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 冬は地獄だ。

 布団の中でさえ寒い。極寒だ。

 寝ている内に暖を求めてだんだん身体が丸くなっていって、気づけば窮屈な格好になっている。

 だけど足をまっすぐ伸ばしたら、きっとひんやり冷たい部分にあたるはず――なんだけど……。


 なんで、あったかいんだろう?


 伸びたつま先であたりを探ると、いやな感触にあたった。


 ――じょり。


「……いや、待て待て」


 瞬時に背筋がぞわりとした。なにこれ。髪の毛とは違う、やや硬めの、わたしのではない……毛。

 だけどここはわたしの布団の中だ。だって身体を包む毛布の触り心地はいつものもの。

 そして現在、ペットは飼っていない。


 と、いうことは――。


「……嘘だ、ありえない。――やだやだ、目ぇ開けれない」


 手探りで確認したけど、パジャマはちゃんと着てる。……たぶん、大事なものは無事だ。

 だけどいつもより体感温度が異常に高い。特に、背中。


「あー夢だな、これは。南国の夢だ。つま先にあたるのは……海草だな、うん」


「うぅん……」


「ひぃぃぃ……!!」


 後頭部から男のうめき声がして、思わず布団を跳ね上げた。

 急に寒さにさらされたせいか、わたしの背中に張りついていた、やたらでかい図体の男が抱きつくように腕を回してきた。


「いーやー!!もうやだ!離せ変態!失せろ!」


「うるせぇ……」


「ひっ!」


 短い悲鳴がもれた。

 寝起きのせいでちょっと機嫌が悪いのか、背後にいる男のやたら色気のある低い声が耳に触れたからだ。


「うぅっ……。もうお嫁にいけない。精神が犯された……」


「……うぅん、嫁?俺の嫁になるって?」


「言ってない!」


「だけどさ、元から行く気はなかったんだろう?……ふあぁ、百合なんだから」


 完全に目が覚めたのか、あくびをしながら適当に言った男へと、わたしはきっちり反論した。


「わたしは無垢な存在が好きなだけだ!ロリコンのショタコンは認めるが百合ではない!ごついおっさんは消え失せろ!うわぁーん!」


「……へぇ。ごついおっさんねぇ?いいのかなー、和菓子わかこちゃん?お家を追い出されちゃっても」


 わたしはぴたりと泣き真似をやめた。

 やめざるを得なかった。

 抱き込まれている腕の中で器用に反転して、その顔をおそるおそる見上げる。

 片肘をついてわたしを見下ろす男のブラウンの瞳は、弧を描いて悪どい笑みを浮かべている。彫りが深いせいか、妙に迫力があった。

 そのオシャレ(わたし的には鬱陶しい)髭が生えた顎を見ないように目を逸らし、わたしは口の端をひきつらせた。


「あ、はは。じょ、冗談ですよ……家主さん」


「ふぅーん?」


「い、嫌だなぁ。寝ぼけて人の布団に間違えて入っちゃったんですよね?お、驚いちゃったじゃないですか〜。この、うっかりさん」


 普段のわたしとは程遠いキャラクターを演じ、おどけて胸板をとんと叩いた。


 くっ……!なにが楽しくてこんな固い男の胸板を触らないといけないんだ。


 これが正直な心の声である。


「和菓ちゃんの布団だから入ったんだけど?」


「確信犯かこんちくしょーー!」


 あっさりと素に戻ったわたしに、ニヤニヤ笑いで彼が顔を近づけてきた。


「ここは今俺の家だから、どこで寝ようが俺の勝手だろう?」


「ぐぬぬぅ……」


「悔しかったらさっさと溜まった家賃を払ってもらおうか?」


「ぐぎぎぃ……」


「はい。反論できない」


 歯をぎりぎりと噛み締めながら、愉しげな男の抱き枕にされて屈辱に耐えた。



 なんでこんなことになったんだ?



 重たい腕の中で、わたしはこの男に捕らえられた昨日のことを思い返していた――。




*・*・*




 仕事を終えて下宿へと帰宅したとき、あれ?と思った。

 いつもなら家主のおばあちゃんがいる一階の居間と台所は電気がついていて、わたしのためにあったかい夕食をつくっていてくれるからだ。

 下宿といっても普通の一軒家で、実質わたしはおばあちゃんと二人暮らしみたいなもの。

 出かけてるのかなと訝りながらドアノブを掴むと、なぜか鍵がかかっていない。

 その瞬間嫌な予感がして、家の中へと飛び込むと、おばあちゃんが青い顔で畳の上に倒れているのを目にして悲鳴を上げた。

 だけど救命活動とか、わからない。

 おばあちゃんに呼吸があったことで、わたしはパニックになりつつも、なんとか救急車を呼ぶことはできた。

 病院で検査と治療を受けた結果、幸いにも転んで気を失っていただけだったらしく、大事には至らなかった。

 この寒い日に、わたしもおらず一人だったらと考えたらぞっとする。

 わたしと同じことを思ったのだろう。おばあちゃんは、血相を変えて駆けつけてきた家族に説得されて、息子さん夫婦の家で一緒に暮らすことに決定した。

 おばあちゃんよかったね、と思っていたんだけど……。


 あれ、わたしは?


 冷静に考えてみると、おばあちゃんが下宿をやめたら、わたしはどこへ行けばいいんだろう?

