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妖しい旋律  作者: 月猫百歩
紅い悪夢
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十ノ怪

 目の前がチカチカする。指が冷たくなればなるほど、目の前の赤銅色が紅く染まり周囲が暗くなる。

 寒い。真っ暗だ。しんしんとした静けさが肌に張り付く。


「……ね……」


 どうして? わたしは目が見えないのに、どうして紅いものが見えるんだろう。


「……ずね」


 紅い下に、真っ白な二つの、二つの……


「鈴音」


 カノジョの……ムスメサンノ……




「鈴音っ」


 気がつくと激しく揺さぶられていた。訝しげな紅と視線がぶつかる。わたしはそれを理解するのに十秒ほどの時間を要した。


「鬼さん」


 わたしがぼんやり声を発したのを見て、鬼さんが安堵と思える息を吐く。いつの間にか畳に転がっていた盃を手に取り、わたしの手の中へ収める。

 なんか、変な夢見た。頭がぼやけて覚えていないけど、なにか嫌な物を見た気がする。後味の悪い、怖い、嫌な夢みたいな。

 頬を撫でられて下がっていた視線をあげる。整った無表情な鬼の顔が、眉間にしわを寄せてわたしの顔を覗き込んでいる。な、なに? なんで怖い顔してるの?


「お前もしかして……」 


 妖しい紅がゆらりと細められ、鋭く見下ろした。

 瞬時に緊張して、喉の奥が急激に締め付けられて体が強張る。



「ツかれているんじゃナイのか?」



「……え? 疲れて?」


 もぉ~なんだぁ~。

 すごく怖い顔するから、もっと大変なことを言われるのかと思った。拍子抜けしちゃった。

 わたしの肩は可哀相なぐらいぐったりと下がった。緊張が解けたところで、顔にかかっている髪を撫でて苦笑いする。


「それはまぁ、色々ありましたから、疲れも溜まっていたと思います。きっとお風呂に入ったからどっと溜まっていた疲れが出てしまったんでしょうね。でもしっかりご飯食べたりすれば大抵はわたし、治っちゃいますから」


 疲れの原因の大半は鬼さんにあるんだけれどね。わたしは心の中でこっそり、その事を付け足しておいた。


「……そうカ」


 珍しく複雑な顔をしながら立ち上がり、鬼さんは自分の敷物の上に戻った。

 鬼さんが用意したお風呂が風邪に効くのか知らないけれど、寒さが一気に吹っ飛んでいるのは事実。体も心なしか軽いし楽だわ。さっきの白昼夢も、病み上がりなのに調子に乗ってお酒なんて飲んだから変な夢を見たんだわ。やっぱりアルコールっぽくなくてもお酒はお酒。これ以上飲むのは止めておこう。まだ未成年だしね。

 

「鈴音。酌してくれ」


 何事も無かったかのように、紅い手がひらりと手招きする。正直横になりたかった。けど、せっかく籠の外に出られたんだし鬼の機嫌を損ねるわけにいかない。

 お勤めはどれくらい長くなるのかな。早く終わることを祈りながら、わたしは手に持っていた盃を傍らに置いて立ち上がった。





 それから毎日、鬼さんの他愛無い話を聞いたりしてお酌をする日々を過ごした。

 籠の外に出ることは可能にはなったけど、鬼さん以外の誰かと話をすることは出来なかったし、誰かの思考をキャッチ出来たなんてことも無かった。

 それでも以前のような閉塞間を感じないのは鬼さんがいくらか配慮しくれているからか、精神的に追い詰められることもなく日々の暇つぶしと鬼さんのご機嫌取りに時間を使っていた。


 お風呂に入るようになってからは凍える寒さも、息苦しいだるさも次第に消えた。だけど治まらない微熱が続き、時折思い出すことのない悪夢は続いた。


 眠っている時は無性に気分が悪いのに、目が覚めてしまえば夢の内容も胸の悪さも消えてしまい、そのせいでわたしは今日まで悪夢に悩むとは言っても頭痛持ちの億劫程度にしか気にはしなかった。

 わたしは最初、鬼さんの嫌がらせだと思っていたけれども、鬼さんの反応を見た限りでは何もしていないみたいだった。いつもの人を馬鹿にした態度と発言はともかく、鬼さんなりにわたしの体調を気遣ってくれていた。

