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あくる日、カリンガはメイファとシンを連れてこのトルダンの街を案内していた。
「最初は約半年前だね、ラナシィって娘がいなくなったんだ。この娘は売れっ子だったから、身請けの話も複数あったんだよ。なのに、身請けされる前にあの子は消えた」
日中のトルダンはとにかく暑い。強い日差しは肌に物理的な痛みを感じるほどだ。
そんな日差しの中、今日はこの街の女たちと似た装束を身にまとったメイファは長袖の暑さに辟易しながら、カリガンの話に耳を傾けながら街中を歩いていた。
「消えたってどうして分かるの? 逃げ出したかもしれないじゃない」
花街はその華やかな見てくれとはうらはらに、大層厳しい仕事なのだとシンに教わったメイファは素直な疑問を口にする。
そんな過酷な仕事なら、逃げ出したいと思っても不思議ではないだろうに、と。
けれどカリンガは首を横に振った。
「ラナシィに限ってそれはないね。あの子には恋仲の旦那がいたんだ。そしてそいつに身請けされるのをずっと心待ちにしていた。そんな娘が身請けの前夜にいなくなるかい? 普通考えられないだろうよ。しかもあの子が花街から出た姿を誰も見てないんだ」
不夜城である花街は、夜だからこそ明るく人通りも多い。
そんな場所の一等地に建つ店から、忽然と姿を消したラナシィに当然、店は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「おかしいだろ? 門で閉ざされ逃げ出すことは至難の業と言われる花街から、女一人、しかも花街じゃあ知らぬ人間はいないっていう売れっ子が誰にも見咎められずに姿を消すなんてさ」
そんな話を続けながらも、カリンガの足は止まらない。
「あ、そこもだよ。そこの家の娘も半月ほど前に突然いなくなったんだ。働き者のイイ子でね、親御さんの気落ちったら見てられないよ」
「ここの家も?」
「ああ、そうさ。花街を発端にした失踪事件は、今や街中に広がってるのさ。年齢、職業、住所、どころか性別まで。なんら共通点のない人間たちが消えている。しかも日を追うごとにその頻度が上がってるんだ。そりゃあ、卑小なドン・ワンだって重い腰をあげるだろうよ」
街の信用を落としたら、キャラバンが寄らなくなるだろう。そうすればオアシスとして栄えたこの街の根底が崩れてしまう。
「街の生命線がかかっている、というわけか」
シンの呟きに、カリンガは頷いた。
「そうさ。現にここ二月ほど商人たちの出足が鈍ってる。外の街じゃ『トルダンには人食い妖怪が出る』って噂で持ちきりだって。うち御用達の商人たちがみな口をそろえて言ってるくらいさ」
「へぇ、色んな街を渡り歩く商人さんの言うことなら本当なんでしょうね」
地下水を掘って繋げた地下水道のほとりを歩きながら、事件の概要を聞く。人の手を入れたとはいえ水路の傍は風が涼やかで気持ちいい。
一行は表通りであるバザールを抜け、一本道をそれた生活区に足を踏み入れていた。
そこは赤茶けた石を積んで造られた家ばかりで、見た目も造りもほとんど一緒だ。
(これ、ひとりで来たら絶対迷子になりそう)
特徴がないから目印になるものもない。
はぐれたら大変。あ、でもマスターの匂いを辿ればなんとかなる、かも?
