私ノ奴隷ニフサワシイ人ヲ
品行方正、才色兼備。そんな四字熟語がぴったりと当てはまる、まるで物語の中からでてきたかのような黒髪美少女の優等生。それでいて少し天然で抜けているところがあり、同時にたまにぶっ飛んでいる。
それがここ、X高等学校での「霧沢涼子」の評価だ。
最も、そういう風に感じてもらえるよう、私が立ち回った結果なわけだが。
頭の方は、勉強すればなんとかなった。元々できの悪いほうではない。
そして幸いにも、生まれつき顔も悪くなかった。だから、見た目で周りを引き付けるためには、肌、髪、香り、服装、そして立ち振る舞いを飛びぬけたものにするだけで良かった。
肌のケアは毎日欠かさず、乾燥せぬよう、日に焼けぬよう気を配った。
腰まで伸ばした髪は放っておけばすぐにぼさぼさになってしまうから、トリートメントはもちろんのこと、低温ドライヤーで乾かし、オイルを塗ってきっちりと整えてから寝るようにした。
香りはたっぷりと長い髪があるので大方この匂いでどうにでもなるが、夏や体育の後は汗のにおいがしないよう気に掛けた。
服装は高校生なら制服だ。着こなしさえきっちりとすればどうにでもなる。勿論休日に遊ぶ場合も考え、私服の研究を欠かしたことはないが。
最後に立ち振る舞い。まずは歩き方だ。背筋を伸ばし、つま先が外側に出ぬようきれいに歩く。これだけで印象が大きく違う。所作も大事だ。高級ホテルの支配人のように、あるいは偉大なるマジシャンのように。プリントを一枚配る際にも、指の先まで気を配り、相手がはっとするような動きを心がける。
そして何より、相手と話す時の表情。
鏡で毎日、嫌になるくらいに自分の表情を研究した。顔のどの筋肉をどれくらい動かせば、表情がどう変わるのか。あらゆるパターンと力加減を頭に叩き込み、適切な場面に適切な表情を作り出す。
そんな努力を、十歳から続けた結果、私は晴れてもくろみ通りの「霧沢涼子」を演じられるようになった。立ち振る舞いや表情の作り方は、クイナに色々と教えてもらった。元探偵だという彼は、多くの作法や雑学に精通していて、とても役に立った。
私が膨大な時間を賭してまで見た目にこだわった理由は、十歳の誕生日に家に届いた一通の手紙にある。
「拝啓 霧沢涼子様
はろぉ涼子ちゃん、元気ぃ?」
この時点で破り捨ててやろうと思ったが、私は我慢して読み続けた。
「あの日の事、覚えてるぅ? 君の両親と、親族全員殺しちゃった日のことだよぉ。まぁ聡明な君のことだからきっと覚えているんだろうねぇ」
聡明でなくても忘れるものか。なんでもいいけど手紙越しでもわかるこのねちっこいしゃべり方はどうにかならないのだろうか。
「憎んでるだろうねぇ。それはもう半端じゃなく憎んでるだろうねぇ! もしかしてぇ、復讐したいとか、考えたりしてるぅ?」
あぁ、考えている。毎日そのことばかり考えている。あんたが二度とそんな気持ち悪い声を発することができないように、舌を抜いて声帯をつぶしてやりたいと思っているよ。
「あの日さぁ、問題出したじゃん? 涼子ちゃん、いーとこまで行ってたんだよねぇ。ほんと、あれは惜しかったなぁ……。だからさ、チャンスをあげようと思うんだ」
手紙を握る手に思わず力がこもる。と、同時に。手紙の裏にチケットが二枚挟まっていることに気が付いた。
「君が高校を卒業する年の三月三十一日。僕たちの開催するパーリーに招待するよぉ! あ、パーリーっていうのはパーティーのことだからねぇ?」
こいつ絶対友達いないだろうな。
「手紙につけたチケットにそろそろ気づいている頃かなぁ。そう、チケットは二枚用意してあげたよぉ。もう一枚のチケット使って、誰か招待してあげてよ。パートナーの条件はそうだなぁ……『卒業年の涼子ちゃんと同じ学校の同級生か、下級生』ってのはどうかなぁ? わかりやすくていいでしょぉ?」
一番わかりやすいのは、パートナーに条件を付けないことだと思う。
クイナを連れていくことはできないわけか……彼はどう若く見積もっても三十は超えている。制服なんて着せた暁には冗談にすらならないだろう。
「別に必ずしもパートナーは連れてこなくてもいいけどぉ……ふふっ、二人いたほうがきっと『楽しい』ゲームができるだろうねぇ」
ゲーム……か。こいつが言うゲームというのは、間違いなくあの日出してきたような、ひねくれた問題の応酬だろう。しかも恐らく、命をかけた。
「じゃ、そういうことだからぁ。パートナー探し、頑張ってぇ。君が僕たちに復讐してくれるのを、楽しみにしているよぉ
君のだぁいすきな、ザッハトルテより」
とりあえずチケットを切り離し、手紙をシュレッダーにかけ、私は考えた。
舐めた態度をとられているのは癪だが、チャンスであるのは確かだった。
クイナの力をもってしてもとらえきることのできなかったザッハトルテが、わざわざパーティーを開いて、復讐の機会を与えてくれるというのだ。これを逃す手はない。
どう復讐するか、それはじっくりと考えていくとして。問題はこのパートナーだ。
当然、頭が悪い者では勤まらない。
かといって、勉強ができる者が欲しいわけではない。
恐らくザッハトルテは「かなりひねくれた」問題を出す傾向にある。時には論理的に、時には水平的に。そして時には、その両方が必要になるだろう。
