少女と守護龍
しきみ彰様主催の企画、ドラゴン愛企画参加作品です。
かつて、人族と龍は共存していたという。しかし、それは遙か昔の話だ。その物語を聞いたのはいつだったか……確か、母が他界する前だったはずだ。父は私が6つの時にバカバカしい戦で帰らぬ人となった。そして、その数年後に母も病で倒れて亡くなった。親戚も居ない、1人ぼっちの私はただただボーッとしながら森に足を踏み入れていた。どうして森に入ったのかも分からないまま、裸足で冷たい地面を踏みしめていた。辺りは鬱蒼と生い茂る緑ばかり。ギャー、と鳴くのは黒い鳥。ちょっと煩い、と思いながら歩き続けていれば低い声が耳に入る。
『何をしている、人の子よ』
「……え?」
これが、私とこの国の守護龍であるヴェイツェとの出会いであった。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
「ヴェイ!」
『うるっさいわ』
朝陽はまるで森を祝福するかのように光を注ぐ。私の住んでる家から少し離れたところにある紫玉の森。そこにはこの国・ファリロードを古くから守護している龍のヴェイツェが居る。
亡くなった母から聞いたのは遙か昔に龍と共存していた、という話であるがどうやら少し違うらしい。
そもそも、ヴェイに出会ったのは母が亡くなった日。父も母も亡くして、どうしようかと1人ボーッとしながら歩いていればこの森まで歩いてきていた。しかも裸足。無意識って怖い。当時10歳――現在16歳――の足でここまで2km歩いたんだよね……思い返してみれば、よく歩いたわ。
まあ、その時の記憶は殆どないに等しくて。森をひたすら歩き続けていたら私をたまたま見つけたヴェイに声をかけられた。よく見つけたよね、本当。
しかも、その時のヴェイは人型。コイツが龍だなんて思ってもみなかった。……と、1人回想に浸っていれば頭を問答無用で叩かれる、ちょ、痛いから、加減して!?
『急に黙り込んで、気持ち悪い』
「え、何? 心配してくれたの?」
『調子に乗るのも程ほどにしろ』
「あ、照れてる」
『……話を聞いてたか小娘』
バシッ、とまた頭を叩かれる。あのさ、龍の尻尾ってそういう風に使うもんじゃないよね? ……っと、ゴメンナサイ黙りますはい。だからそんな人射殺しそうな瞳で見ないでくれるかな!?
ヴェイは黒っぽい紫の鱗を持つ龍だ。身体は蛇みたいに長く、というより長い。体長は3mらしい。長いと思うけど、同族の中じゃ中くらいらしい……そもそも同族が居ることに驚きましたけど。
「ヴェイはさー」
『何だ』
「こんなところに居てつまんなくないの?」
その問いにきょとんとしたのはほんの一瞬。すぐに呆れた顔をされる。何言ってんだコイツは、的な瞳で見ないで!
『つまらんも何も、我はこの国の守護龍だ』
「いや、だからといってこんなへんぴな森に住み着かなくたってさ」
『それこそ、我の勝手だろう』
蛇がとぐろを巻くようにするかのような体勢で、私を見据える。……そんなにグルグル巻いても私より背が高いとか何なんですか。その考えを読み取ったらしく、またため息をつかれる。いやいや、ヴェイさん酷くない? そんなに呆れるところ? ねえ?
「それより、また戦始まったんだって?」
『……らしいな』
ふ、と思い出す。ファリロードは十数年前から隣国・キャゼッタとずっと戦争をしている。理由は資源争いだとか。
ファリロードは裕福な国か、と問われれば微妙だ。でも、貧しくはない。富裕層と貧困層にちょっとだけ差があるだけだ。
対するキャゼッタは裕福な国だ。この大陸でも三本指には入ると思うくらいには。その国が、たまたまファリロードとキャゼッタの国境(正式に言えばファリロード領)から発掘された鉱石――これは日常生活に欠かせない魔石――を無理矢理にでも自分のものにしようとして戦争が勃発。
ちなみに仕掛けてきたのは相手側だ。裕福な国なのに、何故そこまで資源をほしがるのかさっぱり分からない。今でも十分だろうに。
『下らんな』
「ヴェイ、この国の守護龍なんでしょ? どうにかなんないの?」
『……お前は守護龍をなんだと思っている』
これまた呆れた声。守護ってついてるくらいなんだから、国が危なくなったら守ってくれるんじゃないの? 思ったがどうやら違うらしい。じゃあ何を守ってるのよ?
