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短編集  作者: 吹雪桜
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短編11(異世界・精霊×巻き込まれた勇者の友人)


困ったことになったなあ、と思う。

下校途中で足元が光って、気がついたら見知らぬ世界でいらっしゃいませ、勇者様、だ。友人が。

どうやら召喚陣が一文字間違っていたとかで、関係のない私まで一緒に呼んでしまったらしい。

大変申し訳ありませんと言われたけど、あれ口先だけだ。面倒だなって顔が一瞬見えた。子供だと思ってこのやろう。

でもそんなことに気づかない無駄に正義感が強い友人は、魔王に侵略されつつあるこの国を救うため、勇者の肩書を受け入れて、魔王討伐の旅に出た。私を連れて。


正直嫌だったけど、でも残される方も嫌だった。感じ悪いもん。ここの人って。いや、それとも大人ってそういうもんなわけ?子供が思ってるより大人じゃないってこと?

人の友人を自分勝手に召喚して、全然知らない国のために命かけろって言って。そのくせそっちで間違えて召喚した私を何こいつみたいな目で見るんだもん。人間性疑うよね。

なので一緒に旅に出て、こっちもこっちで厄介。そう思った。


「これって魔王討伐の旅だよねえ。恋シュミだっけ?」

「れんしゅみ?」

「あー…、恋愛シュミレーション。意中の相手を落とすゲーム?」

「ああ」


呆れたように座り込んで目の前の光景を見てる私の隣に立つ男、勇者だけが持てるっていう聖剣を守ってた精霊が頷いた。

この精霊は謎だ。聖剣を受け取りにきた友人を聖剣の主と認めて、そして一緒に旅についてきた。

普通に考えたらこの精霊も友人を守るためについてきたんだって思うはずだ。現に友人も一緒に旅をしてる男達もそう思ってる。

なのにこの精霊は何故か私の隣にいる。私を守ることが友人の安心にも繋がるからだって言うけど、可笑しい。精霊は友人に興味を持っていないように見えるから。


「で、誰が一番の有望株だと?」

「えー?」


剣術も魔法も最高レベルのオールマイティなさわやかな王子様。

癖の強い、でも王子様でさえ使えない古代魔法を使う魔法使い。

情報収集能力に長けた普段は寡黙な剣士。


「今のところは王子様かなあ。王子様が守ってくれるっていうの、女の子は夢見るでしょう」

「お前も?」

「んーん。私は興味ない」

「ふん?」


でも、と思う。

もしかしたらこの私の隣に立つ精霊こそがダークホースかもしれないと。

我先にと友人を守ろうとする男達。好かれようとする男達。その中でこの精霊だけが動かない。今の状況に友人が慣れてきたころ、その姿は目立つだろう。自然と目が追うようになるだろう。

友人を守るために存在するはずの精霊。けれど精霊は友人ではなく私を守る。友人の安心のために。

それらはアプローチをかけてくる男達より、きっとずっとずっと友人の心を占める。


ちらりと見上げると視線が合う。どうした?と目が微笑むのに心臓が音を立てる。

表情筋が死んでいるのかと思うくらい表情が動かないこの精霊が時々見せる表情の動き。これはやばい。

何でもない。そう言って、また目の前の光景を眺める。


男三人に囲まれて楽しそうに笑う友人。

口喧嘩が始まれば困った顔をして。

ころころ、ころころ、表情が変わっていく。


「今日は野宿かなあ」

「大丈夫だろう。あれらが勇者を野宿させるとは思えん」

「そっか。だよねー」


ああ、なら今日もお布団で熟睡だ。

その時は、とまた隣の精霊を見上げる。

何故かこの精霊は夜も離れない。宿をとる前に友人達の前で消えてみせるくせに、私が与えられた部屋に入れば姿を現わす。

…抱きしめられて寝ることに慣れてきたのは問題だと思う。

でもぐっすり寝れるんだよ、これが。疲れですぐに眠りにつくことはできるけど、夢見は悪い。なのにこの精霊に抱きしめられて眠ると夢も見ない。見ても悪い夢じゃない。癖になりそうだ…。若干なってるけども。


本当、どういうつもりなのか分からない。何がしたいのかねえ?

