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女たちのゾンビウォーク

 後ろから忍び寄った2人の男が、リューナを両脇から羽交い絞めにする。

 グェイブを振り上げたシャントだったが、その手は止まった。 

《放せ!》

 ただ叫ぶ声はもどかしげだったが、その気持ちは俺にも伝わってきた。

 リューナを盾にされているようなものだから、その気になっても斬りつけられないのだ。

 ……それでいい、山藤!

 俺は再び画面を動かして、男たちに斬りつけなくてもいい方法を探した。要は、男たちにリューナから手を離させるようなことを、シャントがやればいいのだ。

 だが、こわごわ様子をうかがう村人たちの列に挟まれていては、どこにも行けない。手に取れるようなものも、シャントの周りの地面にはない。  

 上からの遠目にも、リューナの暴れようは見て取れた。抑えようとする男たちも、つい手荒になるのだろう。頭を押さえたり身体を抱えたりする。

 その手がリューナの胸を鷲掴みにしたとき、シャント…山藤はキレた。

 当然といえば当然だが、長柄の武器が襲う先には、男だけじゃなくてリューナもいる。

 ……やばい!

 村人の列から男を1人捕まえて、シャントに向けて動かす。画面上の距離は短いので、すぐに接近できた。

 画面を弾いてズームを広げ、男の腕を片方ずつ止めてシャントの足にぶつける。ちょうどラグビーやアメフトでタックルをかけたような形になって、シャントはバンザイ状態で横倒しになった。

 ……危なかった。 

 いわゆる「松の廊下」は避けられたが、頼みの綱のグェイブは吹っ飛んだ。シャントは拾おうとするが、手が届かない。その隙を狙ったのか、リューナに狼藉を働いていたモブの男が1人、地面に転がる武器を拾いに走った。

 ……あ、バカ!

 確か、持ち主でないものが触ると、ものすごい光と衝撃が放たれるはずだ。

 俺はCG画面を閉じた。スマホの中とはいえ、暗い部屋の中では閃光で目をやられる恐れがあったからだ。

 この合間に、俺は沙羅にアプリのメッセージを送った。

〔こんな夜中にいろいろやってくれるな〕 

 返事は期待していなかったが、意外に早かった。

〔こんな夜中にメールするなんてサイテー〕

 布団から顔を出して目覚まし時計を見ると、暗い中に浮かぶ蓄光の針は午前2時を指していた。

 沙羅の言い分はもっともだったが、休日の朝に人を叩き起こす女に言われたくはない。

〔お互い様だろ〕

〔私、女の子なんですけど〕

 自分の都合でジェンダー振りかざす女ぐらい性質の悪いものはない。

〔悪かったな、男扱いして〕

〔ぶー〕

 沙羅の不満は無視して、俺は再び異世界画面を確認した。

 閃光と衝撃でひっくり返った村人たちの中で、手枷を持って待ち構える村長にリューナが歩み寄っていくところだった。

 ……どういうつもりだ、この娘は?

 わざわざ捕まる気だろうか。いや、そう簡単に絶望して元の境遇に戻るような性分には見えない。

 男2人に挟まれたリューナが、村長につきつけられた手枷を押しのける。さっきタックルを食らって倒れたままだったシャントが、グェイブを拾って後を追った。

 ……いいぞ、山藤!

 ここは、シャント…山藤が守るところだ。

 だが、リューナの手を掴んで引いていこうとしたところで、俺の評価は180度逆転した。

 ……連れて逃げてどうする!

 この敷地内を出ても、道を走っても、もう行くところはどこにもない。山藤がこの村を出てシャントとして生きるつもりでも、そんな甲斐性がないことだけは俺が保証する。

 何とかして、自力でヴォクス男爵を倒させる。それだけが生き残る道だ。異世界のシャント・コウとしてではなく、現実世界の山藤耕哉として。

 ……死ぬな! 苦労を噛みしめて、帰ってこい!

 またモブを動かして止めようと思ったが、まだ誰も起き上がれる状態ではない。テヒブの遺した長柄の武器「グェイブ」のセキュリティをかけていた、閃光と衝撃の影響だ。

 ……このままだと、道までは逃げ切れるな。

 誰も止める者がいない以上、村外れまでは行けるだろう。そこには壁があるが、僭王の使いとやらへの対応に向かっていた男たちが戻ってくるかもしれない。

 どっちみち、捕まる。

 やっぱり、ここでリューナを守り切るしかないのだ。それだけの力があることを証明すれば、村長その他の男たちへの威圧になる。

 あのテヒブに、誰も手が出せなかったように。

 問題は、シャントがそれに気づいていないことだ。

 ……誰か起きろよ!

 マーカーをモブの頭に振ってみたが、無駄だった。やはり、意識のあるモブじゃないと動かせないらしい。

 一瞬だけ、画面を閉じてみた。

 沙羅にメッセージを送れば、壁の方に向かった男たちの誰かを呼び戻してくれるんじゃないかと思ったからだ。

 だが、それはできない相談だった。

 ……いかんいかん、それじゃ何にもならん。

 気を取り直してシャント…山藤の様子を確かめると、その身体が大きく弧を描いて地面を叩くところだった。

 リューナが手を振りほどいた反動で、また転んだらしい。心配するほどのことはなかったようだ。

 うつ伏せに倒れたままのシャントなど気にも留めずに、リューナは歩み去る。村長のそばについていた男がひとり、後を追った。ここは山藤がシャントとして止めるところだが、じたばたするだけで立ち上がれない。

 ……何やってんだよ。

 救いがたい不器用さに呆れていると、もうひとりの男が追う男を引きとめた。

 ……沙羅か?

 異世界画面を閉じてメッセージを確認する。

〔はい、また貸し1つ〕

〔いらん世話だ〕

 借りたつもりはない。沙羅がこれを貸しと言い張るのは勝手だが、それなら夜中のメールがどうのというさっきのイチャモンは帳消しだ。

 異世界画面に戻ると、村長もリューナを追う気配はなかった。ここから逃げようとしない以上は、そんな必要もないと判断したのだろう。

 ようやく立ち上がったシャントが、立ち尽くす村長たちをよけるようにしてリューナに追いすがった。

 ……遅いぞ山藤!

 ここで必要なのは、逃げることではない。シャントがリューナを守って戦う姿を村人に見せることだ。悪いが、邪魔させてもらう。

 さっき沙羅が動かした男にマーカーを動かすと、可動モブとして設定できた。

 ……よし! 頼むぞ!

 シャントを追わせると、もう1人の男は倒れているモブたちを揺すり起こして連れてきた。ついてきたのは男ばかりだったが、女たちも目を覚ましてはいる。

 ……もしかすると、沙羅が。

 案の定、女たちはひとり、またひとりと立ち上がった。まるでゾンビ映画みたいにふらついてはいるが、動きは妙に速い。

 たぶん沙羅は、女たちを上から見ているのだ。俺が操るモブや、共に歩く男たちも同じ画面に目標として収めた上で、女たちをひとりひとり、一直線に動かしているんだろう。

 村の女がひとり、またひとりと男たちに取りつく。見ているシャント…山藤には何が起っているのか、さっぱり分からないだろう。

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