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妖しい旋律  作者: 月猫百歩
旋律の青年
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十六ノ怪

 

 はぁ。気がつくと溜息ばかり出てしまう。

 頭に浮かぶのはあの琵琶の青年のことばかり。あの青年のことを考えるとなんだか胸が騒ぐ。でも、嫌な感じがしない。病気とはまた違う胸が詰まるような、とにかくぼんやりとしてしまうのだ。


「おい」


 琵琶の音色に負けないくらい優しい声。穏やかな物腰。繊細な手つき。目を閉じているのに感じる優しい眼差し。懐かしい暖かい雰囲気。


「鈴音」


 今度会ったらなにを話そうかな。ううん、それよりもまた会える日が来るのかな。あの時、悲しい声をしていたけれど、わたしが何とかしてあの人の力になれたら良いのに。


「すーずーねー」


 でもそんなことしたら迷惑かな。また余計なことを言って傷つけたりしたくないし。

 そいういえば名前はなんていうのかしら。本当の名前じゃないとしても知りたい。また会ったとき教えてくれるかな。


「……」


 なんとかして、こちらから会いに行ける方法を考えなきゃ。この間は偶然出会えたから良かったけれど、また会えるとは限らない。いつ自分がどうなるか分からないんだから、考えられるときに考えておかないと――


「ひゃっ! なな、なにするんですか!」


 傍らに座る鬼を睨みつけ、舐められた首筋を手で押さえて身構える。


「イヤァ~、目を開けて寝ていたみたいだから起こしてやろうかと」


「きちんと起きてます! やめて下さい!」


 もう、せっかく色々考えていたのに。だいだい起こすにしても普通、人の首を舐めたりする? 不快感を露わにごしごし裾で首筋を拭うが、あまり擦るなと鬼に止められて手を下ろす。


「お前ずいぶん元気が良いみたいだナ。いや、悪いのカ?」


「別に……普通ですけれど」


 

 あれから幾日か経って(もちろん常闇の時間なんて分からないから、何回起床したかというのが正しいけれど)今も変わらず無駄に広い部屋で紅い鬼のお酌をしている。鬼はあまり外出をしなくなった。お屋敷でお酒ばかり飲んでいる。

 

「ずいぶん呆けているようだガ……。なにかあったんじゃないカ?」


 ゴクリとお酒を口にしながら横目でわたしに紅を投げる。それがどこか詰問めいた気がして、思わず顔を逸らしてしまう。


「そんなことないです。気のせいじゃないですか?」


 鬼さんに知られて良い事なんてない。それに青年はこの世界で唯一わたしを人間扱いしてくれて、気を許せる特別な存在なんだから。もしばれて殺されたりなんてしたら。その考えに心臓が凍った気がして吐息が震えてしまう。


「あぁ、そうだ鈴音。こいつをヤル」


 鬼が懐をさぐると、可愛らしい音が聞こえてくる。不思議に思って少し覗くように腰を浮かすと、赤銅色の大きな手になにか紐のようなものが垂れていた。


「これは何ですか?」


 三つ編みにされた茜色の紐に、金の鈴が付いていてる。首輪なのかしら。


「何に使うんですか?」


「鈴音。ちょっとこっちに来い」


 首を傾げたわたしに紅い手がひらひら手招きする。

 なんだろう。近づこうと身体を動かしたが、よぎった考えに固まった。


「ま、まさか……」


 青ざめて顔をひきつらせると、それを見た鬼がこの上なく嬉しそうに笑う。


「そ~かそ~か。ヤッパリ楽しみにしていたカ」


 口角をあげてニヤリ笑う紅い鬼。やっぱり嫌な予感は的中した。

 鬼はわたしに首輪をつけるつもりなんだ!

 

「い~ぃ子だから、おいで」


「イヤです! 絶対にイヤです!」


 ぶんぶん首を左右に振って拒否する。


「良いからこっちに来ナ」


 腕をとられて膝の上に座らされると、お腹の前に腕を回されて閉じこめられる。

 何度も逃げようとしたこの腕が外れた試しはない。だけどこのまま『どうぞ』となされるがままに首輪を付けられるだなんて嫌すぎる!


「よして下さい!」


 わたしを捕らえている鬼の片腕から身をよじって抜け出そうとする。が、やっぱりダメ! ぜんぜん動かない!

 こうなったらせめて首輪をつけられないようにしないと。

 首のそばで狙っている鬼の手を両手で掴み、これ以上近寄られまいと押し返す。

 わたしは奴隷なんかじゃない! たとえ従わないとしても首輪をつけられるだなんて! 力の限りぐいぐい押して紅い手を少しでも遠くにやる。


 ふと、鬼の手から力が消えた。紅い腕がすんなり押す力に流され手の中の鈴が鳴る。

 急にどうしたんだろう。諦めてくれたんだろうか。

 そう思って不用意にも押すのをやめてしまったその瞬間、目にも留まらぬ早さで首に熱い片手が食い込んだ。ひゅっと息を吸う音がわたしの口から聞こえた。


「大人しくしないとうっかり爪を立てるが、良いのカ?」


 耳のすぐ後ろでひっそりと囁かれ、軽く爪の感触を首に覚える。わたしはさらに体を硬直させた。背筋が氷点下まで下がる。

 

「良い子ダ。そのままでいろ」


 体から拘束が解かれるが、わたしは微動だにしなかった。久しぶりに感じた鬼の気迫。情けないことにわたしは鬼の脅しに固まってしまい、抵抗することもなくただ従った。

 するり感触の良いものが首を滑り、首元で鈴が可愛く鳴いた。


「これで良いカナ」


 満足そうに呟いてわたしの髪を撫でた。

 恐る恐る首に手をやると、ちりんと涼しい音が聞こえる。


「可愛いらしいゾ鈴音。よく似合うカナ」


 鈴を触る手に紅い手が添えられる。


「これは龍神のタテガミから作られていてナァ。なかなか手に入らん高価なものダ。お前のタメに用意した」


 優しく大事そうに首筋を撫でて鬼が耳元で笑う。


「お前が望むならなんでも用意するゾ。火鼠の衣でも鳳凰の羽で出来た扇子でも。なんなら子兎でも捕らえてお前にやろうカ?」


 頭の芯にじんとくる甘い声に、惚けるよりも恐怖のほうが勝る。


「そんなこと……しないで良いです……」


 絞り出すように声を押し出す。

 この紅い鬼は狂ってる。わたしの本能が盛んにわたしに訴え、応えるように体中が震えた。


「そうカ。残念カナ」


 鬼はまたわたしを抱きしめるとごろりと横になり、わたしの自由を奪ったまま眠りに落ちていった。

 わたしはまだ呆然として眠れることなく、しばらく薄闇に広がる畳の平原をその見開いた目で眺めていた。







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