表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/186

吸血鬼ヴォクス再び

 裏の戸口から僕たちを怒鳴りつけたのは、テヒブさんだった。

 家の部屋で、ドアを閉じて女の子とこういうことをしていたら、こういうことになるのかもしれない。

 リューナも僕も慌てて身体を離したけど、今、はっきりと言えることが一つだけあった。

 ……リューナは、何が起っても僕が守る。

 でも、テヒブさんの怒りようは尋常じゃなかった。

「オオオオオオ!」

 叫んで突進してくるのは仕方ない。

 一応、保護者的な立場なんだし。

 留守のうちに娘にちょっかい出した男をボコボコにする、みたいな……。

 ……でも、これはないんじゃない?

 頭の上に掲げてるのは、さっき薪割ってた手斧だった。

「テヒブさんちょっと、タンマタンマ!」

 日本語が通じるとか通じないとか考えてるヒマはなかった。

 当たり前だけど、昼間にあの男たちと戦ったときより怖い。逃げようと思ったけど、膝が笑って動けない。

 手斧が降ってくる瞬間、いろんなことを考えた。 

 ……異世界転生してリューナとキスして、ここでゲームオーバー?

 ……どっかで選択肢間違えた?

 ……って、ギャルゲーじゃないしコレ。

 そうだ。これはゲームじゃなかった。異世界だけど、現実なんだ。

 すると、死ぬのは確定だ。

 僕は覚悟して目を閉じた。最初で最後のキスを思い出す。

 ……ありがとう、リューナ。

 って、やっぱり死ぬのイヤだ! 死ぬの……。

 ムダとは分かってたけど頭を両手でかばった。

 手斧が降ってきたら、手首ごと頭一つイかれるけど、やらないよりはマシ、いや、どっちみち死ぬんだから同じか?

 どっちか分かんなくなっちゃったけど、結局どうなったかといえば、僕は死ななかった。

 ……え?

 目を開けると、テヒブさんが吹っ飛んでいた。

 足下に手斧がくるくる回って滑ってきたとき、リューナの悲鳴が聞こえた。

「アアアアアア!」

 慌ててそっちを見れば姿がない。

 いや、あった。

 黒い影が、暗い床の上でリューナを押し倒している。

 それを見た瞬間、僕の頭の中に、あの馬小屋で見たものが浮かび上がった。

「やめろ!」

 あの時と同じように叫んだけど、言葉はもともと通じない。ニンニクをかじっていないから、息も無力だった。

「シャント、シャント、……!」

 最後の言葉は、助けてという意味だろう。そうじゃなくても、僕は助けるつもりだった。

 ……でも、どうやって?

 相手は吸血鬼だ。じゃあ、十字架? 

 探しても、それっぽいものはない。あるのは、足下の手斧だけだ。

 ……これで!

 拾おうと思ったけど、まだ笑っている膝はガックリ折れた。

 ……立てよ、立てよ僕!

 ダメだった。手を伸ばして、何とか手斧は拾えた。でも、リューナに近づけないんじゃ意味がない。

 ……いや、できる!

 立てないんなら、這えばいい。僕は右と左の肘をかわりばんこに前に出して、リューナを襲う影へと近づいていった。

 でも、抵抗するリューナの力にも限界ってものがある。だいたい、吸血鬼の力が人間なんかと比べ物にならないのは、あのテヒブさんが簡単に吹っ飛ばされたのを見ても分かる。

 ……そうだ、テヒブさんは?

 床の上をあちこち眺めてみたけど、見当たらなかった。

 探しているヒマなんかない。吸血鬼の影の下で、まだリューナはもがいていた。でも、だんだんぐったりしてきているのも分かる。

 ……早くしないと!

 肘と一緒に、膝を突っ張ってみた。なんとか動く。足は震えたけど、なんとか立てた。

 ……やってやる!

 リューナはというと、もう暴れるのをやめて、影に抑えられた手足をひくひくと震わせていた。服が乱れて、肩の辺りがむき出しになっている。

 白くぼんやりと浮かぶ首筋に、白く光る牙が近づくのが見えた。その辺りに、最初に血を吸った跡があるんだろう。 

 ……させるか!

 息を思いっきり吸い込む。吸血鬼は完全にナメきっているのか、こっちを見もしない。

 ……今だ!

 怖くて、肌がびりっと震えた。でも、やるといったん覚悟したら、その感触を引きはがすみたいに身体が動く。

 僕は目を閉じて、吸血鬼の首の辺りへと、思いっきり手斧を振り下ろした。

 ……命中!

 そう思ったとき、僕の身体は壁に叩きつけられた。腹から床に落ちると、ゆらりと立ち上がった背の高い吸血鬼の影が見えた。

「ナメるな、小僧!」

 ギンとした声が頭に響いた。 

 ……日本語?

 違う。そうじゃないけど、吸血鬼の言いたいことはちゃんと分かった。

「お前……吸血鬼か?」

 頭が混乱して、日本語で話すしかない。でも、返事はギンとした声で返ってきた。

「私に通じるとは異界の言葉か……まず名乗れ」

 言葉が違っても、アンデッド(生ける屍)相手なら意味が通じるらしい。

 こっちが名乗らないでは聞き出せないみたいなので、僕は日本語で答えた。

「山……シャント・コウ」

 つい自分の名前を言いそうになったけど、この異世界では、僕は山藤耕哉じゃない。ギンギン声が偉そうに言った。

「覚えておいてやろう」

 名乗らせといて、自分の名前は言わない。バカにしてる。そんなら、こっちにだって考えがある。

「お前は?」

 言わなきゃ言わせるまでだと思ってたけど、割と素直に返してくれた。 

「私の名は……」

 これがチャンスだった。壁に叩きつけられたときに落とした手斧をもう一回拾った僕は、全力で突進した。

 助走をつけて打ち込んだつもりの手斧には、全然手応えがなかった。まるで、霧か煙を相手にしてるみたいだった。

 ……しまった! 

 吸血鬼は、いろいろなものに変身できる。コウモリとか、霧とか。

 家に入るときに、コウモリが飛んでた。RPGによっては、吸血鬼は夕暮れ時か

ら動き出す。あれは吸血鬼本人か、そうでなければ偵察の使い魔だったんだ。

 やっぱり2階の窓は閉めておくべきだったけど、十字架もニンニクもないんじゃ、やっぱり霧になって侵入されてしまう。

 村長や男たちとのゴタゴタで、すっかり忘れていた僕がバカだったのだ。

 ……まあ、もともとだけど。

 吸血鬼の後ろに横たわってるはずのリューナもいなかった。きょろきょろ探してると、後ろから声がする。

「死んでゆくものが知ってどうする」

 振り向くと、リューナを片手に抱えた背の高い影が、手を振り下ろしてきた。長い爪が縦に光る。

 でも、その手は僕には降ってこなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