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妖しい旋律  作者: 月猫百歩
紅い悪夢
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七ノ怪

 熱と寒さ。相反する二つに体を震わせて汗を流す。眠れない。横になっても眠りが浅くてすぐに目を覚ましてしまう。

 寒さは全然治まらないし熱も下がらない。薬とかあるなら飲みたいけれど、人間用の薬ってあるのかな。妖怪の薬なんて飲みたくないし、飲んだら逆に具合が悪くなるとしか思えない。


「ん~」


 先ほどから横で鬼さんが唸り声をあげている。わたしの顔や目を覗き込んだり首や腕を見ては、ふむと顎をさすっている。


「ただの風邪じゃあナイナァ~」


「風邪じゃない?」


 これだけ熱があってだるいのに? 

 鬼さんはお医者さんじゃないけれど、わたしよりは色々知っている。だからこそ余計に不安になる。


「また妖怪に襲われていた、とかですか? もしくは妖気にあてられたとか……」


「ん~」


 鬼さんが考え込むなんて。そんなに悪い状況なのかな。


「それにしても、お前は意外と根性がないナァ~」


 は? さり気なく何を突然。根性がない?

 時々鬼さんは前触れもなく変なことを言うけど……根性がないって……


「まさかアッサリ死のうとすると思わなんダ」


 やれやれと首を振る鬼。なにそれ。それが追いつめた本人がいう台詞? 冗談じゃないわ!


「だったら鬼さんも一度籠に入れられれば良いじゃないですか! ずっと籠の中に閉じこめられて話し相手もいなくて夢の中まで追い回されれば誰だって頭おかしくなりますよ!」


「ハッ! そりゃあ、鈴音が俺の言うこと聞かないからいけないンダ。自業自得カナ」


 は、鼻で笑われた。あぁもう、いちいち腹が立つ!

 早口で捲くし立てたせいで息苦しさに拍車がかかり、少しばかり胸が早く上下する。


「まぁまぁ、そう興奮するナ。すぐに参っちまうゾ」


 言いながらしっとりと濡れた布をわたしの額に置いた。冷たっ。キンキンに冷えた布に驚いて一瞬肩が跳ねる。

 それを見た鬼さんは、さも面白いと言いたげに満面に笑みを浮かべた。


「夢ん中じゃあ怯えて逃げまどっていたクセに、ずいぶん威勢が良くなったじゃあないカ」


「あれは鬼さんがわたしの話も聞かないで追い回したからですよ」


 今だってちらりと覗く牙と妖しい紅がこちらに向くたびに落ち着かなかった。それでも熱のせいで朦朧とした意識なら、なんとか普通に鬼さんと話をすることが出来た。


「ハテ。話なんてしようとしていたカ?」


 もう。やっぱり話聞いていないんじゃないっ。なんだか頭まで痛くなってきた。小首を傾げて斜め上を向いている鬼に鋭く睨みつける。


「あのですね。誤解しているようなので言わせてもらいますけれど、琵琶の青年とは鬼さんが思っているような仲じゃないですから。もう一度、言・い・ま・す・が!」


 色恋い云々だなんて、どうしてそういう考えしか出来ないのかしら。それに鬼さんが直々に相手するとか言っていたけれど、鬼さんが相手じゃ恋愛すら御免だわ。絶対に無理だし絶対に嫌っ。


「ほぉ~琵琶持ってんのか。そりゃあ知らなかったカナ」


 ……え?

 意外な言葉に驚く。青年はいつも琵琶を持っていたからてっきり琵琶の事は知っていると思っていたのに。まぁ青年だって四六時中琵琶を持っているわけはないか。


「鬼さんは彼が琵琶を持っていること、知らなかったんですね」


「あぁ。ソイツを見たこともないしナァ」


 ……え? 見たこと無い?

 

「あ、あの、鬼さん。見たこと無いって……。だって鬼さんの言う想い人って鬼さん知っているんじゃ」


「いんや」


 ということは……


「ま、まさか」


 狼狽えるわたしをみてニヤリと意地悪く笑った。


「あぁ。カマかけただけカナ」


「なっ……なっ……!」 


 だ、騙されたっ。なんて、なんて鬼なの! 今までのわたしの苦労はなんだったのよ! したり顔がさらに腹が立つ!


