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妖しい旋律  作者: 月猫百歩
黄泉への道標
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五ノ怪

 古びた鳥居をくぐり、拓けた場所に出る。山々が見渡せる向こう側へ駆け寄れば、朽ち果てた村を見下ろす事ができて溜息をついた。

 月明かりに浮かび上がる村の残骸は物憂げに佇んでいて、活気があった頃に比べると見る影もない。傾いた家もちらほらあって中に入れるかどうかも怪しい建物ばかりだ。


 辺りを見回して地主の家を探す。常闇の暗さに比べれば物の影ぐらい見分けることが出来る。たしかこっちの方角だったような……あ、あった。

 村の奥のほう。地主の家はさすがと言うか、朽ち果てて草木が茂っているものの、他の建物と違ってしっかり昔の威厳を保っていた。ただ今は栄華なんてものはなく、お化け屋敷そのものにしか見えないけど。

 目を凝らして屋敷の様子を窺う。一部が崩落したひび割れた壁に、僅かに動く欠けた鎧戸。破れた襖。腐った柱。出入り口の門は風のいたずらで開いたり閉じたり。


 ん……?


「どうかしたカ?」


 崖の手前で顔をしかめたわたしに、鬼さんが近寄って肩を掴んだ。危ないと言いたいのか、後ろに引き寄せてわたしを崖から遠ざける。


「今、なにか横切った気がしたんですけれど」


 暗くてよく見えなかったんだけど、何か影のようなものが入り口の奥から見えた気がして……気のせいだったのかな。まぁ、野生の動物がここを巣にしていてもおかしくはなさそうだし。


「あのデカイのがお前が言っていた屋敷カ?」


「はい。ただ、はっきり見えていたわけじゃないので言い切れないんですけれど、他に大きな家はあそこしかないし」


「ナルホド。まぁともかく下りるカナ」 


 鬼さんに促されながら緩い下り坂を降りた。鳥や虫の声も聞こえず、時折草木がざわめく音だけが広がる。不安な中で唯一救いだったのは、常闇とは違う穏やかな光を持った綺麗な満月だけ。道を照らしてくれるし、真っ暗闇な世界を少しでも遠ざけてくれる。太陽の光には適わないけれど、その明るさは常闇で冷えたわたしの魂を温めてくれている気がした。

 出来るなら常闇に、この月を持ち帰ることが出来れば良いのに。

 




 坂を下りきると村の大通りに出た。確かここを歩いていたら子供たちが駆け寄って、お話をせがまれたんだっけ。

 顔を上げてぼやけた記憶と今の風景を重ねて見る。でもよけいに現状が物悲しく見えただけで懐かしさなんて目の前にはなかった。


「この道で良いのカ?」


「あ、はい」


 物憂げな気持ちを頭を振って払う。今は感傷に浸っている場合じゃない。わたしは気を取り直して鬼の言葉に頷いた。


「ここをまっすぐ進めば地主の家に着くはずです。行きましょう」


 道には壊れた台車の車輪や割れた木の板の破片が所々に散らばっている。たまに鍋や汚れた帯などの生活用品が転がっていて、本当に人が住んでいたんだと、青年の記憶ではなく自分の肌で感じることが出来た。


 それにしても……。

 ちらり、辺りの民家に目をやる。

 

 雨ざらしになった屋根のない家。壁が崩れてぽっかり暗闇が見える家。今は枯れているのか、苔と雑草に覆われている井戸。それに道を歩き始めたときから感じるなんとも言えない空気。

 その、なんというか、常闇にいる時の気味の悪さを感じるというか。月の光が届かない民家の奥や物陰から、不安を煽る何かがいる気がして仕方がない。ごくっと意図せずに喉が鳴る。


 恐らくそれと同時だった。

 

 わたしの背後で紅い炎と潰れたカエルのような悲鳴が上がり、勢い良く前へ引っ張り出される。いきなりの事態に目を白黒させ思考が一時停止になる。一秒だか一分だか経った時間は分からないけれど、落ち着いた時には鬼の胸に顔をうずめている格好になっていた。


「ギャハハ! 馬鹿だな!」


「燃やされてやんの!」


 え……?

 聞こえた気味の悪い笑い声にゆっくり鬼の胸から顔をずらす。地面の上で手足の長い坊主頭の何かがのた打ち回っていた。ようやく火が消えてその影が悪態をつくと、民家の窓や入り口から何かが這い出てきた。


「せっかちな奴だな」


 引きつった笑い声に『だまれ!』と立ち上がった影が罵声を上げる。気がつけば民家の屋根や奥からいくつもの奇怪な影がわたし達を取り囲んでいた。

 もしかして……これが黄助さんが言っていた妖怪達?

