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姫君のワガママなお怒り

 テヒブが長い棒を構えているのは、昨日の武器を想定しているからだろう。彼自身もたぶん、そうやって鍛錬を積んできたのだ。

 シャント……山藤はといえば、肩ぐらいの高さの杖しか持たされていない。これは勝負としていかにもアンフェアな気がした。身長にしたって、それほど変わらない。

 だが、こう考えることもできる。シャントには、この長さが限界だという判断だ。もっとも、山藤耕哉クンに理解できるとは思えないが。

 ……ほら、放り出した。

 さすが山藤、諦めが早い。昨日はちょっと見直したが、やっぱりこいつはただのネトゲ廃人だ。

 さすがにテヒブも素手の相手を殴るまいとは思ったが、予想に反してなかなか厳しいお叱りが待っていた。投げ捨てられた棒のリーチよりはるかに長い棒が、シャント…山藤の脳天めがけて叩きつけられたのだ。

 シャント・コウの身体が、垂直に落ちる。

 ボクシングでアッパーカットを食らって失神するとこうなるらしいが、余りの早業に、腹の中でザマアミロと毒づく間もなかった。

 地面にがっくりとついた膝頭に、棒の追い打ちがかかる。シャント…山藤は我に返ったようだったが、鼻先をかすめる棒にのけぞるのがやっとだった。

 尻餅をついたシャントを、テヒブは叱りつける。

《戦え!》

 吸血鬼や村の男たちからリューナを守るためには、シャントを鍛えなければならないと考えているのだろう。その頭へと叩きつけられた棒を、シャントは両手で掲げた自分の棒で辛うじて受け止めた。

 ……逃げると死ぬぞ!

 冗談抜きにそう見えるほど、テヒブの打ち込みは凄まじかった。それでも、シャントはふらふらと立ち上がる。山藤も意外と骨があると思ったら、何のことはない、2階の窓を開けて、リューナが見下ろしていた。

 ……男なら、みっともない真似はするな!

 シャント…山藤も同じ気持ちだったのか、俺の願いどおりに咆えてくれた。

《うわああああ!》

 だが、やる気だけで強くなれたら苦労はしない。テヒブに近づくこともできず、胸を一突きされて地面に転がった。咳き込みながらも立ち上がったのはたいしたものだったが、足が逃げているのは見れば分かることだった。

 ……ああ、こりゃダメだ。

 悪いが、精神的支援だけ送らせてもらうことにした。

 ……がんばれ、山藤君。

 だが、そこでチャンスが巡ってきた。怪我の功名というヤツだ。

 逃げた身体の前に抱えた棒が突きを受け流したのだ。棒を引くか持ち上げるかしないと、次の攻撃はできない。

 だが、そこを攻めれば勝てるという判断はセコンドの知恵だった。勝負の当事者に、その判断ができるとは限らない。

 ましてや、山藤では……。

 案の定、シャントがすくみあがったまま反撃のチャンスは見送られた。

 テヒブの棒が、その脳天を襲う。

 ……あ~あ。

 すっかり諦めて目を閉じると、パアンという小気味のよい音がした。

 シャント…山藤が伸びている姿は、気の毒であまり見たくはなかった。だが、そろそろバスも学校に着く頃だ。「止まります」のボタンを押さないと、乗り過ごしてしまう。

 目を開いてちらっとスマホの画面を見ると、倒れていたのはシャントではなかった。

 ……誰? こいつ。

 村の男の誰かのようだった。

 ……何でここに?

 テヒブの振り下ろす棒の下をたまたま通ったのでないと、説明がつかない。

 ……たまたま?

 そこで、こんな都合のいいことが起った原因の見当がついた。

 綾見沙羅だ。

 村人たちが畑やら壁建設やらのために、ここから見える道へと出てくるところをタップして引っ張ってきたのだろう。

 最大のピンチにどうして間に合わせられたのはよく分からないが。

 ……そう来たか。

 通りすがりを盾にするなんて、みみっちい手だと思った。あいにくだが、シャント…山藤は自分で戦う気になっている。最後まで見届けてやるのが男というものだ。女には分からんかもしれんが。

 そこへリューナが駆け込んできて、何だかシャントといい雰囲気になった。これは困る。シャントこと山藤が「女の子のために異世界に留まる」と言いだすのは充分にあり得ることだった。

《リューナ!》

 一喝で2人を引き離したテヒブにシャントが打ち込んだ棒は、軽くはじき返された。

 話にならない。同じことの繰り返しだ。せめてもう一度、打ち込みのチャンスがあればいいのだが。

 ……あ、俺か。

 雪かきだの何だの、いろんなことがありすぎて忘れていた。俺は「守護天使」だったのだ。助けてはやれないが、チャンスを与えることはできる。

 俺は画面の視点を変えて、畑に見える人影を探した。すると、そんなところを見るまでもなく、家の真ん前には女が1人立っていた。

 ……しめた!

 その女をタップして、その場に留めておく。シャントの盾に使ったりはしない。そもそも、気の毒だ。

 シャントはというと、最初から棒で頭をかばって突っ込んでいく。テヒブは棒をくるりと回して、足か腹を狙ったのだろう、逆手で下から打ち込んできた。

 ……今だ!

 女を、シャントの隣まで歩かせる。来るのが分かっていれば絶対に棒を当てたりしないだろうと、テヒブの腕を信じてのことだ。案の定、棒の軌道は再びシャントの脳天へと修正された。

 そこに生じた一瞬の隙に、シャントは棒を持ち替えてテヒブの懐に飛び込んだ。腹を打たれて、テヒブが吹っ飛ぶ。

 ……よし! 

 その時、バスのアナウンスが学校前に来たことを告げた。シャント…山藤の勝利を見届けた俺は、スマホの電源を切って「止まります」のボタンを押した。


 教室で沙羅を待っていると、朝礼ぎりぎりにやってきた。俺の席に近づいてくるなり、わざわざ思い切りそっぽを向いて自分の席に座る。

 今朝の態度とは正反対の態度に、何だかムカッときた。担任がまだ来ていないのをいいことに、俺は後を追って文句を言った。

「何だよ」

 沙羅は俺の顔を見もしない。朝日の中に雪を残した遠くの山々を見つめながら一言だけ返した。

「知らない」

 俺がバスターミナルに置いていったことを怒っているのかもしれないと思ったが、それなら筋違いというものだ。

「勝手に寄り道したんだろが」

 すると、ようやく冷ややかな眼差しが俺に向けられた。

「どうして、って聞かないの?」

 身勝手と言えば身勝手だが、相手を非難する前にそれを聞くのもマナーといえばマナーだ。

 俺は仕方なく言い直した。 

「……何で?」

 沙羅は再び、窓の外を眺めながら言った。

「知らない」

 そこで、あのメガネで白髪交じりの長い顔をした担任が教室に入ってきた。朝礼が始まる前に、俺はそっぽを向いたままの沙羅を目で威嚇しながら自分の席へと戻った。

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