から戻ってきたのか、何となくわかってきた。

 やっぱりこの娘は、山藤なんぞにはもったいない。

 ……逃げも隠れもしないから、身体の自由は奪う手枷はいらないってことか。

 何て堂々とした、プライドの高い女の子だろう。

 そう思うと、山藤なんかのどこがいいんだろうという気がして面白くなかった。

 鼻先で戸を閉められたシャント…山藤はすぐ後に続いたが、そのせかせかした態度を見ても、リューナの仕草が意味することを理解しているとはとても思えなかった。

 分かっていたら、家の中まで追いかけない。戸口で男たちを防ぎ止め、リューナの自由が奪われる危険を少しでも避けようとするところだ。

 ……しょうのないヤツ。

 なんとかして、リューナの自由を確保する行動に気付かせなくてはいけなかった。それは言い換えると、リューナを拘束させない行動を取らせるということだ。

 ならば、リューナの自由が奪われる事態を予測すればいい。

 まず、手枷は免れた。その上で、リューナは村長の家に留まるという不自由は甘受している。その中に自由があるとすれば、屋内を歩き回れるということだけだ。それが阻害されるとすれば。

 ……部屋の施錠か。

 すると、リューナを再び幽閉するつもりで出てきたのなら、誰かがカギを持っているはずだ。俺はスマホ上の視野を回転させた。

 たぶん、寝ていたモブは持っていない。持って出たとすれば、リューナを拘束しに来たヤツらだ。すると、村長か、それについていたヤツら。

 ズームをかけると、それらしいカギが村長の腰に2つ下がっていた。

 ずっと隣に付いている男を使えば、取れないこともない。

 だが、問題はそこじゃない。

 ……どっちだ?

 こいつらの頭の中を覗けない限り、一か八かのギャンブルに出るしかない。だが、失敗すればリューナの気丈な戦いは水の泡だ。

 ……どうする?

 男たちも、沙羅に操られてゾンビウォークしていた女たちも、手枷を持ったままの村長に従って家の前まで迫っている。時間がない。

 まるでマーク模試で答えが絞り込めない時のように、俺は悩んだ。テストならこういうときは、消去法で行くしかないのだが。

 ……いらないほうを使わせればいい。

 2つのうち、一方はたぶん手枷のカギだ。それなら、手枷を誰かにハメればいい。

 俺は村長の隣にいる男にマーカーを当てた。設定できる。今はモブ扱いになっているということだ。

 男の手をズームアップして、村長から手枷を取り上げた。村長はきょとんとしたが、別に気にした様子もない。俺は男を一気に戸口まで動かすと、手枷を開いた。

 タップとズームの繰り返しだったが、村長がやってくるまでには間に合った。俺は男を屈ませて、村長の足めがけて手枷を振った。

 手枷は足枷となって、村長の足を止めた。

《何をするか!》

 そう叫んで転んだ村長を、村人たちが取り囲む。村長は男を咎める間もなく、慌てふためいて腰からカギを取った。

 ……今だ!

 村長の腰には、カギがもう一つ残っている。指をズームして動かすと、その頭に付いた輪っかにうまく引っかかった。指を戻してやると、そのまま引きちぎることができた。

《おい、お前!》

 足枷から解放された村長が立ち上がると、村人たちはそれに応じるかのように、俺の使うモブに詰め寄ってきた。

 逃げれば済むことだが、それは沙羅のやることだ。俺はあくまでも、シャント…山藤に解決すべきミッションを与えなくてはならない。

 俺はモブの開いた手を、戸口のドアノブへと動かした。引っかければなんとか、戸は開けられるだろう。

 だが、ありがたいことに、戸は向こうから開いた。

 ……沙羅か? 余計なことを。

 動かせるようなモブが、まだ中にいたらしい。

 だが、戸口の向こうの闇からぬっと現れたのは、白くぼんやりと光る刃だった。

 ……グェイブ?

