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ネトゲ廃人、悪夢から醒める

 誰が書いたのか分からないけど、確かにこれは、僕の闘いなのだ。

 綾見沙羅にそそのかされて異世界転生したけれど、無双もできなければ、格好よくもない。

 リューナと出会うことはできたけど、結局は嫌われた。村の人からも憎まれてる。僕はひとりぼっちなのだ。

 ……じゃあ、何で戦わなくちゃいけなんだろう?

 それを考えると、眠れなかった。

 吸血鬼ヴォクス男爵も、その下僕の吸血鬼と化したテヒブさんも、めちゃくちゃに強い。戦って勝てるかどうかも分からない。

 ……じゃあ、逃げようか。

 そう思うと、いつの間にか僕は、暗い夜中の道を駆け出していた。どっちへ走っているのか分からない。でも、この村を出れば戦わなくて済む。

 気が付くと、僕はあの高い石垣、というか壁の前にいた。

 この間の戦いで、穴が開いている。豆の収穫が忙しくて、もう直しているヒマなんかなかったんだろう。ヴォクス男爵もしばらくリューナを襲ってこなかったし、軍勢は帰ったし、気が抜けてしまったのかもしれない。その気持ちは、何となく分かる気がした。

 僕だって、忙しかったり、嫌なことがあったりしたら、めんどくさくなってサボっちゃうことはいくらでもある。

 だから、今だって逃げている。壁を抜け出せば、もう村の外だ。

 ……やった!

 月の光の下に、長い長い道がどこまでも伸びている。ここを走って行けば、どこか別のところに行けるだろう。

 でも、それは無理だってことはすぐに分かった。目の前に、2つの影が立っていたからだ。

 背の高い方は、ヴォクス。

 背の低い方は、テヒブさん。

 そういえば、山の上からこっちのほうに見えたのは、ヴォクスの城だった。

 ……だめだ!

 僕は、反対側へ逃げた。村はずれの山道をどこまでも行けば、いつかはどこかへ逃げられるような気がしたのだ。

 走って走って、やっと見えてきたのは、水車小屋だった。ここを曲がれば、山道に入る。

 だけど、川の音が聞こえてくると、僕の身体はどんどん重くなってきた。

 ……何で?

 橋を渡ろうとしたとき、左右から水しぶきが上がった。

 ……しまった!

 身体が動かない。それなのに、僕の真上には、真っ青な長い尻尾が飛んでいる。

 ……ケルピー(川馬)

 長い身体がくるっと縦回転して、大きな馬の頭が噛みついてくる。

 逃げられない!

 ものすごい流れの中に落ちる瞬間、僕は後悔した。

 ……さっき、ヴォクスやテヒブさんと戦って勝てばよかったんだ。

 そこで、いきなり大きな笑い声がした。

 気が付くと、僕は教室の中でひとり突っ立っているのだった。正面の黒板には、「あと1日」と書いてある。

 去年の文化祭準備の日だった

 何で笑われているのかは、分かっていた。大きなことばかり言って、結局は小道具も作れなかったからだ。

 不思議なのは、黒板の前に立っている他校の制服姿の女子が綾見沙羅だということだった。去年はまだ、いなかったはずだ。

 その転校生が、可愛く微笑んで言った。

「残念、また君の負け」

 僕のこと何にも知らないこいつに、そんなこと言われたくない。頭に来て、僕は叫んだ

「ふざけんな!」

 それで目が覚めた。考え事をしてるうちに、いつの間にか眠っていたのだ。枠を昨日壊したばかりの窓を開けてみると、もう夜が明けていた。うっすらと、霧が立ち込めている。

 ……逃げるんなら、まだ間に合う。

 グェイブがあれば、身を守ることぐらいはできる。ベッドのそばに立てかけたのを見てみると、そこには杭と木槌があった。

 あとは、十字架だけだ。これがあれば、ヴォクスもテヒブさんも、たぶん僕には近付けない。 

 ……なあんだ。

 いつの間にか、僕は戦う前提でものを考えていた。迷う必要なんかなかったのだ。

 夢の中で見た、制服姿の綾見沙羅の姿が目に浮かぶ。

 ……「残念、また君の負け」。

 いや、そうとは決まっていない。僕はまだ、逃げてはいないのだ。

 そこで僕は、いつかスマホの画面で見た、ドレス姿の綾見沙羅の姿を思い出した。

 ……「この異世界で刺激的に生きるか」。

 ……「現実世界であたしの下僕のまま終わるか」。

 ……「どっちか選びなさい」。

 どっちも、イヤだった。だいたい、綾見沙羅に選ばされているのがイヤだった。

 どうするかは、僕が選ぶ! 

