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俺とアイツの約束

 高校二年の夏休みも終わりに近づこうとした頃だった。昨日は遅くまでゲームをしてたために今日はゆっくりと眠ろうと決めていたが、そんな計画は携帯の着信音で脆くも崩れ去った。

『おはっよーっ、海行くよーっ』

 眠い目を擦りながら電話に出ると幼馴染のけたたましい声に一気に目覚めに持ってかれた。

「なんなんだお前は、盆も過ぎてるし海に行っても泳げねぇぞ」

『大丈夫、泳がないからさー』

「釣りでもするのか?」

『行けば分かるよー』

「俺は行くと入ってないぞ」

『えーっ行こうよ、高校二年の夏が終わっちゃうよ?』

 ベッドの上で転がりながら俺は不満げに言ったが、幼馴染はしつこく食い下がってきた。俺は幼馴染がこの状態になるとテコでも動かない事を昔から知っていた。

「わかったよ、だが昼からにしてくれ。昨日は遅かったからもう少し寝かせてくれ」

『んーしょうがないなー、じゃあ昼の2時に駅前に集合で良いかな?』

「OK、それじゃまたあとで」

 俺はそういって電話を切って、再度夢の中へと旅立っていった。



 昼の13時過ぎに目が覚めた俺は昼飯を軽く済ませて出かける準備を整えた。

「それにしてもアイツはいったい何がしたいんだろうな、唐突なのは昔からホントに変わらないよな」

 俺は一人つぶやきながら物心ついた時から隣にいる幼馴染の事を振り返っていた。親同士が友達で近所に住んでいた為にどんな時でも一緒だった、アルバムをめくれば七五三や入園式、修学旅行もなぜか同じ班で、俺達の事を知っている人間には夫婦だなんてからかわれる事も日常茶飯事だ。