 高校時代からかれこれ七年近くお世話になっているあの家を追い出されたら、途方に暮れる。

 だから病室で、おばあちゃんと息子さん夫婦の話がまとまり、のほほんとしかけたところで、とうとうたまらず口を挟んでしまった。


「下宿は、どうなりますか?」


 家族でも親戚でもないけど、一応隅っこで話を黙って聞いていたわたしの一言に、彼らの視線が集中した。


「下宿かぁ……」


「下宿ね……」


 息子さん夫婦が困ったように眉を下げる。

 なにこの、せっかく丸く収まったのに面倒なやつがしゃしゃり出てきたぞ的な空気は。


「和菓ちゃんにはそのまま住んでもらってかまわないけれどねぇ」


 おばあちゃん!その調子!


「だけどお義母さん。下宿って今どき流行らないから貸家にするか、いっそ建て替えてアパートにでもしてしまった方がいいんじゃないですか?」


「そんなぁ〜……」


 貸家じゃ家賃が高くなっちゃうんじゃないの?

 短大出てなんとか就職した会社は速攻で倒産。学生時代していたバイト先に手を差し伸べられて、今は準社員として働いてるけど、奨学金がまだ返し終えていないわたしに、普通の家賃なんて到底払えない。

 しかも実は、無職時の家賃を滞納させてもらっている。

 このまま下宿がなくなったら、困る。死活問題だ。

 それぞれが今後の考えをまとめるために沈黙したとき、病室のドアがちょっと乱暴にスライドされた。仕切りカーテンの向こうから、慌てた男の声が飛び込んでくる。


「ばあちゃん生きてるか!」


 第一声ひどいな、と思ったけど、おばあちゃんは気にすることなく、「生きてるよ〜」とのんびりと返して笑った。

 カーテンをシャッと開けて顔を覗かせたのは、世間一般では男前と呼ばれる類いの三十代半ばくらいの男だった。黒い大きなスーツケースを引っ張っていて、顎に髭が生えていて、やや日に焼けている。

 だけどわたしはまず衝撃を受けたのは、でかっ!?ってことだった。顔やスタイルじゃなく、背がでかいことしか見えなかった。

 人間、なにを食べたらそんなにでかくなるのか。そしてなぜ横に大きくならないのか。

 彼はおばあちゃんの元気そうな様子にほっとしたのか、大きく息をついた。


「帰って来たそうそうやめてくれよ〜」


「ごめんねぇ」


「いいよ、元気ならそれで。――あ、おじさんおばさん、どうも」


 彼は息子さん夫婦に軽く会釈した。

 こちらの雰囲気は気安いものではなく、割りと他人行儀。

 なんとなくパイプイスを親戚でもないのに使ってることに気が引けて譲ることにした。


「あの、どうぞ」


「?」


 誰だっけこの子?っていう目が向けられる。

 色素が薄いのか瞳が茶色だ。


「和菓ちゃん、これは孫の京次きょうじ。それで京次、この子はうちに下宿してる和菓ちゃんだよ」


「ああ、あの」


 どの!?


「そうそう、その」


 だから、どの!?


 おばあちゃんはこの京次とかいう男に、わたしのなにを吹き込んだんだろう。気になって仕方ない。

 彼はパイプイスに腰を下ろしながら、さりげない動作でわたしの腰を引き寄せると、おばあちゃんへと話始めた。


「ま、いいや。ばあちゃん。やっぱり俺こっちで暮らすことになったから、ばあちゃん家住みたいんだけど」


「ちょっと待たんかーい!」


「うん?」


「うん?じゃない!なんでわたしは今、初対面の男の膝に乗せられた!?」


 彼は話ながら、まるで当然かのようにわたしを膝の上へと座らせたのだ。

 しかも簡単に逃げれないように、腕ごと抱きしめて拘束までして。


「だってイスねぇし」


 背後からひょいと覗き込んでくる際、髭が頬に刺さって、全身が粟立った。


「ひぃっ!」


 おばあちゃんはのんびりと笑ってるけど、息子さん夫婦は若干引いてる。


「やべぇ。おもしれぇ反応。これ欲しい」


「お断りじゃー!」


「病室で騒ぐなよ、和菓ちゃん」


「馴れ馴れしく名を呼ぶな変態!わたしは無垢なものしか認めん!」


「ばあちゃんはお茶目でかわいいって言うけど?」


「警察呼ぶぞ!」


 くつくつ笑う京次とやらに憤慨していると、おばあちゃんが目尻を下げておっとりと言った。


「和菓ちゃんと仲良くやれそうだし、京次に家主を任せようかねぇ」


 なんですと!?


「家主を?」


 断れ!


「他に誰か住んでる?」


「和菓ちゃんだけだよ」


「じゃあ引き受けた」


「断らんかい!」


 息子さん夫婦は微妙な表情をしてたけど、おばあちゃんの持ち家だからか、口を突っ込んではこなかった。


「じゃあばあちゃん、また明日見舞いに来るよ」


「ありがとうねぇ」


「待てー!なぜわたしを横抱きにして抱えた!?」


「帰る場所一緒だから?」


「なんのための足だ!」


 両足をじたばたさせると、彼はちょっとだけ考えてから答えた。


「……愛でるため?」


「ひぃぃぃ!」


 変態だ。ガチの変態がここにいる。

 戦慄している間に病室から連れ出されていて、なんだかわからない内に、わたしはごつい男前な変態に捕獲されたのだということだけを、遅まきながら理解したのだった。



タイトル詐欺かもです……。すでに適切な距離、保ててない。

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