短編7(年下×年上・別れた後)
別れようと言われた。
もう無理だと言われた。
君も分かっているでしょう、と言われた。
嫌だと言わなかった。
まだ大丈夫だと言わなかった。
分かりませんと言わなかった。
言わなかった。
年の差というものは思いの外大きかったのだろう。
同じ年の恋人を腕に纏わりつかせながら思う。
ひとつやふたつではなかった。前の恋人との年の差は親子とまではいかなくとも、近いものはあった。
あの人が僕を受け入れてくるまで時間はかかったし、受け入れてくれてからもあの人は関係を隠したがった。
分かっていた。
あの人は自分が年上であることを気にしていた。僕が年下であることではなく、自分が年上であることをだ。
そんなものはどうにもならない。僕がそんなものどうでもいいと撥ね退けて手に入れた恋人だ。気にする必要なんて露ほどもなかった。
けれどそうできないのがあの人だった。
意味がなかった。
恋人である意味がなかった。
あの人は隠したがる。公にすることを嫌がる。それでは何も意味がない。
僕に群がる女は相変わらずで。
あの人に近づく男だって消えない。
僕はあの人以外の女なんてどうだってよかったけれど、あの人に近づく男はどうだっていいわけではなかった。
別に恋愛感情から近づいているわけではないと分かっていても。欲望なんてものを抱いて近づいているわけではないと分かっていても。
嫌だった。嫌だった。嫌だった。
僕のものだと言えないのが嫌だった。僕のものだと叫びたかった。どうしてそれを許してくれないのだと責めたかった。
きっと疲れたのだ。
それに疲れた。
愛しているのに、愛されているのに煩わしい現状は何ひとつ変わらない。
膨張する不安。嫉妬。それを霧散させるための術さえ手に入れられなくて。
別れようと言われて、ぴしっと何かが罅割れた音がした。
もう無理だと言われて、ああ、確かにと思った。
君も分かっているでしょうと言われて、あなたは分かっていないでしょうと嗤いたくなった。
疲れた。
疲れた。
もう、疲れた。
だから何も言わなかったのだ。
だからあの人を忘れようと思ったのだ。
だから新しい恋人を側に置いたのだ。
腕に纏わりつく柔らかい感触が気持ち悪いのに。
耳に吹き込まれる高い声が鬱陶しいのに。
唇が紡ぐ僕の名が忌々しいのに。
分かっていなかったのは、僕も同じなのだと気づかなかった。
「だ、れ」
足が止まる。
視線が固定される。
知らず紡いだ言葉に、恋人が耳聡く聞き返す声も聞こえずに。
喫茶店の窓際に座って微笑むあの人を見た。
スーツを着た男と向かい合って微笑みあうあの人を見た。
だれ。
だれ。
あのおとこはだれ。
柔らかく笑う。
はにかむように笑う。
僕に見せた笑みを他の男に見せる。
僕には許さなかった公の場で、他の男には許した公の場で。
年の差は思いの外大きかった。
あの人にとってはとてもとても大きかった。僕にとっては取るに足りないものだった。
違う。
違う違う。
違う違う違う!!
僕があなたと同じ年ならよかった!
あなたが僕と同じ年ならよかった!
そうしたら周りの目なんて気にしなかったのでしょう?あなたは!
そうしたら別れなんて切り出さなかったのでしょう?あなたは!
もっと似合いの子がいるはずだと。
同じくらいの年の子で、綺麗な子、可愛い子がいるはずだと。
そんな馬鹿なことを言い出さなかったのでしょう?僕があなたと年が離れていなければ!!
そうしたら僕だって嫉妬しなかったんだ。あなたと似合いの年の男があなたに近づくそのことに!大学生の僕と違って働く男があなたと仕事をする。たったそれだけのことに嫉妬したりしなかったんだ!あなたと年が離れてさえいなければ!!
年の差なんて気にしてもどうしようもなかった。だってどうにもできないことだ。僕はあなたより後に生まれて、あなたは僕より先に生まれた。その事実は変えようがないのだから。
気にしても仕方がない。だから気にしてない。どうでもいいことだ。僕はそんなふうに言い聞かせて。あなたは言い聞かせなかった。
だから擦れ違ったのか。
あなたと話せばよかったのか。
年の差を互いが気にしていたのならば。
僕も年の差を気にしているのだと気づいてさえいれば。
もう遅いのに。
もうあなたはこの腕の中にいないのに。
もうあなたは僕じゃない男に笑いかけているのに。
笑う姿を目に、呼ぶ声なんて聞こえずに。
手放してしまったあなたを、ああ、今もまだ愛しているのだと気づいて。同時にあなたはそうではないのだと気づいて。
ああ。
ああ。
ああ。
ぴしりと罅割れたままだった何かが、堤防が決壊したような大きな音を立てたのを頭の片隅で聞いた。
元恋人を監禁する年下の青年の話が浮かんだので、それに向けて書いてました。
が、ひと段落したら続きが書けなくなりました(汗)
なので別れてから監禁しようと思い立つ前までの話です。