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 事情聴取を済ませて警察署を出ると、京次が手首にやんわりと触れてきた。


「手、大丈夫か?」


 色々ありすぎて、わたしは怪我していたことなんてすっかりと忘れ去っていた。

 傷口に入った土も洗ったし、帰ってから消毒しておけば平気だろう。

 それよりも……。

 握られた手が熱を持ち、胸がどきどきする。こっちの方が、大丈夫じゃなさそうだった。


「う、うん。……大丈夫」


 そう言って引っ込めようとしたのに、しっかりと掴まれてしまいびくともしない。それどころか、京次へと手を開いて見せる形にさせられてしまった。


「あーあ。和菓ちゃんのかわゆいおててが」


「きもい!」


 京次の赤ちゃん言葉は、犯罪だ。見た目との違和感で鳥肌が止まらない。

 おまわりさん、逮捕してください!

 だけど警察署前に立つ若い警察官には、わたしたちがいちゃついているようにしか見えないらしく、咳払いとともに目を逸らされた。

 恥ずかしい!

 慌てて人目のつかない場所まで京次を引っ張り移動し、胸を撫で下ろした。

 しかしほっとしたのも束の間、なぜかわたしの手のひらが京次の口元へと運ばれていった。


「消毒しねぇとな」


 ニヤリとした京次が、傷口をぺろっと舐める。


「ひぃぃぃ……!」


 落とされたその感覚に、全身総毛立った。

 嫌々してるのに離してくれず、最後はちゅっ、と吸い取られる。


「や、やだっ」


「ん?やだ?」


 火照ったわたしの顔を、わざわざ覗き込んでくる京次の視線から、俯くことでなんとか逃れた。


「傷口なんか舐めたら……ば、ばい菌が移る」


「それってもしかして、俺の心配を、してくれてる?」


 京次がぱっと破顔して、むぎゅっと抱きついてきた。重い!潰れる!


「さっきもさ、俺のこと庇おうとしただろう?俺が死んじゃうと思って、寂しくなっちゃった?」


 逡巡してから、うん、と素直に言うと、触れていた京次の胸から、どきっと鼓動が振れたのを感じた。


 あ、れ……?


 腕の戒めが強くなる。どうしよう。つられてどきどきする。胸が、弾けそう。


 京次も意識とか、するんだ……。


「……家、帰るか」


「……うん」


 怪我を気にしながらそっと手を繋がれて、わたしはおずおずと握り返す。

 京次の背が高くてよかった。並んでいれば、こんな赤い顔、見られなくて済むから。


 会話がなくても不思議な心地よさを感じながら、わたしたちは寄り添いながら帰路についた。






 ぴちょん。浸かっていたお湯に、天井から水滴が落ちてきた。

 手のひらにお湯がしみて痛いから、お風呂は辛い。

 両親と千代子はまだ事情聴取で遅くなると、なぜか京次に連絡が入った。抜け目なく連絡先を交換していたという。

 両親と千代子は解放され次第、そのまま実家へと帰るらしい。

 だから今夜は久しぶりに、京次と……二人きり。

 最近は千代子がいたから、布団に潜り込んで来たりはしなかったけど、今日はどうするんだろう?

 また前みたいに、一緒に?

