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異世界ヒーロー、オッサンにひがむ

 やっぱりダメだ、僕なんか。掃除一つろくにできないなんて。

 現実世界でもそうだった。言葉が通じても、実際には何もできない。ホウキをかけろと言われても、結局は同じ掃除の班のみんなにノロいだの邪魔だの言われて、代わりにやってもらうのだ。せめてもの協力と言えば、あとでサボリを出したと言われないように、教室の隅でじっとしていることくらいだった。

 たぶん、テヒブさんは親切でひとつひとつモノを指差して名前を教えてくれているのだろうけど、そんなに次から次へと覚えられるわけがない。結局、リューナが呼ばれて僕の代わりをしてくれるのは恥ずかしかったし、悲しかった。

 とうとう、台所掃除の途中でテヒブさんは何も言わなくなった。リューナは顔を手で覆って泣き出した。最悪の空気だった。何をしていいか分からないし、何を言っていいかも分からない。きりきりとお腹が痛くなった。

 通じるわけないとは思ったけど、こう言うしかなかった。

「ちょっとトイレ」

 現実世界でも、学校での逃げ場所はここだった。床に穴を掘って、穴の開いた板を敷いただけの夏のトイレは、臭いなんてもんじゃない。悲しさよりも先に、アンモニアが目にしみて涙が出てくる。それでも、ここで用を足さないわけにはいかなかった。

 台所に戻ると、テヒブさんがリューナの方を叩いて出ていくところだった。何か囁くと、リューナは心配そうについて行こうとする。悔しいけど、その切ない顔がまた可愛かった。

 ……もしかして、リューナってファザコン?

 そんなしょうもないことを一瞬考えたとき、テヒブさんはリューナをその場にとどめて、ひとりで出ていった。家の戸を開けたとき、ちらっと僕を見たような気がしたけど、どういうつもりかは分からない。

 ……愛想をつかされたんだろうか? 

 そう思うと、一気に心が折れた。

 リューナと2人きりになったのが、かえって居心地悪い。言葉も通じないし、僕のことをどう思ってるのか分からない。

 やっぱり、僕なんかあてにしてないんだろうか? そりゃそうだ。テヒブさん強いし。吸血鬼が夕べ襲って来なかったのは十字架を恐れたからで、僕の力じゃない。

 ……じゃあ、テヒブさんに守ってもらえばいいじゃないか。

 床にリューナの影が長く伸びていた。窓から差し込んでくる日の光に、髪が金色に輝いている。

 外をじっと見つめていたリューナは、思い出したみたいに雑巾を手に取って、やりかけだった掃除をまた始めた。でも、その手はすぐに止まって、また窓に近寄った。

 そうかと思うと、ハタキを取って壁の辺りをパタパタやり始める。でも、やっぱり長続きしなくて、また外を眺めはじめた。

 そんなことを繰り返しているうちに、ちょっと薄暗くなった。リューナは掃除をやめて、台所に向かって何か始めた。水の音がする。何かキラッと光ったので、たぶん包丁だと思った。

 ……夕ご飯の準備かな。

 テヒブさんのために料理を作っているんだと思うと、ここに来てからのつらいことや嫌なことがいっぺんに心の中に来た。

 臭い馬小屋。

 きつい山の仕事。

 吸血鬼が来たこと。

 暑い部屋に閉じ込められたこと。

 袋叩きにされたこと。

 ……そりゃ、役に立たないかもしれないけどさ。

 リューナのために頑張ってるんだって、分かってほしかった。言葉にして伝えられたらいいんだけど、無理だ。 

 そう思うと、逆になんかムカッときた。だから、伝わらないと分かってる言葉で言ってやった。

「僕はいなくてもいいんじゃないか?」

 リューナはちらっと僕を見たけど、すぐに台所の下側だけレンガ敷きになっている床に屈んで、火を起こした。

 無視されたような気がして、僕はつい大声を上げた。

「テヒブさんのほうが頼りになるんだろ!」

 それにはリューナも驚いたのか、まじまじと僕を見た。少し何か考えていたけど、また窓際に駆け寄った。誰もやっては来ない。

 どうせ、何を言っても通じやしないし、リューナはもう僕なんか相手にしていない。僕は所詮、テヒブさんから見ればオマケなのだ。

 だから、僕もヤケになった。

「そうだよな、ここにいたほうが僕も安全だもんな」

 ふん、と横を向くと、壁の高い所に何か棒みたいなものが架けてあるのに気が付いた。でも、ただの棒にしては何かゴテゴテいろんなものがついている。

 はまっているのは、鉄みたいな金属の輪っかみたいなものが、いくつか。

 一方の先はやっぱり鉄みたいなものでカバーがしてある。

 もう一方の先には、斧みたいな、槍みたいなものが。

 ……ポール・ウェポンってやつだ。

 そんなに長くないのは、小柄なテヒブさんのものだからだろう。

 やっぱり、僕はいらないみたいだった。

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