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妖しい旋律  作者: 月猫百歩
黄泉への道標
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二ノ怪

 鬼さんのお屋敷の奥でカビ臭い暗がりの前に立って中を伺う。

 がさごそ物音が鳴る中で、たまに鬼さんの「違う」「これも違う」「どこだったカナ」等の独り言が聞こえてくる。


「何を探しているんですか?」


「ん~」


 さっきから何を探しているんだろう。訊いても教えてくれないし、暗いから鬼さんの紅い影が見えるだけで、わたしからは蔵の様子がよく見えない。


「確か……赤鬼の奴が……」


 ぶつぶつ独り言を呟きながら子供みたいに巻物やら骨董品やらビー玉やらを、こちらの方にまで投げて巻き散らかしていた。

 これ、片付ける時どうするんだろう。

 

 それにしても焼き物や綺麗な水晶は分かるけれど、竹とんぼとか独楽とか、しまいには蛇や蝉の抜け殻まで出てきてまるで夏休みの田舎少年の思い出状態だ。


 なんでこんな物まで大事に閉まってあるんだろう。ただ面倒臭くてここに全部突っ込んでいるだけなのかな。




「おっ。これダ!」


 ようやく顔を出して「あったゾ」と蔵からわたしに声を掛けてきた。


「それ、何ですか?」


 埃を払いながら出てきた鬼さんの手元を見ると、なにか丸い灯籠のような物を持っていた。

 鬼さんがわたしによく見えるように差し出してきたので、それをまじまじと見つめる。


 一見ただの汚れたぼんぼり型の灯籠にしか見えない。しかも灯り部分は黄ばんで染みだらけだ。これはなにか特別なものなんだろうか。


「これはそうとうと言ってナ」


「走馬灯? あの死ぬ前にみる現象のことですか?」


「ソレは走馬灯だろう? コレは違う」


 なにがどう違うんだろうか。

 ただの古い、機能するかどうかも分からない灯篭にしか見えないけれど。


「まぁ説明は後ダ。埃だらけになっちまったから、湯浴みでもしてくるカナ。鬼火を案内にヤルからお前も入ってこい」


「わたしもですか?」


 いつも寝る前にお風呂は入るけれど、まだ眠る時間にしては早すぎる。時間の感覚は狂ってしまったわたしでも、屋敷の灯篭たちが明るいなら就寝時間は近くないことぐらいは分かる。


「お前さっきの店で店主に触ったろ?」


「触った……?」


 さっきの店ということは、狐の主人のお店のことだよね。何かあったかな。

 記憶を手繰り寄せて思い出してみる。えっと……


「――あ、もしかしてつまづいた時のことですか?」


 帰りの際に座敷で下駄を履こうとしてよろけたわたしを、狐の主人がとっさに手を出して支えてくれたのだ。

 ただその後、「あっ」て顔して慌てて手を離したけれど。


「他の野郎が触ったんダ。お陰で狐臭くて堪らん。風呂で落として来ナ」


 狐臭いって……そんな言い方しなくても。


「あのそれってすっごく失礼なんじゃないですか? せっかく村のことを教えて――」


「良いから、黙って、さっさと入って来い!」


「分かりましたっ!」


 鬼さんの剣幕に内心飛び上がりつつも、勢いに任せて道順も分からないのに廊下を歩き出す。

 なんだか背中に鋭い何かが突き刺ささる感覚がするけど、恐らく気のせいだ。気にしてはいけない。


 幸いなことに宙に浮かんでいた鬼火は鬼さんの方向に戻ることもなく、無事にお風呂場へ案内してくれた。

 わたしは暗い廊下を、黙々と歩いていった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 桜の香りがする白乳色のお風呂に浸かりながら、わたしは鬼さんから言われたことをまとめていた。