「勿論、俺の雀に手ぇだすとはけしからんと探したんだがナ、それよりお前が目に見えるぐらい日に日にしおらしくなっていく様が気になってナァ。ホッタラカシにしちまったカナ」


 なんというか……言葉が出てこない。あ、でもそれなら青年に危害が加わったわけではないんだ。怒りから安堵へと感情が移ると頭に上った血も落ち着いてくる。

 知らないのなら手の出しようがないんだし、それが分かっただけでも良かったというものだけれど……でもなにか腑に落ちない。なにか見落としている気がする。


「なぁ鈴音。ここで誰かに会ったか?」


 唐突に尋ねられて一度目を上げたけれど、すぐに逸らした。


「子鬼さんになら、その、あの時に会いましたけれど……」


 どうしても『首を吊った時』と口にしたくなかった。思い出したくないしまだ気持ちの整理がつかない。もごもごしながら視線を手元に落とす。


「他のヤツには?」


「んー……いいえ。そもそも籠の中には誰も入れないと思いますよ。たとえ部屋入れても誰かしら気づくでしょうし」


 一瞬青年を思いだしたけれど、あれは夢だった気がして口にするのをやめた。余計なことを言ってせっかく逸れてると分かった矛先を彼に向けるのも良くないし。言わない方が良いでしょう。

 それにしても鬼さんのお屋敷の警備はどうなっているんだろう。蜘蛛の時と言い鬼女の時と言い……もうちょっとなんとかならないのかしら。


「なにか鼻にツくんだよナァ」


 鬼さんがぽつりと呟く。

 形の良い眉を片方吊り上げて顎に手をやっている。


「やっぱり風邪ではないんですか?」


「あぁ。そんなんじゃあナイと思うんダガ」


 風邪でもないし鬼さんにも分からないだなんて。

 正体が分からない物が自分を蝕んでいるイメージが頭に浮かんでわたしは怖くなった。自分を守るように両腕で体を抱き抱え、両膝を曲げて丸くなる。


「ナンだ? マダ寒いのカ?」


「ん……」


 鬼に弱音を吐く気にもなれなくて曖昧に返事をする。

 風邪じゃないならもっと悪い病気とか……妖怪の世界なら呪いとか知らない間にかけられているのかも。どうしよう。怖い。

 ガクガクと体が震える。心なしか手や足の先が冷たくなってきた気がしてくる。寒い。雪の中に裸で放り投げられた気分だわ。


「鈴音」


 呼ばれて目を上げる。妖しくも端正な顔がいつの間にか鼻先にあって、思わず硬直する。


「俺の鬼火を移してヤル」


 あっ。

 考えるよりも早く手が動いた。触れられる前に唇の前で手を重ねると、手の甲に鬼さんの口が当たる。


「……何してンダ」


「何って。口を塞いでいるんです」


 手で塞ぎながら喋るので当然わたしの声はくぐもっていた。鬼さんの顔も不機嫌そうに曇る。


「どけろ」


「嫌です」


「楽になるゾ」


「でも嫌です」


「どうして嫌ナンだ?」


「生理的に無理だからです」


 生理的って表現が通じるか分からないけれど、わたしは頑なに首を横に振った。そう簡単に何度もキスされたんじゃ耐まらない。


「他の場所から鬼火は移せないんですか?」


「口の中なら肉が軟らかいし他のヤツから分かりづらいしナ。一番良い」


「手とかじゃ駄目ですか?」


「出来なくもないが、痛いゾ?」


「大丈夫です。するなら手にお願いします」


「仕方ないナァ~」


 ぶつぶつ文句を言う鬼さんに布団から差し出した重い手を差し出す。布団から出しただけで着物越しに寒さが絡みついてくる。


「じゃあガブリといくカナ」


 大きく真っ赤な口を開けば鋭い牙が見えた。鬼の口が開けば開くほどわたしの血の気も失せていく。確かに手にしてくれとわたしは言った。言ったけど。言ったんだけど!


 やっぱり駄目!


 尖った先が肌に当たった瞬間、わたしはとても病人とは思えない俊敏さで自分の上体を強制的に起こさせ、鬼さんの肩に掴みかかった。


「待って――」


「ん?」


 制止の声の途中で牙が止まる。鬼さんは手に取ったわたしの指先をまじまじと見つめて牙を閉まった。


「こいつは……」


「どうか、したんですか?」


 わたしの指がどうかしたのかな。不安に駆られてわたしも白くなった自分の指を眺めた。冷たい以外は特に変なところは無いと思うんだけれど、鬼さんは何か感じたのかしら。


「鈴音」


「は、はい」


 低く押さえた声に緊張する。鋭い眼差しが指先に痛い。


「誰かここに触れたか?」


「ここって――指にですか?」


 籠の中にいたんだから誰も触れられるわけがないじゃない。子鬼だって籠の中には入らなかったんだし。

 わたしは否定の言葉を返そうとしたところではたと止まった。


 そうだ。あの時。もしあれが夢じゃないのだとしたら。現実だったとしたら。

 指先に触れたのは一人だけ。籠の外から手を伸ばしてくれた彼だけ。


 紅い視線がわたしに注がれているのも忘れて、わたしは呆然と口にした。



「琵琶の……青年……」








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