A≠B デアリ A=B デアル事ヲ証明セヨ
ガリっと口の中で嫌な音がなった。
出し巻き卵に殻でも入っていたのかと思ったが、吐き出してみると箸の先端だった。どうやら考え事をしているうちに強く歯を食いしばりすぎたらしい。
クイナが無言で差し出してくれたティッシュにそれを吐き出しながら、思う。
あぁ、くだらない問題だった。
くだらない問題だったのに、と。
あの男、ザッハトルテが言うように、あの問題は当時十歳に満たなかった私が知りうる範囲の知識で十分解ける内容だった。
一問目は、論理問題に見せかけた水平思考問題。
二問目はもっと簡単で、ジャンクセンテンスを織り交ぜた読解問題に、ちょっとしたサイコパス問題を絡めただけのものだった。
最も今となってはそう思うだけで、この問題が解けたのは小学校を卒業する頃になってのことだったが。
一問目の問題文には最初、A=B、B=CならばA=B=Cである、という論理的かつ常識的な文章が書いてあった。が、これには何の意味もない。次の問題を論理的な問題だと錯覚させる、ミスリードだ。
A≠B であり A=B であることの証明。
キーとなる部分は、AとB、その両方になんの制約もかけられていないところだ。
簡単に言えば、AとBが複数の要素を持ち合わせていればこの問題はいとも簡単に解けてしまうのだ。
例えば、Aがあんぱん、Bが食パンだったと仮定するなら、A≠Bである。
しかし、パンという大きなくくりで見れば、A=Bでもある。
子供だましのような、屁理屈じみた問題だ。しかし、一つの概念だけでは証明できない、という部分はゲーデルの不完全性定理に近いのかもしれない。ある事象の証明は、別の次元からのアプローチをもって初めて証明可能なのだ。
二問目。こちらは当時の私でも問題の違和感に気づいた。
問題文はこう始まる。
『ジャックは両親に内緒で妹と二人で山に登った。家では父親と母親が絶えず喧嘩していたから、その気分転換にと思ったのだ』
そう、最初はジャックと妹、二人で山に登っていたはずだ。しかし、問題はこうだ。
『さて、どうすればジャックは生き残ることができるだろうか?』
これはおかしい。どうして「ジャック」の生き残りだけが強調されているのだろう。
読み返せば、遭難したあたりから妹の記述はない。一方で気になるのは、ジャックに関する記述が増えたところだ。
『数日間、ジャックは歩いた。持っていたツールナイフで行く手を阻むツタを切り裂き、崖を降り、時には見たこともないような大きな虫に叫び声をあげた。重い荷物を持って、それでも歩いた、ひたすらに歩いた。しかし遭難してから一度も弱音を吐かなかったジャックだが、そろそろ限界が近づいてきた。問題は三つあった。一つはお腹が空いたこと。もう一つは喉が乾いたこと。そして最後に背負った荷物が重いことだった』
特に、重い荷物、に関しては登るときは特に描写がなかったのに、降りる時になって初めて記述されている。
まるで、下山中に重くなったかのように。
ここまでくれば、後は想像に難くない。
妹は死んでしまったのだ。そしてジャックの荷物となった。
妹の亡骸を背負いながらジャックは下山している。しかし亡骸は重く、空腹と喉の渇きは限界にきている。
こういう状況設定だったのだ。
これら全てを解決し、ジャックが生き残るためには――――妹の亡骸を食べるしかない。
死んで数日ならば、まだ血も肉も腐敗してはいないはずだ。
腹が膨れるまで食べ、のどの渇きを血で潤し、荷物を軽くしたうえで下山する。そうすればジャックは生きて帰ることができるだろう。
本当に難しい問題ではなかった。
ただ、当時の私にはA=BのAやBに現実のものを置き換えるという発想がなかったし、人の肉を食べるという選択は思いつきもしなかった。
私の思考は一つの物事を機械的に結び付けて結論を出すだけの、視野の狭いものでしかなかったのだ。
あの時、ザッハトルテに勝負を仕掛けなければよかったのではないか。
モンティ・ホール問題を受けて、三分の二の確率の方を選べばよかったのではないか。ずっとそんな後悔が私をむしばんでいる。
ひらひらと自分の手から落ちて行った、白紙のカードが脳裏をよぎる。
あの場でハート柄のカードを引く確率が最も高かったのは、カードを変更した場合。
私はそのことに気づいていたのに――――
