表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

霧沢涼子ト云フ人ハ

 旅行をしたら、彼氏ができたら、恋をしたら。

 世界が変わったと友達が言う。

 そんな反吐の出るような言葉に、私はそうなんですが、と笑って答える。


 本当は、その後にこう付け加えたい。

 その程度で世界が変わるなんて、よほど浅い人生を送ってきたのですね、と。

 世界が変わる、価値観が変わる。そんなセリフを吐けるのは、本当の変化を知らない人間だけだ。


 あの日家族が死んでから、私の人生は一転した。

 頼もしかった父、優しかった母、尊敬すべき叔父と叔母、仲良しだった従兄弟。

 私の世界を構成していた大切な人々が理不尽にも奪い去られた時、私という人間は一度初期化された。


 初期化されて数日は、ただ茫然としていた。言葉の通り、何もしなかった。

 かつて慈しみと愛情に満ち溢れていた部屋で、置物のように座っていた。

 しかし数日が経つと、何もしないわけにはいかなくなった。

 成長過程にある幼い体は空腹を訴えてきた。喉の渇きも感じるようになった。睡眠をとる必要もあるだろう、外に出て太陽の光を浴びることも必要だ。 

 頭では分かっていても、体は動かない。空っぽの私はまだ、生きる必然性を見い出せていなかった。


 そこから、さらに数日。


 朦朧とする意識の中、ただなんとなく思った。

 死ぬのは嫌だ。

 あぁ、そうだ。死ぬのは嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。

 「死」ほどつまらないものはない。

 だが生きる意義も見いだせない。

 だって、今の私には何もない。このままではきっと、生きることもつまらない。


 欲した。

 私の世界を構築する、新しい何かを。

 暖かくなくてもよかった。

 優しくなくてもよかった。

 ただ苛烈で、劇的で、私を染め上げてくれるくらい鮮やかであればよかった。


 だから。


「ふ、しゅ、よ、う」


 何日も声を発していなかったから、からからに枯れた、もはや音に近い声で私はつぶやいた。


「ふくしゅ、し、う」


 何度もつぶやいた。


「ふくしゅう、しよう」


 ちゃんと自分に聞こえるように。それが生きる意味になるように。


「復讐、しよう」


 私の両親を殺したあいつらに復讐しよう。どんな手を使ってでも。

 そう心に決めた瞬間、私の世界は変わった。

 基準も、原理も、感性も、感情も、全てが色を変えた。


「承知いたしました」


 いつからいたのだろう。知らない男が、そう答えた。

 パーティー会場でしか見たことのないような燕尾服に身を包み、手には白いシルクの手袋をしていた。立ち姿も美しく、おまけに上品な顔つきをしていたから見ていて不快感はなかった。

 善人でも悪人でもどうでもよかったから、私は叫ぶこともせず、あなたは誰?と質問することもせず、ただ簡潔に質問した。


「手伝ってくれるの?」


 椅子に座った、百二十センチにも満たない私を見上げるようにかしずいて、男は言った。


「お嬢様の仰せのままに」

「そう」


 ならいいか、と思った。使えるものは使っていこう。そうしなくては、復讐など夢のまた夢だろう。

 椅子から降り、力が入らない足でゆっくりと部屋を横切り、カーテンを開いた。何日かぶりに浴びた太陽の光はとてもまぶしくて、なんだか下品に感じた。


 この日から。

 私、霧沢涼子という人間は、実に単純な行動原理に従うようになる。

「ザッハトルテ」と名乗った、すべてを奪った組織に復讐する。

 ただそれだけが、私の生きる意味となった。

 ただそれだけが、私の世界を染め上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