短編2
『ラプンツェル。ラプンツェルや。お前の長い髪を垂らしておくれ』
養い親から渡された土産の絵本。それに少女は首を傾げた。
もう絵本を必要とする年ではない。
そんな養い子に男は、くくっと笑った。
「お前のようだろう?『ラプンツェル』」
高い塔の中に閉じ込められたラプンツェルと似ている状態にいる少女は、けれど不本意そうな顔をした。
「いつかな、お前の王子様のご登場は」
『お前のお腹の中の子をくれるというのなら許してやろう』
魔女は盗みを働いた夫婦にそう言った。
男はそんな要求をしたわけではなかったけれど、彼らは自らの安全を欲した。そのためにまだ話せぬ少女を差し出した。
「まさに、生贄だ」
「え?」
「いいや?」
『ラプンツェル、私と共に行こう。ここから連れ出してやる』
けれど翌日、そこにいたのはラプンツェルではなく、魔女でした。
『お前の小鳥はもういない。長い髪を切り落とし、荒野に捨てた』
そうして王子は塔の上から突き落とされ、茨の中へ。
進む物語。めくるページ。そうして絵本を閉じた少女は、王子様、と呟く。
男は笑う。手を差し出して、芝居がかった口調で、さあ、と言葉を紡ぐ。
「『私と共に行きましょう。塔から魔女から逃げ出して、私と幸せになりましょう。私のラプンツェル』」
少女がその手を包む。
取るのではなく、両手でそっと。
男が訝しげに眉を寄せた。
「私はその手を取らない。あなたが私の髪を切り落とさないように、私を荒野へ捨てないように。あなたが傷つかないように。私は自由を手放すわ」
「……馬鹿」
くすっと男が笑えば少女も笑う。
馬鹿でいいもの、と手を離して男の胸の中へ。
しっかりと抱きとめた男と幸せそうに。
『再会を果たしたラプンツェルと王子は幸せに暮らしました』
王子様なんて必要ないわ、と『魔女』の腕の中で『ラプンツェル』は笑った。
床に落ちた絵本は、もう二度と開かれることはないだろう。