そんなことを考えながら、赤茶けた建物の間を歩く。
乾燥した風が足元の砂を巻き上げるせいか、この辺りの空気は埃っぽい。
地下水道のある場所とさほど離れていないのに、だいぶ街の雰囲気が違うことにメイファが首を傾げていると、カリンガがおもむろに説明し出した。
「この辺りはいわゆる一般の生活区さね。あんたたちが初日に行った中央地区に館を構えられるのが上流階級。緑が多かったろ? この街の地下水道はね、中央地区に集約されるように造られてるからさ。そして中央地区をぐるっと囲むように造られた、この辺りの人口が一番多い。なんせ街の顔であるバザールに隣接しているからね。で、その一角にアタシが預かる花街もあるのさ」
カリンガはそう言って、斜め前方を顎でしゃくった。
「方向的にはあっちになるだけど。……行ってみるかい、お譲ちゃん?」
生娘には刺激が強かろうよ、とカリンガはあまり勧めない口調だったが、メイファは「是」と答えた。
花街。最初の事件が起こった場所。そこは見ておかねばならない気がしたから。
メイファの返事に女は肩を竦めると、「ついておいで」と踵を返した。
カリンガの背を追うように歩く街並み。赤茶けた壁の通りを抜け、いくつか道を曲がるうちに、メイファは空気の匂いが変わることに気づいた。
スンスンと匂いの変化をとらえようと鼻を動かす。
不思議な匂い。
花のような、けれどどこか、停滞した空気のような淀みを感じる匂い。それが漂い始めたころ、周囲の様子が変わり始めた。
強い日差しの元にあるのにもかからず、どこか影を帯びた景色。
そんな印象を受けるのは、来訪者を拒むような大門のせいだろうか?
「なんで街中にこんなゴツい門があるの?」
見上げるほどの高さの大門を前にして、あんぐりと口を開けたメイファにカリンガはどこか自嘲的な笑みを湛えて説明を口にする。
「女たちが逃げ出さないようにするためさ。ごらんよ、門の前に番人がいるだろ? ああやって見張ってるんだよ、中の妓女たちが脱走しないように」
「脱走って、そんなにしょっちゅうあるものなの?」
「そんなに辛い仕事ってなに?」と続けるメイファにカリンガは呆れたようなため息が返ってきた。
「物知らずだねぇ、アンタ。花街がどんなトコだか、分かってないのかい?」
「え~と、いろんな男の人のお酒とお話の相手をする場所でしょ?」
メイファの持つ花街の知識はこんなものだ。ひとことで云えば浅い。
なぜなら昨夜のシンの説明はやたら難語が多い上に難解で、メイファにはちっとも理解できなかったせいだ。
懇切丁寧に花街の成り立ちから説明してくれたシンだったが、それは過去の歴史をひも解くことに他ならず。
戦争やら国の成り立ちやらこむずかしい話題がメイファの頭を攪乱するというのに、さらにそれを当時の言葉――いわゆる古語で説明された暁には、少女の頭は飽和状態も通り越して破裂寸前にまで追い込まれたのだった。
しかも「マスター、話が難しすぎてわかりません~!」と泣きついた少女を、「今の説明で分からないのなら、それは今のおまえが得るにはまだ早い段階の知識なのだろう。精進しろ」とシンにしては珍しくメイファを突き放した。
いつもなら少女が泣きつけば、この博識な彼はメイファにも分かる言葉で説明し直してくれるのに。
そんなわけでシンの難解な説明から拾えた情報は「男の酒の相手をする仕事」程度だったのだ。
ということをカリンガに話すと、彼女は溜息交じりで「……極めつけの親バカさね」と呟いたのち、メイファの知識に手を加えた。
「たしかに概要としちゃ間違っちゃいないけどね。でもそれだけなら脱走をする必要なんざないだろうよ」
花街はね、と続く言葉に少女は聞き入る。
「男の欲望すべてが叶う街さ。そのために女たちは芸を売り、媚を売り、もちろん春だって売る。金さえ積まれれば、心だって売る。そういう街さ」
その説明はメイファにとって衝撃的だった。思わず双眸を見開く少女。