『確かに国は守るが、よほどのことが無い限りは干渉はしない』
「何で?」
『人の私欲が過ぎる国など救って何になるという』
完全に呆れきった声だった。ヴェイは確かにそういうの嫌いなの知ってるけど。
「じゃあ、今回は手を出さないの?」
『は、というよりももだな」
「……も?」
『昔にも似たようなことがあっただろう』
昔、ファリロードは近隣国と小さな戦争を何回もしているからそれのことか分からない。ここまで長く続いている戦争は今の戦争だけなんだとか。
今の戦争より少し前の戦争と言えば……父が亡くなったときの戦争かな。あの時もキャゼッタと戦争してたもんね……父が亡くなったのはキャゼッタとの戦争ではない。別の近隣国との小さな争いに巻き込まれてしまったのだ。そう、母に聞いた覚えがある。
「まあ、あったとしてヴェイには関係ないと言いたいの?」
『ないな』
ばっさりと言い切ったね。ヴェイはあくまで国の柱的な存在らしく興味が無いんだとか。で、この森は棲みやすいから勝手に住み着いてるだけだとか。もうツッコんでいいよね?
ヴェイさん、国民は皆守護龍が救ってくれることを願ってるんだよ。これじゃあ夢も希望もぶち壊しだね……うん。
「あんた本当に守護龍か」
『それこそ、この国がとんでもなく馬鹿なコトしない限りは滅ばないように守ってるわ』
「何それ、初耳……」
てか待って? それってこの国がよっぽど馬鹿なことをしたら滅ぶってことだよね? うん? つまり……と、その前に。
「よっぽど馬鹿なことって?」
『我を殺しに来る』
「……。」
ゴメン、何かありえない可能性に絶句した。いやいや、守護龍を殺しに来る国なんてどこにあるのよ!? と表情に出ていたらしい。ヴェイの表情は感情のない真顔だ。
「……何の、ために」
『国の平和のためだろう』
「おかしいでしょ? 守られてるのに、何で」
『覚えておくといい、人間とは強欲だ』
ヴェイはそう言うと、その瞳を細める。どこか遠くを見つめるようにして、彼は私に問いかける。
『仕方のないことだ』
「何が仕方ないの」
『人間は、いつまで経っても愚かだと言うことだ』
無意味な戦争、強者は見下すことしかできず、弱者は頭を下げることしかできない腐りきったこんな国は、確かに愚かでしかないのかもしれない。でも、そうしないと生きてはいけないから。誰しもが、強いわけではない。
『お前も、その残酷さが分かる』
「……ヴェイは」
優しすぎた。人間は強欲で愚かだというのに彼は私を心配する。こんな小娘を気にかけるくらい、そして心の中では国のことを心配しているくらいには、役目を果たしている。
その残酷さが分かる、その言葉の意味を知るのは本当にすぐのことで。人間は強欲で愚かで、傲慢。哀しいことに、それが現実だった。
何もできない子共の私は、ただそれを受け入れることしかできなかった。その残酷さを目の前にして、立ちすくんで泣き叫ぶことしかできない、ただの子共でしかなかった。
あなたを失う、そのことが国にとって、私にとって、何よりも残酷で哀しいことだと。ハッキリと自覚したときにはもうすでに遅かったのだ。
愚かで弱い私は、ただ手を伸ばすことしかできなかった。それすらも、むなしいだけであったのに。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
それはこの国で唯一月のない日に起こった歴史書にも残る悲劇。ファリロードの守護龍・ヴェイツェが死んだ日のこと。
紫玉の森の奥には私くらいしか足を運ばない。だって、ここには何もないのだ。動物も寄りつかず、ただただ青紫に光る水晶が陽を浴びて輝きを増して、反するような黒々しい木々がそびえ立っているだけの場所。
そんなところに、ファリロードの王直属の騎士団が来た、となれば尚更違和感しかない。今更何のようなのだ。と、顔を顰めてやれば顔に十字傷のある男に睨まれた。
な、何よ。ヴェイに居場所すら与えずに、その守りに甘えていたくせに。少し前にヴェイが零したことがあったのだ。
『ファリロードは我の守りに甘んじていて何もしようとはしていない。戦争とは名ばかりのものでしかなく、人の命をただの道具としか見ていない』
守護龍が国を守っている。だから我々は絶対に勝つ。力を溜めるために守護龍はまだ動けない。ならば、その時間稼ぎに人を使えばよい。
コレは本当に人間の考えることなのか? と多いに疑った。どうして、そんな残酷なことを考えられるのか。ならば、自分がその立場になった時、憤らないのか?
