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妖しい旋律  作者: 月猫百歩
黄泉への道標
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十ノ怪

「やはりジジィの奴が絡んでいたカ」


 肩をポンと叩かれてハッとして顔を上げる。

 鬼さんがわたしが持っていた灯篭を片手で掴みあげて懐にしまう。


「まぁこんなことだろうとは思っていたがナァ。それにしても死人を連れて行くなンざ、マッタク悪趣味カナ」


 小馬鹿にした態度でわざとらしく首を振る鬼さん。

 それを見た後、今見た光景を思い浮かべて思案する。


「幽霊になった清一郎さんは月子さんの死を見て、それから鬼に連れて行かれたんだわ。名前と記憶を渡して」


 何度か思い出しかけてはいたけれど、もう見たくないと言っていたし、結局青年が記憶を完全に取り戻したいと思わなければ名前を教えてあげても恐らく意味が無いんだと思う。

 青年が立ち直って名前と記憶を受取ってくれなければきっと駄目なんだ。でないと、ずっとこの常闇に縛られたままになってしまう。


「あのガキは今、縛りが緩んでいるみたいだ」


「え?」


 突然の言葉にわたしが顔を上げれば、薄闇に浮かぶ紅い目と合う。


「お前をジジィ宴の席に連れて行った時から縛りが緩み始めたそうでナ。今は外に出歩かせず、奥の部屋に押し込めてイルらしい」


「蒼い鬼の呪いが弱まっているの?」


「と、言うよりもダナ。あのガキがお前に影響されたからかマデは知らんが、アイツなりに鬼の呪いを打ち破ろうとする意思が働いたみたいダ。ジジィはガキが抵抗するだなんて思っていなかったんだろう。ずいぶん軽く呪いをかけていたみたいダ。外れかかっている」


 青年も自分なりに思い出そうとしているのかな。だったら今がチャンスなんじゃないの?


「青年に会うことって出来ます?」


「ジジィの留守を狙えばナ」


 そうなんだ。それなら会うことは大丈夫みたいね。

 あっさりと言い切った鬼さんに安堵する。あとは青年に会ったら名前を教えて……あ、でもそうだ。


「そういえば服もないと帰れないんですよね。服は……どうしましょう」


 青年が埋められていた場所を掘り返すといっても、かなり古い人みたいだし、衣服なんて残っているか分からない。


「アイツは死んで連れて行かれたから服は不要カナ。ただ、アイツを縛っている媒体を探して、そいつを破壊しなければ名を得ても意味はナイ」


「媒体?」


「生きた人間ならともかく、死んだ奴、入れ物が無い剥き出しの魂なら固定しているものが必要カナ。でなければ色々面倒だからナ」


「そうなんですか」


「面倒事や術うんぬんの詳しい話は端折るが、まぁあれだけハッキリした実体を持っているみたいだから、常に身に着けている物だろうナ。なんにしてもさっさと会ったほうがイイ」


 なるほど。それじゃあともかく青年に会って、うまくいけば媒体になっている物を見つけて破壊出切れば良いわけだ。簡単にはいかないかもしれないけれど、ずっと手をこまねいているわけにはいかない。

 少なくとも青年の正気が戻りつつあるなら、今しかないのだ。これを逃してしまっては蒼い鬼が青年に更に輪をかけて呪いを強めてしまうかもしれないし、もしそうなってしまったら、もうどうすることも出来なくなってしまう。


「あと一つ忘れているようだが」


「なんですか?」


「アイツは成仏できなかった死霊。たとえジジィから解放されてもコレとソレとは別の話。ガキの無念を晴らしてやらない限りは黄泉にはいけず、永遠に人の世を苦しみながら彷徨うだけカナ」


「そっか……」


 青年の無念を晴らしてあげなきゃ常闇から出られても意味はないんだ。青年は月子さんに会いたがっていたんだから、この村に連れて来て、月子さんに会えばいいと思うんだけれど。そんな簡単な話じゃないのかな。


「さ、もうここには用はナイ。帰るカナ」


 思案しているところに、鬼さんが急かすようにわたしの背を押した。

 どうしたんだろう。あまりにもグイグイ押されるので転びそうになる。何を急いでいるっていうの。

 心なしか鬼さんの眉間に皺が刻まれているのを見て、こちらも眉を顰める。でも暗がりから出たとき、その理由がすぐに分かった。


「あっ……」


 蔵の裏から出た瞬間。一瞬目になにかが飛び込んできたと思った。反射的に目を閉じて両手で庇うが、顔の正面に持ち上げられた手の平に温かいものが広がってくのを感じて、恐る恐る手を下ろした。


「……朝だ」


 山々の向こうから白い、眩しい光が溢れんばかりに四方へ伸びて、辺りの闇という闇を退けている。まだ太陽の姿が完全に見えないというのに、空も山も草木も鮮やかな色を取り戻している。


 自分の両手を見る。朝日に照らされた肌は青白く、血管が透けて見える。まるで病人だ。小さい頃に海水浴に行って、肌が真っ黒になったことがあるだなんて信じられないくらい白い。

