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流血はしていませんが、ちょっとだけ痛い表現があります。



 お客さんに頭を下げて回り、同僚に謝り、最後に美沙子さんに土下座して、どうにか首の皮一枚繋がった。


「まぁまぁ、元気出しなよ」


 毬ちゃんに肩を叩かれ、その流れでなぜかロッカールームに押し込まれる。


「それで?さっきの騒ぎはなんだったのかなぁ〜?」


「いやっ、その、別に」


 ずいっと毬ちゃんの顔が近づいてきて、どうどうとなだめる。


「あの美人さん。和菓ちゃん妹だったの?」


「……そう、デス」


「ふーん。よーく見たら……似てる?かも?」


「疑問符ばっかりつけられても説得力ないから。似てないってはっきり言ってくれていいよ」


「言われて見れば、ちょっとは……似てる、よ?でもなんだろう、系統が違うからかなぁ?それに和菓ちゃんの方が、だいぶ背が低いし」


「それはヒールのせいで、実際は五センチくらいしか違わない!」


「そんなことよりもぉ、結婚ってなに!?和菓ちゃんばっかり、ずるいぃー!わたしも結婚してみたい〜!」


「毬ちゃん。そんなお試し感覚で結婚していいの?」


「うん!ご飯にする?お風呂にする?それとも……わ・た・し?とか、新婚さんみたいなことやってみたい〜!」


 新婚さんでもたぶんそんなベタなことはしないだろ!


「それはまず、手料理が作れるようになってから言いなよ」


「和菓ちゃんだってカレーとか鍋とか、野菜切って煮るだけの料理しかできないくせにぃ」


 低レベルな争いをしながら店を出て、毬ちゃんと別れたところで、図ったかのように京次から連絡が来た。


 どっかから見てるとか、ないよね?


 周囲を見渡しても、あのでかい背丈は見当たらない。隠れるのは無理だから、やっぱり偶然か。


「今立て込んでて、もうちょっとしたら迎えに行くから」


 立て込んでいる原因は、十中八九わたしの両親と妹だ。


「家にまで上がり込んだのか、あいつら!大丈夫、歩いて帰れるから。それよりも、わたしが家に着く前にそこにいる両親を叩き出しておいて!二度と来るな!って」


「うーん、でもなぁ。結婚の許しがまだだからさ」


「その冗談、現在進行形で続いてるのか!?わたしは結婚なんて聞いてない!普通本人にプロポーズしてからだろ!」


「だって、和菓ちゃんは素直に頷いてくれないだろうし、またお見合いさせられても困るから、ここは外堀から攻めようかと思って」


「わたしに外堀なんか存在ない!」


「だったら聞くけど、今プロポーズしたら、俺と結婚してくれるのか?」


 京次……本気なの?

 いくらなんでも、展開が早すぎだろう。

 両親に差別されていたわたしに、ただ気を遣っただけじゃなかったのか?


「返事がないってことは、了承と見な――」


 最後まで言わせず通話を切った。

 今日ほど家に帰りたくない日はない。

 夜じゃなければ、おばあちゃんのところに心の安寧を求めに行ったのに。

 明るい大通りへととろとろ歩きながら出て、わたしは重たい足取りで家路についた。

 そしてしばらく玄関前で立ち尽くし、いざ意を決して手をかけた、そのときだった。


「どけっ!」


 突然背後から現れた誰かに、思いきり横へと突き飛ばされた。

 わけがわからず、それでも眼前に迫り来る地面から顔を守るために、反射的に両手を突く。だけどそこから受け身なんて取れるはずなく、転倒は免れなかった。

 ずざっと擦れる音がして、手のひらが痛み、顔をしかめる。

 なにが起きたのか。頭が真っ白でわからない。

 涙のにじんだ視界で仰ぐ。玄関を潜り抜けて中へと入っていく人の姿だけが、事実としてわたしの目に焼きついた。


 泥棒……じゃない、強盗!?


 わたしは慌てて身体を起こして、涙を拭いながら追いかけた。

 居間の扉が少しだけ開いていて、明かりと暖房の熱が廊下へともれている。犯人は的確にそこへと押し入ったらしい。


「――京次!」


 わたしが居間に突入すると、キラリと光る鈍色のものが、真っ先に目に飛び込んできた。


 包丁!?