「金次第ですべてを売る街、それが花街。まっとうな神経してたら、すぐに擦り切れて死んじまうトコだよ」
「え、なんで、そんなこと……」
信じられなくて。信じたくなくて紡いだ言葉は「ハッ」と鼻であしらわれる。
「そんなのワケありだからに決まってんだろ。貧乏で親に売られた者、表の世界じゃ生きてけない者、大金を稼ぐ必要のある者。理由なんざ女の数だけあるんだよ」
古い記憶をさぐるように、遠くなるまなざし。その理由は問えないまま、メイファとシンはカリンガの後に続き大門をくぐった。
まだ明るい日差しの下、まばらな数の女たちが道を行き交う。
大路と呼べる充分な幅をもつ道は、夜こそが本分なのだろう。
日が傾くころ火が入る数多の提灯は、花街の名に相応しく街を華やかに、そしてどこか退廃的な色彩に染め上げる。
けれどこうして陽の元で見る限り、街は息をひそめ静かに佇んでいた。
「あれ、昼なのに人が少ないね」
「……アンタ、ホントに花街のこと何にも知らないんだねぇ」
分かっちゃいたけど、脱力感が口をつくのを止められない。
どうやらこの男は少女から汚いものを一切遠ざけて育ててきたらしい。この分だと愛だの恋だの、年頃の少女が知ってしかるべき心の機微すら知らないのだろう、この少女は。
「過保護も過ぎれば害悪でしかないよ、兄さん」
「分かってんのかい?」と非難をこめて、睨みつけても。
シンと云えば、髪一筋ほどの動揺も見せず、
「わざわざ嫌な思いをさせる必要もあるまい」
突きぬけた親バカ発言を、しれっと口にした。
「あ~、もうっ! とんだ甘ちゃんだね、アンタの保護者は!」
ここが往来であることを忘れ、思わず叫ぶ。
すると、馴染みの妓女が声をかけてきた。
「あら、カリンガ姐さん。どうしたの、そんな大声だして」
「ああ、パーラ、なんでもないさ。ちょっとこの兄さんが腹にすえかねてね」
パーラと呼ばれた女は艶のある黒髪をゆるく結い上げ、淡い翡翠色も美しい絹の襦裙を着た女だった。年の頃は二十歳も半ばと云ったところだろうか。
そんな彼女はシンとメイファを交互に見たあと、おもむろに口を開いた。
「その娘は新入りさん?」
この花街の元締めであるカリンガの立腹、それに無愛想な男と見目よい娘。この状況で思いつくのは売人が商品を売りに来た事実だ。
だが、パーラの問いにカリンガは小さく苦笑すると、彼女の予想を否定した。
「ああ、違うよ、パーラ。この娘は売りモンじゃないし、こっちの兄さんは売人じゃないんだ。ちょっと、用があってね。この近辺を案内してるんだ」
「あら、そうなの」
曖昧な説明だがパーラは納得したようだ。さすが花街。すねに傷持つ身が多いせいか、詮索はしないタチらしい。
そんなパーラをメイファはじっと見ていた。否、彼女はパーラの匂いに神経を集中させていたのだ。
怖いくらいに真剣に。
「なにかわたしの顔についてるかしら、娘さん?」
強いつよい視線にパーラがそう問えば、メイファは真剣な表情のまま、質問に質問で返した。
「直前にあなたと一緒にいた人はだれですか? その人、いまどこにいます?」
「メイファ?」
「ちょっと、お譲ちゃん。藪から棒になんだい?」
「カリンガ姐さん、この娘は?」
三者三様の反応を気にするまでもない。メイファは己が師匠にだけ返答した。
「マスター、この人、匂います……たぶん金花の移り香。まだ蕾。だけど咲く直前の」
「金花か。……難儀な」
「ちょっと、アンタたちだけでなに分かり合ってるんだい。なんなのさ、その金花ってのは?」
問い詰める口調のカリンガに、訳が分からず首を傾げるパーラ。
彼女たちが『金花』を知らなくても無理はない。
人間は知らない。妖怪か、妖怪への造詣が深い一部の人間しか。
だからメイファは目線でシンに問う。「説明してもいいですか?」と。
そして師が頷くのを見てから、少女は口を開いた。
「金花っていうのは、妖怪が大層好む黄金律の身体をもつ人間のことです。『その血は花の如き香りがし、その肉は甘露のごとき甘さを誇る。また一口食めば妖力が増し、ふたくち食めば延命する』という、妖怪にとってはまさに垂涎ものの御馳走です」
