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「なぜ車に乗せられた!?」


 右側の助手席に意外と優しく座らされる。

 しかし無情にも、逃亡する寸前でドアが閉ざされた。

 車種とか興味がなさすぎてわからないが、左ハンドルの外車だ。ハンドルが右か左かだけなのに、初めて乗るせいで違和感しかない。


 なんか……酔いそうだ。


 運転席に颯爽と乗り込んできた京次は、有無を言わさず車を発車させてしまったので、わたしは慌ててシートベルトを締めた。


「どこに連れてく気だ、この変態!」


「だから、家に帰るだけだろう?それとも、一人で歩いて帰る気だったか?」


 あ。そうだった。わたしは病院まで、救急車に乗ってきたんだった。

 暗い夜道を一人で家まで歩いて帰るのは、ちょっと怖い。

 本物の変質者が出没してるって噂だし、わたし幽霊とかだめだし。

 不服だけど……ここは感謝すべきか。

 わたしは窓の外へと目を逸らして、ぽそりと呟いた。


「……あ、ありがと」


「お、デレた」


「いたって普通の感謝だ!そこに甘い要素は一切ない!」


「これからお持ち帰りされるのに?」


「いかがわしい言い方をするな!あんたとわたしは家主と下宿人!それ以上でも以下でもない!」


 ぶはっ、と噴き出した京次に、頭をぐりぐりされた。


 運転中はしっかり前を見ろ。


「へぇ?和菓ちゃんはさ、その家主に楯突いちゃって、行くあてあるのかな〜?」


「うっ」


「俺だって心はあるからさ、毎日暴言ばっかり聞いてたくはないよなぁ?」


「や、まっ、待っ――」


「あの家に一人で住むのもありだな。なんたって、他人に煩わされねぇし?」


 そんな殺生な!


「や、やだなぁ、新しい家主さん。楯突くだなんて〜。じゃれただけですよぉ」


 精一杯かわいこぶった。


 顔のひきつりと鳥肌は我慢できなかったがな!


「媚びてくる女は嫌いなんだけどさ、和菓ちゃんだと、毛を逆立てた野性動物が気を許して懐いてくれたみたいで愉しいな」


「鬼畜か!」


「あれあれ?そんな態度でいいんだっけ和菓子ちゃん?」


「すんません!」


 ぐったりだ。もう疲れた。

 今日もがっつり労働してきたし。


「うん?眠い?着くまで寝ててもいいよ?」


 いいの?じゃあ寝ようかな。

 わたしは背もたれに身体を沈め、誘惑に負けて目を閉じた。


「寝顔、かーわいっ」


「寝れるかーー!」


 京次は大笑いした。

 遊ばれてる。完全におもちゃだ。


「なんなんだ!わたしをどうする気だ!」


「どうされたい?」


「どうもするな!適切な距離を保て!」


「適切なって、キスぐらいか?」


「パーソナルスペース無視か!」


「俺、実はアメリカから帰ってきたばっかりでさ」


「ドントタッチミー!」


「ぶはっ!」


「シャラップ!」


「あははははっ!」


 わたしの下手な英語がツボにはまったおかげで、笑い死にそうな京次。

 いい気味だと思っていたけど……、


「ちょ、ちゃんと前を見て運転しろ!」


 運転中だってことを忘れていたわたしも、死をすぐそこに感じた。


 こんなごつい変態なんかと一緒に死ぬなんて、死んでも死にきれない!





 危険極まりない短い車の旅を終えて、下宿に着いたときにはもうへとへとだった。

 また横抱きにされて運ばれたけど、白目をむいてぐったりとしていたわたしは、なされるがままだ。


「うわっ、かなり久しぶりに来たけど、全然変わってねぇな〜」


 感嘆を上げる京次は、二人分の体重で廊下が抜けるんじゃないと思うくらい床板をギシギシと響かせて中へと進み、鴨居を窮屈そうに頭を下げて潜った。

 背がでかいと大変だな。

 わたしは平均的な身長でよかった。

 京次と並ぶと、大人と子供くらい差があるけど。


「こたつ!」


 京次は嬉しそうにこたつの電源を入れて、わたしを抱いたまま足を入れた。


「待てい!」


「ああ、和菓ちゃんも寒いか」


 膝の上に乗せられたまま、足をこたつ布団の中に突っ込まされた。


「なんなんだこの状態は!幽体離脱か!向かいに行かせろ!」


「寒いって」


「わたしは天然のゆたんぽか!」


 足元から脱出を図り、窮屈なこたつの中でうごうごして、向かい側に行くことに成功した。

 上半身だけ外に出し、じんわりぬくぬくしながらまったりしていると、京次がつま先でつついてきた。


「なに用だ、変態」


「変態じゃなくて、京次な。家主引き受けたけど、どうしても用事があってご飯作れないときもあるかもしれないからさ、そこだけ理解しておいてくれると助かる」


 おや?まともな話だ。

 こうして真面目な顔をしてると、でかいが普通の人間に見える。あとは髭が邪魔なだけだ。


「用事?仕事じゃなくて?」


「ん。仕事は辞めた」


 なにかの聞き間違いかと思ったけど、京次はなんでもないような顔をしている。

 つまり……転職するから、求職中ということか?