 でもそれだと、どきどきしすぎて、眠れそうにない。

 京次を好きだと自覚してしまったせいで、ちょっと触れただけでも動悸が激しく息苦しくなる。


「うー……」


 顔を沈めてぶくぶくしていると、脱衣場から声がかけられた。


「和菓ちゃん」


「な、なにっ?」


 見られているわけでもないのに、なんとなく肩までしっかりとお湯に浸かった。


「手が痛いから、身体洗うの大変だろう?」


「それは……まぁ、ね」


「治るまで俺の手で、ご奉仕しようか?」


「や、やだ、変態!その戸を開けた瞬間、桶が顔面に直撃するからな!」


 素早く桶を構えると、京次の弾ける笑い声が聞こえてきた。


「かわいいなぁ。じゃあ、部屋で待ってるから、寂しくなったらおいで」


 誰が行くか!と言おうしたけど、その前に京次は出ていってしまった。


「……自分から行ったりなんてするか、ばか」


 わたしは再びぶくぶくと、湯船へと沈んでいった。






 一人布団に入ってからしばらくして、ちらっと廊下の方を窺った。

 ふすまの向こうは、しんと静まり返っている。

 あんなことを言っていたけど、どうせなにくわぬ顔でこっちに来るんだと思っていた。

 なのにいくら待っても、なんの音沙汰もない。

 何度か寝返りを打ってから、意を決して身体を起こした。だけどふすまの前でためらい、また布団に逆戻りする。

 それを三回ほど繰り返し、四回めで枕を抱いて部屋を出た。

 京次はもう、寝てるかもしれないし、こっそり横に入れば気づかれない……はず。


 別に京次と寝たいわけじゃなくて、ただ……そう。人恋しいだけだ。


 自分に言い聞かせながらそっとふすまを開けると、室内はもうすでに薄暗かった。枕元のランプだけが、ぼんやりと橙の明かりを放っている。

 布団はこんもりしていて、耳を澄ますと、静かな寝息が聞こえてきた。


 よかった。寝てる。


 そろりと中へと侵入すると、布団に埋もれた京次の寝顔を確認して、いそいそと隣へと身体を滑り込ませた。

 わ。やっぱり、あったかい。冷え性のわたしだと、いくら布団の中にいても、全然あったまらないのに。

 穏やかに眠る京次の顔を眺めていると、ふと、髭にちゅーしてと言われていたことを思い出した。

 あんまり触りたくない部分だけど、仕方ない。これはお詫びだから。他意はない。全然。まったく。

 わたしは起こさないよう寝入る京次の顎に触れ、髭にそっと唇を押し当てた。


 ――瞬間。二本の腕に身体を絡め取られた。


「な、なに!?なにが起きた!?」


「捕獲完了〜!たまには引いてみるのも手だな。あんなに嫌がってた髭に、かわいーく、ちゅーまでしてくれたし」


 京次がニヤニヤしながら、顎を擦りつけてきた。


「痛い痛い!やめろ変態!」


「痛いんでちゅか〜?かわいそうに。じゃあ、舐めて治しましょうね〜」


 れろっと舐められ、わたしは悶絶した。


「枕抱っこしておずおず来るとか。かわいすぎる和菓ちゃんが悪いよなぁー。つい、起きてるって言いそびれちゃったもん」


「寝たふりしてたのか!」


 なんて卑怯な!


「さあ。今日は和菓ちゃんから積極的に誘ってきた記念だから、熱い夜にしような?」


「誘ってねぇ!」


 京次が覆いかぶさってきたので手を突っ張ると、まとめて頭の上で括られてしまった。

 早業かつ、強引。ちょっと、恐い。


「涙目で睨んでも煽ってるだけで、まったく恐くねぇよ?」


「京次嫌い!変態!髭!」


 暴言を吐くと京次が思案顔になり、にやっとしながら耳元へと囁いた。


「髭責めの刑にしよっか?」


「ひぃっ!」


 なんだその、嫌すぎる刑は!


「嫌だったら、本音言って。俺のこと、好き?」


「……変なことしない?」


「あはは、しないしない」


 軽すぎて信用できねぇ!


「――ねぇ。……俺のこと、好き?」


 京次が、今度は真剣に尋ねてきたから、ぷいっと顔を背けつつも素直に答えた。


「……す、好き……あ、」


 額に口づけが落ちた。髭はぞわっとするけど、唇はやわらかくて、気持ちいい。

 頰や鼻の頭にもキスをされ、最後に唇が合わさる。

 感触を確かめるように何度かついばんでから、少しだけ離れた。


「口、開けて」


 そっと唇を開くと、間髪入れずに京次が押し入ってきた。

 舌をつつかれて、どうすればいいのかわからないまま、前回の記憶を手繰り、絡め返す。

 よしよしと撫でられて、その心地よさに身を任せていると、京次の手が裾から潜り、お腹を撫でた。

 お腹はわりと触られ慣れていたから、気にせずにキスに耽っていると、熱い手のひらが境界を越えた。胸のふくらみを包み込む。

 羞恥と驚きで混乱していると、指の形がわかるくらいに、ふにっと掴まれ、身体がびくりと跳ねた。だけど腕を拘束され、口も塞がれて、抵抗できずにびくびく震えるしかなかった。

 京次の手のひらが、わたしの体温と馴染んできた頃に、ようやく唇が離れた。けれどわたしは、呼吸をするので精一杯で、反論を言う余裕すら与えてもらえなかった。


「……いい?」


 潤んだ視界に映る、京次の瞳の色が濃い。ランプをの明かりで、熱く揺らめいている。

 下着の線を指でなぞられ、集めかけた思考が持っていかれた。

 嫌だったのに、求められていることにぞくぞくする。こんなの、困る。変になる。


「和菓ちゃん。――いい?」


 や、と唇が動く前に、重なった。


 ――や、じゃない。


 そう自分の顔が雄弁に語っていたのかと思うと、隠してしまいたくなる。

 だけどようやく解放されて自由になった腕は、京次の背中へと伸びていた。

 必死にしがみつく。

 もたらされる熱に翻弄されながら、一人きり、置いて行かれないように、と。

 

 

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