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短編集  作者: 吹雪桜
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短編6(短編4と同設定。望んだ人達)



石畳の上、光が生まれる。それは三年前にも一度見た光景だった。

今度こそ。

ぎゅっと胸の前で手を組んでその光を見守る。

三年前は失敗した勇者の召喚。ようやく準備が整って今度こそは失敗しないようにと再度行って。

今度こそ。今度こそ。どうかお願い。


その必死の願いが届いたのか、光が弾けた後に現われた一人の少年。

呆然とした顔がこちらを見て、そして宰相を見た。だれ、呟かれた声に宰相が前に出て膝をついた。




「お待ち申し上げておりました、勇者様」




ああ、今度は成功した。

一番に伝えたい人はもういない。知らない間に神殿をやめて姿を消してしまった。

だから勇者様を召喚することができましたと、喜んでくださいますかと祈るように目を閉じた。









好きな人がいた。

神殿の人間ではない。神殿に雇われていた傭兵だった。

傭兵とは思えない痩身で、けれど他の傭兵達と引けを取らない腕を持っているのだと聞いた。


彼とは外出する際の護衛として何度か会い、話をすることもあったけれど、彼はあまり表情を変えることがなかった。いつでも一線置いて、必要以上に口を開こうとしなかった。こちらがどれほど意識しても、彼は全くと言っていいほど意識をしてくれなかった。


仕方がない。巫女を恋愛対象として見るものはいない。

神殿に使える巫女。神に一番近いとされる巫女。その巫女は巫女であって、一人の女性ではない。そう思われているのだから。


分かっていてももどかしかった。いつかこちらを見てくれないだろうかと。異性として意識してくれないだろうかと。いつだってそう思っていた。巫女にも恋愛は許されているし、結婚だって許されているのだ。想い続けていれば、接し続けていればいつかは必ず、とそう願っていた。


その彼が姿を消したのは三年前。

彼は神殿と交わしていた契約を破棄し、神殿を去っていった。

神殿と契約を交わした傭兵には高額の給金が支払われる。そのため契約を破棄する傭兵は少ない。だからまさか彼が契約を破棄するとは思っていなかった。ずっとずっと神殿の傭兵でいるのだと信じて疑っていなかった。


何故。どうして。

誰もその答えを知らなかった。神殿に使える神官も侍女も傭兵中間も誰も。

そもそも傭兵である彼らは仕事上のつきあいはしても、個人的なつきあいはしないものらしい。

傭兵は雇われる相手によっては、いつどこで敵同士となるかも知れない相手に、己の情報を安易に与えることはしない。

今が同じ神殿に雇われているからといっても、いつ相手が契約を破棄して他の雇い主につくかもしれない。その相手が己の雇い主に敵対しないとも限らない。その時に己の情報を持っている相手がそれを攻撃材料に使うかもしれない。

だから誰も彼が契約を破棄した理由を知らなかった。


ああ、彼は一体どこに行ってしまったのだろう。まだこの街にいるだろうか。この国にいるだろうか。

勇者の召喚に成功して、そうして勇者が魔王退治の旅に出た今もずっとそれを思っている。











魔王が倒された。

その報を宰相は待ち望んでいた。そして望んだ言葉を聞くや否や微笑んだ。


ああ、ようやく。

宰相と巫女が召喚した勇者がやってくれた。この国を救ってくれた。父が成し得なかったことを、先の巫女が成し得なかったことを私達が。


国中が湧き上がる。

誰もが勇者を称える。魔王を倒し、国に平穏を取り戻してくれたと称える。


勇者を召喚しようと言ったのは宰相。

まだ宰相であった頃、父親が当時の巫女と共に召喚に失敗して失敗して失敗して。そうしてとうとう成し遂げられずにいた勇者召喚。

それをしようと巫女に持ちかけた。巫女も頷いた。国のために勇者が必要だから。


一度目は失敗した。ただの少女だった。

悔しくはあったけれど、父親と先の巫女も何度も失敗したのだ。一度で成功するとは限らない。

だから諦めず再度召喚した。立て続けに召喚は巫女の体力や、準備の都合上できない。そのうえ二人揃って空いた時間がなかなか取れずにいたせいで三年の年月を要したけれど。


そうして二度目の召喚で現われたのは、確かに勇者だと分かる力に満ち溢れた少年。

覚えた歓喜は今もこの胸にある。


その少年が、勇者が帰ってくる。もうすぐ、もうすぐ。

国の願いを聞き入れてくれた勇者が、誰もが待ち望んだ平穏を連れて戻ってくる。


集まる広間で巫女と目が合った。涙を流して喜んでいる巫女。あの方が成し遂げてくださいましたと。

それに頷いて。微笑んで。


素晴らしい。素晴らしい。ああ、何て素晴らしい。


勇者の帰還に湧き上げる広間で。

宰相も巫女も知らずに笑う。


夫の腕の中、騒ぎを耳に怯えて震える少女がいることも。

仲間達の輪の中、嘲笑を浮かべて騒ぎを聞く男がいることも。






知らずに、笑う。






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