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ジジイの親切とおせっかい

 沙羅は俺にあてつけるように、 休み時間のたびにやってくる他クラスの男子生徒と賑やかに談笑していた。

「ねえ、どこから来たの?」

「だから内緒だって」

 このくらいはまあ、ありがちと言えばありがちだ。

「前の学校、彼氏とか、いた?」

「う~ん……想像に任せる」

 聞いた奴が他の男子にしばかれた。

「バカ、いないわけねえだろ」

「どんな感じ? あ、俺みたいな?」

「なわけねえだろ」

 男同士のドツキ漫才にくすくす笑う沙羅は……結構、かわいかった。

「あ、キミたちもいないんだ?」

 急に真面目な顔をして何人かの男子の顔を見渡すと、全員のテンションが一気に上がった。

「いない! いないいないいない!」

 そう騒ぐ連中の呆けた顔の間から、何度か沙羅がちらっと俺を見やった……ような気がする。

 そのたびに、俺はいたたまれずにいろんなところへ逃げた。トイレで用を足したり、切らしてもいないシャーペンの芯を購買部で買ったり、グラウンドで次の授業の準備をしている体操服姿の女子に白い目で見られたり……。

 ときどき、山藤を見かけた。あの、昼間でも眠たそうな顔をしていたネトゲ廃人のどす黒いオーラはもう、どこにもない。良くも悪くも、平均的な……いや、クセのない分、それよりちょっとマシな高校生だった。

 昼休みになると、俺はさっさと図書館へ行って例の場所でスマホを見た。沙羅は男子連中とお楽しみトークの真っ最中だから、見つかる心配はなかったが、音を他の人に聞かれても面倒なのでミュートにした。 

 異世界では、シャント…山藤がリューナやテヒブと昼食を取っていた。

 何か薄い粥のようなものを、木の器から木のスプーンですくっている。

 先に食事を済ませたリューナが洗い物か何かを始めたところで、テヒブはにかっと笑って、言葉がろくに通じないはずのシャントに語りかけた。

《さっきは悪かったな》

 あの特訓のことだろうか? なら、悪くも何ともない。俺が助けてやったのは余計なことだったかもしれないし、あのモブを動かしたのは沙羅のおせっかいだ。シャント…山藤はもっと痛い目にあったほうがいい。

 だが、話を聞いてみると、俺が見ていない間にいろいろとあったようだった。

《あの人はな、あの人》

 二度も三度も窓の外を指差すと、シャント…山藤は「あの人」と繰り返した。自分を「オイ」と言うこのオッサンにしては丁寧な物言いだった。

 たぶん、シャントにはきちんとした言葉を教えようとしているのだろう。

《私をジジイと言ったのだ》

 シャントは「私」と繰り返して、テヒブが自分自身を指差したのを見ながら言った。

《テヒブ……私……ジジイ》

 慌てたテヒブが「私はテヒブ」と言い直したのを、シャントはそのまま真似た。

 テヒブはシャントの指を取って、その本人の鼻先に突きつける。

《私はシャント》

 シャント…山藤はそれもリピートしたが、きょとんとしていた。たぶん、「私」の指すものが2つあるのが理解できないのだろう。

 それでも、テヒブが同じことを何度も繰り返すと、自分を指して「私…シャント」と言えるようになった。

 そこでテヒブは、話を元に戻した。

《私が女を追いかけ回していると言ったのだよ》

 シャントが理解できるはずもない言葉の羅列だ。ということは、本当はリューナに聞かせているのだろう。

 たぶん、俺が村の女たちを動かしてテヒブに足止めを食わせたときのことを言っているのだろう。その件で、誰かがテヒブを責めたのだ。

 テヒブに食ってかかったのは村の男だったのだろう。

 そこで「オンシ…男」と繰り返したシャント…山藤を指差すなり、テヒブは言い直した。

《あなた……シャント》

 その言葉は、困ったように繰り返される。

《私……シャント》

 山藤にしてみれば、今度はシャントが「あなた」と「私」の2人になってしまったことになる。テヒブは再びシャントの指を取ると、自分に向けて言った。

《あなた…テヒブ》

 シャント…山藤はその言葉を繰り返したが、やっぱり怪訝そうだった。さっき同様、テヒブが「私」と「あなた」に分かれてしまったことになるからだ。

 テヒブは、いったんシャントの手を離して、粥を口にした。シャントも仕方なさそうに同じことをした。

 自分と他人を区別する言葉がこんなに難しいとは……。

 担任は「ソシュール」がどうしたこうしたということを授業で言っていたが、こういうことだったかと思った。

 テヒブがやっているのは、シャント…山藤が自分を「私」として、目の前の人と「あなた」として、他の人から区別できるようにすることなのだ。

 突然、テヒブは言った。

《私…テヒブ》

 今度は、シャントのきょとんとした顔に指をつきつける。

《あなた…シャント》

 そういうと、再び粥を口に運びだした。シャント…山藤はそれをポカンと見ていただけだ。

 すると、リューナは流しからシャントを指差して言った。

《あなた…シャント》

 シャント…山藤はしばらく考えてから、おそるおそるテヒブを指差した。

《あなた…テヒブ》

 テヒブが勢いよく首を横に振ると、リューナは自分を指した。

《私……リューナ》

 シャントはリューナを指差す。

《あなた…リューナ》

 リューナは首を横に振る代わりに、椅子に座ったままのシャント…山藤を豊かな胸元に抱き寄せたが、慌てて流しへと戻った。

 ……機転の利く子だな。 

 山藤にはもったいない気がした。

 テヒブと同様にシャントを指差すことで、1人しかいないシャントを「あなた」として区別したのだ。それでようやくシャント…山藤も「指差し」が「あなた」を指す行為だと理解したのだろう。

 テヒブはよほどうれしかったのか、自分とシャントを指差しながら、さっきの言葉を繰り返した。

《私……あなた…男》

 リューナがシャントとテヒブを指しながら繰り返す。

《あなた……あなた……男》

 シャントが自分を指して、恐る恐る言った。

《私……男》

 テヒブは立ち上がって、シャントの肩を抱いた。

《オイもオンシも男よ》

 リューナはにやにや笑って、何やらキャラ違いのことを言った。

《いつの話だ、ジジイ》

 たぶん、テヒブに食ってかかった男がそう言ったのだろう。

 ジジイ、とシャントが繰り返すと、テヒブは知らん顔でリューナをからかった。

《何ならオイが仲を》

 そこで「リューナ…女」と言うと、シャント…山藤も繰り返したが、2人の仲のことを言っているのだとすると、ちょっと面白くなかった。

 今朝でいえば、あの男と、シャントのそばに立たせた女のことなんだろうが、こんな賢い子と、山藤じゃ釣り合わない。

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