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実家へ帰る。電車。

 トラコは女の姿をしている。俺と同じか、それより年下。

 ポニーテールで絶世の美女なのは擬人化ドラゴンとしてデフォルトとして(?)、しかし外に出るときは何故か眼鏡をかける。おしゃれなのか、ドラゴンの目に基づく実用性なのか、以前聞いたら笑ってごまかしていた。

 ただ服のセンスは非常に良くて、俺からその代金をせびることを忘れれば、これはなかなかのものである。男の視線も飛んでくる飛んでくる。

 しかし実害に比べればそんなちょっとした嬉しさなんか、ぶっ飛んでどこかへ行ってしまう。

「トラコ、お前飛んでついてこいよ」

「どうして」

「お金かかるから」

「たまには電車もいいと思ってたんだ」

「酔うだろお前」

「今日は酔いたい気分なんだ」

「……」

 俺も二十歳なので法的に酔っていいことになっている。酒飲んで寝たいのはこっちである。

 死んだ目でチケットを二枚買い、実家に向かう新幹線に乗った。子供料金に偽装できないものか、割と本気で悩んでしまった。

「なぁ、そういえばお前何歳なんだ?」

 俺がふときくと、トラコは「四十七歳」と言った。

 ……。

 そうか。

 嘘かほんとか、もしくは冗談なのか……。全然わからない上に、突っ込んでいいか迷ったのでスルーすることにした。

 まぁ、ドラゴンに歳とかは特に関係ないのだろう。

 新幹線に乗っているとトラコは案の定酔い始めたので、俺は酔い止めを飲ませてやった。トラコは「頭がぐるぐるする。吐きそう」と言って、一度だけ吐いた(炎を)。

 俺は無言で持ってきていたタオルを下に敷くと、2リットルペットボトルの水をトラコの頭にぶっかけた。トラコは弱々しい声音で「準備良すぎ……」と言った。

 トラコはその後一度復活したが、ゲームをやり続けていたせいで再び沈没した。俺はトラコをトイレに放りこんで合掌した。

 やがて窓から見覚えのある景色が広がる。

 新幹線は都心にしかつながっていないので、実家のある田舎へはさらに電車とバスを乗り継いで行かなければいけないが、俺も高校は都心の学校へ通っていた。

「懐かしそうだな」

 今度こそ復活したトラコが言った。

「いや、別に……」

「照れることないだろう。懐かしそうだぞ」

「そんなでもないよ」

「どうしてだ。懐かしいだろう」

「いや、多少見覚えがあるぐらいだし」

「というか、生まれ育ったんだろ。逆に懐かしくないわけなかろう?」

「だから、高校通ってただけだから、この辺は別に……」

「だが、懐かしそうに見えるぞ」

「気のせいというか、酔ってるんじゃないかと……」

「いいややっぱり懐かしそうだ」

「そうですか……」

 懐かしいことにした。

 新幹線から降りて、待ち時間に弁当を買い、電車に乗り換えた。

 トラコはいつものように大量に弁当を抱えている。十数個。一つ目を嬉しそうに食べ始めた。

 俺はトラコの機嫌が良さそうなのを見計らって、重要な話題を振った。

「トラコ、実家に行くにあたっていくつか決めておかねばならないことがある」

 懸案事項だったが考えるのが面倒でほっぽりだしていたのだ。

「なんだ?」

「まず、実家でのお前の立場は何だ?」

「……お前の友人?」

「お前女だぞ?普通女の友人一人連れて実家に帰ってくるか?」

「駄目なのか?」

「俺が説明に困る」

 トラコはズレてはいるが、一般人の感覚を吸収し、素早く飲み込むだけの頭脳がある。

 トラコは実際、人間観察が趣味である。無駄な波風を立てて労力を使うのも嫌う。今回のようなことなら、ある程度真面目に考えるだろう。

「ふむ……異性が一人で友人の家にやってくるのはおかしいか。そうだな。それじゃ、お前の恋人?」

「それでもいいが、できるか?」

「……人前でキスとかするのは無理だな」

 人前じゃなければ大丈夫なんですか?

 っていうかじゃあベタベタするのとかはOKなんですか?

