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初めて出会う大人

 あの村人たちから離れてテヒブさんについていくと、最初に出会った大きな畑の周りをしばらく歩いた先にある2階建ての家に着いた。

 テヒブさんはさっさと中に入ってしまい、リューナも当然のように後を追った。僕ひとりが泥だらけのまま、どうしたらいいかも分からず外に残された。しばらくして、テヒブさんが慌てた様子で家の戸を開けた。黙って入るのも何だかしっくりこなくて、とりあえず「ごめんください」とだけ言ったが、テヒブさんに分かるわけがない。

 不思議そうな顔をしたテヒブさんは、いきなり僕の手を掴んだ。ものすごい力で引きずるように連れて行かれた先は、家の裏だった。目の前には、僕が材木の切り出しをやらされた山に続いているらしい斜面がある。

 そんな人目に付かない場所で、テヒブさんは有無を言わさず、泥だらけになった僕の服を掴んだ。

 ……え? 何?

 上着を頭から一気に引き剥がされて呆然としていると、今度は力任せに下を下ろされた。

 ……まさか? 

 ……まさかこのオッサン、そういう趣味?

 ぞっとしたところで、さらに冷たいものが頭から浴びせられた。前髪からぽたぽた落ちる水のしずくの向こうには、井戸を背にしたテヒブさんが、さっぱりとした顔で桶を突き出して立っている。

 ……ああ、そういうことね。

 身体を洗えというんだろう。

 僕は桶を受け取って井戸のそばまで行くと、自分で縄を引いて汲み上げた水を何度もかぶった。夏場の割には凍えるような思いをしたのは、雨上がりの涼しい風が吹いていたからだ。

 テヒブさんに背中を押されて裏の戸口から入ると、台所やテーブルのある下の階には誰もいなかった。服を引き裂かれたリューナは、先に上げられたようだった。

 ガタガタ震える僕は、台所やテーブルのある1階で与えられた服を着替えた。テヒブさんの服なのだろう、少し小さめだった。袖からは手首が、ズボンの裾からは脛が出ている。

 やがて2階からリューナの声がして、テヒブさんは階段を上がっていった。

 テヒブさんの家の2階は、日当たりのいい部屋だった。でも、暑くはない。窓から窓へ、雨上がりの風が吹き抜けているからだ。

 そこでくしゅんとくしゃみをしたのは、やっぱりつんつるてんの服を着て突っ立っていたリューナだった。僕に気付くなり、慌ててむき出しの臍を隠す。テヒブさんが慌てて下の階へ降りていったので、ひとりで目のやり場に困った僕は、とても気まずい思いをした。

 テヒブさんは持ってきた毛布をリューナに渡すと、部屋の隅から持ってきた椅子を2つ持ってきた。リューナは慌てて座ると、毛布で腹を隠した。空いた椅子をテヒブさんがじっと見ていたので、僕もおそるおそる座った。どうも、立っていればいいのか座ってもいいのか分からないというのは居心地が悪い。

 もっと困ったのは、誰一人として何も喋らない時間が流れ続けたことだ。僕はことばが分からないし、リューナは喋れない。目の前に座ったテヒブさんは、僕たちをかわるがわる眺めながらニコニコ笑っているだけだ。

 困っているのはぼくだけじゃなかった。リューナもまた、どうしていいか分からない様子でそわそわと僕の様子をうかがっている。

 それに気付いたのか、テヒブさんは何か考えるかのように目を伏せたけど、すぐに僕を見るなりリューナを指差した。

「リューナ……」

 そんなことは分かっている。なんのつもりかと思っていると、今度は僕を指差した。

 リューナを指差して、リューナの名前を出した。

 そこで、今度は僕を指差す。

 これは……名前を知りたいってことだろうか。

 どっちみち、言葉は通じない。教えても、僕の名前とは思わないかもしれない。

「シャント・コウ」

 テヒブさんは、満足気な顔で自分を指差した。

「テヒブ」

 これでようやく、僕たちはお互いの名前を知ることができたことになる。

 よく考えてみたら、この世界にやってきてからこっち、僕の名前なんかどうでもいい日々が続いていた。テヒブさんは、この世界で僕が誰なのか聞いてくれた唯一の大人だったのだ。

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