  

「ああ旨そうな匂いだぁ」


「生身の人間だ」


 じりじり近寄ってくる影を凝視する。頭は禿げ上がっていて、ボロボロの衣服をお腹が突き出た体に巻きつけ、細い手足には腕輪などの装飾類をはめている。そして伸びきった爪が汚らしい手で、それぞれ槍や刀を持っていた。


「おいそこの」


 さっきまで転げまわっていた妖怪が鬼さんを指差し、そしてわたしへと顎をやった。


「命が惜しけりゃその人間を置いていきな。そうすりゃ情けで俺達の縄張りからは無事に逃がしてやっても良い」


 周りから声を押し殺した笑い声が響く。この様子だと縄張りから外へ出た先の無事は保障しないと言っているのも同然だ。


「イヤァ~。お前らに情けを掛けられるほど落ちぶれちゃいないカナ」


「あぁ?」


 顔を上げて鬼の顔を見る。そこにはいつもの飄々とした表情を浮かべて口端を吊り上げ、笑った鬼の顔があった。

 鬼さんはちょっとだけ小首を傾げるような仕草をして、更に笑みを深めた。


「それにしても狐の里でこんな薄汚れて臭い低俗な妖怪共がいるとは。朧狐も災難カナ。いやいやマッタク、哀れナリ」 


 ちょっと鬼さん! この状況で挑発してどうするの!

 わたしの不安通りに妖怪達の顔が険しくなり、目を不気味に光らせて凄んでくる。


「お前、その華奢な体で俺らに盾突く気か? たかだか人間の小娘一匹捕らえているからと言って、調子に乗ってやいやしないか?」


「小娘一匹捕らえるのに大勢でタカる奴に言われてもナァ~。それに臭くて汚いお前達には、人間の肉だなんてモッタイナイ、モッタイナイ」


 真っ赤な舌を子供みたいに出して鬼はわらった。直後に鬼さんが片足を払えば、気づかないうちにすぐ側まで来ていた妖怪の一人が宙を舞った。


「やっちまえ!」


「馬鹿にしやがって!」


 四方から怒鳴り声が上がった。民家の崩れかかった屋根の瓦を派手に蹴散らしながら数人の影が降りてくる。


「鬼さん!」


「ハイハイ。待つカナ」


 なにをのんびりしてるの! 

 焦るわたしを尻目に鬼さんは足でわたしを囲むように線を描いた。線は次第に紅く光り、小さく燃え始める。


「お前はソコで、い~ぃ子にしてろヨ?」


 言ったと同時に鬼さんの姿が消えた。そしてすぐ背後から二つの悲鳴、次に真横から二つ、さらに前から三つの悲鳴が上がった。目で追いかけるも何も見えない。何がどうなってるの?

 道端には使い古した雑巾みたいに、妖怪達があちこちから放り投げられて来た。みんな気絶しているのかぐったりとして動かない。ま、まさか死んでないよね……。


「くそっ」


 倒れた中から二人の妖怪が呻きながら立ち上がった。とりあえず死んではいないみたい。こんな状況にも関わらず平和ボケな自分の気持ちに呆れながらも、わたしはほっと胸を撫で下ろす。


「あの細腕でなんだってあんな馬鹿力なんだ……チクショウっ」


「くっそ! ケツがいてえ!」 


 顔中を皺だらけにして手に持った武器を持ち直すと、何かを思いついたように体の動きを止めた。それからニタリと気味の悪い笑みを浮かべるともう一人の妖怪を肘で小突き、ゆっくりわたしを指差して目を細めた。


「あのバカ鬼なんぞ放って置いて、小娘をさらってずらかろうぜ」


「あぁそうだな。それが良い。娘の柔い肉にありつけるなら、あの鬼なんぞどうでも良い」


 妖怪が目を一瞬大きく見開くと、わたしの体が急に固まった。

 なにこれ! 金縛り!?


 妖怪達は獣みたいに四つんばいに走り寄り、声も出せないわたしへ手を伸ばした。変な妖術のせいで固まっているわたしは、逃げるなんてもちろん出来なくて。抵抗らしい抵抗も出来ず、妖怪の行動をただ見ることしか出来ない。


「へへ、そう怖がるな。安心しろ。骨一つ残らんように丁寧に喰ってやる」


 一人の妖怪がわたしに触れるか触れないかのところまで爪を伸ばした。

 やだ! 触らないで! ぎゅっと目をつむったその瞬間。


「ぎゃああ! なんだぁ!?」


 妖怪の叫び声と共にまぶたの裏が真っ赤に染まった。同時に金縛りが解けたようで、急に自由になった体はよろけてその場で尻餅をつき、目を見開く。妖怪を見上げるような格好で、その真っ赤なものがなにかようやく理解した。わたしを取り囲んでいた紅い線が、炎の壁となって妖怪と私の間に立ち塞がったのだ。