ただし、とメイファは続けた。
「金花として花開く時間はすごく短いんです。個人差はあるけど、一夜限りからひと月程度まで。しかも滅多に咲かない金花だけに、咲き始めた時には妖怪たちがその肉を求めて殺到します」
金花をめぐっての熾烈な争いは、まさに地獄絵図だ。力ある糧を得ようと妖怪たちは相互入り乱れての乱戦を繰り広げる。
切り裂き、叩き潰し、引き千切る。
己が命をかけても欲しいと願う、それは妖怪にとって魔性の花だ。
――もっとも、狙われた人間には決して安楽な死が訪れないという、こちらも最悪な事態には違いないのだが。
そんなメイファの説明に、カリンガは盛大に顔をしかめ「最悪さね」と吐き捨てた。
しかしパーラは金花の説明に、貧血を起こさんばかりの顔色を晒した。
「あの、パーラさん?」
ガタガタと、まるで瘧に罹ったかのように震えるパーラ。その様子はメイファの質問に「是」と答えているようなものだ。
「心当たりがあるようですね。もう一度聞きます、つい先ほどまで一緒にいた人はだれですか?」
「そ……そんなの知ってどうするんですか?! あなたたちは何? 何者なの? 娘をどうするつもり?!」
あ、と思った時には時すでに遅し。恐慌がパーラの口をすべらせ、彼女は秘しておきたい事実を喋ってしまった。
「あっ、ち、違うの! 今のは違うの!」
必死になって弁解しても、もう遅い。女はますます恐慌をきたし、取り乱した。
それはもう、憐れなくらいに。
「娘さん、なんだ」
「違うってば!」
ぽつりと呟いたメイファの言葉を半泣きになって否定するパーラ。その親心をまぶしそうに、ほんの少し切なげな色を混ぜて見つめたメイファは、次の瞬間笑ってみせた。
周囲が明るくなるような、天真爛漫な笑顔で。
「大丈夫ですよ、パーラさん。わたしたち、こう見えても妖怪退治を生業にしてるんです。だから、大丈夫。安心して、ね?」
「……え? よ、妖怪退治?」
「はい! だからあなたの娘さんが金花なら、わたしが妖怪から守ります!」
だから会わせて、と言えば、パーラはしばらく考え込んだ後にカリンガの様子を仰いだ。
「……その話は本当なの、カリンガ姐さん?」
「まあね。この街で起きている失踪事件、あれを解決するために呼ばれたお人だからね。今日は情報収集も兼ねて街を案内してたのさ」
花街の元締めであるカリンガの言葉は重みが違う。信頼に基づいたそれは、すんなりとパーラの胸の内に滑り込んだ。
そして、女はメイファ達を案内した。
自身が身を寄せる妓楼へと。
そこは住居区で見た赤茶けた石を組んだ建物とは違っていた。
白く磨かれた柱が立ち並ぶ歩廊の上部は緑で覆われ、廊の両側に造られた小さな水路が渇いた風を潤いに満ちたものにかえる。
涼やかな緑の歩廊を進めば、そこは緑との対比も美しい白亜の殿堂が客人を迎えた。
「ふわ~、すごい立派な建物!」
「そりゃそうさ。ここはこの花街の中でも屈指の妓楼だからね。パーラはね、見てのとおりの器量よしに加え教養高く、芸事は極みの域に達した売れっ子妓女だよ。ハンパな妓楼に置くわけないじゃないか」
「へー」
「って、お譲ちゃん、パーラのすごさが分かっちゃないだろ、その生返事じゃ」
メイファの気のない返事に溜息をひとつ。深く吐いたカリンガの後ろを歩きながら、メイファは物珍しそうにキョロキョロと周囲を見回した。
蔦花文様が彫られた優美な門をくぐり、緑美しい中庭に巡らされた回廊をゆけば、階段に出る。それを上がりまた似たような回廊をいくつも曲がったところに、パーラに与えられた部屋があった。
開かれた扉には紗がかかり、ゆらゆらと揺れては室内に風を取りこんでいる。
「ただいま、シャル。いま帰ったわ」
「おかえりなさい、かかさま!」
淡い生成色の紗をかきわけて弾丸のように飛び出してくる子供。
それを両腕に抱きとめたパーラの表情と云ったら!