 ……言ったら負けなのでギリギリで踏ん張った。

「ま、まぁ、それじゃあ、恋人っていうのもお前には無理だ。というか、人間の文化に慣れてなさすぎる。恋人って言っても絶対にボロが出るだろう」

「む。いや、無理ってことはないと思うが……」

 考えてみればこいつは顔だけは整ってるわけで、割と俺の方が恥ずかしい。偽恋人とか、そんな漫画みたいなことをしてボロを出さない自信などない……まぁ、実際には偽恋人なんてそんなに分かりやすくベタベタする必要なんてないだろうし、できないこともない気もするが……じゃあ分かりやすくない微妙な関係を見事に演出できるかと言うと……。

 いかんせん……経験がそれほど多いとも……言えないのが……。

「龍太?」

「うん。やっぱり無理だ。とにかく無理だ。絶対無理。だってお前、ほら、無理だろ?できないだろ?あれとか……その、ほら……なんていうか……」

「なんだよ」

「性格的に恋人という存在に向いてなさすぎる」

 これだ!

 至言!

「……」

「うん、絶対不可能だ。不可能」

「……じゃあ、どうするんだ」

「そうだな……とりあえず高校時代の友人ってことにすることを提案する。つまり、最初少しの間うちの家じゃなくて他に寝泊まりするところを探して、二日目かなんかに偶然会った風を装うんだ。一緒にいることに違和感のある存在で無くなるように努めれば、まぁお前の目的とする人間観察も――」

 俺はあらかじめ立てておいた骨格案を発表する。

 その途中で唇に柔らかな感触が触れた。

 張りがあり、少し湿っていて、近づいた分だけ沈みこむみたいで、どこか甘い香りがした。というか、弁当の匂いだった。

 すっと離れる。瞬間だったはずだ。

「これでどうだ。まぁ問題あるまい」

「……」

「お前の案は面倒すぎる。恋人ぐらい余裕だ。余裕」

 俺は瞬時に立ち上がるとトイレに向かった。洗面台で何度も顔を洗う。顔がほてっていた。暑い。暑いわー。熱すぎるわ、夏ぅ!

「対抗心がすごすぎる!」

 つい叫んでいた。

 そして頭の中から様々なものをシャットアウトした。

 戻ったころにはワンランクレベルアップした俺が、冷徹に話を進めていた。

「……じゃあもう、それでいいんで、いくつか家族と話す時の注意事項だけ話させてもらっていいですかね……」

 冷徹というか、様々なものを諦めていた。

 とりあえず自分の家族構成、礼儀作法、どんな人間がいるのかという話をする。

 盆だから、かなりの人間が来ていることだろう。そういう家なのだ。

 別にそれほど厳しいわけでもないが、変な恋人を連れてきたと親戚一同で悪い噂になるのは避けたい。

 トラコはふんふんと割と真面目に話を聞いていた。

 こいつの嫌がらせは徹底しない。実際、何でも楽しめる奴だし、ただぶち壊すだけが楽しみではないと知っているのだ。今回は人間の家族親戚一同というものに興味を持っているようだから、まぁしばらくはちゃんとするだろう。

 それに、万が一途中で飽きたとしても、致命的なところはきちんと守ってくれる奴のはずだ。

 そのせいで家からもなんとなく追い出すことができず、たちが悪いのだから。こんなところでぐらいはまぁ、気を張ってくれることだろう。その代りに俺の面子とかプライドとかは叩き潰される可能性が高いのだが……。

 し、信じているからな?致命的なことにはならないと、信じているからな?

