序章
月一くらいの更新で進められたらいいなぁ、と思います。
大分と見切り発車で順調にいってくれるか怪しいところではありますが、完結はきっちりとさせるつもりですので。
よければお付き合いください。
トルトゥフ王国。
現在、国民を食べさせていける程度に資源があり、植樹などの環境保護も推進中。
特筆すべき産業があるわけではないが国交自体は行われており、国軍の戦闘力は大陸各国の平均程度。
大陸戦争時にはのらりくらりと各国との戦を避け、国土は建国期から全く変わらないままなのだという。
現国王の評判も悪くはないが、賢帝と言えるほどの目立ったところはナシ。
まさに可もなく不可もなく。
そのトルトゥフ王国の王子に、私、レティリール・パラス・ジェレンは嫁ぐこととなっております。
ことの始まりは一年前。
知恵と謀略の国と言われるジェレン王国。その第三王女として生まれた私が成人した頃のことでした。
ジェレン王国では、王の血を引くだけでは王子、または王女としては認められません。
正式に王女として認められるのは成人―――18歳になった時。
そして、その時までにジェレンの王族として恥ずかしくない人間でいなければならないのです。
たとえば王族としての礼節や知識があること。
国軍の一兵卒程度となら相対して勝てる力を持っていること。
そして何より、「知恵と謀略の国」という通称に負けない知略と弁舌を持っていることです。
過去に王家から除名された王族も、数えるほどですがおります。
それは他国から来た側室の子や、落胤として市井で育った教育を受けていない子達の一部です。
ジェレンで生まれジェレンで育った人間の子で、王族や貴族として教育を受けたものは一人として除名されてなどおりません。
それは、たとえ親が王に見初められた庶民の子だったとしても。
ジェレンで生活していると、いつの間にか言葉での戦い方が魂に刻まれてゆくのだ、と言われています。
話は逸れましたがそのような訳で、私は血のにじむような努力の末、王族として正式に認められました。
・・・本当に、はじめは死ぬかと思いました。
立ち上がると同時に近衛軍の鍛錬に混じって剣術を始め、言葉が話せると同時に文字を学び。
基礎的な教養を学び終え、一兵卒と渡り合えるようになったのは十歳の時。
それと同時に密偵としての技術を学びはじめ、平行して帝王学やすべての国の文化を勉強。
メイドとして潜り込む技術。
兵卒として紛れ込む戦術。
旅人として酒場などで情報を仕入れる話術。
おおよそ王女に必要なものもそうでないものもひたすら学び、習得させられました。
逃げるにしても丸一日は上手く逃げきらなければ折檻が待っているだけ。
勿論私はそれにすべて耐え、捕まり折檻されたことなど十歳を超えてからはありません。
そう、私は―――――――私は王族として全てをやりきったのです!!
・・・・・・・・・こほん。
・・・そして誕生日を迎えたわけですが。
私はジェレン王国の成人した王女として、今年のうちに嫁ぐようお父様に告げられました。
正直に言うならもう少し『王女』でいたかったのです。成人した王族は二年以内に婚約、五年以内に結婚する位が普通ですし、お姉様達も成人から四年後に嫁いで行かれましたし。
ですが、実際今の大陸の情勢を考えればそうも言ってはいられません。
大陸戦争とまではゆかぬものの、不穏な動きをしている国がいくつかあるからですが・・・その中でも何を考えているのか全く分からない国があります。
安寧と静穏の国、トルトゥフ王国。
激しく移り変わる大陸の情勢の中でジェレン他二国と同様、大陸創成期から存在するという歴史ある国です。
表舞台に立ったことなどないに等しいこの国に何か変化があった―――――ような気がするというのがお父様の言。
お父様の勘はどういう理由かほとんど外れません。
とある貴族が怪しいと思えばたいていクロ。
備蓄を増やしたほうがいい気がする、と感じたらたいてい翌年か翌々年には災害やらで飢饉が起きる。
そのお父様の言葉なのだから、本当なら一大事かもしれません。
私の誕生日から一週間後。
ジェレン王宮にて大々的な仮面舞踏会が催されました。