いや、憤るだろう。どうして、と嘆くのだろう。なのに、それを自分ではない他人に背負わせるのか。何と勝手なのか。
ヴェイが人を愚かと言った意味がよく分かった。もう、救いようのないくらいに腐っている。私だって人間だけど、まだ歳もあまりない小娘だけど。そうして歳の喰ったお偉いさんがそんなことを思いつくのか分からなかった。
「何だ、小娘」
「い、今更何の用よ!」」
人の命を道具として駆り出したのは王だ。そして、それを行ったのは目の前に居る騎士団。特に胸元に勲章をジャラジャラとつけているオジサンが私を視界に入れると嗤った。それは嘲笑、見下したような。
ええ、ええ、私は確かに小娘ですよ! でもあんた達みたいに頭の中腐ってなんかないんだから!
全身で威嚇するように睨みつければ、頭に乗るほんのりとした暖かみ。隣を見れば、黒い裾が見える。そこに居たのは、私が見上げてもちょっと顔が見えないくらいに長身の濃い紫の髪に、馬鹿みたいに長い羽織を着る男。いつだったか見たことのあるその姿。そう、人型になったヴェイだ。
『何の用だ、小僧共』
「守護龍様にお願いがあって申し出に来たのです」
『……ほう』
ヴェイの冷たい声音。こんなヴェイの声を私は聞いたことがなかった。騎士団達でさえ、高圧的なヴェイの威圧に押されている。未だ、私の頭の上にあるその手はどかない。首筋まである、ヴェイの濃い紫の髪が風に揺れる。
「我が国をお救いください」
『……。』
「我らはこのままでは滅んでしまいます」
『そうか』
たった一言、その言葉のみ。騎士団のオジサンは驚愕してヴェイを仰ぎ見る。この国にはさして興味は無いと言っていたヴェイ。しかし、守護をしている限り、誰かがヴェイを殺さない限りは守護は続けると。
「我々が滅んでもよいのですか!?」
『貴様らが滅ぼうと生き残ろうと、我には関係の無いことだ』
「あなた様は守護龍だ! 我らを助けるのがあなた様の仕事ではないのですか!?」
『……勘違いをするな』
ぞわり、と背が寒気に襲われる。地を這うようなその声は、何の感情もない。陽が翳る、木々が呻くような声を上げて揺れる。
『我はこの国にさして興味は無い』
「なっ!」
『それに、干渉してところで何になるという』
「それは、我らが」
『人間とは強欲で愚かでしかない、というのはとうの昔から知っている』
我らが我らが、と煩い。そう一蹴したヴェイ。よほどのことがないと干渉しないとは言っていたけど、その明確な理由は私には分からない。
『我が干渉しないのは、貴様らのような私欲しか持たぬ者が蔓延っているからだ』
守護龍が手助けをすれば、今の状況は完全に打破できる。だって、この騎士団が来たのってそういうことでしょ? 自分たちが危機的状況だから助けてほしいってことなんでしょう?