「ふむ、わかった!」

 だいたい説明し終わると、さらに細かく言葉を重ねようとする俺を察してトラコは先にそう言った。

「……わかったのか?」

「全部わかった!」

「全部わかったのか……」

「だいたい!」

「そうか……だいたいか……」

 俺はトラコの学習能力にかけることにした。つまり、諦めた。

 というか、これ以上の説明は火を頭から被る覚悟が無いとできない。そんな覚悟はしたくない。

 電車はどんどん田舎へ向かい、三十分ほどで目的の駅に着く。

 電車を降りて開口一番、トラコは「田舎だな」と言った。駅が自動改札じゃないし、人もそれほど多くない。まぁ、当然の反応か。

「そこそこな。でも、目的地はもっと山間でもっと田舎だからな」

 後で文句を言われても困るのでしっかりと言っておく。

 俺たちはバスに乗り換えた。

 弁当も食べ終わり手持無沙汰にしていたトラコは、しばらく黙って静かにしていたが、何とはなしに俺に声をかける。

「しかし、あれだな、龍太。お前は妹にちょっと思うところがあるのだな」

「……あぁ?なんだよ唐突に」

「妹だよ。仲が悪いのか?話を聞いていて少し思ったんだ。まぁなんとなく置いておいたんだが」

「……」

「性的な悪戯をしたのか?」

「ちげえよ!一瞬感心しかけた自分が馬鹿だったよ!」

「ということは、やっぱりか」

「お前ってさぁ……お前ってさぁ……!」

 トラコはじっと俺の方を見る。俺はトラコをじろりとにらんだ。が、全く効いていなくて逆にガン飛ばされたので瞬時に目をそらした。

「実際のところ、どうなんだ?」

「ぬぐぅ……」

 俺はため息をつく。

「まぁ、なんだ……その通りだよ」

「ふむ。原因は?」

「俺も妹も年頃だったからな……。自然と距離は離れてくもんだよ」

「これは母親の墓参りだったな?人の死っていうのは、いろんな出来事を巻き起こすものだ。特に、死の準備ができていなかった人間が死ぬと、残ってしまったエネルギーで物事がしっちゃかめっちゃかになる」

「……」

「一つアドバイスするなら、そういう事は大抵どうしようもないってことだな。誰も悪くない。自分が悪いなら仕方ないと思って楽になるといい。相手が悪いなら許してやるのがいい。でなけりゃ、本当に一番悪いのは死んだ奴なんだ。でも死んだ人間を悪者になんかしたくないだろう?」

「……お前ってさ」

「なんだ」

「すごいけど……すごいけど、すごくないな」

 タイミングとか、威厳とか、ちゃんとしてくれれば感動できる気もするのだ。

 でも絶対ちゃんとしない。

「褒めるならちゃんと褒めろよ」

「褒めてほしけりゃ向こうでちゃんとしてくれよ」

「まぁ、しばらくはな。なんだか事情が込み入ってて退屈しなさそうだしな」

「俺にもっと平穏をくれ……というかさ、人間観察が趣味なら普段からもっと行動的になれよ」

「他人のものが極上だ。自分が関係すると面倒だ」

「……もっとたくさんの他人に触れる機会を持とうとは思わないのか」

「我々はそう多くのものを抱え込むことはできない。つまりは、お前一人で手いっぱいだし、十分だ。幸いにして時間は私のようなドラゴンには非常に多く与えられているからな、焦ることはない」

 俺はわざとらしくため息をついてやった。

 ドラゴンはにやにやと俺を見ていた。

 バスは山奥へ入り込み、しばらく民家なんて一つも見えない道を通り続けた。

 トンネルを三つ超えたところで、少し開けた場所に出る。辺りは山に囲まれた、斜面を棚田にして生活拠点とする田舎町。

 美合町である。

 不安感は様々にあるが、懐かしさが勝った。

 俺はほんの少しだけ複雑な色に輝く思い出に浸る。

 次で停車のスイッチを押すと、バスはベンチ一つ置かれていない駅で停車し、俺たちはそこでバスを降りた。

 トラコがぐぐっと伸びをする。ピョンピョンと体の調子を確かめるように(一メートルぐらい)跳んで跳ねて調子を確かめていた。どこで誰が見ているかわからないので、俺は誰も現れやしないか周囲を必死に警戒した。かといってここまで狭い所に押し込められていたストレスをここで抜いておかなければ後が怖い。

「む」

 トラコがつぶやいた。

「どうした?」

「……感じる」

「は?」

「同類の気配……みたいな。気のせいか?」

「……え?」

 ふ、不穏なことを言い出したぞ……!

「いや、気のせいだろう。気にするな。さぁ行こう」

「ま、待て。まず尻尾をしまえ。それから目の色がおかしい。戻せ。そして事情を説明しろ。まさかここにドラゴンなんて……」

「いいから、もう行こう!面倒なことは後から考えればいい!ほら、走るぞ!」

「全力疾走するなよ!いいか、人間は百メートルを一秒では駆け抜けられないからな!それからおい、そっちじゃない!どうして道もわからないのに先行できるんだ!っていうか、同種の気配っていうのは何なんだよ!おい!」

 いきなり先行きが不安すぎるのだった。

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