 ここはあんまり突っ込まない方がいいかもしれない。わたしだって、ハローワーク通いは辛かったし、それを話題に持ち出されるのも嫌だったから。


「……ご飯作れるの?」


「ああ。簡単なものならな」


 しかし、男飯……。何て食欲をなくす響きなんだ。

 だけど食事を提供してもらえることには、感謝すべき?


「あ、ありがと」


 ごくごく小さく告げると、京次はわたしを見つめながら、こたつに肘をついて熱っぽい吐息を吐いた。


「あー……抱き潰してぇ」


「干からびろ!二度と近寄るな性犯罪者!」


「ぶははっ!和菓ちゃん顔、赤すぎ。抱きしめたいって意味だって。もしかして、俺に抱かれる想像でもちゃったのかな〜?」


 ニヤニヤする京次に、ふくらはぎをするりとなぞるようにいたずらされて、ぞっと怖気立った。


「想像の俺、どう?よかった?」


 なんかわからないけど、屈辱で涙がにじんだ。


「死ね変態!わたしになにかしたら社会的に抹殺してやる!泣き寝入りはしないからな!」


「女の『いや、やめて』は、『もっと』だろう?」


「それはファンタジーだ!曲解せず言葉を額面通りに受け取れ!」


 そう叫ぶと、なぜか京次の気圧が降下した。


「……なぁ、和菓ちゃん。もしかして、経験ありか?」


「な、な、なななっ!?」


「ああ、よかった。なしか」


「なななっ――!」


 なぜわかる!?変態マジックか!


 京次がにこっとし、身を乗り出してわたしの頭を撫でてきた。

 背が高いと腕も長いらしい。

 避けるタイミングを外した。


「いい子でちゅね〜」


「気色悪っ!」


 おばあちゃん!どんな育て方をしたんだ!


 頭に乗った手を振り払うと、京次はからから笑ってあたりを探り始めた。


 この人、自由すぎないか?


「お。ばあちゃんのノートだ」


 京次が手にしたのは、おばあちゃんがつけていた家計簿兼日記のようなノートだった。にこにこしながら、それをパラパラとめくっていく。


「あれ?和菓ちゃん、この未払いの家賃は?」


 ――ぎくっ。


「へぇぇ?家賃滞納ねぇ。悪い子だ」


「ら、来月には必ず!だからちょっと待ってください……」


 しおらしく告げると、京次はニヤリと意味深に笑んだ。


「いいよいいよ。来月まとめてね」


「言葉と表情が一致してない!」


「じゃあ、これからよろしくな、和菓ちゃん」


 京次がおもむろに右手を差し出してきた。

 これはいわゆる……握手、だろうか。

 なんか変態的に触られまくったせいか、握手ぐらいでは動じなくなってしまった自分がいる。

 無骨な彼の手をそっと握り返すと、わたしの手なんて軽く隠れてしまいそうな、その大きさに驚いた。


「……よ、よろしく」


「よろしく。……ちっちゃいのに働き者の手だね。えらいえらい」


 そのなにげない感想は、ちょっと嬉しかった。

 仕事柄ネイルはだめだし、冬場はあかぎれが絶えない。そんな手を、褒められた。

 これまでの努力を褒められた気がした。

 ぷいっと顔を背けて、一応お礼をしておく。


「……あ、ありがと」


「かわえぇ〜」


「かわえくない!かわいいっていうのは、こういうのだ!」


 わたしはすかさずテレビをつけた。

 録画しておいた音楽番組再生して、アイドルグループの少女たちがおそろいの衣装で歌い踊る姿を、リモコンの先で指し示す。


「これが世のかわいいだ!かわいい女の子の代表例だ!」


 しかし京次は興味なさそうに、いつの間に皮を剥いたのか、みかんの房をぽいっと口に放り込む。


「オーディションして厳選された美少女が集まってるんだから、かわいくて当たり前だろう?あれを一般基準にするなよなー。それにかわいいと思うポイントって、人それぞれじゃねぇの?俺はそんな手の届かない存在より、和菓ちゃんみたいに毎日触れられる素朴でかわいい、たんぽぽみたいな女の子がいい」


「あんたの好みなんか聞いてない!」


 だいたいわたしは全然かわいくない。

 そんなこと、一度だって思ったことがない。


 言われたことだって……。


 小さい頃の、封印していた記憶が胸をかすめて泣きそうになり、慌てて唇を噛んだ。

 わたしがかわいいだなんて、絶対に嘘だ。おちょくられているに決まってる。

 それにたんぽぽなんて、ただの雑草じゃないか。


「ま、和菓ちゃんの好みはわかった。だけど好みと実際に付き合う相手って、必ずしも一致しないからさ」


「変態には万に一つも可能性はない!」


 腹が立つ。

 もうふて寝してやる!


「おやすみ!」


「ん、おやすみ」


 ふすまを閉めてから気づいた。わたし、なんだかんだで京次を家主として認めて、馴れ合っているじゃないか、と。



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