あれから色々な問題を解いてみたが、私はどうにも水平的な思考が苦手なようだ。
加えて、突発的な事態に弱い。悔しいが、あの日、突然現れたザッハトルテとオペラが父と母を気絶させ、命を懸けた問題を出されたことが、どうにもトラウマになっているらしい。
パートナーにするなら、こんな私を支えてくれる人がいい。
贅沢は言わない。
突発的な事態に弱い私の代わりに「飛び抜けた行動力」があればいい。
そして論理的な思考に強い私の代わりに「柔軟な思考力」があればいい。
後はーーーー
「私を……」
言葉に出しかけて、首を振る。
何を甘いことを考えているんだ。相手はあのザッハトルテだ。勝手な行動をされたり、恐れをなして逃げられたりしては困る。それにもし、その人がまた死んでしまったら……
まだ姿かたちもないパートナーの死を思い浮かべ、ぞっとする。そんなことになったら、私は正気を保っていられる自信がない。
「私の言うことに、素直に従う子がいいわね」
それがいい。私がすべてを指揮し、死なせないようにすればいい。
私の意見に素直に従い、私の命令を喜んで受け、そして私に足りない部分を補ってくれる、そんな人がいい。
「私の言うことをなーんでも聞いてくれる人。言うなれば、奴隷ね」
なんだか楽しくなってきて、私は柄にもなく鼻歌を歌った。
復讐のことを考えるだけの灰色の生活ではない。私の命令を聞き、ザッハトルテに共に戦ってくれる奴隷を探す。そんな高校生活を思うと、久しぶりに私の心は踊った。
「どんな高校にしようかしら。あんまりにも頭が良すぎる学校はだめね……頭でっかちが多そう。社会に出て活躍している人を多く輩出している高校がいいわね。クイナ、調べておいて」
「かしこまりました」
いつからいたのかは知らないが、とても便利だ。
警察官だった父に大層な恩義があるらしく、父亡き後、私に尽くしてくれている。恰好もしゃべり方も変人そのものだったが、できる男であるのは間違いなかった。
「あとはそうね……私自身が完璧な女性にならなくちゃね」
パートナーにふさわしい相手が現れたとしても、その人に対する私の印象が悪ければ意味がない。
どんな相手がパートナー候補になっても確実に奴隷にすることができるくらいに、魅力的な女性にならなくては。
「クイナ、思わず奴隷になりたくなるような女性像を一緒に考えましょう。今日から私は、そういう女性になる為に努力を惜しまないわ」
「かしこまりました。それではまず、『キャラ』から考えましょう」
「きゃ、きゃら? なんなのそれは」
「はい、つまるところ個性のようなものですね。これが濃いほど、相手に与える印象は大きくなります。ですが濃いからといって決して良いわけではありません。濃いけれど悪影響を与えないようなーーーー」
「ちょ、ちょっと待って。もっとゆっくり私にも分かるように教えてちょうだい。あと、なんだか抽象的すぎるわ」
「なるほど」
数瞬考えたのち、クイナが言った。
「では、例えば生徒会長、というのはどうでしょうか」
「生徒会長!」
いい響きだ。すべての生徒に名前も知れ渡るし、何より表舞台に立つことも多いだろう。
「えぇ、しかも、ただの生徒会長ではありません。なんと、誰が相手でも敬語でしゃべるのです」
「け、敬語? 年下にも? そんなけったいな人物がいるわけないでしょう?」
「漫画とかの世界だとよくいるのです」
「そ、そうなの……?」
「えぇ。漫画の世界にしかいないと思っていたキャラが現実にもいる。これは相当のインパクトです」
心なしかいつもよりも生き生きとしているクイナの言葉を一語一句聞き漏らさないよう、私は身を乗り出した。
「それで?」
「ただし、これだけではただの『痛いやつ』です」
「それは恥ずかしいわ」
「そうです。だから涼子様には今日から『見た目が可憐な美少女』を目指していただきます。可愛い子は何をしても許されます。マイナスもプラスに換装できます」
「理屈は分かるわ。でも、私は今でもかなりかわいい部類に入ると思うの」
少しむっとして私は答える。興味はないが、小学校の同級生にはもてもてなのだ。
「はい、涼子様はかわいらしいです。ですが、それは想像の範囲内のかわいさです」
「……なるほど、それではだめなのね」
「さすがです、涼子様。あらゆる所作や表情造り、涼子様にはまだまだ改善する余地があるのです」
さぁ! と勢いよく立ち上がり、クイナが手を差し伸べてきた。
「すぐにでも始めましょう! まずは歩き方から! 参考となるのはマジシャンか、もしくはファッションショーモデル、あるいは……」
「ちょ、ちょっとクイナ? 今からやるの? ちょっと、ねぇ……く、クイナってば……」
こうして。
私は『霧沢涼子』になった。
すべてはザッハトルテに復讐する手助けをしてくれる、奴隷を見つけるため。
一年の時には学校中に嫌味なく愛想を振りまき、飛び抜けた成績を収めた。
二年になってからは、異例の速さで生徒会長になった。
一年の時も、二年の時も、奴隷を探した。
だが、見つからなかった。
私の奴隷にふさわしい人は、二年かけても見つからなかった。
そして今、三年の春。
私は少し、焦り始めていた。