いや、そんなのは結果論だ、と頭を振りながら、私は朝食を取り続ける。
ふわふわで出汁のきいた卵焼きはとてもおいしいはずなのに、鉛のように胃の中に転がり落ちた。
そうして咀嚼された無機物のような有機物は、水銀のごとく重く、胃の中で波打っている。
「ごちそうさま。おいしかったわ。そろそろ行かなくちゃ」
「お粗末様でした。お弁当を置いておきます。歯を磨いたらこれを持ってお出かけになってください」
「ありがとう。いつも悪いわね」
同級生に評判のお弁当には、今日は何が入っているのだろうか。朝食はおいしくいただけなかったから、せめてお弁当は味わいたいなぁ。そんな平和な事を必死で考えて、私は嫌な記憶を振り払おうとした。
教室に入ると皆が笑顔で挨拶をしてきた。
私も家で練習した笑顔を張り付けて、「学校用」の霧沢涼子で朗らかに返答をする。学校では同級生、後輩問わず、敬語で話すようにしていた。
その方が「キャラ」が立つからだ。現実世界にこんなやつが? と印象付けることができる。
「おはよう、霧沢さん」
「おはよう黒田君、今日も朝練だったんですか?」
「そうなんだよー、引退試合も近いし、頑張らなきゃって思ってさ!」
「もうそんな時期なんですね……試合の日は応援しに行きますね」
黒田晶。
野球部で七番バッター。ポジションはセンター。やる気はあるが、やる気があるだけで、プレイ、練習内容に合理性はない。勉強に対してもテスト前に頑張りは見せるが、野球の練習と同じく効率が悪く、成績は常に低空飛行。
結論。見込みなし。×。
「黒田ばっかりずりー! 霧沢さん、俺も! 俺の試合も見に来て!」
「ふふっ、もちろんです、片桐君」
片桐俊介。
バトミントン部、副部長。部内では二番目の実力者だが、それはあくまでも部内での話。対外試合では初めて戦う選手のプレーに翻弄され、勝率は三割を切る。しかし自分の実力に自信があるため、他行の研究などは一切せず、後輩相手に大人げのない試合をする。
言うまでもなく、見込みなし。×。
「ねー、ちょっと涼子を困らせないでよ。涼子は優しいから断れないの分かって言ってんでしょ」
「ち、ちげーし! ただ霧沢さんに見に来てもらったらモチベーション上がりまくって勝てそうだなって思っただけだし!」
「そうだそうだ! 大体お前のことなんてお呼びじゃないんだよ、相沢!」
相沢リナ。
帰宅部。「優しい」とか「気弱い」とか、相手のことを自分の物差しで勝手に判断してタグ付けする癖がある。さらにそれを相手や周りに強要するような態度をとる。勉強、スポーツ、音楽、なにをとっても冴えないが、周りに嫌われないよううまく立ち回る術は身につけているよう。
まぁ、見込みなし。×。
「大丈夫です、片桐さん。私、スポーツ観戦とか大好きなんです。だから寧ろ見に行きたいくらいなんですよ」
「そ、そう? いやだったら嫌ってはっきり言わなきゃだからね? 涼子はとびっきりかわいいお嬢様だから、男どもはいつだって隙を狙ってるんだから」
「そそそ、そんなことないからね霧沢さん!」
ふふっ、もちろん分かっていますよ。と笑いながら、自然な歩調で席に向かう。コミュニケーションはこんなものでいいだろう。
席に向かう間も、色々な人が声をかけてくる。
そして私は笑顔で挨拶をしながら、過去に下した評価を頭の中で反復する。
兵藤要、見込みなし、×。
倉瀬香、見込みなし、×。
斎藤良則、見込みなし、×。
見込みなし、×。
見込みなし、×。
×。
×。×。
×、×、×。
×、×、×、×。
×、×、×、×、×。
みんなみんな、見込みなしだ。
甘ちゃんで、平和ボケしていて、なんの才能もない癖に、いつかはそれなりに成功することができると思っている。そんな人ばかりだ。
いや、人としてはそれでいい。
一般の高校生なんて、みんなそんなものだろう。
朗らかに挨拶ができて、しっかりとお礼が言えて、不相応な夢を抱いて、努力したりしなかったりして、沢山悩んで何かの答えをだせば、それで立派だと思う。ここのクラスの生徒はみんな「いい人」だとも思う。
けれど。
「私の奴隷には、ふさわしくない」
窓に向かってつぶやいた言葉は、誰に聞かれることもなく、クラスの喧騒に飲まれて消えた。
人を勝手に評価し、見下し、表面上は笑顔で取り繕う。
一番見込みなしなのはどこのどいつだ。かすかに残った私の良心が、そんな風にささやいている気がした。