 僕はグェイブを持って、部屋を飛び出した。足りない十字架を手に入れるために。

 探すか、作るしかないことは分かっていた。

 木は山にある。でも、台所の手斧じゃ切れない。もっと大きな斧は確か、前に木の切り出しをやらされてバテたときに、放り込まれた水車小屋で見た覚えがあった。

 でも、水車小屋の前まで来たところで寒気がして、身体が固まった。橋を渡ろうと思ったけど、足がものすごく重い。

 夢の中で見たケルピーが、眼の前にいるような気がする。

 ……呪いだ!

 グェイブで刺されて、僕を背中に乗せながら泳いだケルピーが、仕返しをしているのだ。

 でも、今はそんなこと言っていられない。出てきたら、追い払うだけだ。

 動かない足を無理やり前に運んで、僕は何とか橋を渡ることができた。水車小屋にはカギがかかっていないのは覚えている。ファンタジー系RPGやってると分かるんだけど、村長の家にも、宮廷衛士だったテヒブさんの家にもないようなカギが、こんな田舎で外からかけられるわけがない。

 中に入ってみると、小麦の袋はだいぶ挽いてしまったのか、かなり減っていた。柄の長い斧は、そのままの位置で奥にある。誰も使わないみたいだ。

 ……ちょっとお借りします。

 僕の立場は何かヤバくなってるみたいだから、あまり下手なことはできない。使ったらバレないように返さないと、また面倒なことになりそうだった。

 水車小屋を出て向かったのは、川の流れに沿って木の生えている所だ。あまり奥へ行くと崖になるし、十字架に使えるような枝を早く取ってきたかった。

 行ってみると、割と低い木の枝は、斧の届きそうなところにあった。斧は重かったけど、持ち上げて何回か打ち付けていると、ちょうどいい大きさの枝が落ちてきた。

 ……もう1本!

 同じくらいの枝を別の木から探して落とす。意外にうまく行ったので、何だか気分がよくなった。斧もそんなに重くない気がする。

「よっこらせ!」

 なんて言って肩に担ごうとしたとき、川のほうでバシャっと音がした。

 ……え?

 身体がぞくっと震えてから、何に緊張したのか分かった。この川をさっき見たときに感じたのと、同じ恐怖だ。

 ……ケルピー?

 グェイブを構える余裕もなく、ただ、そっちを見るしかなかった。捕まったら、今度こそ死んでしまうような気がした。

 ……いや、大丈夫だ。

 前に捕まったときはめちゃくちゃ跳ねたけど、あれは水のあるところだったからだ。ここまでは来られないだろう。

 そこに気が付いた僕は、水の音がしたほうをじっくり眺めることができた。

 でも、それはやっちゃいけないことだったのだ。

「ご、ごめん!」

 慌てて横を向いた。

 そこにいたのは、水浴びをしているリューナだったのだ。

 ……見た? 見ちゃった?  

 金色の髪に、水の滴が弾けていた。肌が、真っ白だった。濡れた背中が、きれいだった。

 それから。

 ……見てない! 見てない!

 僕は慌てて木の枝と斧を担いで、山道に向かって駆けだした。さっき見た髪とか肌とか、それから……頭の中にいろんなものが浮かんで、もう、何が何だか分からなかった。

 ……何で? 何でリューナが? ここで何してたんだ?

 気が付いたら、もう水車小屋まで来ていた。慌てて中に飛び込んで、小麦の袋の間で震えていた。

 ……やっちゃった。

 これでアウト確定だった。完全に、変態扱いだ。これで間違いなく、嫌われた。村長の家に戻ったら、どんな顔して会えばいいんだろうか。

 そんなことを考えているうちに、水車小屋の外から足音が聞こえてきた。

 ……リューナだ。

 僕はドアに近寄って耳を当てた。足音は遠ざかっていく。聞こえなくなった頃にドアを開けて覗いてみると、橋のずっと向こうに、金色の髪を揺らしながら去っていく後ろ姿が見えた。

 そろそろ、村長の家に人が集まる頃だ。リューナも仕事にかかるだろうから、超高速で家の裏に回って十字架を作ればいい。

 ……そういえば、台所に手斧があったよな。

 そんなことを考えながら村長の家にやって来てみると、リューナはいなかった。

どこへ行ったのか気になったけど、周りの村人に聞こうにも、その視線が痛い。

 ……言葉通じないし、仕方ないよな。

 台所に回ってみたけど、そこには掃除をしているククルがいるだけだった。僕を見ると、妙にはしゃいだ。

「グェイブ!」

 どんな顔したらいいか分からなくて、ちょっと笑ってみせた。手斧を取って家の裏に回ると、あとをトコトコついてくる。首を軽く縦に振ってみせたら、つまらなそうに台所へ戻っていった。

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