 その切っ先が、両手を挙げた京次へと向いている。

 わたしの父と母も両手を挙げていて、千代子はモカをぎゅっと抱きしめ守っていた。

 立っている京次以外、みんなこたつに入っているせいで、緊迫した空気なのに、妙に滑稽だった。


 というか武器を持ってるなんて!先に警察呼べばよかった!


 後悔しながらわたしもおずおず両手を挙げて、犯人の顔を見、あ、と声を上げた。


「お見合いの!」


 年甲斐もなく千代子に恋情を抱いたハゲたおっさんが、人の家に土足で立っている。しかもよく見たら、その包丁はおばあちゃんから京次へと受け継がれたうちの包丁だ。


 許せん!けど、動けん!


「おまえたちは私のことをばかにしていたのか!」


 おっさんが両親へ向けて、唾を飛ばす勢いで怒鳴る。

 これまでの話は推測するしかないけど、なぜ千代子じゃなくてわたしを紹介したんだってことだ。たぶん。


「ばかになんて!チョコちゃんはお見合いなんて必要ないし、それに……年齢が釣り合わないから」


 反論する母を、父が慌てて止めに入る。


「刺激するな!」


 初めて父と意見が一致した気がした。千代子関係以外は、一応空気の読める人だ。

 興奮している相手に、なにを言っても無駄。火に油を注いで、一家惨殺なんて最悪な事態になったらまずい。母には極力、口を閉ざしていてもらいたい。


「とりあえず、落ち着いてください」


 京次がゆっくりとした口調で語りかける。

 するとなぜかおっさんの目に、一気に怒りの炎が灯った。


「この男が相手ならいいのか!年だって、私とそう変わらないだろう!」


「「え!?」」


 全員の驚きがシンクロした。それはもう、見事に。

 京次がおっさんの額あたりをじーっと観察しながら、困惑を浮かべる。


「俺、三十五ですが」


「私は三十七だ!」


「「えっ!?」」


 本日二度目の驚愕。京次が年相応に見えることだけは間違いない。

 わたしと京次と千代子が驚くのはわかるとしても、なんで父と母も驚くんだ。相手の年もろくに調べないで娘にお見合いさせるとか、最低すぎるだろ、この親。

 だけど今は、怒る余裕も悲しむ余裕ない。それはあとでたくさんすればいい。


「ちょっとだけ……いいですか?」


 わたしが切り出すと、憎々しい憎悪の眼差しがこちらへと向いた。


「誤解、してます」


 わたしもできる限り、ゆっくり伝わるように語りかけた。


「その人は、わたしの恋人です」


「なに?……嘘をつくな!」


「嘘じゃなくて、もうすぐ、結婚します。な、なんなら今ここで、婚姻届でも書いて見せましょうか……?」


 わたしの言うことが本当か、確認するように、京次へと視線が移った。


「ええ、彼女が言った通りです。秋には近親者のみで式を挙げる予定です。今日は結婚の許しをもらうための話し合いの場で、俺は義理の妹になる相手とどうこうなるつもりは一切ないです」


 京次が今思いついただろう嘘をそれっぽく言い切ると、おっさんがやや鼻白んだ。

 なぜかわいくない方を?という永遠の謎を前に、少しだけ油断している。

 タックルでなんとかなるだろうか。ならないよな……。

 わたしはさっき軽々突き飛ばされたことを思い出し、また手のひらがじくりと痛んだ。

 きゅっと眉を寄せると、京次が目ざとくその反応に気づき、わたしの手のひらにできたかすり傷を見つけて表情を一変させた。


「手、どうした」


 おっさんを挟んで、問いかけてくる。

 なんか……顔が恐い?


「転んで……」


「自分で?」


「……突き飛ば、されて」


 萎縮してぽそりと言うと、京次が青筋を立てておっさんを見下ろした。でかいと迫力がすごい。


「――――」


 今小さく英語でなにか吐き捨てたけど、絶対放送禁止用語だ!


