短編12(GL・輪廻転生・片想い)
大したことはありませんが、ガールズラブの話です。
苦手な方は回れ右をお願いします。
輪廻転生。
これほど素晴らしく、同時に残酷なものはない。
そう、思う。
風に流れる長い黒髪を押さえた巫女装束に身を包んだ少女はくすりと笑う。
背後には赤い鳥居。鏡神社がある。そこの巫女である少女はもう何年も、何十年も、時を数えるのを忘れるほどにそこに在る。その存在が、ではなく、その魂が。
「幾度輪廻を繰り返しても、私は私。あなたはあなた。なのに私は変わらず、あなたは変わる。不変と可変は交わることがないのかしら。…ないのね、きっと」
「雲雀」
呼ぶ神官装束の青年に振り返って、けれどもう一度長い階段の下を見る。
通り過ぎるのは近隣の高校生。仲のいい男女。
それを眺めていると、隣に気配。けれどそちらは見ない。
「ばか」
「そうね」
呆れたような声に笑う。
眼下にはもう誰もいない。隣に立つ青年が雲雀の頭を撫でた。
雲雀は目を伏せて、大丈夫、と言葉を紡いで目を開けて…不思議そうに首を傾げた。
「雲雀?」
「何か光った…」
「光った?」
とんとん、と軽やかに下りていく雲雀に首を傾げながら青年は後に続く。
歩いて下りていく青年より駆け降りる雲雀の方が早いのは当然で、雲雀は青年が階段の中段に差しかかる頃には下まで降りていた。そしてしゃがみ込むと、何かを拾い上げる。
「鍵?」
鍵の穴に通された鎖は輪になっていない。なるほど、切れたのだろう。そして繋いでいたものから落ちた。
落ちてくる髪を片手で押さえながら、どこの鍵かしら、と裏向ける。その行動に特に意味はない。
「雲雀、何かあったのか?」
階段を下りながら声をかけてくる男に、ええ、と鍵を見せようと振り仰ごうとして、止まる。
視線の先は先程、男女が向かった先。その片割れの少女が焦った様子で何かを探すようにきょろきょろしながら走っている。その顔は泣きそうだ。
どうしたのだろう。雲雀が立ち上がると、気づいた少女が雲雀を見て足を止めた。
目が合う。
それに込み上げた想いに雲雀は泣きそうになって。けれど軽く頭を振って何でもないように少女に微笑みかける。
「もしかして、これ、あなたの?」
「…え?…、あ、あ!はい!」
家の鍵!と少女が涙を溜めて雲雀の元へ走ってくる。
はい、と差し出された鍵を大事そうに両手で受け取って、ありがとうございます!と何度も頭を下げる。
「これないと家入れないところでした!」
「いいえ。鞄にでも繋いでいたの?」
こくん、と少女が頷いた。
「今度から鞄の中にしまっておいた方がいいわ。また失くすといけないから」
こくん、と少女がまた頷いた。
そして慌てた様子で鞄を開けて、無造作に突っ込もうとするのに雲雀はきょとん、として、待って、とその手に触れて止める。それでは今度はどこに入れたのか分からなくなって困るだろうに。
不思議そうに首を傾げた少女の前で雲雀は帯の隙間に入れてあった香り袋を取り出すと、その口を開いて少し貸してね、と鍵を受け取る。そして香り袋の中に入れると、きゅっと口を閉める。
「はい、あげるわ」
「え、え?」
「どうぞ」
少女の手を取ってそこに香り袋を乗せて、そっと指を折らせる。そして迷惑でなければもらって?と微笑みかければ、少女がぼんっと顔を赤くさせて、迷惑だなんてそんな…!と首を横に振る。
そして大切そうに握った手を胸元に引き寄せると、いいんですか?と上目遣い。それにええ、と笑って。
「ありがとうございます!」
花が咲き綻ぶような笑顔を向けられて大きく目を見開いた。
胸の鼓動がどくんっと大きな音を立てた。
ああ、だめ。
抑えたはずの想いが再び込み上げる。
泣きたい。泣いてしまいたい。けれどだめだ。泣いてはだめだ。目の前の少女には訳が分からないだろう。
ぐっと胸元を握る。泣くな。泣くな、泣くな。呪文のように胸の内で唱えながら、何とか少女に笑顔を返そうとしてぎこちなくなる。涙が、溢れそうだ。少女に手を伸ばして、抱きしめて、叫びたい。
その想いが止められなくなりそうになった、その時。
「雲雀」
はっと顔を声の方へと向ける。
最後の一段、そこに立つ青年の姿を認め、雲雀はほっと息を吐く。
「神主様がお呼びだぞ」
「おじい様が?わかったわ、ありがとう」