 まず現世に帰るには、必ず自分の名前を思い出さなければいけないこと。これは鬼達がよく使う呪いらしく、常闇から自由に出られなくする呪いのようだ。

 そして本来なら連れてこられた時の衣服が必要みたいなんだけれど、青年は既に死んでいたから衣服は身に着けていない為、必要は無いらしい。

 だけどその代わりに、蒼い鬼が青年を自分に縛り付ける為に何かしらの媒体を使った呪いを掛けている様で、それを解かなければいけないとのこと。


 村に行って、これらの問題を全てクリア出来るものがあれば良いんだけれど。



 のぼせる前にお風呂から上がり、脱衣所で用意された浴衣に着替えて赤茶の羽織を広げる。

 黒の斑点が綺麗な羽織だ。鬼さんによれば雀の羽根をイメージしたものらしい。


 そういえば鬼さんはたまにわたしのことを雀って言うけれど、何か意味でもあるのかな。

 ただ雀みたいにちょこちょこしているからそう呼ぶのかしら。

 ……わたしってそんなに落ち着き無いのかな。


 雀のことはともかく、それを羽織って入り口で待っている鬼火へ近寄ると、待っていたかのように独りでに扉が開いた。


 先に進む鬼火の後をついて行き、暗い廊下を進んでいく。

 蝋燭も灯篭もない廊下はいつ歩いても慣れなくて、時折聞こえる笑い声や話し声に肩がすくんだ。


 姿は見えないけれど、鬼さんの屋敷には大勢の妖怪がいるのかもしれない。

 いつかわたしに、鬼さんがお屋敷のあやかし達と会わせてくれる日が来るんだろうか。





 見慣れた木戸に辿り着き奥の襖が開かれる。大きな白い鳥篭の前で鬼さんが腕を組んで立っていた。


「入ってきたカ」


「はい」


 頷くわたしに、籠の入り口を開けて中へ入るように促す。

 大人しく籠の中に入ると後から鬼さんも籠へ入り込んで後ろ手で入り口を閉めた。

 そして籠の中央でお互いに向き合い、その場に座る。


「さて。先程の想間燈のことなんダガ」


 鬼さんが腰に下げていた大き目の巾着から古い灯篭を取り出して、わたし達の間に置く。


「これは残った思念を幻として映し出す灯籠でナ。こいつがあればその場所の昔の風景を見ることが出来る」


「すごい! それじゃあこれを使って、昔なにがあったか知ることが出来るんですね!」


 要はこの灯篭はサイトメトリーの力があるということなんだよね?

 それなら断然スムーズに、青年のことが調べることが出来るわ。


「ただこいつに火を灯しても過去の日常が映されるダケで、見たい物を見せてくれる訳じゃあナイ」


「え、じゃあ、見たい物を見るにはどうしたら良いんですか?」


「特定するにはさとりの奴みたいに相手の気持ちを読みとったりする術を持った者の力が必要でナ」


さとり?」


 なんか聞いたことのあるような、ないような。

 あぁ、でも確か、相手の心を読んで人間を惑わす妖怪がいるって言うのは昔話で聞いたことがあったかもしれない。


「だがあの山猿を引っ捕まえるのは大変面倒ダ。時間も掛かるシナ」


「じゃあどうしたら良いんですか?」


 急いたわたしの目を、鬼さんは真っ直ぐ捉えて、こちらへ指を向けた。


「お前を使う」


「わたしを?」


 わたしを使うってどういうこと?

 訝しい顔をするわたしに鬼さんが頷く。


「そうダ。話によればお前も相手の考えが分かるんだろう?」


 そういえば、青年のことを洗いざらい喋らされた時に、そのことも話したんだっけ。


「えっとでも、分かるというか、相手の目線になるっていうか。超能力を使って相手の考えが分かるって言うより、相手に乗り移って見えるような、変な感覚になるんです。しかも自分が見たくて見ているわけじゃないですし」


「大丈夫ダ。使いこなせずともその力を持っているだけで灯籠は回るカナ。問題はない」


 そんなアバウトな使い方で良いんだ。まあとりあえず、それなら灯籠のことは安心だね。


「それで、今日はこれからどうするんですか?」


「そうだな。まずは飯にでもスルか。それから今後のことを話すとしよう」


 わたしとしては今すぐ村に行きたいところだけれど、焦っても仕方がないか。

 立ち上がった鬼さんを眺めた後、ふと部屋の窓を見れば格子の間から紅い月が覗いていた。



 月……朧月……

 朧村……



 狐の主人が言っていた村に行けば何か分かるのかしら。そしたら青年が見たあの村で、何があったのか知ることが出来るんだろうか。



 そしてわたしは、今度こそ大事な人を逃がすことが出来るんだろうか。









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