短編18 (シスコンな友人を持った少年)
あの男はだめ。いや。ね?俺やだよ、姉さん。
立ってる姉に座ってる弟は心なしか潤んだ目で、しかも上目遣いで言った。声が震えていた。
うっと呻いた姉の腰に抱きついた弟は姉さんやだ、と呟いた。
「…ホントお前、手段選ばないな」
悟が口元をひくつかせて言うのに、上総はうるさいと睨みつける。
「和葉は俺のなの。他の男なんていりません」
「いやいやいや、お姉ちゃんだろ。お姉ちゃんは俺の女にはできません」
「うるさいな。弟が姉を独占して何が悪い」
「姉離れしなさい!」
「いーやーだー」
ふんっと顔を背けた上総に悟は頭を抱える。
分かってる。こいつのシスコンは重症だ。なかなか可愛い姉の和葉に寄ってくる男をことごとく追い払い、和葉が男に淡い思いを抱けば敏感に察知し阻止する。
「お前このままじゃ姉ちゃんにだけじゃなくさ、お前も恋人できねえじゃん」
「和葉いるのに恋人なんているわけないだろ」
馬鹿?
そんな人を馬鹿にした目で見る和葉の首を絞めてやる。
「おーまーえーはーーー」
「俺がシスコンでもお前に迷惑かかってないだろ!ほっとけよ!」
「このままエスカレートしそうでやなんだよ!」
えーんっ、和葉の首から手を放して机に突っ伏す。
中学校の入学式で知り合った時、すでにシスコンだったこの友人。入学式が終わるや否や体育館の前で何故かはらはらした様子で待っていた在校生が和葉に飛びついたのを見た時、姉弟仲がいいんだな、なんて呑気に思っていた自分を殴ってやりたい。
あほかお前!ヤツはシスコンだ!病的なシスコンだ!いいか!一に和葉、二に和葉、三四も和葉で五も和葉だ!それは年々エスカレートするんだ!いいか、するんだぞ!!
……いつか禁断の関係を得るための策を練りそうで怖いのだ。
「お前のシスコンに比べたらお前の姉ちゃんのブラコンなんて可愛いもんだし」
そう、姉の和葉もブラコンなのだ。弟が可愛くて可愛くてたまらないのだ。友達より弟で、両親より弟で、好きな人より弟なのだ。
見るとどきどきする相手を弟が嫌だと言って、あいつよりも俺を見て、な言葉にうん!と力いっぱい返事をして、可愛い大好き!と抱きしめる。そんなレベルのブラコンだ。弟ほどではないがこっちも重度だ。
けれど弟のように、上総は私のだから、他の女はいりません、な言葉は吐かない。上総に彼女ができたら寂しいな、ちょっといやだな、な程度だ。何が何でも阻止してやるとは思わない。
「お前さえ彼女作れば万事解決なのになあ」
「しつこい。夢見る乙女」
「違う!っていうか、夢!?夢なのか!?いつか現実にしてくれよ!!」
「いや」
いつの間にか携帯を取り出してじっと見ているものが何か。聞くまでもない。上総の待ち受けは上総だ。しかも一週間ごとに変わる。
「あ、上総ー!」
「姉さん!」
教室の入り口から聞こえた声に、目にも止まらぬ速さで携帯を閉じて声の主のところまで瞬間移動した上総の残像に、悟はもう遠い目だ。
「今日、一緒に帰れる?」
「帰れる」
「あのね、今日行きたいところがあるの」
「いいよ。つきあう」
「ありがとう!本当は清水くんにつきあってもらおうと思ってたんだけど、上総いやって言うから」
「うん。いや。俺がつきあうから他の男はだめ。ね?」
「う、うん!上総可愛い!!」
和葉の両手を握って顔を覗き込むようにして言った上総に、和葉が頬を赤らめて抱きついた。
これ幸いと思いっきり抱き返す上総はシスコンだ。もう一歩足を踏み込んだら禁断の関係になりそうなくらいのシスコンだ。
「本当、お前さえ彼女作れば俺の心労もなくなるのになあ」
はあああっと大きなため息をつく悟は、姉さん、今日も一緒に寝てね、なんて言ってる声を耳にして、ごんっと机に頭をぶつけた。
終わりどころが見つからなかった…。
とりあえず弟に恋愛感情はありません。あれでもないんです。本当にない(しつこい)。