嘘だ。青年は雲雀と一緒にいたのだ。階段を下りる雲雀の後に続いていたのだ。神主が青年と話す時間などない。けれど雲雀はそれに乗る。雲雀のための嘘だ。今はとてもありがたかった。
「それじゃあ、もう落とさないようにね」
「あ、はい」
少女に今度は自然に笑いかけて、青年の側に戻る。
青年が雲雀の頭を撫でるように手を置く。そして雲雀の手を掴んで、下りてきた階段を上る。
雲雀の手が小さく震えている。
それを感じた青年は掴んだ手をぎゅっと強く握って、泣きたいのを我慢しているだろう雲雀のために少し早足で階段を上って。もう少し我慢しろ、と心で囁いて。
この階段を上りきれば。境内まで行けば。もっと我慢できるのなら雲雀の部屋まで戻って。そうしたならば思いっきり泣かせてやるから。全部全部聞いてやるから。
涙が雲雀の両頬を伝う。
流れて流れて、とうとう嗚咽さえ聞こえて。
もう少し。もう少し。
雲雀の手を引く青年は、どうしてこんなに階段が長いんだと悪態をつきながら。
輪廻転生なんてろくなものじゃない、と空を睨みつけた。
始まりがあった。
鏡を祀る神社に二人の巫女がいた。
いつだって二人一緒だった。
お互いが大好きで。お互いが一番で。お互いがいれば他に何もいらなかった。
それは何よりも強い想いで。
愛情という愛情全てをお互いに注ぎ合うもので。
それでも終わりがきた。
奪われた。
いつだって二人でいたのに。
片割れは権力者に見初められて、奪われた。
残された片割れは一人で神社を守って。守って。守って。
最後に片割れと交わした約束。それを胸に、ずっとずっとずっと。
必ずまたずっと一緒にいよう。交わした口づけは涙の味がした。
次の生で二人の巫女は再会した。
けれど片方は記憶を持たず、もう片方だけが記憶を持っていた。
それでもよかった。また一緒に。その約束は守られた。二人は一緒にいた。友人と呼んで、側にいた。
片割れが異性に恋をして、成就させて、家庭を持って、幸せに笑って。
それを側で笑って見守った。心は悲鳴を上げたけれど、己以外を選ぶ片割れに泣き叫びたかったけれど。それでも笑って見守った。
次の生でも再会した。今度は姉妹だった。
やはり片方は記憶を持たず、もう片方だけが記憶を持っていた。
それでもよかった。また一緒に。その約束は守られた。この先辛いことが待っていても、それでも一緒にいられることが幸せだった。
片割れが異性に恋をして、成就させて、家庭を持って、幸せに笑って。
それを側で笑って見守った。心は悲鳴を上げたけれど、己以外を選ぶ片割れに泣き叫びたかったけれど。それでも笑って見守った。
次の生でも、その次の生でも再会した。
どの生もやはり片方は記憶を持たず、もう片方だけが記憶を持っていた。
また一緒に。その約束はそのたびに守られたけれど、初めの時に交わした情は再び交わされることはなかった。
「雲雀」
青年の胸に縋って泣く。
今世での従兄妹である青年は、たった一人、雲雀が前世の記憶を持つことを知っていた。輪廻転生を繰り返して、そのたびに鏡神社の巫女として生まれてきたことを知っていた。それは片割れである巫女と出会うためだと。ここが巫女達の始まりの場所だからだと。
「雲雀」
今世で雲雀は片割れと出会おうとしなかった。
近隣の学校に通っていることを知っているのに。毎日神社の前を通ることを知っているのに。なのに雲雀は見ているだけだった。
それは片割れの隣に男がいたからだろうか。出会ってもまた、同じ結末を辿るのだと。それを笑って見守ることの辛さから逃げたのだろうか。
青年はそれならそれでよかった。雲雀を縛る片割れへの想い。それから解き放たれたいと雲雀が願うのならば、それでいいと思っていた。いっそ忘れてしまえばいいのに、とすら思っていた。
辛いばかりの想いなんて忘れてしまえばいいのだ。
雲雀がどれほど片割れを愛しているのかを知っているから雲雀には言わないけれど、できることならそうしてほしかった。雲雀に幸せになってほしかった。
泣く従兄妹を胸に抱いて。
今も雲雀を縛る雲雀の片割れに願う。
もう雲雀から手を放してくれと。
雲雀以外を選ぶのに、どうしていつまでも雲雀から手を放さないのだ。
雲雀を愛していたというのなら、雲雀をこれ以上苦しめるな。
強く強く雲雀を抱きしめながら、けれどと思う。
けれど、ああ、けれど。
もしも叶うならば、今世こそ雲雀の想いが成就しますように。
それもまた、本心だった。