『そんな者達を助けたところで、この国は結局滅びるしかない』
「っ、貴様……!」
『我は正論を言っているのみ。我に助けを求めてきている時点で、道は潰えているのだぞ』
何故それが分からない、そう言ったヴェイにひたすら食ってかかるオジサン。確かにそうなんだよね。ヴェイは最終手段、つまりは切り札。その強大な力を秘める龍が守護をしている国は救われると誰しもが思っているはず。けど、違う。
守護龍だから、といって協力してくれるわけではないのだ。ましてやヴェイは今現在完全にファリロードを見離していると言ってもおかしくはない。
そんなヴェイが国を捨てずにいたこと自体が奇跡なのだと思う。そして、悲劇なのだ。
「……あ、あなた様がそんなお方だったとは知りませんでした」
『知ろうともしなかったのはそちらだ』
震える声。しかし、オジサンはその瞳に嫌な光を宿した。腰にある鞘から剣を抜くと、ヴェイに飛びかかる。白刃がヴェイの前に迫り来るが、彼はため息をついて手を突き出した。
シュルシュル、とオジサンの足元から生えた蔦が剣に絡みつく。そして、オジサンにも。蔦は意志があるかのようにうねっている。
『甘いぞ、小僧』
「……それは、どうですかな?」
不穏な言葉にヴェイは無表情だった。その後ろに居た私は気づかなかった。後ろから迫り来ていた気配に。いきなり強い力で腕を引かれて、首に突きつけられるは先程と同じ白刃。
オジサンが持っているものよりも細身だが、鋭く光るそれは殺傷能力が高い。刃が沿わされているのは頸動脈。血の流れが多いここを切ってしまえば私は確実に死ぬ。
つまりは、私を人質に取ったのだ。けれども、私を人質に取ったところで何にもならない。私とヴェイはどういう関係でもない。
私にとっては、ヴェイは恩人のだがヴェイにとってはただの小娘でしかない。しかし、ヴェイは苦虫を噛みつぶしたような顔をして、オジサンを睨んでいる。
『悪知恵ばかりが働くんだな』
「あなた様の弱点はこちらにあります」
勝ち誇ったその顔を今すぐ殴りたくて仕方が無い。しかし、私は首に凶器が突きつけられている上に腰をがっちりホールドされている。しかも、それしてるのが私がにらみを飛ばしたあの十字傷の騎士。下手に動けば刃が頸動脈に食い込む。
「もし、あなた様がご命令に従わなかった場合は始末してこいとの命令です故」
『……本当に、愚かだ』
ドンッ、と地が揺れる。その揺れで首に刃が辺り、薄皮が切れたがそれ以上は切られなかった。当てられていた刃に巻き付く蔦。揺れた反動で腰に巻かれていた手は離れる。ヴェイがこっちを見て頷いた。来い、と言うことだろう。
伸ばされた手をなんとか躱して、ヴェイの元に駆け寄る。あと少し、なのに。そこで悲劇は起こった。いつの間にか、気づかないうちにいた騎士の1人がヴェイの後ろに立っていて、その白刃で、胸を貫いた。
気づいていて、届かなかった手。伸ばしても足りなかった。ヴェイの口から零れる鮮血。口元を歪めたヴェイは勢いよく抜かれた白刃の反動で地に伏せて行く。
『ヴェイ!』
飛び散った鮮血。龍とて万能ではない。再生能力は、不幸なことに、ない。彼らは守護龍を殺した。皮肉なことに、この国はその加護を、守護を自らの手で失ったのだ。
ただ立ちすくんで、泣き叫んだ。ヴェイが、死んだ。胸に大きな穴が空く。母を失って、長い間一緒に居た彼は大切な存在だった。
家族のような、いやそれ以上の。恋だった、とは言わない。けれども、失うことは恐怖しかない。
「守護龍様よ、王命に従ってくださればよかったものの」
「な、にが……王命、よ」
「ほう?」
その見下した嗤いに吐き気がする。王命が、何なの。今まで守ってきてもらっていたくせに、今までそれに甘んじてきていたくせに。協力しないと知ればすぐに手のひらを返して、使えないと言って破棄して。
「王はこの国が大切なのですよ」
「嘘つき! この国が大切ならば、守護龍がどんな存在か分かってるはずじゃない!」
「この龍には何の価値もない、と懸命なご判断をされたのですよ」
「どこが、懸命なのよ……!」
まるで、がらくたを簡単に見離すかのような言葉。縫い付けられた足は、ヴェイの元へ向かおうと必死で。でも、ヴェイの亡骸を見たくなくて。そんな矛盾しまくっている感情がせめぎ合う中、地が大きく揺れた。
