表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

13



 わたしが自嘲していたときだった。


「和菓ちゃん」

「お姉ちゃん」


 毬ちゃんの、いらっしゃいませのあとに、重なった二人の声が聞こえた。

 モカを連れた京次と千代子が、仲良く並んでこちらへと向かってくる。

 あまりに近すぎてこれまで気づけなかったけど、周囲の反応から、二人は案外お似合いらしい。

 京次がわたしを好きで、千代子が自分を好きでも、そうやって一緒にいると、わたしだけ置いていかれた気分になる。

 疎外感を感じる。


「チョコちゃんったら、もうっ!連絡もしないで!」


 一人寂しさを感じていたところで、母が千代子を叱った。

 わたしが家を出ても関心がなかったのに、千代子が数日外泊しただけで、それか。


「千代子、それでそちらの彼は誰だ?」


 父は千代子の外泊よりも、目の前にある男連れという問題の方が気になるらしい。そこは男親らしくはある。

 まず見た目はクリアしているのか、父の物腰は穏やかだ。

 京次はこう見えて綺麗好きだから、清潔感に問題はない。強いて言うなら、髭が邪魔なだけだ。

 背はでかいけど、にこにこしていれば威圧感を与えることもない。

 母が気を利かせて席を移動し、二人に相席を勧めた。

 これから品定めでも始めるつもりか?

 京次、お気の毒に。


「ご注文は?」


 これは両親の伝票に追加してやろう。


「わたしはいつもので。モカには……野菜のケーキを」


 はいはい。千代子は、ロイヤルミルクティーで、モカはキャロットケーキね。

 京次は?と目で問うと、彼は意味深なにっこりをした。


「俺は、スマイルを」


 スマイルね、スマイル……って、ねぇよ!

 ここはただのペットカフェだ!


「……ご、ご注文の方は、いかがなさいましょうか?」


 口の端をぴくぴく痙攣させながら、わたしはなんとかマニュアル通りに対応する。


「だから、スマイル。笑顔をください」


 だめだ。無理。諦めよう。


「ロイヤルミルクティー二つと、キャロットケーキ一つですね。少々お待ちください」


 わたしはさっさとオーダーを取って、その場を離れた。

 しばらく忙しく働き、少し余裕ができたときに、ちらっと彼らの様子を確認した。なんだかんだで京次は、あの両親とでも和んで話をしている。

 京次は人見知りとは無縁そうだし、よくも悪くも性格に裏表がない。その屈託なさで、相手の懐にするりと入ってしまうところもあるからだろう。


 変態だけど、優しいし。あったかいし……。


 みるみる頰が熱を持ち始めて、慌てて指先で冷やしていると、毬ちゃんにバックヤードに引きずり込まれて壁ドンされた。


「なにあれ!和菓ちゃんの彼氏じゃなかったの!?修羅場!?というか、お姉ちゃんって、なに!?」


「それは……一言では語り尽くせない、根深い事情があって……」


 しどろもどろになってもごもご弁解していると、なんの前触れもなく、母のヒステリックな甲高い声が耳に届いた。


 勘弁してくれ……。


 わたしは額を押さえてうめいた。


「ああ、もう……!毬ちゃん他のお客さんへのフォローお願い!」


「う、うん」


 わたしが駆けつけたときには、さっきまでのほのぼのした雰囲気はもうなくなっていて、混沌としていた。

 まず目に飛び込んできたのは、頭からコーヒーをかぶった京次と、空のコーヒーカップを持ち、えらくお怒りの母だった。

 びっくりしたモカが吠えていて、他のお客さんの犬たちもわんわん騒ぎ始める。


 人の職場でなんてことを!いい加減にしろよ!

 クビにされたらどうしてくれるんだ!