 今のわたしの肌は普通じゃないんだ。


「帰るゾ」


 不機嫌な声と共に腕を強く引かれる。腕に食い込むくらい鬼さんの大きな手がわたしの腕を鷲づかみにして、そのままグイグイ引っ張った。


「鬼さん、痛いです!」


「モタモタしているからカナ」


 腕を離してくれる気はないらしく、ずんずん大股で村を横切っていく。もともと鬼さんのほうが足が大きく長い。あまり早く歩かれると途端にわたしは引きずられる形になってしまう。


「鬼さん待ってください! 足が――」


「黙れ」


 怒鳴りはしないものの、どすの利いた声で妖しい紅に睨みつけられたら瞬時にわたしは縮こまるしかなかった。どちらもそれ以上口を出さずに黙々と朽ちた家々の前を通り過ぎる。

 村を出て狐穴に向かう坂道に差し掛かると既に太陽が顔を出し始め、地面にくっきりと丸い影と角が生えた影が浮かび上がっていた。

 わたしを引きずるのが面倒になったのか、鬼さんはわたしの腰を掴み、担ぎ上げる。堅い肩に頭が乗る形になり、わたしは顔を上げて村を眺めた。


 久しぶりに見た光のある世界。薄い水色の空にうっすら伸びた白い雲。鳥が忙しそうにさえずり、新しい一日を迎える。朽ちた人の気配の無い村ですら生気を帯びているように感じてきた。

 

「……泣いているのカ?」


「え?」


 いつの間にか足を止めた鬼さんに訊かれて、自分の頬に濡れたものが通っているのに気づく。

 やだ。いつ泣いていたんだろう。全然気がつかなかった。

 若干冷えた手で涙を拭って、わたしは「いいえ」と首を振った。


「ナァ、鈴音」


「なんですか?」


 鼻声になりそうになりながらわたしはなるべく平静を装って返した。ただでさえ鬼さんの機嫌が悪いのだ。ここで泣くのを堪えなければ鬼さんの不興を買って、さらに自分の首を絞めるだけになる。

 わたしは鬼さんに気づかれないように大きく息を吸って、たかぶりかけた気持ちを静めさせた。


「……帰りたいカ?」


 一瞬にして、わたしは固まった。

 おもむろに鬼さんがわたしを地面に降ろす。ゆっくりと足を地に着けたわたしの顎を持ち上げ、鬼さんは妖しく光る目を細めて見下ろしてくる。

 明るい場所に居るせいか、鬼さんの目はあまり煌々と輝いてはみえない。わたしはいきなりの事にどうして良いか分からず、鬼さんがなにを考えているのか、ただその二つの紅を見つめ返した。


「どうした? 答えてみろ」


 太陽が顔を出したのだろう。わたしの横顔に陽の光が当たって、頬が温かい。ううん、頬だけではなくて手も首も、衣服から出ている全てのところが温かい。


「わたしは……」


 村のほうへ顔を向けると、顔いっぱいに日光が注がれた。思わずほうっと息を吐いて目の前の光溢れる光景に現実を忘れてしまいそうになる。

 あぁ、今のわたしにとって陽の光は麻薬だ。心のどこかで警鐘が鳴り響くも、まだ陽を感じていたいと思ってしまい、動くに動けない。


「どうダァ? 一言『帰りたい』と、言ってみたら良い。そしたら――」


 言葉が消えた後に喉の奥で笑う声が耳に届く。肩に大きな手が被さり、長い指が腕を絡みとれば流れるような動きで手首にまで伸びた。


「わたしは」


 口を開き言葉を出した――はずだったのに。

 すぐ後ろから、ひやりとする冷たい風に背中と首筋を撫でられハッとする。振り返ると鬼越しに、狐穴が呼吸のように辺りの塵を転がしては吸い込むを繰り返していた。


「そうだ……戻らないと」


 ここでまごまごしている場合じゃなかった。早く常闇に戻って青年に会わないといけないんだった。

 我に返り、ふと顔を上げて鬼を見る。鬼さんは複雑そうな表情を浮かべていたかと思ったら、はぁーと深く溜息を吐いて呆れた顔をした。


「マァーッタク。いつもいつも……! あぁ! もう、いい!」


 鬼さんの中でなにかあったのか、忌々しそうに眉間に皺を寄せて髪をぐしゃぐしゃ掻く。そして一息ついてからわたしの肩を強く掴み、鋭くわたしを見た。


「帰るゾ」


「あ、はい」


 急がないといけないんだ。わたしはこくんと頷く。

 すると何故だか鬼さんはちょっとだけ目を見開いて、すぐに拍子抜けした顔をした後、わたしの手を引っ張って狐穴の中に進んでいった。


 わたしはほんの少しだけ振り返った。

 背中に感じる熱。眩しい光景。懐かしい香り。


 わたしは目を細め、温かな日差しに後ろ髪を引かれながらも、また暗く光のない闇の世界へと戻っていった。








  

  

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