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妖しい旋律  作者: 月猫百歩
黄泉への道標
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三ノ怪

 籠の中では狭いということで、いつもの大広間で食事をすることになった。

 広間に着くと既に食事が用意されていて、芳しい香りが鼻をくすぐった。



 あれ? 今日はお箸が二膳用意されている。それにわたし(人間)用のご飯がない。

 いつもは鬼さんの御膳と、不本意だけどわたしが食べる小鉢セットがあるのに、今用意されているのは二人分の御膳で小鉢セットは無い。


 ……もしかして、わたしご飯抜き?


「鈴音。お前もこっち座れ」


 いつの間にか席に座っていた鬼さんが、隣の座布団をぽんぽん叩く。


「そこにわたしが座るんですか?」


「他に誰が座るんダ」


「だってわたしのご飯は」


「ここにあるだろう」


 そう言って一つの御膳を指さした。


 なんか怪しい。

 前まで鬼さんが手掴みした食べ物を渡されて食べさせられていたのに、急に普通の待遇してくれるなんて何かあるに違いない。

 本当にそこに座って大丈夫なのかな。


 ぐるぐる思考を巡らそうとしたけれど、このままいつまでも棒立ちしているわけにもいかず、気が進まないながらも鬼さんの横に大人しく座った。


「よし。それじゃあ飯にするカナ」


 鬼さんがそれぞれの料理の蓋を取る。

 すると華美な皿の上に乗った、今は見慣れた極彩色の食べ物が姿を現した。

 お刺身や煮付けの他に、生肉や妖怪の食べ物だと思われるよく分からない食べ物も並んでいて、見た目もグロテスクな物から宝石に見間違うような物まであった。


 綺麗な物はともかく、なんか吐き気を催すものは見たくないなぁ。


 深く息を吐いて、とりあえず今見た嫌な物だけ頭の中のゴミ箱へ投げ入れる。食べる前に見るんじゃなかった。


「鈴音。お前も早く食べナ」


「あ、はい」


 何が入っているのかなぁ。

 ちょっとだけ期待に胸を膨らませて、手前のお椀の蓋を取る。

 中には何が――


「い、いーーっ!」


 わけの分からない叫び声をあげて座布団から飛び退いた。蓋はやや傾きながらお椀の上に乗っているが、わたしが乱暴に閉じたせいで周りには汁が零れている。


 め、め、め、目! 目が! 目があった!

 お椀の中の何かと目があった!


「分かったから落ち着いて座れ」


 思い切り腰を抜かして後ずさっているわたしに、鬼さんは席に戻るように腕をひっぱてきた。


「嫌ですよ! ……お椀の中に何かいた! 何かいたんですよ!」


 ガコン、とそのお椀の蓋が動いた。わたしの口からひっと情けない声が出た。

 完全に固まったわたしがお椀を凝視していると、お椀の蓋が乾いた音をたてながら外れ、中から一つ目が覗いた。


「出たーーーっ!」


 全身に鳥肌が走り髪が逆立つ。

 河童とか鬼とかを見慣れていたとはいえ、まさかお椀から目玉が出てくるなんて!


 パニック状態になっているわたしを嘲笑うように眼球を弓なりに曲げると、目玉は発火音を鳴らして黄色い炎を出し、自身に纏わせて宙に消えてしまった。


 な、なんなのあれ……。



「あーあ。モッタイナイ」


 呑気な声が横から聞こえてくる。

 一瞬呆けて返せなかったけど我に返るなり、わたしは鬼さんに反論するためキッと睨みつけた。


「何言ってるんですか! 妖怪入りのお椀だなんて、一体なんの嫌がらせですか!」


 心臓止まるかと思ったんだから!

 まだ激しく脈打つ心臓をなだめて目尻の涙を拭いた。もう、また一つトラウマが増えたわ。そのうち心臓が本当に止まっちゃうんじゃないのかしら。


 興奮しているわたしとは逆に鬼さんは静かな動作でわたしの腕を離し、あぐらをかいている足に頬杖をした。そしてひたりとわたしを見据えて、おもむろに口を開いた。


「人間の里に行くってどういうことか分かるカ?」


「え?」


 何を突然。

 やや落ち着きを取り戻しつつある胸を撫で下ろしながら、わたしは目を細めた鬼さんに首を傾げる。

 鬼さんは妖しい紅を何度か揺らめかすと、その整った口をまた動かした。


「お前がいた現世に行くということカナ」


「現世……」


 元の世界。わたしが生まれ育った世界。

 そこへ行くと言うことは、わたしが人間のいる、朝のくる場所へ戻ると言うこと。


 ごくりと、思いがけず喉が鳴った。


「一時的とは言えお前を戻すんダ。お前なくして灯籠は回らんし、まぁ俺が側にいれば問題ではないガ、念の為だ。あっちに行く前にここの飯を食っておけ。お前にはまだ常闇の飯を食わせてなかったからナァ」