 アイツはいつも思いつきで突拍子も無いことを始めて俺は振り回されていたが、嫌いじゃなかった。だから今日の誘いも渋々という感じで受けたのだった。

「ちょっと出かけてくる」

「兄貴、お土産よろ」

「んなもん知るか」

 居間でゴロゴロしていた弟に一言伝えると俺は家を出た、今日の太陽も相変わらず元気いっぱいで俺を照らしていたが問答無用で自転車にまたがった。

「あちぃな今日も」

 焼けたアスファルトからの照り返しにウンザリしながら待ち合わせの駅までペダルを踏み込んだ、待ち合わせには丁度いい時間に到着するだろう。

「それにしても海か、今年は行ってなかったな」

 額に浮いた汗を軽く拭いながら漕いでいると、程なくして待ち合わせ場所である駅が目に入った。

「さてと、もうひとふんばり」

 長らく油をさしていない自転車がキィキィと音を立てたが、気にせずに俺は駅へと向かった。


「はろー、待ち合わせぴったしだよ」

「おぅ待たせると何言われるか分からないしな」

 自転車を駐輪場になおした俺は駅の待合室でアイツと合流した。アイツは大きな麦藁帽子とワンピースという幼い格好だったが、不思議と似合っていた。

「切符はもう買ってるから、ホームに行こう」

「早いな、いくらだった?」

「気にしなくて良いよ、臨時収入があったから」

 俺が財布を出そうとすると、ニコニコしながら断ってきた。

「いや、俺の男としての矜持が許さん」

「相変わらず堅物だなぁキミは、なら後で冷たい物でも奢ってよ」

「わかった、それでいい」

 何を奢ってもらおうかなと鼻歌まじりのアイツと俺は改札をくぐり、ベンチと灰皿くらいしかないホームに出た。

「で、海に言って何をするんだ?」

「いきなり単刀直入だなぁ、知りたい?」

「質問を質問で返すな」

「実はね、砂のお城を作りたいんだ、大きいやつ」

「おい、そのために俺を呼んだと?」

「そうだよ、キミは昔から図工とか得意だったからさぁ」

「帰っていいか?」

 俺は今日の目的を聞いた瞬間、頭が痛くなった。

「だめだよ、切符が無駄になっちゃうし、それに時間も無いしさぁ」

「時間?まぁ夏休みももうすぐ終わるしな、でも今日じゃないとって事でもないと思うぞ」

「今日じゃないとだめなの」

「分かった、俺の負けだ」

 アイツの目を見た瞬間、何かあると俺は感じ取った。だから執事のような口調で「この市の工作コンクール金賞の腕前を特とご覧あれ、お嬢様」と頭を下げた。

「キミには期待してるよー」

「大船に乗ったつもりでまかせろ、おっ列車が来たな」

「さぁ海に向けてGO」

 俺たち2人はホームに入ってきた列車に乗り込むと近くの海を目指した。



 列車に30分ほど揺られて目的地に着いた、海岸は平日でしかも時期がずれている為か人の姿は数える程度しかいなかった。

「ガラガラだねぇ」

「早速作るか?」

「うん」

 アイツは満面の笑みで砂浜に降り立った。

「さてと」

 俺はまず作るに当たって必要なものが無いかあたりを見渡すと、丁度いい木片を拾った。

「どうするの、それ?」

「土台はしっかりと固めないといけないからヘラ代わりみたいな物だ、あと水がいるから空き缶かペットボトル無いか?」

「空き缶あるよー」

「じゃあそれに海水を入れてきてくれ」

「わかったー」

 アイツはニコニコしながらサンダルを脱ぎ波打ち際へと向かっていった。

「たく、小学生かアイツは?」

 俺は苦笑しつつも建築予定地の踏み固めを行った。

「水汲んできたよ、波打ち際気持ちよかったー」

「そうか、俺も後で行こうかな折角だし」

「それが良いよー」

「よーし、これより築城を始める。打倒加藤清正っ」

「熊本城より立派なの作ろー」

 ちょっと俺はびっくりしていた、加藤清正で熊本城が出てくるアイツに。昔から勉強はあまり得意じゃなくて歴史は俺が教えていたほどだったのに。

「どうかした?」

「いや、お前も成長したなと思って」

「ん~、小学校のときに一緒にお風呂入って以来だけど、キミも大きくなったよね」

 アイツは勘違いをしていたが、俺はそれ以上気にしないようにして築城作業に移った。

「ここに土台を築くから、お前は隣で砂を掘り出してくれ」

「了解です、棟梁」

「何だそりゃ?」

「だって大工さんの一番上は棟梁でしょ」

「まぁそうだな」

 2人で他愛も無い会話をしつつ築城作業は進んでいった、途中アイツがカニを追いかけたり、麦藁帽子を風に飛ばされて2人で追跡したりするアクシデント(?)はあったが作業は順調だった。