幼少の頃になぜ仮面舞踏会なのか、と王宮家庭教師のファウル女史に聞いてみましたところ『相手の顔が隠された状態で、どれだけ相手について知ることが出来るかで伴侶を内面から見極められる』、そして『ジェレンが創成期から慣習としていることだから』なのだそうです。
そのため、ジェレンの貴族、他国の王族、その他大商人やら名のある冒険者に傭兵に将軍。
地位や権力、名声、財力など様々な資質を持ち、私と差のない年齢の男性であれば片端から舞踏会に招かれ、城内へといらっしゃっております。
幸いにもトルトゥフには私の二つ上ウィリアム王子と一つ下のアルベルト王子との二人がいらっしゃいます。
トルトゥフに嫁ぐことは確定事項とは思いますがどちらがお相手となるかはまだ分かりません。
今日の舞踏会にも招待されておりますし、来ていらっしゃることは確定済みです。
私は自ら人柄と情勢を探るためにも接触試みました。
まず見つけたのは兄のウィリアム王子。
燃えるような緋色の髪に蒼の眼、輝く銀の蝶をかたどった仮面をつけていらっしゃいました。
噂に違わず穏やかな雰囲気ではありましたが、ジェレン貴族令嬢の様々な誘いを軽々とあしらってにこやかに会話を楽しんでいらっしゃいます。
ああ、もちろん名前を聞いたりなどしてはおりません。
ですがジェレンの王女たる者、名のある王侯貴族や権力者程度は見ただけで分かるように、と日々学び続けております。このように特徴立った有名な方を分からないなどということは有り得ませんわ。
話が切れた頃を見計らって近づくと、歓談していた令嬢の方々は私に気づきウィリアム王子からするりと離れてゆかれました。
おそらく方々も私と同じく探りを入れていたのでしょう。私の嫁ぎ先についてはまだ公式な発表がされておりませんので、私以外の有力貴族を嫁がせる可能性もありましたし。
「はじめまして、名も知らぬお方」
「あ、こちらこそはじめまして。貴女のような美しい方に声をかけていただけるなんて、光栄です」
「その美しい緋色に惹かれてまいりましたの。灼熱の方とお呼びしてもよろしいですか?」
「そのように壮大な名をつけていただけるとは、光栄です。では、私は貴女の輝く髪色から月宮の君とお呼びしてもよろしいですか?」
「美しい名ですわね。月宮、月の神々が居ますところの名を灼熱の方につけていただけるなんて、この髪色に生まれて私は幸せですわ」
当たり障りのない言葉を選んで声をかけると、のんびりとした調子の社交辞令が返ってきました。
仮面で見えにくい笑顔も心の底から微笑んでいるような邪気のないものに見えます。
しかし、王族というものは心に仮面をかぶらずにこのような場に出ることなど出来ません。
この表情も仕草も全てとは言いませんがある程度は計算されたものでしょうし、私がそう思っていることも王子はきっと分かっておられます。
それにしても、たわいのない話をしながら観察を続けていますが動作に違和感が全くありません。
私程度には見破れぬほどこういった場の対処に慣れていらっしゃるのでしょうか。それならば手ごわい相手です。
先にアルベルト王子のほうから探りを入れたほうがいいのかもしれません。
そんなことを考えているうちに、広間に流れる曲が一段落してしまいました。
「月宮の君、良ければ一曲踊っていただけませんか?」
「ありがとうございます。喜んでお受けいたしますわ」
女性一人と話しているのなら誘うことが礼儀とはいえ、断れないことを知った上で聞いてくるなど・・・やはり油断ならない方です。
踊っている間も微笑を崩さず、大胆にも各国の情勢などという繊細な話題を出してきて。
「デティロ王国の海産物は最近値が上がってきているそうですね。デティロでは内乱がおきかけているとか」
「そう、らしいですわね。デティロの魚介がお好きなのですか?」
「ええ。モンテテンヌの菓子類もよく食べます。月宮の君もお好きですか?」
「リトルクッキーなどが好きですわ。甘さがくどくないので、つい食べ過ぎてしまいますの」
「そういえば、モンテテンヌも最近国軍の強化を始めたと聞きます。賊でも増えたのでしょうか」
「さあ・・・?リトルクッキーが手に入らなくならないと良いのですが」
「本当に。月宮の君とこうして楽しくいられるくらいには大陸が平和であってほしいです」
「まあ、お上手ですのね」
なんでもないことのように微笑むウィリアム王子。
