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転生もゲームも甘くはない

 ステータスは置いといて、手持ちを確認する。

Items(所持品)

 平民の衣服 

Cash(所持金) 0 


 素寒貧すかんぴんじゃないか! 裸で異世界に叩き出されていないだけマシということか。

 そこで気になったのは、初期設定は誰にどうやって決められるのかということだ。

「パラメータは自分で割り振れるのか?」

「さあ……あたしが作ったアプリじゃないから」

 そんなこと聞かれても困る、というニュアンスたっぷりに口を尖らせた沙羅は、こましゃくれた小学生女子が甘えて拗ねているようにも見える。

 もしかすると、これも男子をたぶらかす手のひとつかもしれないが、そんなものに引っかかる俺ではない。

「呼び込んどいて無責任だろ」

 無愛想に突き放すと、沙羅も負けてはいなかった。

「入る入らないは自己責任じゃない?」

 俺は言葉に詰まった。

 ……別に、可憐に微笑んでみせる沙羅に見とれたわけじゃない。

 沙羅の言うことにも一理あると思ったのだ。

 確かに、ルールを提示したうえでゲームへの参加不参加を尋ねてはいない。だが、選択権は「Yes」「No」ボタンで与えられていたし、「答えない」という選択肢もあったのだ。これがフィッシング詐欺だったら、まず裁判で勝たないと賠償が受けられないところだ。

 俺は言葉を選びながらも、負けは認めることにした。 

「まあ、ランダムなら文句も言えんが」

 一応、数値の公平性を問題にしてみたが、山藤に関する限りは正当な判定だと思う。言い方を変えれば、分相応のステータスだ。

 スタート時に何もないのは、自分で何とかしろということだろう。

「転生は、生まれた時点から始まるのか?」

 沙羅は、前世の記憶をたどったまま人生をやり直した。向こうに行った連中は、そんな気の長いことをやっているのだろうか?

「見た感じではわからないけど」

 画面の中では、山藤が中世ヨーロッパ風の農村をうろうろしては、邪険に扱われている。触ってはいけないものに手を触れたり、とんちんかんなことを聞いたりするたびに突き飛ばされたり、罵声を浴びせられたりする。

 その、マンガみたいな吹き出しで表示される言語は日本語だが、画面上に表れる店のカンバンには見たこともない文字が並んでいた。

「見た感じ、既に生活している人物のひとりになるみたいね」

 それは、転生した時点では何の情報も与えられていないことになる。

「ということは、本人も自分の立場が分かってない?」

「そういうことになるかな」

 これはかなりつらい。天涯孤独の身の上ならいいが、これがある程度の身分を持って生まれたということになると、自分が何者かということから確かめなければならない。

 およそ、山藤には無理な芸当だ。

「いきなり生き別れの家族が現れたりなんてことは?」

 一応、「シャント・コウ」と名乗ってはいるが、いきなり別人としてのステータスを与えられたら、アイデンティティを名前から上書きすることになる。

 沙羅は意外そうに手を叩いて答えた。

「あり得ないことじゃないな……元は私のいた世界だから」

「俺たちがなりすますことは?」

 モブキャラを動かすのだから、なりすませば山藤でも誘導できる。

 だが、そのアイデアはにべもなく却下された。

「私にもあなたにも、できないわ。プレイヤーとは会話できないから」

 そりゃそうだ。囲碁や将棋の見物人が指し手に口出しするのと同じで、フェアじゃない。

 俺は、山藤……シャント・コウのうろつく画面を黙って見つめるしかなかった

 どこへ行っていいかも何をしていいかも分からないらしく、畑や民家に勝手に入っては叩き出されている。

 せめて、考えるヒントだけでも与えてやれればいいのだが。

 そこで思いついたことが1つあった。  

「置手紙は?」

 モブキャラに書かせればいいのだ。

「できるわ」 

 沙羅はスマホを取り上げて画面を叩き、モブキャラの1人を停止させた。

 手の辺りを拡大すると、その指先を叩く。

 沙羅の指に従って、モブキャラの指が動き始めた。

「ちょっと操作が複雑だけど、日本語でも書けなくはないわ。でも」

 まっすぐに見つめる澄み渡った瞳には、そこらの女の子にはない気品があった。いや、高貴さを通り越して、威圧感さえ覚えるほどだった。

 途切れた言葉が、禁止事項をはっきりと告げる。

「これは、私たちが転生した本人に選択させるゲームよ。私たちの意思を強制したり、本人が知らない情報を与えるのはフェアじゃないわ。そんなことをしたら……」

「どうなるんだ?」

 アプリの管理者ではないのに、何ができるというのだろうか。

 沙羅は、自嘲的に笑った。

「私にはどうにもできないわ。戻る戻らないを決めさせる権限は、たぶん管理者が持ってる。私はログアウトして、ゲームを降りるだけ。あなたには痛くも痒くもないことだけど」

「そんなこと……」

 言われてみればそうだが、それは望ましい結末ではなかった。たとえクラスの全員を連れ戻すことができたとしても、俺は一生、恥ずかしい思いをして生きることになるだろう。

 沙羅は、アプリを通してつながっていた故郷を捨てることになるのだ。

 そう考えて言葉を失った俺だったが、鼻をちょんと突っつかれての一言で我に返った。

「信じてるわ。私のライバルを」

 真剣なまなざしが見つめ返している。

 何十回も対局を繰り返してきた相手を、棋士はこんな風に見るものだろうか。

 俺も、咳払いして背筋を伸ばしてみせた。

「見損なうな」

 だが、沙羅はもったいぶって付け加えた。

「もっとも……」

 薄暗くなった教室で、机に頬杖ついた2つの世界を持つ少女の顔を、雪明かりが半分だけ、ぼんやりと照らした。

「転生したあたしを待っていたアプリだとしたら、抜けた瞬間どうなるのかな、この世界」

 心配しているようにも見えたが、それは体のいい脅しでもあった。

 俺は画面に目を戻す。

 山藤、もといシャント・コウは夕暮れの道端で途方に暮れていた。

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