「もう出来そう?」

「あぁこれで完成だな、あー腰が痛い」

「親父くさいよキミ」

「酷い言われようだ、お前のために作ったのにさ」

「ごめん、冗談」

「もう18時前か、人も俺たち以外いなくなったな」

 俺が辺りを見渡しながら言うとアイツは「そうだね」と寂しそうに呟いた。

「で、何かあったのか?」

「えっ?」

 アイツはキョトンとした顔で俺を見てきた。

「長い付き合いだ、何かあったんだろう?まぁ俺に言い辛い事なら言わなくてもいい」

「やっぱり、わかっちゃったか。気づかれないようにしてたんだけどなー」

「幼馴染をなめんな」

「キミは昔から鋭いからなー、じゃあ言うね」

「あぁ」

「実は私、引っ越すことになりましたーびっくりした?」

 俺を真っ直ぐ見つめてアイツは言った。

「それだけか?」

 俺も負けじと真っ直ぐ見つめるとアイツが視線を逸らした。

「あはは、キミには隠し事は出来ないね。私、心臓の手術するんだ」

「手術?」

「うん、私の心臓さ今まで見つかってなかったんだけど、欠陥があるんだって」

「お前、今まで普通に運動とかしてたじゃないか」

「奇跡なんだって、それ」

 俺は正直、頭が混乱していた。今までずっと当たり前に見てきた光景が奇跡の上に成り立っていたという事が。

「夏休み入ってすぐの頃にちょっと体調崩して検査入院したでしょ、その時見つかった。お医者さんも驚いてた」

「なぁ手術をすれば助かるんだろ?」

「わからない、でも手術しなければ死ぬのはほぼ確実なんだって」

 アイツは海の向こうを見つめながらつぶやいた。

「成功確立はどのくらいなんだ?」

「三割ってところらしいよ、私どうなるんだろうね」

「ゼロって訳じゃ無い、助かる事を信じるしかないさ」

 俺は混乱する頭で精一杯勇気付けようとした。

「怖いよ、怖い」

 築城をする為、砂浜に胡坐をかいていた俺の胸にアイツが飛び込んできた、泣いていた。

「私死んじゃうかもしれない、キミに会えなくなるかも、それが怖いよ」

 俺の胸にすがっているアイツはいつもの元気のよさがまったく感じられなくて、とても小さかった。

「まだ確定してるわけじゃないだろう?」

「でも……」

 俺は優しく頭を撫でた、まだ17年しか生きていない俺にはそれしか出来なかった、無力さが歯痒かった。

「ねぇ約束一つだけ良いかな?」

「今の俺に出来ることなら」

 アイツは俺の胸に顔を埋めたまま消えそうな声で「もし私がいなくなっても、夏になったら砂のお城をここに作ってほしいな」とつぶやいた。

「それは断らせてもらう」

「何で?」

「お前は死なない、一緒にまた来るんだ」

「無理かもしれないよ」

 顔を上げたアイツの目は弱々しく消えてしまいそうな光を宿していた。

「諦めるな、希望を強く持つ事が一番大事だろ」

「でも……んっ」

 俺は気弱な事を言っていたアイツの唇を塞いでいた。自分でも驚きの行動だった、今まで兄妹同然で育ってきて周りからは夫婦なんてからかわれてはいたが恋愛感情なんて物は持ち合わせていなかった。

 でも俺にすがり付いた姿を見てどうしても守ってやりたいと思ってしまった。

「びっくりさせてごめん、心臓悪いのにな」

 キスの後、まともにアイツの顔を見れない状態で俺は空を見上げた。

「……」

「おい、大丈夫か?」

「う、うん、ちょっとびっくり、キミがこんな大胆な行動に出るなんて。でも顔が真っ赤だよ」

「う、うるせー、夕日が当たってんだよ」

 ごまかすので精一杯な俺を見てアイツは普段どおりの笑顔をしていた。

「約束の事だが、また一緒に来るぞ」

「うん、じゃあ指きりだね」

「子供か」

「えー良いじゃん」

 俺はヤレヤレと肩をすくめつつも右手を出した。

「「ゆーびきーりげんまーん、嘘吐いたら針千本のーます、指きった」」

 俺たち以外誰もいない砂浜で俺たちの約束が交わされた。この約束があんな事になるとは、この時の俺にはまったく持って予測できなかった。

「さて、そろそろ帰るか?」

「うん、最後にお城の写真撮っていいかな」

「ああ、折角だしな」

 アイツは俺のひざの上から退くと携帯を取り出した。

「ちょっと待て、デジカメがある。そっちで撮るか?」

「おぉ準備がいいね」

「カバンの中に入れっぱなしだっただけだ」

「折角だし一緒に写ろうか、あーでもシャッター押す人がいないか」

「大丈夫だ、折り畳みの三脚がある」

「さすがー、新聞部の敏腕記者」

 茶化してくるアイツに「うるさい」とだけ返して空き缶と三脚を組み合わせ即席の撮影台を作った。さっきまで火照ってた顔もだいぶ冷えてあいつの顔も見れるようになっていた。

「よしタイマーセットするぞ」

「うん」

 俺は慣れた手つきでデジカメを操作し、砂の城の横で待つアイツの所へ走っていった。













 あの夏からいったいどれくらいの月日が流れただろうか、今年もまた夏が来た。













「そんなに走ると危ないぞ」

「大丈夫だよお祖父ちゃん」

「じーちゃん早く~、砂のお城作ろうよ~」

「こーらあんたたち、お祖父ちゃんを困らせちゃだめでしょ」

「じーさんがポックリ逝ったらどうすんだ?」

「え、お祖父ちゃん死んじゃうの?」

「お前ら、俺はまだ死なんぞ」

「じーさん無理はするなよ」

「何だと、まだ孫どもには負けんよ」

「お祖父ちゃんもアンタも張り合わないの」

「分かってるよ、姉貴」

 俺は孫たちと一緒に砂の城を作るために海に来た。あの夏の日から毎年やっている恒例行事だ。

「ばーちゃん、カニさんがいるよ」

「あらあらほんとね」

 日傘を差しながらアイツは微笑んでいた。

「お義母さん、外に出ても大丈夫なんですか?」

「ええ、今日は気分がいいですし。それにあの人との約束ですから」

「約束ですか?」

「まだあなたたちより若かった頃からの」

「おいそんな古い話を引っ張りださんでくれ」

「親父が珍しく照れてるな」

 俺の息子がニヤニヤ顔で脇をつついてきた。

「うるさいぞ」

「あなたも変わりませんね、この話になると」

「う、うるさい。お前は大人しくしてろよ」

「はいはい、わかってますよあなた」










 手術は無事に成功した、長生きできるかは分からないと言われたが、その覚悟を互いに受け入れ付き合い、そして結婚した。

 その後、家族も出来て大勢の孫にも恵まれる事になった。喜寿が近くなるのにあの時の約束が守られる

とは流石の俺もびっくりだった、あとどれだけ来る事が出来るか分からないけど、これからも夏にはここに来たいと夏空に願った。


どうも、初投稿となります。読みづらいかもしれませんが感想やダメ出しなどがあればどうぞご自由に。

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