仮面で隠れてはおりましたが、思わず顔が引きつりそうになってしまいました。
私としたことが、感情が顔に出てしまいそうになるなど・・・まだまだ修行が足りないようですわ。
踊ったのが一曲という短い時間ではありましたが、穏やかな見た目を裏切って大胆な方なのだということが分かりました。王子でなければ裏がない天然という可能性もありましたが、立場上そのような性格に育つなどとは思えません。
私はウィリアム王子の底知れなさに内心戦慄しながらも表面上はにこやかに王子から離れ、いらしているであろうアルベルト王子を探すべく二階席へと階段を登ってゆきました。
ウィリアム王子とは違い太陽のように輝く金の髪が特徴のアルベルト王子。
金の髪は珍しくないとはいえ、王子ほどの煌めきを持った髪などほとんどないことは女性達の間では有名な噂話です。
私もその特徴を頼りに探しているのですが、広間にはくすんだ金ばかりで輝くような色はありません。
庭にでもお出になられたのかと窓のそばに寄ると、月明かりに照らされた美しい金の髪がありました。
さすがにこの距離では碧だという眼は確認できませんが、おそらくアルベルト王子で間違いないでしょう。
私は急がないように気をつけながら、月を見上げるアルベルト王子のいらっしゃる庭園へと足を進めてゆきました。
夜の闇に煌めく金の髪。
月光を受けて輝くその色は神秘的で、王宮に飾られた数多の絵画など王子の美しさに比べればかすんでしまうほかないでしょう。
「美しい月ですね」
絵画のような美しさに魅入られていた私を引き戻したのは、いつの間にか振り返っていたアルベルト王子の言葉でした。
ふわりと笑った顔は、仮面で隠されているもののウィリアム王子とよく似ています。
「そうですわね。このように美しい月を見ないなど、城内の皆様はとても損をしておいでです」
返した言葉にアルベルト王子はただ笑みを深め、私から目線をはずしてまた月を眺め始められました。
ウィリアム王子同様に柔らかな雰囲気。
ですが、さきほど交わした瞳の奥には値踏みするような鋭さがありました。
「・・・私は、兄の妻となる方を見定めに参りました」
唐突に始まった話。
前触れなく言われたそれは、おそらく私がトルトゥフに嫁ぐことを前提としての言葉。私をジェレンの王女だと見抜いた上での言葉。
私がトルトゥフに嫁ぐことに対するただの牽制か、それとも事実上の拒否か、承諾か。
全く、トルトゥフの王子はお二方共に他人の肝を冷やすことがお得意なようです。
何をも言えないでいる私を気にした風もなく、アルベルト王子は言葉を重ねられました。
「どのような方なのか、信頼に足る方なのか。すべてを自分の目で見た上で、どのように父上に進言しようかと迷っておりました」
「お兄様、のことを、大切に思っていらっしゃるのですね」
「ええ。ですが、貴女なら大丈夫そうです」
今しがた交わした言葉と目線だけで私の何を読んだのか。
全くもって理解が出来ませんが、少なくとも「私が」トルトゥフに嫁ぐことに関しては、アルベルト王子の反発を受けることは無さそうです。
・・・・・・表面上は。
「私がそのお兄様のところへ嫁ぐと、どうして思われますの?」
「それは、貴女が貴女のお父様の娘で、私の兄が私の父の息子だからです。まあ、私は貴女のような方が兄に嫁ぐことは不憫だとも思うのですが・・・逆にあなたのような方でなくては兄の相手は務まりませんし」
話の展開に全くついていけません。
私がジェレンの第三王女でウィリアム王子が王位第一継承者だから、という理由はともかく・・・。
ウィリアム王子に嫁ぐことが不憫?
そんなにも様々な事を抱えて日々過ごしていらっしゃるのかしら。
それとも、実は女遊びの激しい方だったりとかなさるのかしら。
きょとんとした表情を崩さずにくるくると回る思考をとめたのは、舞踏会終了の鐘。
鳴り響く澄んだ音色に、ふと虚空を見上げたアルベルト王子は会場へと戻られるようです。
「貴女とはまた、実家にてお話したいものです」
「ええ。また機会があれば、いつなりと」
「その時は、あなたの知らぬ私の家族のこともお話いたしましょう」
にこり、と微笑まれたはずなのに・・・哀れまれているような、諦めたような笑みでした。
その表情の意味が真の意味で理解できたのは、私がトルトゥフに正式に嫁いでからのことでした。