小首を傾げると、精霊が何故か目を見開いて右手で口を覆った。お?と思う私の前で顔をそむけて、何やらぶつぶつ言ってる。なんだ?聞こえた言葉は反則。何が反則?上目遣いってした記憶ないよ?


そんな私は知らない。

友人が聖剣を受け取りにきたその時、精霊が友人ではなく後ろにいた私に目を奪われていたなんてことは、全然全く知らないでいた。






勇者が召喚された。

相変わらず他力本願な国だな、と思いながら欠伸をした。

まあ仕方がない。そうさせたのはこの国に召喚術を伝え、聖剣を与えた精霊王達だ。

世界が魔王によって脅かされる。それは等しく精霊の住みやすい環境が汚染されるということでもあった。だから精霊の頂点に立つ精霊王達が人間にそれを打開する術を与えた。だから仕方がないのだ。

人間というものは一度楽を知れば知らなかった頃には戻りたがらないものだ。だから魔王相手に早々に匙を投げて勇者を頼るのだ。そしてこれもまた仕方のないことなのだ。


まあ、それはともかくだ。これで一応俺の役目は終わる。聖剣を勇者に渡せば自由だ。魔王討伐がなされた後は、俺ではない別の精霊が聖剣を守る任につくだろう。ようやく解放される。

そう思っていた。勇者に会うまでは。


「う~…ぬくい」


腕の中で少女がすりよってくる。呟く言葉は寝ているから寝言か。

くすりと笑ってその柔らかい体を抱く腕の力を少し強める。


今代の勇者は年端もいかない少女だった。

おいおい、と思いはしたが、内に秘める力の大きさに、精神面を支えられる人間がいさえすれば大丈夫か、と思い直して、視線が止まった。

勇者の後ろについてきた人間のうちの一人。勇者と同じくらいの年の少女。目立つ特徴があるわけでもない、きっとすれ違っても記憶には残らないだろう、どこにでもいる少女。なのに目を奪われた。

勇者に聖剣を渡すための試練を与える間もずっと意識は少女から離れなくて。聖剣が無事勇者の手に渡った時、気がつけばついていくと言っていた。


「…ん」


胸に顔をうずめて眠る少女。

勇者の友人。勇者が一番子供らしい顔を見せる相手。

旅の同行者は少女に対して興味はないらしい。勇者に夢中だ。その延長で少女にも気を遣う。そこには人間としての当たり前の情と、勇者に振り向いてもらうために友人である少女を利用しようという打算があって。少女もそれに気づいているから当たり障りない関係を彼らと築いている。

それを腹立たしくは思わない。彼らは少女に興味がない。少女も彼らに興味がない。少女の側にいるのは俺だけだ。


抱きしめる。髪に顔をうずめる。

気持ちいい。


初めは警戒していた少女も、悪夢を見た夜、起こして抱きしめて宥めたこの腕が悪夢を運ばないと知ってからは無防備だ。同じ寝台に潜り込もうと、この腕を広げようと警戒しない。

何のつもりだろうとは疑ってはいるようだけれど、男としての警戒はされていない。複雑な心境ではあるものの、美味しい状況だ。逃すつもりはさらさらない。


側にいて言葉を交わす。

そのたびに知る少女のこと。

そのたびに愛しいと思う感情は育つ。


困ったな、と思う。

昼に少女が呟いた困ったな、とは違う困った。



この少女がほしい。



巻き込まれただけの少女なのに。

本当ならこの世界とは欠片ほどの縁もなかったはずの少女なのに。






元の世界に還るというのならば、一緒についていきたいと思うほどに愛しいと心が叫ぶ。


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