 





「具合はどうダ?」


 就寝前。籠の中で鬼と向き合う。


「良いですけれど、微熱がなかなかしつこいです」


 ずいぶん経ったはずなのに微熱が一向に下がらない。寝つきも悪くて常に疲れている感じがする。そのせいか肩が凝って仕方がない。


「ん~。そうカ」


「でも普通に生活が出来ますから、夢見が悪い以外は特に問題はないです」


「夢見ねぇ……」


 鬼さんは腕を組んで天井を仰いでから、静かに目を閉じた。何してるんだろう。首を傾げてしばらく見守っていると、おもむろに首を元に戻してわたしに顔を向けた。


「久しぶりに賭けをしないカ?」


「え? 賭け、ですか?」


 また唐突に何を言うのかと思えば。

 わたしは露骨に眉をひそめた。


「いや実は明日、出かけようと思っていてナ。そこでキチンと俺の雀として大人しくしていれば良いだけなんダガ」


 にぃっと口角を上げて悪く笑い


「ソコで行儀良く出来たらお前の行きたい所に連れて行ってヤロウ。例えば陽の光がある所とか、ナ」


「え……」


 どくんと胸が高鳴った。

 もしかして元の世界にも連れて行ってくれるの?

 

「賭けるなら、可愛い病み上がりの雀に高価な褒美をやろうと思ってナァ。どうする?」


 面白そうに首を傾げてわたしの顔を窺ってくる。

 

 帰れる。太陽の下に出られる。

 それが一時的なものだとしても、あの暖かな日差しの中にもう一度戻れるんだ。


 ……でも駄目だ。


 一度深呼吸をして、手元から零れそうになった冷静さを取り戻す。

 背筋を伸ばして余裕の笑みを唇に乗っけた。


「どうするも、鬼さんはわたしが一時とは言え、あちらに戻って良いとは思っていないんじゃないですか? なのにそんなことを言うって事は」


 小さく息を吐いて首を振る。


「余程の何かがあるかと勘ぐってしまいます」


 これだけの事を条件に出してくるとするなら、恐らく出掛け先は今まで以上に禄でもない所なんだろう。今回もリスクを考えるなら断るのが最善な判断だわ。


「あっちにはお前を知っている奴は一人もいない。お前が好きな服とやらを着て街中を歩いたって別に構わないサ。賭の内容だって別段酷くもナイだろう? ただ俺の横に座って大人しくしていれば良いだけなんだからナ」


 飄々とした声に鬼さんの考えが探れないかと、耳を澄ます。絶対になにかある。こんな気前の良い条件があるわけがない。また何を企んでいるんだろう。


「一つ質問しても良いですか?」


 上目遣いに見あげれば、鬼さんが首を傾げた。わたしはそれを肯定だと受け取って言葉を続ける。


「具体的に『どこ』に行って『なに』をするんですか?」


 ただでさえ情報不足な立場なんだから断るにしても、これはこれとしてきっちり訊いておきたい。話の内容によっては多少の危険を冒してでも行った方が良いかもしれないし。


そうさんもうろくした頑固ジジィがいてナァ。俺が人間を飼っていると信じていない」


「頑固なお爺さん?」


「前に行った遊郭でバッタリ会ってナ。その時に酒盛りの約束をしたもんだから、ついでにお前を連れていって見せてやろうってなワケだ」


「ただわたしを見せに行くだけなんですか」


「酒のついでにナ。あのジジィに本物の人間とやらを見せてヤル」


 鬼さんの眼がギラギラと光り、笑った顔は悪戯を思いついた子供そのものの表情だった。まだわたしが了解してもないのに、楽しみで楽しみで仕方ないと顔中に書いてある。

 

 なんだ。ただの鬼さんの見栄張りかぁ。そんなことなら凶悪な内容じゃあ無さそうだし、付き合っても良いかな。それでしばらくご機嫌良くなってくれれば安いものだし。

 はぁとため息を吐いて頷いた。


「分かりました。一緒に行きます」


 わたしの返事に、鬼さんが目だけをよこして細めた。


「そうこなきゃあナァ~。なに心配するナ。ちょいと酒の席にお前で華を添えるだけカナ」


 わたしの髪を一房手に取って、より一層笑みを深めた。折れてしまいそうな二つの紅い三日月が、妖しく不気味に光った。






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