 妖怪は未だに燃えている肘から先を地面に叩きながら必死に鎮火を試みていた。


「ちくしょう! なんだコイツ!」


 焦げた腕をさすりながら忌々しい目つきでチラチラ光る紅い線を睨みつけた。


「円陣に紅い炎だぁ? これじゃあまるで……」


 口にした直後、妖怪の顔が月明かりでも分かるぐらい青ざめた。よろよろ後ずさりしながら『馬鹿な』『こんな場所にいるはずが』と頭を振って震えだした。


「まるでって何だよ? ワケわかんないこと言ってねぇでさっさと人間ひっ捕らえてずらかろうぜ」


「こいつに目を付けるとは、ナカナカ見る目がアルじゃないカ」


 聞こえた嬉しそうな声に「ひっ」と妖怪二人が飛び上がった。妖怪越しに向こうを見れば、鬼さんが満面の笑みを浮かべて仁王立ちしていた。鬼さんの背後には道端や屋根の上で目を回している妖怪達の姿がそこかしこに転がっている。

 これ、かなりの数だけど、鬼さん一人で全部やったの? というか、どれだけの妖怪達が隠れていたんだろう。


「欲深きことは良いことカナ。だが相手を見なけりゃ~ナァ~」


 腕組しながら嬉しそうに笑うその表情は、無邪気な子供そのものだった。心なしかスッキリした顔に見える。


「ま、間違いねぇ! やっぱり! あれは、貪欲の、紅い鬼だっ」


「貪欲の鬼ぃ?! あのイカレぷっつん鬼……ぶふっ!?」


 最後まで言い終わらないうちに、妖怪は鬼さんのひと蹴りで綺麗な弧を描きながら夜空を舞った。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 



「誠に、誠に、も~~~しわけ、ございませんでしたぁ!」


「うむ」


 大通りのど真ん中で妖怪達が綺麗に整列し、鬼に深々と頭を下げた。みんな地面の上にも関わらずきちんと正座して、額を道にこすらせている。


「まさかこのような薄汚い場所に貪欲の鬼様がいらっしゃるとは」


「先に耳に入っていましたら手厚くお迎えしたのですが」


 たんこぶやアザがあるものの、重傷者や死者はいなかった。鬼さん曰く、殺してしまうほど価値がある奴じゃないとのことだ。理由はどうあれ、必要以上の惨事にならなくて良かった。


「さてお前ら。ここは朧狐の山だと知っているナ?」


「へぇ……まぁ……」


 歯切れ悪く妖怪達は目をせわしなく動かしている。居心地悪そうに体を揺らしたり、ちらちら鬼さんを見上げていた。


「で? ここで何してンだ?」


「いやあ狐達がここに寄らないんで、ちょうど良い穴場が出来たと。で、多少の辛気臭さは常闇に比べりゃ大した事ないんで、毎晩仲間内で盛り上がっていただけでして、はい」


「辛気臭いとは?」


 それまでびくびくしていた妖怪達が顔を見合わせるなり、今度は意地悪く笑い出した。少しイラっとしたのか、鬼さんが少し睨みつけると慌てて一人が口を開いた。


「出るんですよ! ……人間の、女の幽霊が!」


 周りの妖怪達がまた声を潜めてひひっと嗤いながら囁きあった。なにがそんなに可笑しいのか分からない。この妖怪達がなにか知っているんだろうか。


「いやね、生きていないんじゃあ仕方ねぇし、特に俺らになにするってワケじゃないんで放って置いてるんですがね」


「俺らから見てもかなりのベッピンな奴でして。ちょうど、その、でかい屋敷の中にある離れに出るんですよ」


 それってもしかして月子さんのことじゃ。

 ハッとして鬼さんを見れば、鬼さんは頷いて顎に手を当てた。


「そうカ」


 鬼さんはまた何度か頷くと、顔を上げるなり妖怪達にしっしと手を払った。


「ンじゃあその女幽霊とやらを祓うんでナ。そしたら朧狐共もここに戻るだろうから、お前らさっさと出て行け」


「げぇ!」


「そんなあんまりでさぁ!」


「せっかくの穴場なのに!」


 妖怪達が一斉に不満声を上げると、鬼さんはにっこり笑って両手をパキポキ鳴らした。


「ソーカソーカお前ら。アノ世の果てマデ立ち退きしたいらしいナ。閻魔にヨロシク伝えておいてくれ」


「…………」



 辺りはまた静寂に包まれ、しばらくしてとぼとぼと闇に消える影達が、名残惜しそうに村を振り返る姿があった。





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