 一枚の取り皿を取ってわたしに渡してくる。

 受け取った丸いお皿を見て、次に鬼さんの顔を見る。鬼さんは顎をやってわたしに食べろと催促した。


「あの、食べるのと食べないのとで、どう違うんですか?」


 別に言い逃れするわけじゃないけど、意味がないのなら(無いわけないけど)出来れば妖怪の食べ物なんて食べたくなかった。

 勇気を出して食べるのにはきちんとした理由が欲しい。


「常闇との繋がりが多ければ多い方が良い。……お前が逃げられないようにナ」


 重みのある低い声で、呟くように口にした。

 向けられた妖しい紅に何故だか背筋がぞくりとする。言いようのない怖さが辺りの空気を冷えさせ、心なしか嫌な汗が額に浮かんだ気がした。


「さ、食べろ」


 鬼さんに再度促され、渋々と座布団の上に座り直し料理を眺める。

 食べるしかないにしても、せめて見た目がマシなものが良い。さっきみたいな、あんな目玉入りのものなんて食べられない。


「わたしの料理は鬼さんと同じなんですか?」


「まあ俺よりは多少劣るが、上等なものには変わらんゾ」


「あの、一口じゃダメですか? せめて食べれそうな物だけ……とか」


 全部は自信がない。

 ゲテモノとか目玉とかは生理的に見るのも触るのも、ましてや食べるだなんて問題外だ。


「好き嫌いは良くないカナ」


「いや、その、好きとか嫌いとかじゃなくて、食べれるか食べれないかの問題なんでして」


「とにかく何でも良いから食べろ」


 それ以上は何も言わず、もしゃもしゃ食べ始める鬼さん。せっかく箸があるのに手掴みで食べてる。



 仕方ないな。

 わたしも覚悟を決めて箸を手に取り、蓋という蓋を取り除いた。


 とりあえずグロテスクな物はすぐに蓋を戻す。記憶に留めちゃいけない。生肉は得体が知れないし、お腹壊す疑いがあるから即却下。

 となると、残ったのは宝石みたいな豆や、まともな姿をした魚、白いご飯とクラゲみたいな形をした茶色いゼロチン状の物だけになった。


「これ本当に食べれるのかな~」


「俺が食べてるだろ」


 わたしの弱音に、大変参考にならないことを鬼さんは言ってくれた。

 妖怪の鬼さんが食べられるのは当たり前でしょっ。

 横目で睨みつけても知らん顔して美味しそうに料理をむしゃむしゃ食べている。もうっ。


 いつまでも睨んでいるわけにもいかない。まずは豆から食べてみようかな。


 恐る恐る翡翠色の豆を取る。箸で掴んだ感触は僅かに弾力があってプニプニしてる。匂いは……ないみたい。

 意を決して口の中に放り込み何度か噛んでみる。


「あ……美味しい」


 表面はツルツルしてるけど噛んでみればポテトみたいにほくほくしてほのかに甘い。他の色違いの豆も試しに食べてみたけれど、どれも同じ味で美味しかった。


 これなら結構いけるかもしれない。

 食べられる物もあるとホッとして次に魚へ取りかかる。

 見た目はアジに見えるけど、角度によっては青や緑に体が光った。皮を剥がせば中から雪のように真っ白な白身が湯気を上げて現れた。


「へぇ綺麗」


 見た目の安全性も手伝って魚は難なく食べれた。白いご飯を時折挟んで食べればより食が進む。

 さて、残るのはこの茶色いクラゲだけだわ。


「ナンダ。食ってるじゃないカ」


 わたしの食べっぷりを見て鬼さんが笑った。

 鬼さんの手前をみれば既に食事を平らげていて、さっきまで無かったひょうたんが置いてあった。どうやら一人で晩酌を始めていたみたいだ。


「すいません、このクラゲみたいなのって何ですか?」


「おぉそうカ。鈴音は知らないカ」


 鬼さんはひょいとクラゲの入った黒い深皿を取ると、鬼火を出してそれに当てた。


「そんなことして大丈夫なんですか?」


「これは鉄で出来ているから平気カナ」


 あれ鉄で出来ていたんだ。クラゲのほうに気を取られてお皿の方は全然気にしていなかった。


 鉄製の深皿から湯気が立ち上ると、空の盃に中身を流す。盃を満たしたのはクラゲではなく、綺麗な透明な液体だった。

 琥珀色が盃に満ちて目の前に差し出されると、潮の香りが胸いっぱいに広がる。


 知らず知らずに受け取った盃を、少しずつ傾けて喉へ通す。ふぅーっと深く息を吐けば目の前に海があるんじゃないかと錯覚するほど、さわやかな潮の香りが辺りに満ちた。


「気に入ったようダナ」


「はい。とても美味しいですね」


 笑った鬼さんに頷いて、また口へ運べばあっと言う間に盃が空になった。これなら何杯でもいけそうだわ。材料って何なんだろう。


「これってなんのスープですか?」


「ソレは海坊主の脳味噌カナ」


「へええっ!?」


 本日二回目の奇声を上げて思わず盃を落とした。

 う、うみ、海坊主の、の、脳味噌!? うそ! 全部飲んじゃったじゃん!


 体中がガクガクと震えて胸元を鷲掴みする。

 吐き出す? いや、そんな、でも、どうしよう!?


「――というのは嘘で、魚介の出汁と仙魚の霊水で作った汁カナ」


 真っ青になって震えていた体がぴたりと止まる。

 嘘? 鬼さん、今嘘って言った? 嘘って。


「鈴音は単純だナァ!」


 あっはっはと豪快に、ことさら嬉しそうに大爆笑する鬼に怒りがこみ上げたものの、それを爆発させる気力もなくなり、わたしは肩をぐったりと落したのだった。






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