「おまえさ、俺の和菓子に、なにした?」


 名前を呼び捨てだとか、どうでもよくなるくらいに、京次が怒っている。ゴゴゴ……と効果音がつきそうな雰囲気を漂わせながら。

 凶器を持ってるおっさんが、ただ京次に見下ろされただけで、びくっとした。気持ちはわかる。同情はしないけど。


「突き飛ばすとか、か弱い女の子にすることじゃねぇだろう。てめぇみたいな無粋なおっさんが、若い女の子に好かれるとか都合いいこと考えてないよな?」


「お、お前だっておっさんじゃないか!」


「ああ、おっさんだよ。おっさんだからがんばって、好きとかかわいいとか言って、必死に好きな子口説いてんだよ。自分はなにか努力したのか?一回愛を囁いたくらいで落とせる女なんてな、この世にいねぇんだよ。包丁なんか持ってねぇで、花束の一つでも持って求婚し直してこい」


 京次の静かな怒りをたたえた説教に触発されたのか、おっさんがこれまで沈黙していた千代子に向いた――瞬間。


「え、無理。ヨーロッパにお城買ってくれるなら、考えるけど」


 早っ!


「あ、借金とかなしね?睡眠せずに、バカウマのごとく働いてよ。そうしたお城、買えるかもしれないし」


「買えるか!」


 どんな悪魔だ!

 それにバカウマじゃなくて、馬車馬だろ!


「あー、でも。刑務所暮らしじゃ、あんまりお金稼げないかー」


 この局面で、よく人を煽るようなことが言えるな、こいつ。

 神経が図太すぎるのか、修羅場慣れしているのか。

 おっさんが顔を紅潮させて、わなわな震えだした。


「うるさいうるさいうるさい!」


 キレた。


 ほら見ろ!千代子のばか!


 包丁がでたらめに空を切る。

 止めようと動いた京次に、おっさんが血走った目で狙いを定めた。

 いくら身体が大きくても、鋭利な刃物に勝てるはずがない。

 京次が傷つけられるとか、もっと最悪なこととか、一気に駆け巡り、気づくとわたしは飛び出していた。

 

「――だめ!」

 

 おっさんの背中を体当たりで突き飛ばして、京次に抱きつく。


 だめだ。京次は、だめ。絶対に!


 わたしのことを、好きだとか、かわいいとか、言ってくれる人なんて、きっとこの男しかいない。そんな奇特な人、この先二度と現れない。


 いなくなったら……嫌だ。


 京次が慌てて庇うように、わたしの背中に腕を回した。

 わたしの体当たりごときでは一瞬怯ませることくらいしかできてなく、余計に逆上させてしまったらしい。

 包丁がわたしに向いて、こんなところで死ぬのは嫌だなと、意外と冷静なことを思った。

 きゅっと目を閉じ、京次な胸に顔を埋めたとき、背中でドスッと包丁がなにかに突き刺さる音がした。


 わたし、死んだ……?


 おそるおそる目を開ける。

 冷や汗と動悸はひどいけど、身体にまったく痛みは感じない。

 混乱している間に、背後からどしゃりと人が倒れる音がした。次いで苦痛にもがくような、うめき声。

 そろりとそちらを見遣ると、おっさんを足蹴にして、さらに踏みつけている千代子の姿がそこにあった。


「いい加減に飽きたー。お腹空いたし」


 モカを抱っこした千代子が、平常運転でぶつくさ言いながら、長い足でおっさんの頭をぐりぐりしている。毛根が死んでいく。

 その隙に父が警察を呼び、わたしはほっと胸を撫で下ろした。

 千代子はばかだけど、運動能力だけは高い。ごつい京次だって吹っ飛ばしたことがあるくらいだから、その気さえあれば、ハゲたおっさんくらい楽勝でねじ伏せられるんだった。


 ただ、もっと早く飽きてほしかった……。


「あ、そうだ。警察来るまで、髪の毛一本一本抜いて暇つぶししよっかな?」


「ひぃぃぃ……」


 涙まじりのおっさんの悲鳴と、パトカーのサイレンが重なって聞こえてきた。




京次の英語での暴言ですが、色々と調べていざ書くぞとなったとき、そもそも放送禁止用語って書いちゃダメか?となり、結局伏せました。とはいえ京次なので、そこまでひどいことは言ってないと思います!……たぶん。

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