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吸血鬼と、人と……

歯を剥きだしにしたリューナの手が、僕の喉元を押さえていた。床に転がされたまま、僕は身動きひとつできない。

 ……やっぱり、やっちゃだめだったんだよ。

 最初に考えたのは、それだった。

 自分に都合のいいことばっかり囁く甘い声に乗せられて、恥ずかしいのと後悔で頭がいっぱいになった。

 ……僕がバカだったんだ。

 その分、気づくのが遅れた。

 今、起こっていることは、キスをせがんだと誤解されてビンタをくらった昼間とは全然違う。

 そりゃ、ビンタではすまないんだけど、そういう問題じゃない。

 僕の身体は、跳ね起きたリューナと一緒に宙を舞ったのだ。

 そして、眼の前では、真っ赤に光る瞳が僕を見下ろしている。

 唸る口元の犬歯が、鋭く光っていた。 

 ……まさか、吸血鬼化?

 慌てて床を探ったけど、何もない。

 ちらっと脇を見てみたら、手の届く辺りにポール・ウェポンがあった。取ろうとしたけど、そこで頭に浮かんだことがあった。

 ……これでリューナを刺すのか?

 そんなことは絶対にできなかった。

 リューナを殺すくらいなら、血を吸われて一緒に吸血鬼になってもいいんじゃないかという気がしていた。

 でも、首筋に噛みつこうとする様子はない。ただ、息が苦しくなっていくだけだ。

 ……もういいよ、リューナ。

 最後のキスの感触を思い出にしようと目を閉じたけど、本当に息が詰まってくると身体は痺れてくる。

 リューナの白い手がもう一方、しなやかに振り上げられて、揃えた指先が目を突いてくるのが見えた。

 真剣に思った。

 ……死にたくない!

 その時、家の外から怒鳴り声が聞こえた。

「テヒブ! テヒブ!」

 もう少しで目をえぐられそうだったけど、リューナは呆然と手を止めた。ドアを叩く音はうるさかったけど、その連中は僕にとって、命の恩人だった。

 リューナがふらふらと起き上がって窓を開けると、乱暴な声が呼んだ。

「リューナ! テヒブ……!」

 ここにはもういないテヒブさんがどうしたっていうんだろう。見つかったんだろうか。それならいいけど。

 ……生きて見つかったとは限らない。

 自分でも嫌になるくらいのネガティブ思考が浮かんで、僕は用心のためにポール・ウェポンを持って1階に下りた。

 テヒブさんがいなくなったとしたら、連中はリューナに何をするか分からない。命の恩人とか言ってる場合じゃなかった。

 ドアをバンバン叩いて、男たちが喚いている。家に入るときには開かないようにかけたストッパーがガタガタいっていた。

「……!」

「テヒブ……!」

 開けろとかなんとか言ってるんだろう。テヒブさんの名前を呼ぶ言葉は、さっきと同じだ。出て来いって意味だろうか。

 そこへリューナが、階段を転げ落ちるんじゃないかと思うくらいの勢いで駆け下りてきて、僕は思わず引いた。

 正直、怖かった。さっきは殺されてもいいと思ったけど、あれは苦しくて頭がしびれてたからだろう。死ぬのは絶対に嫌だった。

 ポール・ウェポンの光はそんなに明るくなかったけど、リューナの目がつり上がっているのが分かった。

 ……今度こそダメだ!

 そう思っても、やっぱりリューナに手は出せない。さっき僕を絞め殺そうとした、そして目をえぐろうとした指は、あっさりと僕の腕を掴むことができた。

 でも、僕は押しのけられるだけで済んだ。リューナは、今にもストッパーの壊れそうなドアに背中を押し当てる。

 ……正気なのか? それとも、まだ?

 考えているうちに、また男たちが怒鳴った。

「……! リューナ!」

 リューナが上で見ていたのは知っていたみたいだった。リューナは何か言おうとしていたけど、声にならない。

 ドアが揺れる。リューナが背中で押さえる。その呻きは、だんだん涙声に変わっていった。

 ……正気じゃないわけないじゃないか!

 それが分かったとき、ドアが揺れた勢いでリューナが床に倒れた。

 疑った自分が許せなかった。僕はポール・ウェポンを捨てて、ドアを押さえた。でも、男たちの力はめちゃくちゃ強かった。絶対、何かをぶつけていた。

 ファンタジー系RPGで見た破城槌モウラーが頭に浮かんだ。でも、あんなものを持っているわけがない。

 ……すると、丸太かなんか持ってきてるんだろうか。

 ドアが壊れ始める音がした。僕は全身で押し返したけど、ダメだった。ものすごい力がドア越しに来て、僕の身体は床に弾き倒されてしまった。

 ……負けるもんか!

 もう一度、立ち上がる。ドアは、今にも吹っ飛びそうだった。もうヤケクソでしがみついて、足を踏ん張る。

 その向こうで、男たちの誰かが、何か叫ぶのが聞こえた。

「……!」

 リューナがいきなり駆け寄って、せっかく必死でドアを押さえている僕を、また突き飛ばした。さらに、今まで開かないようにしていたドアのストッパーを、慌てて外し始める。

 ……そりゃないよ。

 さっきとあまりに違う態度に、僕はどうしていいか分からないまま、突っ立っているしかなかった。

 リューナが開けたドアの向こうには、松明の明かりの中に、棍棒を持った何人もの男たちが見えた。背中を向けて歩いていく2人は、思った通り丸太を抱えている。

 その中から何人かが、ドヤドヤと家の中へ踏み込んできた。僕は慌ててポール・ウェポンを構えた。

 ……やるのか、こいつらと?

 身体がぞくっと震えたけど、それはヴォクス男爵を相手にしたときとは何か違った。目の前にいるのは、霧に変身する吸血鬼じゃなくて、生身の人間だった。

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