表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

悪癖シリーズ

悪癖-Girl recapture-

作者: 沢木 えりか

悪癖シリーズ番外編です。

こちらから読んでも理解できる内容とはなっておりますが、作品の詳しい背景などは本編を読んでいただけるとよくわかると思います。

興味がわいたら足を運んでやってください

 例えば、目の前に林檎があったとして、まず考えることは何だろうか。普通は、甘いであろうかとか、酸味はあるだろうかとか、硬さはどうだろうとか、どのくらいの厚さに切ろうとか、そんなふうなことだろう。

 だけど、僕は違う。僕はまず、この手馴染みのよいナイフの刃をどの部分の細胞に突き立てれば、中の種を傷つけることなく美しく等分できるか。そんなことを考える。皮を剥くのは好まない。何故なら皮付きの方がナイフの入る感触が良いからだ。

 そんなことを考えながら、よく見知った紺色の布を纏ったそれを細かく刻んだ。一つは海へ。もう一つは山へ。もう一つは焼いてだれかのお墓にこっそり入れておいた。さて、僕は忙しいのだ。いくら趣味とは言え、予定を超過するわけにはいかない。僕は汚れてしまったシャツを着替え、車に乗った。


「それで、今日はどちらまで?」

「あら、プライベートくらい普通に話しましょうよ」

「確か、年下だったよね?」

 令嬢成瀬悠鳴を乗せた車は、休日の商店街へ。人混みが苦手な彼女の目的は唯一つだ。

「だって、プレゼントするとは言え、私は普通の人間なのだし、ナイフの手馴染みなんてわからないのよ。あなたの意見を聞くのがいいかしらと思って」

「はあ」

 僕のフェチというか、衝動的な何かと言うか、つまるところ人にはバレてはならないコレは悠鳴にはお見通しなわけで。

「そうだね。これは僕たちしかわからないのかもしれない。それで悠鳴お嬢様が満足されるのなら付き合うよ」

「まあ、他人事みたいに言うのね。まあいいわ。それよりも、そのお嬢様って言うのやめて下さる? 街中で目立ってしょうがない」

「じゃあ成瀬さんと呼ぶことにしよう」

 そう言った途端に、悠鳴はむくれる。それが十代女子にのみ許された仕草であることを、彼女は理解しているのだろうか。

「それもおかしな話でしょう。どう見ても私が年下なのですから、悠鳴と読んでください」

「わかった」

 そう言って彼女は颯爽と車を降りた。まるで普通の少女のように。僕はそれに従う。日頃いろいろとお世話になっているのだ、本当は休日中はナイフの手入れをしたいけれど、彼女が困っているというのだから、仕方がない。僕が彼女の誘いを断る理由はない。


 商店街をひたすら突き進んで、五つ目の曲がり角。そこからは、途端に人数が減った。当初心配していた発作が起こることはないだろう。僕は一安心だ。僕がいながら悠鳴が倒れたとなると、ただでは済まないだろうからだ。

 悠鳴の発作――それは、人混みの中で起こることが多い。彼女は幼い頃のとある経験により、人の悪意を強く感じると腹部に激痛が走り、気絶してしまうのだ。人一人が少しずつ悪意を持っていたとしたら、それが集まる場所では必然的に悪意の総数は大きくなる。だから、悠鳴は人混みが苦手なのであった。それは、学校でも同様であり、僕は度々早退する彼女を知っている。

「着いたわ」

 悠鳴が指差した店は唯でさえ人気のない薄暗い通りに似つかわしい、古めかしく禍々しい雰囲気だった。看板には、血の錆びたような色で“那須金物店”と書かれている。店内は薄暗くて埃っぽく、とても営業しているようには思えない。

「ああ、だけどここは良い刃物が置いてある」

 ひとつだけ分かることは、確かにここはナイフを│プレゼント《・・・・・》する人間にとっては宝の山なのかもしれなかった。そう、ナイフがプレゼントになるような人間に対して送るものを探すとしたら、である。

「殺傷能力の高い刃物の全問店なの」

 だけど、悠鳴。君はここに一人で来ては危険だろう。いかんせん、彼女は僕たちのような傷つける側の人間を引きつけてしまう何かがある。今現在僕は理性で押さえつけることはできているが、やはり血を求めるような衝動は彼女に近づくと増強するわけで。この刃物店はそんな奴らばかりが訪れるわけで。