「ただいま、シャル。いい子でちゃんと待ってたのね、えらいわ」
パーラは娘を褒めちぎると、愛おしそうにその額にキスをする。
腕に抱いた幼子は五つくらいだろうか。母親に似て目鼻立ちのくっきりとした、かわいい子だった。
「マスター」
「ああ、これはもうじき開花するな」
メイファほど鼻の利かないシンでさえも分かった。
眼前の幼子は金花として、まもなく花開くだろうということを。
「この子、咲き始めたら早そうです。たぶん数日中で満開かと」
「ああ、そうだな」
そうしたら妖怪が大挙して押し寄せてくる。金花の霊妙に預かろうと、血の一滴まで残さず食らいつくすために。
輝かんばかりの笑顔で母にまとわりつくシャルの姿を見て、メイファの心はきゅ、と痛みを訴えた。
(この親子は、なにがなんでも守ってあげなきゃ!)
強い決意をその胸に抱いて。
そしておもむろに彼女は膝を折る。子供の目線に自身のそれを合わせるように。
「はじめまして、あたしはメイファ。あなたのお名前を教えてくれる?」
シャルは初めて見る顔にきょとりと大きな目を瞬かせたが、すぐに笑顔でメイファに答えた。
「こんにちは、シャルです。年は五つです。今はかかさまのような妓女になるために、毎日おけいこしてます」
「うわ、すごいね! 自己紹介しっかりできるんだ、シャルちゃん」
およそ五歳とは思えないしっかりした自己紹介に軽くのけぞったメイファ。そんな少女をカリンガは鼻で笑った。
「当たり前だろ。この妓楼は官僚御用達の最高級妓楼だよ。その見習いといえば、幼いころからしっかりと所作や教養、芸事、色んなもんを叩き込まれるんだよ」
「へぇ、すごいなあシャルちゃん。お姉ちゃんよりしっかりしてるんだねぇ」
それを自分で言うな、と育て親であるシンの懐には隙間風が吹いたが、彼はあえて沈黙を守った。
「お姉ちゃんはだぁれ?」
「ん、わたしはね、これからしばらくシャルちゃんの遊び相手になるために来たの」
「あそび相手?」
「うん、そうなの」
にこにこと笑顔で告げれば、シャルは少し困惑の色を浮かべて母を見た。
「かかさま? おけいこはどうするの?」
遊びたい。本当はすごく遊びたい。
そう顔に書いて、でも自分のするべきことを弁えた少女が母に問う。
(そうよね、この子もまだ五歳なんだもの)
外の市民のように、普通の子供のように遊べない娘が不憫で、パーラの微笑に寂しげなものが宿る。
そしてパーラはわが子に告げた。
「大丈夫よ、少しくらい休んだってシャルは頑張り屋さんだから大丈夫。仮母にはわたしから話を通しておくから、あなたの好きなようになさい」
「わぁ! 遊んでもいいの?」
「ええ、その間はこのお姉さんに遊んでもらいなさい。この方は旅をされてきたようだから、きっと色んなお話が伺えるわ」
母の許しに「きゃあ」と歓声をあげ、メイファに抱きつくシャルは人見知りをしない子のようだ。
「おねえちゃん、お庭にいこう? 今はハスのお花がきれいなの!」
浮き立つ心そのままの勢いでメイファの手を掴むと、そのまま部屋を出ていった。
そして、駆けていく愛娘の姿を目で追いながら、パーラは一言。
「あの、大丈夫ですよね? あの子を絶対に守って下さるんですよね?」
近くに立つシンに問いかける。
痛いほどの祈りを込めながら。
「ああ見えて、メイファの腕は確かだ」
それにあの娘は母子が悲嘆にくれる結末を決して許さない。過去に眼前で親を殺された経験のある彼女だからこそ。
「あの子は決して、母であるおまえを悲しませはしないだろう」
そう呟いて、シンは与えられた当座の部屋へと向かった。