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豪雨の中の悲劇

 土砂降りの中を夢中で走り回って、やっとリューナを見つけたときにはもう、あの男たちが後をつけていた。何のつもりかは分からない。だけど、皮膚がびりびり震える感じがして、僕はずぶ濡れのまま男たちのずっと後ろを歩いた。 


 夕べまでは、男たちはリューナを邪魔者扱いして、乱暴に扱っていた。僕はカギをかけられなくなった部屋で静かに眠ることができたが、リューナの部屋は元のままだった。それでもリューナは、おやすみの挨拶のつもりだったんだろう、壁を叩いてくれた。僕たちは眠くなるまで、お互いにノックを交わしていたのだ。

 朝が来ると僕たちは、豆の収穫に駆り出された。日が高く昇ると昨日よりも扱ったけど、リューナと一緒に働けるのは楽しかった。

 途中で変な爺さんに邪魔されたけど、他の人よりはリューナと親しいみたいだった。なんだかよく分かんないけど、その人に気に入られたみたいだったし、リューナも嬉しそうだった。

 いい気分になって、もっと頑張ろうと思って周りを見たら、すぐ目の前にニンニクの畑があった。

 ……これだ! 

 いざって時にリューナを吸血鬼から守れる武器が、ぼくにはない。せめてこれだけでも、と思ったのだ。

 引き抜こうとしたら、ムキになったリューナに止められた。ママに叱られる子供みたいに襟首掴んで引きずられて、頭から怒られたけど何言ってるかさっぱり分からなかった。

 僕は、こういうのが嫌いだ。小さい頃から嫌いだ。親も教師も、無理やり入らされた中学校の剣道部の上級生も、みんなそうだった。力ずくでいきなり立たされたり座らされたり走らされたり、その上、ワケの分からないことを一方的に喚き散らす。すっごく傷つくんだ、こういうのって。

 リューナは黙って僕を見つめてるだけだったけど、そんなことをされるとは思わなかった。何かすごく気分が凹んで、僕はあちこちふらふら歩いて、それからしゃがみこんだ。なんだか辺りがぼんやりして、自分でも何を見てるか分からなかった。ただ、目の奥がじんとした。

 誰かが近くにやってきた。リューナだってことは分かってた。見上げると、なんだか済まなそうな顔をしていた。

 でも、あんなに怒らせてしまって、どんな顔したらいいのか分からなかった。実際、自分でも笑ったのか泣いていたのか分からない。困って目をそらしてそこらへんを見渡して、ふと気が付いたら目の前に白いバラみたいな花が咲いていた。

 ……これ渡したら間が持つかな? いや、それベタだろ、でも。

 迷いながら手を伸ばしたのがいけなかった。綺麗なバラにはトゲがあるっていうけど、本当だった。花は折れずに、指にはチクリと痛いのがきた。

 思わず口に含むと、リューナが笑いだした。僕もやっと笑えた。 


 この大雨は、豆を摘んだ荷車を僕だけが村長の家まで引かされて行った後に降ってきた。それでもリューナが帰って来なかったのは、たぶん、僕をひとりで送り出したこの男たちのせいだ。

 ずぶ濡れのリューナの身体には、服がぴったりまとわりついている。三角巾もどこかでおとしてしまったのか、長いブロンドの髪がぽたぽたとしずくを垂らしているのが遠くからでも分かる。

 ぞくっとくるほど、きれいだった。背中から腰、脚へと流れる線の美しさは、アニメやゲームに出てくる美少女なんか目じゃない。

 それだけに、こいつらが何を考えてるかも、考えたくなかったけど分かった。

 リューナは、男たちを巻こうとしたんだろう。だから、土砂降りの中を逃げ回ったのだ。

 ……止めなくちゃ! こいつらを、止めなくちゃ!

 そうは思っても、できるかどうかわからなかった。

 最初にこの異世界にやってきた日の夜を思い出す。手を縄で縛られたまま引かれていくリューナを助けようとして、僕はこの男たちに襲い掛かったのだった。でも、結果は返り討ちだった。

 ……あのときみたいに、袋叩きにされるんじゃないか?

 悔しくて、怖くて、思わずうつむいて唇を噛んだ。

 そのときだ。

 僕の足下に、泥土を引っ掻くようにして何か字が大きく書いてあったような気がした。まさかと思ったけど、立ち止まって確かめてみた。今までも日本語ではっきりとメッセージが書いてなかったら、スルーしてただろう。

 間違いなかった。極端に縦長だったけど、明らかにカタカナだった。

 タ……。

 目を離してしまったリューナの様子をうかがうと、まだ男たちとは距離を取っていた。僕がついてきていることにも気づかれていないみたいだった。それはたぶん、奴らがリューナに襲い掛かるチャンスを待っているのと、この大雨のおかげだろう。

 ときどき地面を注意して見ていると、またカタカナが書いてあった。

 ス……。

 男たちの足がちょっと速まったみたいだった。でも、リューナとの距離は縮まらない。必死で逃げてるんだってことは僕にも分かったので、急いで歩いた。

 すぐに次のカタカナが来た。

 ケ……。

 どこの誰がどうやって書いてるのかは分からなかったけど、何を伝えたいのかはだいたい見当がついた。でも、どうすればいいんだ?

 足がもつれたのか、リューナが一瞬だけよろめいた。男たちも気が急いているのか、何かに蹴っつまずいたヤツがいる。このまま、2人、3人ともつれあって転んでくれればいいとさえ思った。

 やがて、最後の一文字が僕の使命をはっきりと告げた。

 ロ……。

 タ・ス・ケ・ロ!

 たすけろ! 

 助けろ!

 もう、迷ってる場合じゃなかった。

 リューナが危ない! 

 そして、僕はもう、初めてここへ来たときの僕じゃなかった。勉強ができないとか、頭が悪いとか、そんなことはもう関係ない。どうやって助けるかは、僕が考えなくちゃいけないのだった。

 まず、リューナに声をかけても、絶対に逃げきれない。多勢に無勢というやつで、男たちが二手に分かれて僕たちを押さえこんでしまったら一巻の終わりだ。

 目の前では、リューナが男たちに距離を詰められていた。よろめいたのがいけなかったんだろう。僕は駆け寄りたいのをこらえて、打つ手を考え続けた。

 それなのに、地面の上のメッセージは、僕をせきたてる。

 コ……。

 イ……。

 こい。

 恋? 違う。

 濃い? そうじゃない。

 来い。そう、そりゃ分かってる。でも、1人じゃ絶対無理だ。リューナと男たちの距離は、一歩ごとに近づいている。

 リューナが走りだした。男たちも後を追った。遅れてはいけないと、僕も全力を振り絞った。

 でも……間に合わない!

 男たちのひとりが、とうとうリューナに追いすがった。太くて毛深い腕が襟元に伸びるのが見えた。服が裂けて、白い背中が露わになる。滑らかな肌を、雨の粒が滑る。雨が弱まったのだった。

 ……叫べ! 叫べ、リューナ!

 今なら、声はかき消されない。

 だけど、そう思った瞬間、気付いた。

 リューナは、喋れない。つまり、危険が迫っても助けを求めることができないってことだ。それをいいことに、男たちが次から次へと白い肌に手を伸ばす。

 たまらなくなって、僕は痛いほど強く降る雨の中で、力の限り叫んだ。

「誰か!」

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