「あら、あなたを連れてきたのはもしもの時を考えてなのよ」

 僕の視線だけで何が言いたいのかわかってしまったらしい。僕は普段結構、薄っぺらい笑顔を貼り付けていることが多いから、考えを読み取られにくいと自負していたのだけど。どうも、彼女にはお見通しだったようだ。

「りょーかいです。さて、ナイフ……。そうだな、持ち運びに便利なものがいいかな」

「そうね。ああ、これなんてどう?」

 それは少し血錆の着いた果物ナイフだった。握ってみる。するとすぐにわかった。

「ああ。これは違うな。確かに渇きを潤せるでしょうがこれで満たされるのは果物を切った時だけだね。まあ、逆に肉を切りたくなくなるので良いかもしれないけど」

「それじゃあダメね。だって、いざという時に私を守れないわ」

「そうだね。それに、これでは血を求める体には馴染まないだろうね。そう、例えばこれなんか……ああ、すごくいい」

 それは辛うじて男性である僕の手のひらに収まるサイズのシースナイフだ。柄の部分が木製でできており、革のそれ以上に手のひらに吸い付いてくるようだった。

「ええ。だけど、そのナイフはポケットに入らないわね」

「ナイフホルダーがあれば完璧だよ」

「良いアイディアね」

 

 僕がそのナイフに対面したのは数日後のことである。その日僕は、とある人物から連絡を受けた。

「お嬢様が誘拐されました」

「またですか? ええ、勿論。捜索してみますよ」

 僕は一目散に車を走らせる。場所はわかっていた。隣町の港近くの倉庫の中である。見覚えのある紺色の制服姿があった。悠鳴は気絶してしまったらしい。

「ちょっと! 邪魔しないで」

 こっそりと様子を伺う予定であったが、どうやら感づかれてしまったらしい。悠鳴と同じ制服をまとった女生徒が腹立たしげな口調でそう言いながらこちらへ早足で歩いてくる。

「いじめは行けませんね」

 刺激するのはよくない。そう思って柔らかめの口調で諭してみる。けれど、女生徒の表情は険しくなる一方だ。

「放っておいてよ。まだ用は済んでない」

「それは僕の立場からしてできませんね。お嬢様はあなたがたと話せそうもないですし」

「邪魔するならあなたにも刃を向けるわ」

 そう言って差し出されたのは一般的なサバイバルナイフだ。これだから素人は。僕のシースナイフに叶うとでも思っているのだろうか?