「何事だ……!?」
『ふ、我がそう簡単に死んでたまるか』
ヴェイが、その姿を変えて咆哮する。地に亀裂が走る。足元が崩れ落ちていく。しかし、騎士達はうろたえてなかった。剣を引き抜いたかと思えば、構える。
オジサンがまた嗤う。そうして、声音を上げて、吠える。
「守護龍を、完全に殺せ!」
その声に大きな返事をした、と同時に彼らは亀裂の走る地を駆ける。1人1人、ヴェイに辿り着かずに亀裂の中に墜ちていく。
しかし、誰かがヴェイを大きく切りつけた。龍の鱗は堅い。簡単には切れない。だが、鮮血が舞った。何で、どうして。
『ぐっ……!』
「やれ!」
やめて! としか叫ぶことができない。動かなかった足を叱咤して、ヴェイに賭けよる。普通の剣じゃないの? どうして、ヴェイが傷つかなきゃならないの? どうして、人はこんなにも私欲のために愚かのだろう。
例え、最初が王命だったとしても今のコレは自分の功績のためにヴェイを切りつけている。酷い酷い、何で……。
『なるほど、龍殺しの剣か。全く、そんな代物を大量に隠し持っていたとは、な!』
「あんたを殺せば、俺たちは名声を手に入れられる!」
『守護龍を、殺した名声など、何にも、ならんぞ』
「いいえ、龍を殺すことで私たちの確実な地位が明確になるのですよ」
どいつもこいつも、聞いていても全てが私欲。ヴェイは長年こんなに愚かな国をずっと守護していたのに。どうして逃げてくれなかったのか。ヴェイの口元が、もう命も散りかけているのに微かに歪んだ。それを見て、最後の力を振り絞って割り込む。
「全てはあなた様が――――」
悪いのです、それがとどめとなるはずだった。のに、ヴェイに伝わるはずの衝撃は、全部私に来た。彼に刺さるはずだった数本の剣。ヴェイの元に辿り着いていたのは5人の騎士。その5人だけで、ヴェイを追い込んだ。
5本のうち、1本は胸に。2本は腕、1本は腹と、足。こみ上げた血が口から零れる。真後ろでヴェイが私の名を呼んだ気がした。
引き抜かれる剣。その顔は、驚愕に満ちていた。人間が龍をかばう。それの何がおかしい。ヴェイももう命がつきかけている。そんな中で、生きている。
失うことが怖い、そう思って反射的に前に飛び出した。自分が貫かれることも分かっていた。分かっていて、飛び出して。
崩れ落ちる身体はもう支えられなくて。さっきのヴェイと同じように地に伏せる。貫かれた心臓は、もう音が鳴らない。
聴覚も遠くなる、視界がぼやけて、何の振動も感じなくて。その温もりも、何もかも感じない。ああ、最後にヴェイに――――
ありがとうって、伝えたかったなぁ……。
少女が息を引き取った後、一頭の龍が激しく咆哮した。それはまるで慟哭のように、森中に、国中に響き渡る。
その場に居た数名の騎士達は、その方向により大きく裂けた割れ目にに見込まれて消えた。その亀裂は森から国へと横断し、果ては王都の地盤沈下から王城陥落。貴族の土地も、どこかの村も小さな街も、山も全て崩れ去る。陥没した土地に何一つ残らず。荒れ果てたファリロードは一瞬にしてキャゼッタに負けた。
川は氾濫を繰り返し、海は大きな津波を立てファリロード自体を飲み込んだ。これにより、王都は完全に陥落。先に陥落していた王城は見るも無惨に崩れ果てて、生存者はなし。
国を統べる者が居なくなったファリロードをキャゼッタは統合し、それは後世への歴史書に残ることになった。
『守護龍を殺し、守護を失い消えた国』として。統合した後でも起き続けた異常事態――異常気象、干ばつ、大氾濫、大地震、日照り――はかつて、愚かな王が下した命により殺された守護龍の祟りであると伝えられる。
しかし、ファリロードだった一角の森の奥だけは以前と変らなかった。地には亀裂が走っているものの、奥深くに自制する水晶や木々は何も変らず。
たたそこだけが、すっと時間が止まっているように何も変っていなかったことなど後世に渡っても誰1人として知らなかった。
『お前は本当に、馬鹿だ……ネィン』
哀しいくらいの、静かな残像と共に。
―Fin―
ここまで読んでいただきありがとうございました。
内容は相も変わらず支離滅裂もいいところで申し訳ありません。
ドラゴン愛企画を企画してくださいました主催者・しきみ様に最大級の感謝を込めて。