 すぐにおしぼりをいくつか抱えて戻り、気休めにもならないが京次へと差し出す。


「お客さま、火傷などはございませんか?」


 京次の顔にかかった茶色い液体をおしぼりで拭きながら尋ねると、彼は苦笑しながら平気だと言った。

 理不尽にコーヒーかけられて、なにが平気だ。……ばか。


「お客さ……お母さん。京次に謝って」


 母はやり過ぎたとはこれっぽっちも思っていないらしく、罪悪感どころか嫌悪感を強めて眉をひそめた。


「この人がチョコちゃんを貶したから悪いのよ」


 子供か!なんだその言い分は。


「貶していません。ただ、千代子さんよりも和菓子さんの方が、愛らしくてかわいくて、好きだと言っただけで」


 争点が想像以上にくだらない!よそでやれ!


「チョコちゃんの方が愛らしくてかわいいわよ。あなた、そうでしょう?」


「ああ、そうだな。だけど千代子がかわいいのは当たり前のことだから、誰かと比べること事態がおかしいだろう」


 脳内千代子しかないのアホ夫婦に、普通の会話を求めるのが無理な話だった。


「千代子、モカは大丈夫?」


 千代子はびくびくしているモカを抱っこして、毛をかき分けながら怪我がないか念入りに調べていた。

 自分が一番大好きな子だけど、千代子にとって、モカだけは特別な存在なのかもしれない。

 そしてモカが大丈夫だと判断したところで、彼女はキッと母を睨みつけた。


「ママ!モカのこの綺麗な純白の毛並みに、茶色の染みでもできたらどうしてくれるの!?」


 わたしはがくっと肩を落とした。

 トリミングしてもらえ。予約頼んでおくから。

 なんか、この人たちと血が繋がっているってことだけで、泣きそうになってきた。


「……京次、ごめん」


「うん。髭にちゅーで許す」


 そのたわごとは聞かなかったことにして、千代子の機嫌を取ろうと猫撫で声でなだめかかる母に、もうお引き取り願おうと思って向き合った。


「他のお客さまにご迷惑になりますので、お話でしたら外の方で――」


「大丈夫。静かな声で話すから」


 暗に、帰れ!と伝えているのに、まったく届かないこの一方通行感。

 それなのにまた京次が場をかき乱す。


「和菓子さんを俺にください」


 なぜこのタイミングで言う!?


 さっきまでうるさかった両親、主に母が、水を打ったように、しぃん、と静まり返った。

 もちろんわたしも、例外ではなく。


「和菓子……を?」


「えぇと、千代子ではないのか?」


「和菓子さんです。かわいい俺の恋人の」


 いつ恋人になったんだ!


「かわいい……?」


「かわいい……か?」


 両親が顔を見合わせてから、奇異な眼差しで京次を眺めた。

 わたしはかわいくない方の娘だから、理解が追いつかないんだろうな。

 そんなことを気にすることなく、京次はにっこりとして、かわいすぎますね、と両親をさらに戸惑わせた。

 なんのショック療法だ。


「和菓子を、欲しいというのはつまり……結婚したい、ということか?」


「結婚したい、というか、結婚します。俺のなんで」


「いつからあんたのになっ――」


「待ってよ、お姉ちゃんはわたしの侍女でしょう?」


「あんたが混ざると余計めんどくさくなるから黙ってろ!」


「あんた、チョコちゃんになんて口の利き方するの!」


 出たよ。お決まりの、チョコちゃんに〜、が。めんどくさい。


「お義母さんこそ、俺の和菓ちゃんにあたらないでください。いらないなら、今すぐにでもかっさらいますよ」


「いらないなんて言ってないじゃないの!」


 母がばんっとテーブルを打った。

 わたしはその音ではなく、母の一言に驚いた。


 え。……わたし、いるの?


 母が口走ったことが、正直まったく信じられない。


 だけど今は――、


「お客さま、これ以上騒がれると営業妨害です。どうぞ、お引き取りを」


 わたしの怒りを込めたにっこりに怯んだ隙に、四人丸ごと、店から追い出してやった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