 待ち構えていたのは、シャント・コウだった。

 ……考えたな、山藤にしては。

 戸口から入って来られるのは、1人だけだ。外で大人数を威嚇するよりは効率がいい。

 ……乗ってやろうじゃないか。

 俺はモブ男を中へと送り込んだ。ここで斬られたらひと悶着起こるだろうが、このシャントが山藤である以上、そんな度胸があるはずがない。それをやるとすれば、リューナに手をかけた時だけだ。

 俺はそのぎりぎりの線に賭けていたのだが、案の定、山藤はグェイブを構えたまま後じさって言った。

《止まれ》

 スマホからは日本語が聞こえた。言葉が達者でないのだから、そう言うしかないだろう。それでもグェイブがある以上、俺の操るモブの他に戸口から入ってくる者はいないはずだ。

 その光の向こうで、シャントが目を閉じる。

 ……根性なしが。

 俺はそのままモブを階段へと動かした。まだ、止まるわけにはいかない。山藤が最後のひと押しをするまで。

 ……大したことじゃないだろ。

 俺は男の手に握られたカギを持ち上げた。

 ……閉じ込めるぞ、リューナを!

 その時、背中にグェイブがつきつけられた。

《よこせ》

 日本語だったが、やっと来た。

 俺は男の指をズームして開く。落ちたカギをシャントが拾ったところでマーカーを外すと、男はその場でしゃがみ込んだ。

 気が付いたら暗い家の中にいて、背中にグェイブの刃が光っていれば腰も抜けるだろう。

 そこへ、村の男や女が次々にやってきた。戸口から様子をうかがっていたのだろうが、シャントが目的を達したところでようやく踏み込む気になったのだろう。大した仲間意識だ。

《人でなし!》

《なんだい、丸腰の相手にさ! 卑怯者!》 

 その無防備な仲間に刃物が突きつけられているのを黙って見ていた自分たちを卑怯だとは思わないらしい。それとも、自覚はあってもそれはそれ、これはこれということか。

 もしかすると、罵詈雑言を浴びるシャントは、うしろめたさをごまかすためのスケープゴートなのかもしれない。

 だから、グェイブを掲げて威嚇した山藤の気持ちは理解できた。

《うるさい!》

 それに肝をつぶしたのか、一同は沈黙した。シャントは黙々と階段を上がって、以前リューナが閉じ込められていた部屋に入った。

 グェイブの光で金色の波のようにゆらめくのは、抱き着いてくるリューナの髪。

 それはあくまでもシャントに、だ。

 ……山藤にじゃない! 絶対に!

《リューナ……》

 山藤の声が聞こえないよう、俺はスマホを無音ミュートにした。

 シャントは、手にしたカギをリューナに押し付ける。

《いらなかったのに》

 それはシャントに聞こえても、山藤には理解できなかっただろう。いずれにせよ、監禁の覚悟は決めていたらしい。

 ……いい子だなあ。

 どこぞのややこしい編み髪の女とはえらい違いだ。リューナの胸の中にいるのが俺だったらと心底思った。

 シャントはリューナから身体を引き剥がすように部屋から出た。

 ……格好つけて! 山藤のくせに。

 グェイブの光に照らされて、手すりの下に見える村人の顔は怯えていた。シャントはグェイブを抱えて、廊下の壁にもたれる。

 触るとえらいことになる武器を頼りに寝ずの番というわけだが、その頭は見ているうちにこっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。

 ……山藤なら無理もないか。

 俺はというと、立場は逆だ。夜が明ければ学校がある。時計を見ると、午前3時を過ぎていた。

 ここまでくればもう、夜更かししてまで面倒を見る必要はない。俺は少しでも睡眠時間を確保すべく、スマホ電源を切って横になった。

 高校生の常識としてはそれが正しかったのだが、あいにくと、俺はこのゲームのプレイヤーでもある。どうやらこの2つの立場は相容れないものらしいということは、夜が明けたところで分かった。

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