「おお、物騒ですねえ」

「随分余裕ね。女だからって甘く見てると痛い目に遭うわ」

「それは困りましたね」

 そう言いつつも、ポケットの携帯電話に触れる。予めスライド式の携帯電話を開いてあったそれは、ボタン一つで彼と連絡が取れるように設定しておいたものだ。

「死ねぇぇええええ!」

 女生徒は、ナイフを構えて突進してくる。それを交わすかとても迷う。このまま自分の脇腹に刺さってしまったほうが、効率は良いのだけれど。そう考えた時だった。

「信用してくださるのは光栄ですが、貴方のピンチを全力で守るほど殺る気にあふれた人間ではありませんよ、私は」

 脇腹に刺さりそうだったナイフがぴたりと動きを止め、次の瞬間には黒い何かに弾き飛ばされ視界から消えた。

 落ち着いた物腰で話す声の主は、Tシャツとジーパンというラフな格好にもかかわらず純白の手袋をしており――成瀬悠鳴専属執事、緋之常磐がそこにいた。

「いやあ、助かりました」

「こちらこそ、と言うべきですかね。的場先生。よくここがわかりましたね」

 数ヶ月前からの顔見知り、一ヶ月前から協力関係にあるこの男はまるで感情のこもっていない声でそう言った。この落ち着きで僕よりも年下だというのだから、驚きである。

「おや、いけしゃあしゃあと。気づいているんでしょう?」

「……真実を明かすとと色々と都合が悪いこともあるんですよ。お嬢様はあなたを気に入っている」

 彼の左手には先日悠鳴と一緒に選んだナイフが握られていた。左のポケットにはナイフホルダーらしきものも付いている。

「プレゼント気に入っていただけたんですね」

「切れ味に関してはまだ、食材でしか試していませんがね。私は悠鳴を連れて帰ります。後のことはお任せしていいでしょうか?」

 僕と彼の協力関係はこうだ。まず悠鳴の通う私立高校の教師である僕が、襲われ体質である悠鳴を襲おうと考えている人間を発見する(大抵は学内である)。そして彼女が襲われる前から、その対象に介入しそれとなく犯行を誘発する。事件が起これば、僕と常磐が捜索し見つけ次第悠鳴を保護。その後の生徒の処分を僕が下す、というものである。

 そうすることで、常磐は悠鳴を守り、僕は自分の危険すぎる衝動を定期的に発散できるできるというわけだ。ギブアンドテイクなのである。

「しかし、気の毒だ。自分の肉体では満足できないなんて」

 この常磐もまた、僕と同じような癖を持っているらしい。癖と言うのは、衝動とも表現できるものが、時々――僕の場合は普段は忘れていることが多い――人の血を浴びたくて仕方がなくなるのだ。常磐のそれは未だ激しいものではなく、自分自身を切りつけることで収まるのであるが、僕のこれはいかんせんタチが悪い。そのため、悠鳴を利用し悠鳴にとって害になる人間を排除する役割を得たのである。

「ええ」

 利害は一致しているし、人助けだと思ってやっている。別に罪悪感がないわけではないし、気の毒にも思う。時々こんなことは許されないと思うこともある。けれど、衝動には勝てない。自分の学校の生徒を処分するときには、葛藤がないわけではない。それでも僕は、ゆっくりと二つの紺色に近づいていった。


「僕は化物なんでしょうか」


 肉を断つ瞬間、そんなことをつぶやいてしまった。腹部に鉄の塊の刺さった女生徒は穏やかにこう言った。


「ねえ先生。人間は化物とは別?」


 ああそうか。簡単なことだったんだ。人間と化物は別か? その答えは人それぞれだろう。だけど一つだけ言えるのは、人間は間違いなく無害ではないということだ。それを新指揮した途端に、不思議と例の衝動は収まった。僕は、彼女に止めを刺すことができなかった。彼女は│川島灯里かわしまあかりと名乗った。


 細かく刻んだ紺色の塊は、倉庫の近くにあった精肉工場のひき肉機のなかに放り込んでおいた。暫くひき肉は食べられそうにない。

「それで、その子はどうするんですか」

 常磐がそんなことを聞くものだから、自分がいかに考えなしに彼女を連れてきてしまったのか自覚する羽目になった。

「ああ、どうしようか」

 大の男が二人揃って真夜中の港を女子高生を担いで歩いている。何と犯罪の匂いのする光景だろうか。だけど幸い、一通りが少ない。泥だらけだった彼女の制服は、今頃ひき肉になっていることだろう。制服を着て気絶した少女を抱きかかえるには、ハードルの高い世の中だ。下着のみの体に、自分の来ていたコートをかけてやった。

「うちの屋敷でメイドをしていただくのは?」

「いいのですか? 一度は悠鳴さんを襲った子ですよ」

 その意外な申し出に驚きつつも、喜んでいる自分に戸惑う。どうやら、僕は結構彼女のことを気に入ってしまったらしい。

「珍しく、いいえ。初めて拾った命です。その辺りは先生が教育してくださいよ」

「暫く時間をください」

 まずはアパートを探してやらなくては。いくら下心は無いとは言え年頃の少女を家には置けない。ああ、それからもう人を殺しちゃいけないこととか教えておこう。まあ、僕に言えた義理ではないけれど。


 潮風に混じって、彼女のシャンプーの匂いが鼻を掠める。僕は少しだけ手が疼くのを感じた。

仕事で忙しいよ!

悪癖シリーズばっかり出来上がってしまいます。


ファンタジーも書きたいというのに!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まず率直にとても面白かったです!! 令嬢と主人公の関係が 今まで読んできた作品にはない異質なもので このような設定を考えれる時点で脱帽でした~ 落ち着いた感じの主人公なのに 思考は一般人…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